守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
帽子を深くかぶり、長い脚を組み、テーブルの上には手つかずに近いコーヒー。
空条承太郎。
少なくとも、見た目はそうだった。
弥子が最初に気づいた。
「あ、承太郎さんだ!」
承太郎は、帽子のつばの奥から軽く視線を上げる。
「……ああ」
それだけだった。
泉は少し遅れて会釈した。
「こんにちは、承太郎さん」
「……」
返事はない。
泉は小声で弥子に言う。
「今日はいつも以上に静かだね……」
弥子も小声で返した。
「でも承太郎さんって、だいたい静かじゃない?」
「それはそうだけど……」
承太郎はコーヒーを一口飲んだ。
そして、低く呟く。
「……やれやれだぜ」
弥子と泉は納得した。
承太郎さんだ。
少しして、岸辺露伴が現れた。
彼は席に座るなり、承太郎を見る。
「承太郎。今日は早いな」
「……ああ」
露伴は一瞬だけ目を細めた。
「随分と口数が少ない」
泉がすぐ言う。
「先生、承太郎さんはいつも少ないです」
「それはそうだが」
露伴はなおも見ている。
視線。
姿勢。
沈黙。
帽子の角度。
似ている。
だが、何かがほんの少し違う。
ただ、承太郎という男は、もともと判断材料が少ない。
語らない。動かない。必要以上に反応しない。
露伴はメモ帳を取り出し、こう書いた。
承太郎、今日は沈黙が少し作為的。
弥子が覗き込む。
「それ、どういう意味ですか?」
「黙っていることを、少し演じているように見える」
泉が苦笑する。
「先生、沈黙まで取材対象なんですか……」
承太郎は低く言った。
「……書くな」
露伴は少しだけ眉を上げた。
「ふん。そこは似ている」
弥子は首を傾げる。
「似てる?」
露伴は答えなかった。
そこへ、カイエンがやってきた。
「おや。今日は承太郎が先か」
承太郎は、ちらりと目を向ける。
「……ああ」
カイエンは椅子に腰かけ、少しだけ眺めた。
「機嫌が悪そうだな」
「……いつもだ」
カイエンは笑った。
「それもそうか」
泉が小声で言う。
「通っちゃった……」
露伴も小さく呟く。
「今の返しは悪くない」
弥子はますます分からなくなる。
「え? 何? 何か怪しいんですか?」
露伴は言った。
「分からない」
「先生でも?」
「承太郎はもともと無口だからな」
「真似る側にとっては、楽なようで難しい」
その言葉に、承太郎がほんの少しだけ指を動かした。
だが、誰も決定打にはしなかった。
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そこへ、レディオス・ソープが現れた。
今日は男性モードである。
「やあ。みんな揃ってるね」
カイエンは言う。
「また面倒ごとを持ってきたんじゃないだろうな」
「失礼だなあ」
ソープは席につこうとして、承太郎を見た。
そして、少しだけ首を傾げた。
「……君、承太郎じゃないね」
カフェテラスの空気が止まった。
弥子が叫ぶ。
「えっ!? また!?」
泉が頭を抱える。
「またですか!?」
カイエンは承太郎を見る。
「今度は承太郎か」
露伴の目が輝いた。
「いい。非常にいい」
承太郎は帽子の奥から低く言う。
「……何のことだ」
ソープは穏やかに答える。
「声も姿も似ている」
「黙り方も、それなりに似せている」
「……」
「でも、軽い」
承太郎の眉がわずかに動いた。
「軽い?」
ソープは頷く。
「本物の空条承太郎は、黙っているだけで場を固定する」
「君は、黙っていることを演じている」
露伴が勢いよくメモする。
「沈黙の質。いい。非常にいい」
泉が叫ぶ。
「もう皆さん、偽物判定に慣れすぎじゃないですか!?」
カイエンは少し感心したように言う。
「なるほどな」
「たしかに本物は、何も言わなくても重い」
弥子も頷いた。
「言われてみれば、今日の承太郎さん、ちょっと薄いかも」
偽承太郎は、数秒黙った。
そして、ふっと笑った。
「いやー」
姿が揺れる。
