守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

50 / 217
岸辺露伴は六壁坂へ誘う その3

出発の日。

 

集合場所に最初に現れたのは、空条承太郎だった。

 

必要最低限の荷物。

無駄のない立ち姿。

すでに「帰りたい」とまでは言わないが、顔にははっきりとこう書いてある。

 

ろくでもねぇことになる。

 

その少し後、キラ・ヤマトとラクス・クラインが到着した。

 

キラは大きめのバッグを抱えている。

 

「おはようございます」

 

露伴がバッグを見る。

 

「ずいぶん大きいな」

 

キラは少し困った顔で答えた。

 

「食材と飲み物です」

「パン、保存食、飲料、あと……」

 

泉が小声で言う。

 

「例の?」

 

キラは諦めたように頷いた。

 

「乳酸菌飲料も」

 

承太郎が短く言う。

 

「準備がいいな」

 

「必要になりそうなので……」

 

ラクスが横で微笑む。

 

「備えは大切ですわ」

 

露伴はメモを取った。

 

「六壁坂出発前、キラ・ヤマト、自衛を覚える」

 

「そういう記録やめてください」

 

そこへ、カイエン、ソープ、アウクソーが現れた。

 

今回のソープは、男性モードのレディオス・ソープだった。

 

柔らかな物腰。

美しい顔立ち。

けれど、やはりどこか普通ではない。

 

ソープは六壁坂の地図を見て、楽しそうに言った。

 

「ここが例の土地だね」

 

カイエンが横でため息をつく。

 

「楽しそうにするな、ソープ」

「ろくなことにならんぞ」

 

「そういう場所だから、行くんだろう?」

 

「そこは露伴と同じことを言うな」

 

露伴は満足そうに言った。

 

「いい返答だ」

 

泉がすぐ突っ込む。

 

「先生は喜ばないでください!」

 

アウクソーは淡々と荷物を確認している。

 

「非常食、医薬品、簡易調理器具、保温具は用意しております」

「また、キラ様用の飲料も補助分を」

 

キラが軽くうなだれる。

 

「完全に管理対象になってる……」

 

「合理的な判断です」

 

「それ前も言われました……」

 

そして最後に、遠くから妙な音が近づいてきた。

 

がさごそ。

がらがら。

どさどさ。

 

桂木弥子だった。

 

背中にリュック。

手に大袋。

肩にもバッグ。

さらに足元にキャリーケース。

 

泉が固まる。

 

「弥子ちゃん……」

「山のような荷物はやめようって言ったよね?」

 

弥子は胸を張った。

 

「大丈夫!」

「これは山じゃなくて丘くらい!」

 

「違いの問題じゃない!」

 

露伴がキャリーケースを見る。

 

「中身は?」

 

「お菓子、カップ麺、レトルト、缶詰、保存食、チョコ、飴、あと非常用羊羹!」

 

キラが感心しかけてから、すぐ不安になる。

 

「非常食としては優秀だけど、量が……」

 

承太郎が一言。

 

「多すぎる」

 

弥子は即答した。

 

「六壁坂って山でしょ!?」

「山では食料が命!」

 

カイエンが笑う。

 

「正しいことを言っているようで、食欲が先に立ってるな」

 

そこへ、弥子の背後からネウロが現れた。

 

「ククク……」

「人間ども、騒がしいな」

 

露伴が言う。

 

「君は呼んでいない」

 

ネウロは当然の顔で答える。

 

「吾輩が招待状を必要とすると思うか?」

 

泉が小声で言った。

 

「来ちゃった……」

 

ネウロは手に小さな包みを持っていた。

 

弥子が嫌な顔をする。

 

「……なにそれ」

 

ネウロは得意げに掲げる。

 

「案ずるな、騒音娘」

「吾輩もちゃんと用意したぞ」

 

キラが警戒する。

 

「ネウロが用意……?」

 

ネウロは包みを開ける。

 

「イビルチーズだ」

 

弥子が即座に叫ぶ。

 

「名前!」

 

ネウロは涼しい顔で続けた。

 

「人間界ではスティルトンチーズと呼ぶらしい」

「就寝前に食べると、悪夢――」

 

弥子がすぐ止める。

 

「違う違う違う!」

「悪夢じゃなくて、変な夢を見るってやつでしょ!」

「そこ盛るな!」

 

キラが真顔で頷く。

 

「その違いはかなり大事だよ」

 

ラクスはやわらかく、しかし確実に言った。

 

「キラには控えていただきましょう」

 

アウクソーも即座に言う。

 

「推奨できません」

 

承太郎も短く。

 

「食うな」

 

カイエンまで言った。

 

「今回は坊やを寝かせてやれ」

 

キラは少し感動した。

 

「みんなが優しい……」

 

ネウロは鼻で笑う。

 

「変な夢が見られるなら十分だ」

「六壁坂で人間の夢が歪めば、そこに謎が生まれる」

 

弥子が怒鳴る。

 

「実験すんな!!」

 

