守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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その日、カイエンは珍しく落ち着いていた。

いつものカフェテラス。
いつもの席。
目の前にはコーヒー。
隣には空いた椅子。

露伴も、弥子も、泉も、ソープも、まだ来ていない。

つまり、平和だった。

少なくとも、今のところは。

カイエンはカップを手に取り、静かに一口飲む。

「……こういう日も、たまには悪くないな」

そう呟いた瞬間だった。

背後から、柔らかく整った声がした。

「マスター」

カイエンは振り向く。

そこに立っていたのは、アウクソーだった。

いつも通りの姿勢。
いつも通りの表情。
いつも通りの声。

カイエンは少しだけ眉を上げる。

「おや。早かったな」
「買い足しに出てたんじゃなかったのかい」

アウクソーは静かに一礼した。

「予定より早く戻りました」

「そうか」

カイエンは特に疑わなかった。

アウクソーなら、予定を早めて戻ることもある。
必要なものを的確に選び、余計な時間を使わず、最短で戻る。

むしろ、らしい。

「座るか?」

「いえ、こちらで」

アウクソーは、カイエンの少し後ろに立った。

それも、らしい。

カイエンは再びコーヒーを飲んだ。

本当に、平和だった。


怪盗Xiはファティマを装う

しばらくして、弥子と泉がやってきた。

 

「あ、カイエンさん!」

「アウクソーさんもいる!」

 

泉が少し不思議そうな顔をする。

 

「あれ? アウクソーさん、買い物に行ってませんでしたっけ?」

 

アウクソーは静かに答えた。

 

「予定より早く戻りました」

 

弥子は納得する。

 

「さすがアウクソーさん、仕事が早い!」

 

泉も一応頷いた。

 

「まあ、アウクソーさんなら……」

 

カイエンも当然のように言う。

 

「だろう?」

 

その時、アウクソーがメニューを見た。

 

「マスター、本日はケーキを追加されてもよろしいかと」

 

カイエンは一瞬、手を止めた。

 

「……珍しいな」

 

「たまには、よろしいかと」

 

「そうか」

 

弥子が目を輝かせる。

 

「えっ、じゃああたしも!」

 

泉がすかさず止める。

 

「弥子ちゃんは別会計ね」

 

アウクソーは続けた。

 

「また、夕刻でなければ、少量の飲酒も問題ないかと」

 

カイエンが完全に動きを止めた。

 

「……本当に珍しいな」

 

泉が目を細める。

 

「いや、ちょっと待ってください」

「アウクソーさん、そんなこと言います?」

 

弥子も首を傾げる。

 

「言わない気がする」

「むしろ止めるよね?」

 

カイエンは少しだけ咳払いした。

 

「……まあ、今日は機嫌がいいんだろう」

 

泉がじっと見る。

 

「カイエンさん」

 

「何だい」

 

「今、ちょっと怪しいと思いましたよね?」

 

「……泳がせているんだ」

 

弥子が即座に言った。

 

「絶対今気づいてなかった!」

 

カイエンは目を逸らす。

 

「泳がせている」

 

泉も言う。

 

「二回言う時はだいたい怪しいです」

 

アウクソーは、表情を変えずに立っている。

 

いや、少しだけ口元が笑っているようにも見えた。

 

______________________________

 

 

そこへ岸辺露伴が現れた。

 

露伴は席に座る前に、アウクソーを見た。

 

そして、少しだけ目を細める。

 

「アウクソーか」

 

「はい」

 

「……」

 

露伴は座った。

 

泉が小声で聞く。

 

「先生、何か気づきました?」

 

露伴は答える。

 

「分からない」

 

「分からないんですか?」

 

「ファティマという存在について、僕の観察量がまだ足りない」

「だから、違和感があっても断定できない」

 

カイエンが言う。

 

「なら黙っていろ」

 

露伴は即座に言った。

 

「それはできない」

 

弥子が偽アウクソーを見る。

 

「ねえ、アウクソーさん」

 

「はい」

 

「カイエンさんにお酒飲ませていいの?」

 

「少量であれば」

 

弥子はカイエンを指差した。

 

「偽物っぽい!!」

 

カイエンがむっとする。

 

「おい、弥子」

 

「だって本物のアウクソーさんなら、絶対“マスター、お控えください”って言うもん!」

 

偽アウクソーは、淡々と言った。

 

「本日は、マスターのご気分を尊重いたします」

 

泉が眉をひそめる。

 

「言いそうで言わない……」

「いや、言わない気がする……」

 

