守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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温泉旅館のラウンジでカラオケする4人

夜。

 

温泉旅館のラウンジ。

昼間は喫茶スペース、夜は宿泊客向けの軽いバーラウンジになるらしい。

 

照明はやや落とされ、

カウンターには洋酒のボトルが並び、

壁際には簡易ステージとカラオケ機材。

 

湯上がりの宿泊客たちが、

浴衣姿でくつろぎながらグラスを傾けている。

 

どう見ても、

静かに一日を締めくくるための空間だった。

 

――そこへ、四人が現れた。

 

キラ・ヤマト。

空条承太郎。

ダグラス・カイエン。

脳噛ネウロ。

 

キラは入った瞬間に察した。

 

「……これ、絶対ろくなことにならない」

 

承太郎は壁際の席を見て言う。

 

「座れりゃ十分だ」

 

「いや、座るだけで済まない気がするんだよ……」

 

カイエンはすでにカウンターの酒瓶へ目をやっている。

 

「ふむ。悪くないな」

 

「出た」

キラ。

 

ネウロはラウンジ全体をゆっくり見回し、楽しげに笑った。

 

「ククク……

歌、酒、照明、他人の視線。

人間どもは、実に脆い場を好む」

 

「今から場を壊しそうな言い方やめて!」

 

四人が席につくと、

年配の男性客がマイクを握って演歌を歌っていた。

拍手が起こる。

なごやかだ。

平和だ。

 

キラはその空気にすがるように言った。

 

「ほら、いい雰囲気だよね。

今日はもう、見てるだけにしない?」

 

「つまらんな」

ネウロ。

 

「早いよ!?」

 

「観察だけでは分からぬものもある」

ネウロは頬杖をつく。

「魔界の歌宴では、まず己が場を支配してから他者を評価する」

 

「魔界のカラオケ観が重すぎるんだって!」

 

承太郎は無言でメニューを見ている。

カイエンはウイスキーを注文した。

 

「ストレートで」

 

店員がうなずいて去ると、

キラが信じられないものを見る顔になる。

 

「飲むんですか」

 

「こういう場で飲まんのは野暮だろう」

カイエン。

 

「いや、似合いすぎるのが困るんですよ……」

 

実際、困るくらい似合っていた。

浴衣姿にグラス。

長髪。

気だるげな目元。

旅館のラウンジの柔らかい灯りが全部味方している。

 

近くの女性客が、ひそひそと話す。

 

「ねえ、あの人……」

「すごい雰囲気……」

「俳優さんみたい……」

 

キラが頭を抱えた。

 

「ほら来た……」

 

カイエンは聞こえていないふりをしていたが、

ほんの少しだけ口元が上がっている。

 

ネウロが楽しそうに囁く。

 

「ククク……

スケベ子爵、今のは効いただろう」

 

「黙れ」

カイエン。

「酒が美味いだけだ」

 

「いや今ちょっとキメてましたよね?」

キラ。

 

「気のせいだ」

カイエン。

 

承太郎が低く言う。

 

「……わかりやすいな」

 

「承太郎まで!?」

 

予感

 

やがて、演歌を歌い終えた客が戻ると、

ラウンジは軽い拍手と笑いに包まれた。

 

司会役らしい女将さんがマイクを持つ。

 

「次に歌ってくださる方、いらっしゃいませんか?」

 

キラが即座に目を逸らす。

 

「見ないで、見ないで……」

 

だが、見てしまった。

何人かの女性客の視線が、

明らかにこちら――というか、カイエンに向いている。

 

一人が、勇気を出して声をかけた。

 

「あの……よかったら、そちらの方も一曲いかがですか?」

 

キラが固まる。

承太郎は無反応。

ネウロはもう笑いを堪えていない。

 

カイエンは、グラスを傾けてからゆっくり視線を上げた。

 

「ぼくかい?」

 

「はい……その、浴衣もすごくお似合いで……」

 

言われた。

 

完全に言われた。

 

キラが小声で呻く。

 

「終わった……」

 

「何がだ」

承太郎。

 

「こういう時のカイエンさん、絶対ちょっと調子乗るから!」

 

カイエンは面倒そうな顔を作ってみせる。

だが作っているだけで、まんざらでもない。

 

