守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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4人で旅館の卓球場

温泉旅館の一角。

湯上がり客向けの小さな卓球場。

 

壁には「ご自由にお使いください」の札。

脇には年季の入ったラケットが立てかけられ、

天井の照明が卓球台を白く照らしている。

 

本来なら、

浴衣姿で軽く遊んで笑って終わるような場所である。

 

だが今ここにいるのは、

 

キラ・ヤマト。

空条承太郎。

ダグラス・カイエン。

脳噛ネウロ。

 

どう考えても、

この空間に優しくない四人だった。

 

「……先に言っておくけど」

 

ラケットを手にしたキラが、真顔で言った。

 

「変な超能力なしだからね」

 

承太郎が眉一つ動かさない。

 

「……」

 

ネウロが口元を吊り上げる。

 

「ほう?」

 

キラはびしっと指を差す。

 

「スタンドなし!

魔界777ツ能力(どうぐ)なし!

怪しい身体能力の増幅もなし!

普通に卓球だから!」

 

「普通、とは不自由だな」

ネウロ。

 

「旅館の卓球に自由すぎる要素を持ち込まないで!」

 

カイエンは壁にもたれ、面白そうに眺めていた。

 

「なるほど。

つまり“人間界の遊戯”としてやれってことかい」

 

「そうです!

温泉旅館の卓球です!」

 

承太郎がラケットを取る。

 

「別に構わねぇ」

 

キラは少し安心した。

承太郎はこういう時、案外ちゃんと従う。

問題は残り二人だ。

 

ネウロが卓球台を指で軽く叩く。

 

「この程度の台、魔界では処刑器具にもならんな」

 

「比較対象が怖いよ!」

 

「それに“超能力なし”とは曖昧だな。

吾輩の知性は元より超越的だが、それも封じるのか?」

 

「封じられるなら封じてほしいよ!」

 

カイエンが小さく笑う。

 

「やれやれ。

最初から疲れてるな、坊や」

 

「誰のせいだと思ってるんですか……」

 

第一試合:キラ vs 承太郎

 

「まずは普通にやろう」

とキラが言い、

最初の対戦はキラと承太郎になった。

 

カイエンとネウロが後ろで見ている。

 

キラがサーブを打つ。

軽く、だが正確だ。

さすがにフォームがきれいで無駄がない。

 

承太郎は無言で返す。

 

カコン。

カコン。

カコン。

 

意外にも、ラリーが続く。

 

キラが驚く。

 

「承太郎、うまいね」

 

「普通だ」

 

「いや、普通でこれはかなり――」

 

その瞬間、

承太郎の返球が、鋭くキラのバック側へ沈んだ。

 

「うわっ」

 

キラ、返せない。

 

承太郎がラケットを下ろす。

 

「一点」

 

「今のコースえぐいな……」

 

後ろで見ていたネウロが愉快そうに笑う。

 

「ククク……

この不良、見た目より器用だな」

 

「テメーよりはな」

承太郎。

 

キラがラケットを握り直す。

 

「でも、次は取る!」

 

以降、試合は思いのほか白熱した。

 

キラは反応も判断もいい。

身体能力に加え、相手の癖を見るのも早い。

コースの組み立ても上手い。

 

だが承太郎は、

とにかく無駄がない。

派手さはないのに、返球が重く、正確で、嫌なところへ来る。

 

最終的に、

11-8で承太郎の勝ち。

 

キラが息を切らせる。

 

「くっ……強い……」

 

承太郎は汗も見せず言う。

 

「悪くねぇ」

 

それ、たぶん褒めている。

 

キラは悔しそうだが、少し嬉しそうでもあった。

 

「次こそは勝つからね」

 

第二試合:ネウロ参戦未遂

 

「では次は吾輩だ」

ネウロが進み出る。

 

キラが即座に止める。

 

「待って。

ほんとにズルなしだよ?」

 

「失礼な」

ネウロ。

「吾輩がいつ不正をした」

 

「しようとする前提で話してるんだよ!」

 

ネウロはラケットを手に取り、

くるりと回してみせた。

 

「よかろう。

この“ぴんぽん”とやら、純粋な技量で制圧してやる」

 

「言い方が怖い」

 

対戦相手は承太郎。

 

キラとカイエンが見守る中、

ネウロがサーブを打つ。

 

……が。

 

バシィッ!!

 

次の瞬間、

承太郎の返球がネウロの足元へ突き刺さった。

 

ネウロが目を細める。

 

「ほう」

 

「一点」

承太郎。

 

二球目。

三球目。

 

ネウロは打ち返してはいるが、明らかに雑だ。

ラケット競技に真面目に付き合う気が薄い。

 

そして四球目、

ついにネウロの指先がぴくりと動いた。

 

キラが叫ぶ。

 

「いま何か出そうとしたでしょ!?」

 

「出しておらん」

ネウロ。

「出そうとしただけだ」

 

「それがダメなんだよ!」

 

その隙に承太郎の球が飛ぶ。

 

カコッ。

 

ネウロ、取れない。

 

承太郎が低く言う。

 

「試合中によそ見するな」

 

「テメーは俺を怒らせた、と言う資格は貴様にはないな」

ネウロ。

 

「うるせぇ」

 

結局、

ネウロは途中で飽きた。

 

「つまらん。

制約が多すぎる」

 

「ルールって言うんだよそれは!」

キラ。

 

第三試合:キラ vs カイエン

 

そして問題の試合である。

 

カイエンがゆっくり前に出る。

浴衣姿のままラケットを取るその姿が、妙にサマになっていた。

 

卓球場の出入口には、

湯上がりの女性客が数人、興味深そうに集まっている。

 

ひそひそ声。

 

「え、あの人、ロン毛すごい……」

「浴衣似合う……」

「なんか強そう……」

 

カイエンの口元が、

ほんの少しだけ上がった。

 

キラがそれを見逃さない。

 

「今ちょっと気取ったよね!?」

 

「気のせいだ」

カイエン。

 

「絶対違う!」

 

ネウロが面白そうに囁く。

 

「ククク……

スケベ子爵、観客を得て機嫌がよいな」

 

「やめてやれ」

承太郎。

 

「承太郎が止める側なんだ!?」

 

キラは深呼吸して構えた。

 

「とにかく、ズルなしですよ!