露伴がメモする。

 

「本物らしい言葉を選んでいるが、制御の方向が逆」

 

カイエンは顔をしかめる。

 

「やめろ、妙な分析をするな」

 

露伴は続ける。

 

「カイエン」

「君は、なぜ気づかない?」

 

「気づいている」

 

弥子と泉が同時に言った。

 

「嘘だ」

 

カイエンは黙った。

 

______________________________

 

 

その時、カフェテラスの外から、静かな足音が近づいてきた。

 

全員が振り向く。

 

そこには、買い物袋を持ったアウクソーがいた。

 

本物のアウクソーである。

 

彼女はテーブルを見た。

カイエンを見た。

そして、カイエンの後ろに立つもう一人の自分を見た。

 

ほんの一瞬だけ、沈黙。

 

弥子が叫んだ。

 

「アウクソーさんが二人!!」

 

泉が頭を抱える。

 

「またこのパターン!!」

 

露伴の目が輝く。

 

「来たな」

 

カイエンは完全に固まっていた。

 

本物のアウクソーは、偽物を一瞥した。

 

その目は、静かだった。

 

静かすぎて、逆に怖い。

 

「……なるほど」

 

偽アウクソーは微笑む。

 

「お帰りなさいませ」

 

本物アウクソーは即座に言った。

 

「私ではありません」

 

偽アウクソーの表情が、少しだけ崩れた。

 

「早っ」

 

弥子が言う。

 

「本人判定、早っ!」

 

本物アウクソーは続けた。

 

「歩幅が三ミリ違います」

「視線の置き方が違います」

「マスターの飲酒許可を出す時点で論外です」

 

偽アウクソーが肩をすくめた。

 

「最後の理由が一番強いなあ」

 

その姿が、ぐにゃりと揺れる。

 

アウクソーの顔が崩れ、別の顔になる。

 

現れたのは、怪物強盗Xiだった。

 

「やあ」

「今回もバレちゃったね」

 

弥子が叫ぶ。

 

「Xi!!」

 

______________________________

 

Xiは楽しそうに笑っていた。

 

「いやー、でも今回は結構いけたと思うんだよね」

「カイエンさん、普通にお茶受け取ってたし」

 

カイエンが反論する。

 

「泳がせてた」

 

本物アウクソーが、静かにカイエンを見る。

 

「マスター」

 

カイエンは一瞬で姿勢を正した。

 

「……何だい」

 

「本当にお気づきでしたか」

 

「…………」

 

弥子が小声で言う。

 

「あ、黙った」

 

泉も小声で言う。

 

「これは黙りましたね」

 

露伴はメモする。

 

「剣聖カイエン、ファティマの偽物に気づかず」

 

カイエンが露伴を睨む。

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

アウクソーは静かに続けた。

 

「では、なぜ私が通常許可しない飲酒を、お受けになろうとされたのでしょうか」

 

カイエンは目を逸らした。

 

「……いや、ほら」

 

「マスター」

 

「……すまん」

 

弥子が目を丸くする。

 

「カイエンさんが謝った!」

 

Xiは大笑いしている。

 

「いやー、主従って面白いね!」

「本物の方が怖いじゃん!」

 

アウクソーはXiを見る。

 

「私の姿で、マスターに不適切な提案をなさいましたね」

 

Xiは一歩下がる。

 

「怒ってる?」

 

「確認です」

 

「確認の圧じゃないなあ」

 

カイエンは小声で言った。

 

「おまえ、相手を間違えたな」

 

Xiは笑う。

 

「でも面白かったでしょ?」

 

カイエンは即答した。

 

「面白くない」

 

弥子は言った。

 

「面白かった!」

 

カイエンが睨む。

 

「弥子」

 

「だって!」

 

______________________________

 

露伴は、カイエンとアウクソーを見比べていた。

 

「興味深いな」

 

泉が嫌な予感を覚える。

 

「先生、今度は何ですか」

 

露伴は言った。

 

「ソープの時は、本人が説明不能すぎて偽物が紛れた」

「ラクスの時は、表面の所作が整いすぎて、キラ以外には分かりづらかった」

「そして今回は、アウクソーだ」

 

カイエンが嫌な顔をする。

 

「言わなくていい」

 

露伴は続ける。

 

「この場合、Xiの変身が上手いのか」

「それとも、カイエンの目が甘いのか」

 

弥子が手を挙げる。

 

「両方!」

 

泉も遠慮がちに言う。

 

「今回は……カイエンさんも少し……」

 

カイエンは苦い顔をする。

 