「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……

そこまで言われると、断るのも無粋か」

 

「乗った!!」

キラ。

 

ネウロが腹を抱えて笑う。

 

「クククク……

よい! なんとも人間らしい虚栄だ!」

 

「おまえは煽るな!」

 

承太郎は壁際で腕を組んだまま言う。

 

「好きにしろ」

 

「えっ、止めないの!?」

 

「別に迷惑はかけてねぇ」

承太郎。

 

「今のところはね!」

 

第一曲:カイエン

 

カイエンが前に出る。

 

ラウンジが少しざわめく。

浴衣姿の長身の男が、グラスを置いてマイクを取る。

もう絵になりすぎている。

 

曲が入る。

古めの、渋い男歌だ。

流し目と気だるさの似合うタイプの曲。

 

前奏が流れた瞬間、

キラが顔を覆った。

 

「うわあ……似合う……」

 

歌い出し。

 

低めで、少し掠れた声。

気負わず、力みすぎず、

でも妙に艶っぽい。

 

ラウンジの空気が変わる。

 

女性客が明らかに聞き入っている。

一曲の間に、

「なんかすごい」

「この人、絶対モテる」

みたいな視線が完成していく。

 

ネウロが愉快そうに言う。

 

「ククク……

異性の聴衆を意識した発声だな」

 

「分析しないで!」

キラ。

「というか本人に聞こえるから!」

 

承太郎は静かにグラスの水を飲みながら言う。

 

「……上手ぇな」

 

キラが驚く。

 

「承太郎、褒めた?」

 

「事実だ」

 

曲が終わる。

拍手。

思った以上に大きい。

 

カイエンは軽く会釈して席に戻る。

 

「やれやれ。

ただの余興だ」

 

「ただの余興で女湯の話題さらっていきそうな空気作らないでくださいよ!」

キラ。

 

「知らんな」

カイエン。

 

でもちょっと満足げである。

 

第二曲:ネウロ

 

その空気のまま、ネウロが立ち上がった。

 

キラがすぐ止める。

 

「待って。

おまえは本当に待って」

 

「なぜだ」

ネウロ。

「場が温まった以上、次は変化を加えるべきだろう」

 

「その“変化”が怖いんだよ!」

 

ネウロは女将に向かって言う。

 

「人間界に、最も絶望と快感の境界を撫でるような歌はあるか?」

 

女将が困る。

 

キラが飛び込む。

 

「すみません! 普通ので! 普通のでお願いします!」

 

結局、ネウロが入れたのは、

妙に世界観の強い、芝居がかった曲だった。

 

前奏が流れる。

 

ネウロはマイクを持つ姿まで妙に堂に入っている。

歌い方も上手い。

ただし、怖い。

 

音程は外さない。

リズムもいい。

だが感情の乗せ方が、

人間のそれではない。

 

サビに入るたび、

なぜかラウンジの空気がひやりとする。

 

キラが青ざめる。

 

「上手いのに怖い!

なんで!?」

 

ネウロは歌の合間に薄く笑った。

 

「ククク……

歌とは、心の傷を撫でるものだろう?」

 

「撫で方が傷口えぐるタイプなんだよ!!」

 

一部の客は圧倒されている。

一部は拍手していいのか迷っている。

女性客の中には

「すごいけど近づいちゃいけない感じ」

という顔もある。

 

承太郎が一言。

 

「怪談か」

 

「歌だよ! たぶん!」

 

曲が終わる。

拍手は起きた。

だが、ちょっと間があった。

 

ネウロは満足げに戻ってくる。

 

「よい。

この場の幸福感に、わずかな亀裂を入れられた」

 

「入れなくていいんだよ!!」

 

第三曲:キラ

 

「次、キラ・ヤマト」

とネウロが勝手にマイクを渡す。

 

「ええっ!?」

キラ。

 

女性客の一人が微笑む。

 

「聞いてみたいです」

 

逃げられない。

 

キラは観念して前に出た。

 

「……変なのの後で普通の曲歌うの、すごくやりづらいんだけど……」

 

選んだのは、

場を壊さない、明るくて優しい曲だった。

 