承太郎の顔が崩れ、帽子も服も輪郭を失う。
そこに現れたのは、怪物強盗Xiだった。
「黙ってればいけると思ったんだけどなあ」
弥子が指を差す。
「Xi!!」
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Xiは椅子にもたれたまま笑っていた。
「承太郎さんって、けっこう楽かと思ったんだよ」
「口数少ないし、表情変わらないし、“やれやれだぜ”って言っとけば何とかなるかなって」
カイエンが呆れる。
「浅いな」
Xiは肩をすくめる。
「でも、わりと通ったでしょ?」
泉が小声で言う。
「通ってましたね……悔しいですけど」
露伴は言う。
「外側は似ていた」
「だが、沈黙に重さがなかった」
Xiは露伴を見る。
「沈黙に重さって何?」
ソープが答えた。
「本物は、黙っていてもこちらが余計なことをしない方がいいと思う」
「君の場合は、黙っている間に何を企んでいるのか見える」
Xiは少し嬉しそうに笑う。
「それはそれで僕っぽくない?」
弥子が言う。
「承太郎さんっぽくはない!」
Xiは楽しそうに足を組み直す。
「じゃあ、次は“オラオラ”も練習してくるかな」
その場の全員が、一瞬で真顔になった。
弥子が言う。
「やめときなよ」
泉も頷く。
「それは本当にやめた方がいいです」
カイエンが低く言った。
「本物に見つかったら終わるぞ」
ソープも穏やかに言う。
「スタープラチナは、たぶん冗談では済ませてくれないね」
Xiは少しだけ沈黙した。
「……今日はこのへんで帰ろうかな」
露伴が一歩前へ出る。
「待て。君の変装について、まだ聞きたいことがある」
「やだよ。露伴先生に捕まると、逃げにくそうだし」
「当然だ」
Xiは笑った。
「じゃあね」
「本物が来る前に退散するよ」
弥子が叫ぶ。
「今日は何か食べてないでしょうね!?」
Xiは胸を張る。
「コーヒーだけ」
泉が伝票を見る。
「……本当にコーヒーだけですね」
カイエンが言う。
「払え」
Xiは、伝票の上に小銭を置いた。
全員が固まった。
弥子が叫ぶ。
「払った!?」
Xiは笑う。
「本物の承太郎さんに化けたんだからね」
「食い逃げはちょっと違うかなって」
露伴がメモした。
「妙なこだわりがある」
Xiは手を振った。
「次はもっと重く黙れるようにしてくるよ」
「来なくていい!」
弥子の声を背に、Xiは通行人の影へ滑り込むように消えた。
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数分後。
本物の空条承太郎が現れた。
その瞬間、空気が変わった。
何もしていない。
ただ歩いてきただけ。
だが、確かに場の温度が一段沈む。
ソープは小さく笑った。
「ほら。この重さだ」
カイエンも頷く。
「なるほどな」
承太郎は全員を見た。
「……何があった」
弥子が言う。
「Xiが承太郎さんに化けてました」
承太郎は黙った。
その沈黙だけで、泉の背筋が伸びた。
露伴はメモ帳を開く。
「本物の沈黙は、偽物より重い」
承太郎が露伴を見る。
「書くな」
「もう書いた」
承太郎はさらに黙った。
泉が小声で言う。
「重い……」
弥子も小声で言う。
「これは本物……」
承太郎は、低く言った。
「次に見つけたら、殴る」
カイエンが肩をすくめる。
「Xi、逃げて正解だったな」
ソープは紅茶を飲みながら言った。
「うん。非常に賢い判断だった」
露伴は不満そうに言う。
「もう少し観察したかった」
承太郎が短く言った。
「やめとけ」
「君に化けたんだぞ。興味深いだろう」
「くだらねぇ」
弥子が笑った。
「でも、今日のXiはちゃんとコーヒー代払いましたよ」
承太郎は少しだけ眉を動かす。
「……そうか」
泉が小声で言った。
「そこは評価した……?」
ソープが微笑む。
「彼なりの本物らしさだったのかもしれないね」
承太郎は席に座り、コーヒーを注文した。
そして、いつも通り黙った。
今度の沈黙は、誰も疑わなかった。