露伴だけが真剣にメモしていた。

 

「変な夢を見るチーズ」

「六壁坂」

「睡眠」

「非常にいい」

 

泉が悲鳴に近い声を出す。

 

「先生、使わないでください!!」

 

______________________________

 

 

一行は車に分乗し、六壁坂へ向かった。

 

道中、最初は普通の山道だった。

 

木々が増え、民家が少なくなり、道幅が細くなる。

空気は少し冷えている。

 

だが、ある地点を越えたあたりから、車内の会話が少し減った。

 

キラは運転しながら、窓の外を見る。

 

「……なんか、空気が変わりましたね」

 

ラクスが静かに頷く。

 

「ええ」

「音が少し遠くなったようですわ」

 

後部座席の弥子が、荷物を抱えながら言う。

 

「え、そう?」

「お腹空いてきたけど」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……」

「この土地、悪くない」

「湿っていて、古く、少し腐りかけている」

 

「言い方が最悪!」

 

別の車では、ソープが窓の外をじっと見ていた。

 

「なるほど」

「土地の層が厚いね」

 

カイエンが眉をひそめる。

 

「やっぱり何か感じるか」

 

「うん」

ソープは楽しそうに言う。

「人が住んだ跡と、人が去った跡と、まだ何かが残っている気配」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「注意が必要かと」

 

カイエンはため息をついた。

 

「やれやれ」

「やっぱり来るんじゃなかったかな」

 

ソープは笑う。

 

「でも来た」

 

「領収書の件でまだ借りがあるからな」

 

「そうだったね」

 

「忘れたふりをするな」

 

______________________________

 

 

六壁坂の別荘は、森の奥にあった。

 

前回の避暑地の別荘よりも古い。

 

大きさは十分ある。

だが、どこか閉じている。

 

窓は多いのに、中が暗く見える。

庭は広いが、木々の影が近い。

建物そのものが、ひっそり息を潜めているようだった。

 

泉は車から降りて、すぐに言った。

 

「……先生」

「ここ、ほんとに泊まるんですか?」

 

露伴は満足そうに答える。

 

「いい場所だろう」

 

「いい場所の基準が怖いです」

 

承太郎は周囲を見回す。

 

「……気配が濃いな」

 

キラが荷物を下ろしながら言う。

 

「承太郎さんがそう言うと、すごく怖いんですが」

 

弥子は建物を見上げる。

 

「おおー」

「いかにも何か出そう!」

 

泉が振り向く。

 

「弥子ちゃん、楽しそうに言わないで!」

 

ネウロは笑っていた。

 

「ククク……」

「騒音娘にしては正しい感想だ」

 

露伴は鍵を開ける。

 

扉が、少し重い音を立てて開いた。

 

中には、古い木の匂いがあった。

 

生活の匂い。

埃の匂い。

湿った畳の匂い。

そして、何か言葉にしにくい、薄い違和感。

 

ソープが一歩入って、静かに言った。

 

「ふうん」

 

カイエンが横を見る。

 

「何だ」

 

「面白い」

ソープ。

「建物がまだ、誰かを待っているみたいだ」

 

泉が青ざめる。

 

「そういうこと言わないでください!!」

 

露伴は嬉しそうに言う。

 

「いい表現だ」

 

「先生も喜ばないでください!!」

 

______________________________

 

玄関ホールに全員の荷物が並ぶと、さっそく部屋割りが発表された。

 

露伴が紙を取り出す。

 

「女子部屋は、弥子、ラクス、アウクソー、泉くん」

 

泉は胸をなで下ろした。

 

「寝床ある……」

 

弥子が笑う。

 

「良かったね、泉さん!」

 

「本当にね……」

 

ラクスは微笑む。

 

「よろしくお願いいたします」

 

アウクソーも一礼する。

 

「こちらこそ」

 

露伴は続ける。

 

「男子部屋A」

「カイエン、ソープ、キラ」

 

キラは一瞬考えてから、少し安心した。

 

「……前回よりは、寝られそうですね」

 

カイエンが笑う。

 

「前回よりはな」

 

ソープも穏やかに言う。

 

「僕たち、そんなに騒がないよ」

 

キラは即座に反応した。

 

「その“そんなに”が少し怖いんです」

 

アウクソーが静かに補足する。

 

「キラ様には、念のため飲料をお渡ししておきます」

 

「やっぱり必要なんですね……」

 

露伴は最後に言った。

 

「男子部屋B」

「僕、承太郎、ネウロ」

 

承太郎が帽子のつばを押さえる。

 

「……やれやれだぜ」

 

ネウロが愉快そうに笑う。

 

「ククク……」

「漫画家と不良と魔人か」

「なかなかに混沌としているな」

 

露伴は平然と言った。

 

「面白い組み合わせだ」

 

承太郎が低く言う。

 

「寝る時は黙れ」

 

「君に言われなくても分かっている」

 

「おまえに言ってるんじゃねぇ」

承太郎はネウロを見た。

 

ネウロは笑った。

 