歌い方も素直だ。

変に飾らない。

うまいし、安定してる。

なにより、聞いてて安心する。

 

さっきネウロに冷やされた空気が、

少しずつ戻ってくる。

 

拍手も自然だ。

客席の空気も和らぐ。

 

カイエンが珍しく素直に言う。

 

「なるほど。

安心して聞けるな」

 

ネウロが頷く。

 

「つまらんが、悪くはない」

 

「褒めてるのか貶してるのかどっちなの!?」

 

承太郎は短く言った。

 

「……おまえらしい」

 

キラは歌い終わって戻ってくると、

ぐったり椅子に沈んだ。

 

「なんで僕が場の修復係みたいになってるの……」

 

「そういう役回りだろう」

カイエン。

 

「そんな役いらないよ……」

 

最後の一人

 

そして、全員の視線が残る一人へ向いた。

 

承太郎。

 

壁際。

腕組み。

微動だにしない。

 

キラが恐る恐る言う。

 

「……承太郎も、歌う?」

 

「歌わねぇ」

即答だった。

 

キラがちょっと安心する。

 

だが、

さっきカイエンへ声をかけた女性客が、

今度は承太郎へも言った。

 

「あの……ぜひ、一曲だけでも」

 

沈黙。

 

ラウンジも、なんとなく待っている。

 

キラがひそひそ声で言う。

 

「断っていいんだよ?」

 

承太郎は帽子のつばを押さえたまま、ため息をついた。

 

「……やれやれだぜ」

 

立った。

 

キラが目を見開く。

 

「歌うの!?」

 

「一曲だけだ」

 

選んだ曲は、

これまた低音が映える渋い曲だった。

派手じゃない。

でも、声に説得力がある。

 

歌い方も、余計なことをしない。

抑え気味なのに、

一音一音がやけに強い。

 

気づけば、ラウンジが静まり返っていた。

さっきのカイエンの時とはまた違う、

圧で持っていくタイプの静けさだ。

 

女性客も、男性客も、普通に聞き入っている。

 

キラがぽかんとする。

 

「……うわ」

 

ネウロが薄く笑う。

 

「ほう。

この不良、声まで無駄がないか」

 

カイエンがグラスを揺らしながら言う。

 

「目立つ気はないくせに、一番空気を持っていくタイプだな」

 

曲が終わる。

 

拍手。

 

さっきまでとは少し違う、妙に真剣な拍手だった。

 

承太郎は何も言わず席に戻る。

 

キラが思わず言う。

 

「普通に上手かった……」

 

「普通だ」

承太郎。

 

「いや、普通ではないよ!」

 

締め

 

四人が揃って座る。

 

ラウンジの空気は、すっかりこの四人に持っていかれていた。

 

キラはため息をつく。

 

「なんか……

結局みんなちゃんと歌えるんじゃないか」

 

「吾輩を“ちゃんと”の枠に入れるな」

ネウロ。

 

「そこは自覚あるんだ!」

 

カイエンは酒を飲み干し、

気分よさそうに笑う。

 

「悪くない夜だったな」

 

「あなたが一番楽しんでましたよね?」

キラ。

 

「そうかもしれんな」

 

「認めた!」

 

承太郎は壁にもたれたまま目を閉じる。

 

「終わったなら部屋へ戻るぞ」

 

「うん……」

キラはようやく立ち上がった。

「今度こそ、静かに休めるといいけど」

 

ネウロがにたりと笑う。

 

「どうかな」

 

「その含みのある笑いをやめて!!」

 

ラウンジの客たちは、

去っていく四人をまだ見ていた。

 

浴衣の色男。

無口で圧のある男。

妙に整った優男。

そして、近づいてはいけない気配のある男。

 

どう考えても、

平和な温泉旅館の一夜に紛れ込むには濃すぎる面子だった。

 

だがその夜、

旅館の客たちの間ではしばらく、

「あの浴衣の四人組すごかった」

という話題が尽きなかったという。

 

そしてキラだけは、

部屋へ戻る廊下で小さく呟いた。

 

「……本当に、すまない気持ちになるのは毎回なんで僕なんだろう」

 

「日頃の行いだな」

ネウロ。

 

「理不尽すぎるよ!!」

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