守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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カロリー・イーターは消えた。

正確には、承太郎のスタープラチナに叩き潰され、ネウロに謎を喰われた。

食材から熱量だけを奪い、食べても満たされないという、桂木弥子にとっては最悪と言っていい怪異だった。

その怪異が消えたあと、食堂には妙な安堵が広がっていた。

弥子は、食卓に並び始めた昼食を見て、両手を合わせる前からすでに目を輝かせている。

「……ほんとに」
「ほんとに、ちゃんと栄養あるんだよね?」

アウクソーは、まるで検査結果を読み上げるように答えた。

「はい」
「熱量の異常低下は確認されません」
「食材としての機能は回復しています」

弥子は拳を握った。

「よし!!」

キラが苦笑する。

「昼食前に熱量確認するの、たぶん人生で初めてだよ……」

ラクスは微笑む。

「それだけ、食事が大切だということですわ」

カイエンは椅子に座りながら言った。

「まったくだ」
「食える時に食う。実に正しい」

承太郎は黙って席に着く。

ネウロは椅子に座っているが、どこか満足げだった。
すでに昼食とは別に、彼なりの食事を済ませた顔である。

弥子はそれを見て、じろりと睨む。

「ネウロ」
「あんたはもう食べたんでしょ」

「吾輩の食事と、貴様らの食事は別物だ」

「その言い方が腹立つ」

露伴は、静かに食卓を見ていた。

「食事を奪う怪異を倒したあとに、食卓へ戻る」
「いい」
「これは、実に生活の勝利だ」

泉は少し驚いたように露伴を見た。

「先生」
「今日はわりと普通に良いこと言いますね」

「僕はいつも良いことを言っている」

「そういうところです」


岸辺露伴は六壁坂へ誘う その11

昼食は、朝よりもしっかりしたものになった。

 

炊き直したご飯。

缶詰肉と野菜の炒めもの。

具だくさんのスープ。

保存食を使った簡単な副菜。

昨日から残しておいた卵料理。

 

派手ではない。

 

だが、温かく、ちゃんと腹に落ちる食事だった。

 

弥子は一口食べた瞬間、目を見開いた。

 

「……入ってくる」

「ちゃんと身体に入ってくる!!」

 

泉が苦笑する。

 

「感想がすごいね……」

 

キラもスープを飲んで、ほっと息を吐いた。

 

「でも、分かります」

「朝は、本当に変な感じでしたから」

 

ラクスも頷く。

 

「ええ」

「今は、きちんと力になりますわね」

 

アウクソーは、全員の皿を見ながら量を調整している。

 

「弥子様には、通常量の二・五倍を目安にお出しします」

 

弥子が固まる。

 

「二・五倍!?」

 

ネウロが笑う。

 

「一ヤコだな」

 

「その単位やめて!!」

 

カイエンが笑った。

 

「便利じゃないか」

「今後の食材計算に使えるぞ」

 

「使わないで!」

 

露伴は当然のようにメモした。

 

「一ヤコ、実用化の兆し」

 

泉がすかさず言った。

 

「しなくていいです!」

 

承太郎は黙って食べていた。

しかし、料理は確実に減っている。

 

弥子がそれを見て、にやりとする。

 

「承太郎さんも、けっこう食べるよね」

 

承太郎は短く返す。

 

「食える時に食う」

 

カイエンが頷く。

 

「ほらな、正しい」

 

キラは少し笑った。

 

「なんだか、すごく普通のこと言ってるのに、この場所だとありがたく聞こえますね」

 

ソープは、食卓全体を眺めながら言った。

 

「怪異に生活を削られても、食事を整えて戻ってくる」

「人間は本当にしぶといね」

 

ラクスが微笑む。

 

「それが、強さでもありますわ」

 

弥子は大きく頷いた。

 

「そうそう!」

「ごはん食べて、元気出して、また頑張る!」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「単純な循環だ」

 

「大事な循環なの!」

 

______________________________

 

 

食事が落ち着いた頃、ソープが静かに立ち上がった。

 

「さて」

「そろそろ、約束のものを出そうか」

 

弥子の目が輝く。

 

「フローズンヨーグルト!」

 

ソープは笑った。

 

「そう」

「ジョーカー太陽星団では、アイスクリームよりこちらの方が流行りに近いかな」

 

キラが興味深そうに聞く。

 

「フローズンヨーグルトが?」

 