「吾輩が人間の睡眠に配慮するとでも?」

 

「寝ろ」

 

キラはその会話を聞いて、心から思った。

 

あの部屋じゃなくてよかった。

 

______________________________

 

 

部屋に荷物を置いたあと、食材確認が始まった。

 

キッチンに並んだのは、想像以上の量だった。

 

キラとラクスの保存食。

アウクソーの非常用食材と調理器具。

弥子の菓子とレトルトの山。

ソープが持ち込んだ、妙に上品なフローズンヨーグルト用の材料。

そしてネウロのスティルトンチーズ。

 

泉はキッチンを見て、ぽつりと言った。

 

「……これ、しばらく籠城できますね」

 

露伴は言う。

 

「六壁坂だからな」

 

「籠城前提みたいに言わないでください」

 

弥子は楽しそうに袋を並べている。

 

「お菓子は女子部屋にも少し持っていこう!」

 

ラクスが微笑む。

 

「食べすぎには気をつけましょうね」

 

「はい!」

 

アウクソーは冷静に食材を分類している。

 

「常温保存」

「冷蔵」

「すぐに使用するもの」

「非常時用」

「使用非推奨」

 

ネウロが言う。

 

「吾輩のチーズを非推奨に分類するな」

 

アウクソーは淡々と答えた。

 

「就寝前の摂取は推奨できません」

 

「変な夢を見るだけだ」

 

キラが真顔で言う。

 

「この土地で“変な夢を見るだけ”が一番怖いんだよ」

 

ソープがチーズを少し見て言った。

 

「夢に作用する食材か」

「興味深いね」

 

カイエンがすぐ止める。

 

「興味を持つな、ソープ」

 

露伴はメモを取る。

 

「使用非推奨食材」

「非常にいい」

 

泉が即座に突っ込む。

 

「いい食材は普通“使用推奨”なんです!」

 

______________________________

 

食材確認のあと、露伴は館内を案内した。

 

廊下は古い木造。

歩くと、床が少し鳴る。

窓の外には六壁坂の森が見える。

 

そして奥には、温泉があった。

 

露天風呂ではない。

だが、内湯としては十分に広い。

 

石造りの浴槽。

湯気。

古い木の天井。

曇った窓の向こうに、森の影。

 

泉は入口で止まった。

 

「……露天じゃないんですね」

 

露伴が言う。

 

「前回とは違う」

「閉じた湯気の中で、人は余計なものを見る」

 

「そういう説明やめてください!!」

 

弥子は逆に目を輝かせる。

 

「温泉!」

「やったー!」

 

ラクスは静かに言う。

 

「歩いた後には良さそうですわ」

 

アウクソーは浴場の床を見て言う。

 

「少し滑りやすいので、お気をつけください」

 

キラは男子側を見て、ぼそりと言った。

 

「今回は普通に入れますように……」

 

カイエンが笑う。

 

「風呂で何かあったら、それはもう土地のせいだな」

 

承太郎が短く言う。

 

「言うな」

 

ネウロは湯気を眺めて、楽しそうに笑った。

 

「ククク……」

「閉じた湯、濡れた壁、曇る窓」

「人間の恐怖は、こういう場所でよく育つ」

 

泉が叫ぶ。

 

「誰かこの魔人を止めてください!!」

 

______________________________

 

 

一通りの確認を終えた頃には、外は夕方になっていた。

 

庭の木々が、暗くなり始めている。

虫の声が遠い。

 

弥子は早くも夕食を楽しみにしている。

キラは食材の量を確認し直している。

ラクスは女子部屋の寝具を整えている。

アウクソーはキッチンの段取りを作っている。

カイエンは窓辺で外を見ている。

ソープは建物の柱や壁の古さを見ている。

承太郎は無言で廊下の奥を見ている。

ネウロは笑っている。

泉は疲れている。

露伴は、当然、楽しそうだった。

 

泉が露伴に近づき、小声で言う。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「まだ、何も起きてませんよね?」

 

露伴は少しだけ考えた。

 

「起きていないように見える」

 

「その言い方が嫌なんです」

 

露伴は窓の外を見た。

 

六壁坂の森は、静かだった。

 

静かすぎるくらいに。

 

「泉くん」

露伴は言った。

「生活は始まった」

 

「はい」

 

「なら、土地もそろそろ反応する」

 

泉は、心の底から帰りたくなった。

 

その時。

 

キッチンの奥で、何かが小さく音を立てた。

 

こつん。

 

誰かが食器棚を触ったような、軽い音。

 

全員が一瞬、動きを止めた。

 

弥子が言う。

 

「……誰か、キッチンにいる?」

 

アウクソーが首を横に振る。

 

「いえ」

「今は誰も」

 

ネウロの口元が、ゆっくりと歪んだ。

 

「ククク……」

 

露伴の目が輝く。

 

「いい」

 

泉が叫ぶ。

 

「よくないです!!」

 

六壁坂の夜は、まだ始まったばかりだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。