「おい」

 

アウクソーは静かに言った。

 

「Xi様の模倣精度は高かったと思われます」

「声、姿勢、言葉遣いは概ね近似しておりました」

 

カイエンは少しだけ救われた顔をした。

 

「だろう?」

 

アウクソーは続けた。

 

「ですが、マスターは私が飲酒を許可するという一点で、お疑いになるべきでした」

 

カイエンはまた黙った。

 

Xiがにやにやする。

 

「救ってから落とした」

 

弥子が言う。

 

「アウクソーさん強い……」

 

露伴がメモした。

 

「信頼関係における最大の盲点」

「相手が自分に都合の良いことを言うと、人は疑いを緩める」

 

泉が頷く。

 

「それはなんか、普通に教訓ですね……」

 

カイエンは腕を組んだ。

 

「分かったよ」

「次からは、都合のいいアウクソーは疑う」

 

アウクソーは一礼した。

 

「お願いいたします」

 

Xiが笑う。

 

「それ、すごい合言葉だね」

 

______________________________

 

 

Xiは時計を見るふりをした。

 

「じゃ、僕はこのへんで」

 

弥子がすかさず叫ぶ。

 

「待てー!」

「今日は何か食べた!?」

 

Xiは胸を張った。

 

「今回は何も食べてないよ」

 

泉が伝票を確認する。

 

「本当です。追加注文は……ありません」

 

弥子が驚く。

 

「珍しい!」

 

Xiは言う。

 

「失礼だなあ」

「僕だって毎回食べるわけじゃないよ」

 

カイエンがぼそり。

 

「毎回盗るくせに」

 

Xiは笑った。

 

「今日は情報を盗ったからね」

 

露伴が反応する。

 

「何の情報だ」

 

Xiはカイエンとアウクソーを見た。

 

「カイエンさんは、アウクソーさんに甘い」

「アウクソーさんは、静かに怒ると怖い」

「あと、“都合のいいアウクソー”は偽物」

 

アウクソーは静かに言った。

 

「その情報の悪用はお控えください」

 

Xiはにやりと笑う。

 

「考えておく」

 

カイエンが立ち上がる。

 

「待て」

 

Xiは後ろへ跳ぶ。

 

「待たない」

 

弥子が追おうとする。

 

「こらー!」

 

Xiは人混みへ溶けるように逃げた。

 

その瞬間、露伴が手を伸ばしかける。

 

「ヘブンズ・ドアーで――」

 

承太郎がいない。

 

カイエンが露伴を止めた。

 

「やめとけ」

 

露伴は不満そうにする。

 

「なぜだ」

 

「追いかけるほど、あいつは喜ぶ」

 

弥子が悔しそうに言う。

 

「ムカつく!」

 

Xiの声だけが、どこかから聞こえた。

 

「次はもっと面白い相手にするよー!」

 

泉は頭を抱えた。

 

「まだ続くんですね……」

 

______________________________

 

Xiが消えたあと、アウクソーは静かにカイエンの前に立った。

 

カイエンは少しだけ気まずそうにする。

 

「……悪かった」

 

アウクソーは一礼する。

 

「マスターが私を信頼してくださっていることは、理解しております」

 

カイエンは少しだけ表情を和らげた。

 

「そうかい」

 

アウクソーは続けた。

 

「ですが、信頼と確認の省略は別です」

 

カイエンは目を閉じた。

 

「……はい」

 

弥子が小声で言う。

 

「効いてる……」

 

泉も小声で言う。

 

「すごく効いてますね……」

 

露伴は真剣に書いている。

 

「ファティマとマスターの関係性」

「信頼、習慣、確認の省略」

「偽物によって露呈する日常の癖」

 

アウクソーは露伴を見る。

 

「露伴様」

 

「何だ」

 

「マスターに関する記述は、慎重にお願いいたします」

 

露伴は少しだけ黙った。

 

「……善処する」

 

泉が驚く。

 

「先生が善処って言った……」

 

カイエンは小さく笑った。

 

「アウクソーには逆らわない方がいいぞ、漫画家先生」

 

アウクソーは、買い物袋をテーブルに置いた。

 

「それと、マスター」

 

「まだあるのかい」

 

「本日は飲酒をお控えください」

 

カイエンは肩を落とした。

 

「……やっぱり本物だな」

 

弥子が笑った。

 

「そこなんだ!」

 

アウクソーは静かに言った。

 

「はい」

 

その返事の静かな重みが、カイエンには何よりも本物に聞こえた。

 

 

 

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