「うん」

ソープ。

「甘さだけじゃなく、酸味と軽さがある」

「食後にも重くなりすぎない」

 

カイエンが横から言う。

 

「君が作ると、たまに妙に凝るんだよな」

 

「せっかくなら美味しい方がいいだろう?」

 

「それはそうだが」

 

アウクソーはすでに冷蔵庫から容器を取り出していた。

 

「状態は良好です」

「怪異による熱量損失も確認されません」

 

弥子が真剣に頷く。

 

「大事!」

「デザートの熱量も大事!」

 

泉が笑う。

 

「弥子ちゃん、今日は食べ物の熱量にすごく厳しいね」

 

「当然です!」

 

ソープとアウクソーは手際よく準備を進めた。

 

器に盛られる、淡く白いフローズンヨーグルト。

上には少量の果物。

はちみつ。

少し砕いたナッツ。

そして、ソープが持ってきた、ジョーカー由来らしい香りづけの素材がほんのわずか。

 

泉は器を見て、思わず声を漏らした。

 

「わ……」

「普通におしゃれ……」

 

ラクスも微笑む。

 

「とても美しいですわ」

 

弥子は待ちきれない。

 

「食べていい!?」

「もう食べていい!?」

 

ソープは笑った。

 

「どうぞ」

 

弥子は一口食べた。

 

そして、止まった。

 

「……」

 

キラが不安そうに聞く。

 

「弥子ちゃん?」

 

弥子は、次の瞬間に叫んだ。

 

「おいしい!!」

「なにこれ、冷たい! 甘い! でもさっぱりしてる!」

「ヨーグルトの酸っぱいのが、いい感じに残ってる!」

 

ソープは嬉しそうに頷いた。

 

「気に入ってもらえてよかった」

 

ラクスも一口食べる。

 

「本当に、軽やかですわね」

「食後にちょうどよいです」

 

キラも食べて、少し驚く。

 

「これは美味しいですね」

「アイスよりさっぱりしてるけど、ちゃんとデザート感もある」

 

カイエンも口にして、少しだけ目を細めた。

 

「悪くない」

「甘すぎんのがいいな」

 

ソープが笑う。

 

「君、酒とチーズのあとでも食べられる味が好きだろう?」

 

「余計なことを言うな」

 

アウクソーは静かに一口食べ、少しだけ表情を和らげた。

 

「美味しゅうございます」

 

その短い言葉に、ソープは満足そうだった。

 

______________________________

 

承太郎は黙ってフローズンヨーグルトを食べていた。

 

露伴が見逃さない。

 

「承太郎」

「どうだ」

 

「普通にうまい」

 

「普通に、か」

露伴はメモを取る。

「空条承太郎、最大級の賛辞」

 

承太郎が低く言う。

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

泉も食べながら、ほっと息を吐いた。

 

「なんか……」

「今日はこれで終わりでもいいくらいです」

 

露伴がすぐに言う。

 

「終わらない」

 

「先生!!」

 

弥子は二杯目を期待する目でソープを見ている。

 

ソープは苦笑した。

 

「少しなら、おかわりもあるよ」

 

「やった!」

 

アウクソーが即座に言う。

 

「弥子様、量は調整いたします」

 

「調整される!」

 

ネウロはフローズンヨーグルトを眺めていた。

 

弥子が聞く。

 

「あんたは食べないの?」

 

「人間の甘味に興味はない」

 

「さっき乳酸菌飲料は味見してたじゃん」

 

「味見は食事ではない」

 

「またそれ!」

 

ソープは器をネウロの前に置く。

 

「味見程度ならどう?」

 

ネウロは少しだけソープを見た。

 

そして、ほんの一口だけ食べた。

 

「……ふん」

「人間の食後の冷菓としては、悪くない」

 

弥子が笑う。

 

「それ、気に入ったやつだ!」

 

「黙れ、騒音娘」

 

ソープはにこにこしている。

 

「魔人にも通じたなら、なかなかだね」

 

カイエンが言う。

 

「妙なところで自信をつけるな」

 

______________________________

 

 

食後、食堂には穏やかな空気が流れていた。

 

少し前まで、胃と口だけの怪異が白く浮かんでいた場所とは思えない。

 

皿が下げられ、器が空になり、弥子が満足そうに椅子に寄りかかっている。

 

泉はそれを見て、ぽつりと言った。

 

「ほんとに……」

「さっきまで、あんな怪異がいたのに」

「今は普通にデザート食べてるんですね」

 