ちゃんと普通にやってください!」

 

カイエンがラケットを肩に乗せる。

 

「もちろんだ。

ぼくは厄介事は苦手なんだが、遊びなら遊びでやるさ」

 

その言い方がもう信用ならない。

 

試合開始。

 

キラのサーブ。

鋭い。

 

カイエン、軽く返す。

 

ここまでは普通だった。

 

だが三球目。

 

キラが打ったボールに対し、

カイエンの姿が――

 

ぶれた。

 

キラが目を見開く。

 

「えっ」

 

次の瞬間、

球はありえない角度で返ってきていた。

 

キラ、反応できない。

 

「い、今の何!?」

 

カイエンは涼しい顔だ。

 

「返しただけだが?」

 

「返しただけじゃないよね!? 今、二人くらい見えたよ!?」

 

「目が疲れてるんじゃないかい」

 

「疲れさせてるのあなたたちだからね!?」

 

ネウロが腹を抱えて笑う。

 

「クククク……

よい! 実によい!

超能力ではなく、純然たる技量の暴力!」

 

承太郎が低く言う。

 

「……残像か」

 

「残像って卓球で出すものじゃないでしょ!?」

キラ。

 

カイエンは気だるげなまま、次のサーブを受ける。

 

だが今度は、

一拍遅れて打ったように見えたのに、

ボールだけが先に飛んでくる。

 

「うそっ!?」

 

キラ、また取れない。

 

「ディレイ……いや何それ!

卓球でやることじゃない!」

 

カイエンは肩をすくめた。

 

「見切らせなければいいんだろう?」

 

「理屈はそうだけど大人げなさがすごいよ!!」

 

観客の女性たちがざわつく。

 

「すごい……」

「何今の……」

「かっこいい……」

 

カイエン、ちょっとだけ顎を上げた。

完全にキメ顔である。

 

キラが叫ぶ。

 

「今の顔やめてください!!

完全に乗ってるじゃないですか!」

 

「モテる男はつらいな」

カイエン。

 

「言った!!」

 

ネウロが机を叩いて喜ぶ。

 

「ククククク!

卓球という形を借りた蹂躙!

まことに大人気ない!」

 

承太郎は腕を組んだままぼそりと言った。

 

「最低だな」

 

「承太郎が言うと重いよ!」

 

結果、

11-2でカイエン圧勝。

 

キラは卓球台に突っ伏した。

 

「納得いかない……」

 

カイエンはラケットを置く。

 

「ルール違反はしていない」

 

「してないけど!

してないけどそういう問題じゃないんだよ……!」

 

最終戦:承太郎 vs カイエン

 

空気が変わる。

 

ネウロが笑みを深める。

 

「さて……

本命だな」

 

キラも顔を上げる。

 

確かに見たい。

無言で正確無比な承太郎と、

理不尽な技量で翻弄するカイエン。

 

試合開始。

 

承太郎のサーブ。

低く鋭い。

 

カイエン、返す。

 

そこから始まるラリーは、

もはや旅館の卓球ではなかった。

 

カコン!

カッ!

コッ!

バシィッ!

 

速い。

異様に速い。

しかも二人とも表情がほとんど変わらない。

 

カイエンの残像じみた揺らぎ。

承太郎の無駄のない反応。

 

キラが呆然とする。

 

「え、なにこれ……」

 

ネウロは嬉しそうだ。

 

「ククク……

片や視認を狂わせ、片やそれごと叩き潰す」

 

承太郎が一球、

カイエンの幻惑を無視するように真っ直ぐ打ち抜く。

 

カイエンがわずかに笑う。

 

「ほう……見えてるのかい」

 

「見えりゃ十分だ」

承太郎。

 

「かっこいい……」

と観客の女性が呟く。

 

別の意味でまずい。

 

キラは思わず頭を抱えた。

 

「旅館の卓球でやるレベルじゃないってば……」

 

そして決着の一球。

 

カイエンがまたぶれた。

だが承太郎は一瞬も迷わず、

その“ぶれ”の中心に叩き込む。

 

バシィッ!!

 

球は卓の端をかすめ、

カイエンのラケットの外へ抜けた。

 

沈黙。

 

ネウロが楽しげに拍手した。

 

「よい。

実によい。

幻惑より速い反射、反射より厄介な理不尽。

人間もたまには楽しませる」

 

カイエンはラケットを肩に乗せ、軽く息を吐く。

 

「やれやれ……

これは一本取られたな」

 

承太郎はラケットを置く。

 

「終わりだ」

 

キラが半分泣き笑いで言う。

 

「お願いだから……

もう普通に温泉卓球したってことにしようよ……」

 

「無理だな」

ネウロ。

 

「諦めろ」

承太郎。

 

「いい運動にはなった」

カイエン。

 

「誰ひとり僕に優しくない!!」

 

その叫びが、

旅館の卓球場にむなしく響いた。

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