ラクスは静かに答える。

 

「普通に戻ることは、とても大切ですわ」

 

キラも頷く。

 

「たぶん、それが一番の対抗手段なのかもしれませんね」

「怪異に生活を壊されても、ちゃんと戻す」

 

ソープは、少しだけ感心したようにキラを見る。

 

「いいことを言うね」

 

キラは照れたように笑う。

 

「なんとなくです」

 

カイエンが言う。

 

「坊や、だいぶこの合宿に慣れてきたな」

 

「慣れたくはないですけどね」

 

露伴は、器の底に残った溶けかけのヨーグルトを見ていた。

 

「食材から熱量を奪う怪異を倒し」

「そのあとに、熱量を持つデザートを食べる」

「これは象徴的だ」

 

泉が少し警戒する。

 

「先生、また難しいこと言い始めました?」

 

「いや」

露伴。

「単純な話だ」

「食べ物を守ったということは、生活を守ったということだ」

 

弥子が大きく頷く。

 

「そう!」

「ごはんとデザートは守るもの!」

 

承太郎が静かに言う。

 

「単純だが、間違ってねぇな」

 

ネウロは愉快そうに笑った。

 

「ククク……」

「人間どもが甘味ひとつで勝利を確かめる」

「実に滑稽で、実に人間らしい」

 

ラクスは微笑んだ。

 

「それでよろしいのではありませんか」

 

ネウロは答えない。

 

ただ、少しだけ楽しそうにしていた。

 

______________________________

 

 

昼食とデザートが終わると、次の問題が出てきた。

 

食材の補充である。

 

カロリー・イーターの影響で、いくつかの食材は回復したとはいえ、予定より消耗していた。

弥子の食べる量もある。

さらに、六壁坂で何が起きるか分からない。

 

キラは在庫表を見ながら言った。

 

「午後、少し買い足した方がいいと思います」

「飲み物、パン、保存食、あと野菜や卵も」

 

アウクソーも同意する。

 

「同感です」

「明日の朝まで考えると、補充が必要です」

 

弥子が元気よく手を挙げる。

 

「あたしも行く!」

 

ネウロが即座に言う。

 

「貴様を買い出し班に入れると、買ったそばから減る」

 

「減らさない!」

 

露伴は地図を広げていた。

 

「買い出しも必要だが、午後のうちに周辺も見ておきたい」

「六壁坂は、家の中だけではない」

 

泉が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「先生、まさかハイキングとか言いませんよね」

 

露伴は平然と答えた。

 

「言う」

 

「言った!!」

 

カイエンは窓の外を見る。

 

「山歩きか」

「まあ、明るいうちなら悪くない」

 

承太郎が短く言う。

 

「暗くなる前に戻るならな」

 

ソープも森の方を見ている。

 

「この土地の流れは、少し見ておきたいね」

 

泉が頭を抱える。

 

「ソープさんまで前向き……」

 

ラクスは穏やかに言った。

 

「では、買い出しに向かう班と、周辺を確認する班に分かれましょうか」

 

キラが頷く。

 

「その方が効率的ですね」

 

弥子はまだ手を挙げている。

 

「あたし、どっち?」

 

全員が少し考えた。

 

食材補給に弥子を連れていくべきか。

それとも、ハイキングで弥子を連れていくべきか。

 

どちらにしても、食に関わる問題は発生する。

 

ネウロが笑った。

 

「ククク……」

「どちらに行っても騒がしいな、貴様は」

 

「うるさい!」

 

露伴は、地図の上に指を置いた。

 

「午後の行動は、少し慎重に決めるべきだな」

 

泉が深いため息をつく。

 

「昼食とデザートで平和に終わりたかったです……」

 

ソープはにこりと笑った。

 

「でも、フローズンヨーグルトは美味しかっただろう?」

 

泉は少しだけ黙った。

 

「……それは、はい」

 

弥子が笑った。

 

「でしょ!」

 

食堂に、少しだけ明るい空気が戻る。

 

外の森は、相変わらず静かだった。

 

六壁坂は、昼食とデザートの時間だけは、何もしてこなかった。

 

それは、勝利だったのか。

それとも、次を待っているだけなのか。

 

露伴だけが、窓の外を見ながら静かに呟いた。

 

「さて」

「午後は、外だ」

 

泉が小さく呻いた。

 

「やっぱりそうなるんですね……」

 

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