守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはまだ来ていない

いつものカフェテラス。

 

ダグラス・カイエンは、珍しく本当にくつろいでいた。

 

テーブルにはコーヒー。

皿には、まだ手をつけていない小さな焼き菓子。

通りには午後の人波。

 

六壁坂でもない。

怪異もいない。

霧もない。

ソープもいない。

アウクソーも、少し買い足しに出ている。

 

つまり、平和だった。

 

少なくとも、岸辺露伴が現れるまでは。

 

「いたな」

 

その一言を聞いた瞬間、カイエンはカップを置いた。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

露伴は眉をひそめる。

 

「待て待て!! 失礼だろ!」

 

「君の第一声が“いたな”の時点で、だいたい用件は分かるんだよ、漫画家先生」

 

泉京香が、露伴の後ろで申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すみません……先生がどうしても、前回のカイエンさん偽物事件について追加で聞きたいと……」

 

カイエンは露伴を見た。

 

「もう終わった話だろう」

 

露伴は椅子に座る。

 

「終わっていない。君の偽物が出たことで、逆に君自身の輪郭が見えた」

 

「見なくていい」

 

「見る」

 

「見るな」

 

「もう見た」

 

カイエンは深く息を吐いた。

 

「……面倒だな」

 

露伴はメモ帳を開いた。

 

「まず確認したい。君は前回、キラとラクスに“優しい”と指摘されて狼狽した」

 

「してない」

 

「した」

 

「してない」

 

泉が小声で言う。

 

「してました……」

 

カイエンは泉を見た。

 

泉は目を逸らした。

 

その時、少し離れた席にいた弥子が、ケーキを食べながら手を振った。

 

「あ、また取材ですか?」

 

「違う」

 

露伴が言う。

 

「取材だ」

 

カイエンと露伴の声が重なった。

 

弥子は笑った。

 

「もう完全にいつものやつですね」

 

カイエンは、ふと何かを思いついたように黙った。

 

それから、うっすら笑った。

 

「……なるほど」

 

泉が嫌な予感を覚える。

 

「カイエンさん?」

 

「そんなに僕を見たいなら」

 

カイエンは椅子にもたれたまま、軽く指を鳴らした。

 

次の瞬間。

 

カイエンが二人になった。

 

「……え?」

 

泉が固まった。

 

弥子がフォークを落としかけた。

 

露伴の目が、これ以上ないほど輝いた。

 

テーブルの左右に、同じ顔、同じ服、同じ表情のカイエンが座っている。

 

片方のカイエンがコーヒーを飲む。

 

もう片方のカイエンが、焼き菓子を指でつまむ。

 

「さて」

 

「どちらに取材する?」

 

二人のカイエンが、同じような声で言った。

 

泉が叫んだ。

 

「またですか!?」

 

弥子も立ち上がる。

 

「Xi!? 今度はどっち!?」

 

露伴は興奮を隠さない。

 

「いい。非常にいい」

「前回の偽物騒動を踏まえて、今度は二人のカイエン」

「どちらが本物か、あるいはどちらも偽物か――」

 

カイエンAが笑った。

 

「さあね」

 

カイエンBも笑った。

 

「見分けられるかい?」

 

弥子が二人を見比べる。

 

「えーっと……」

「どっちも嫌な感じにカイエンさんっぽい!」

 

カイエンAが言う。

 

「褒めてるのかい」

 

カイエンBが続ける。

 

「けなしてるのかい」

 

泉が頭を抱えた。

 

「ハモらないでください! 余計分かりません!」

 

露伴は二人のカイエンの手、視線、座り方を観察している。

 

「奇妙だ」

「どちらも、外見だけでなく反応が自然すぎる」

 

カイエンAが肩をすくめる。

 

「それはそうだろう」

 

カイエンBが言う。

 

「どちらも僕だからな」

 

弥子が叫ぶ。

 

「いや、それが分からないんですって!」

 

その時。

 

カフェテラスの入口に、一人の少年のような影が現れた。

 

軽い足取り。

悪戯っぽい笑顔。

見覚えのありすぎる気配。

 

怪物強盗Xiだった。

 

「やあ。今日は誰に化けようかな――」

 

Xiはそこで止まった。

 

二人のカイエンを見た。

 

そして、素で言った。

 

「……え、何これ」

 

弥子が指を差した。

 

「あ、本物のXi!」

 

Xiは顔をしかめる。

 

「本物のXiって何!?」

 

泉が二人のカイエンとXiを見比べる。

 

「じゃあ……あのカイエンさん二人は、Xiさんじゃないんですか?」

 

Xiは両手を広げた。

 

「違うよ!? 僕、今来たところだよ!?」

「今日はまだ何もしてない!」

 

露伴が呟く。

 

「つまり、怪盗Xiはまだ来ていなかった……」

 

泉が即座に言う。

 

「来ましたけどね! 今は!」

 

弥子は混乱している。

 

「え、じゃあ本当にどっちが何!?」

 

Xiは二人のカイエンをじろじろ見る。

 

「いや、これはズルいでしょ」

「僕がやる前に偽物騒ぎ起こすのやめてくれないかな!?」

 

カイエンAが言う。

 

「偽物じゃない」

 

カイエンBが続ける。

 

「どちらも本物だ」

 

Xiは叫んだ。

 

「それが一番タチ悪いんだよ!!」

 

そこへ、さらに別の声がした。

 

「ふふっ」

 

全員が振り向く。

 

レディオス・ソープが、少し離れた席で紅茶を飲んでいた。

 

いつの間にいたのか。

 

ソープは、二人のカイエンを眺めながら、肩を震わせて笑っていた。

 

「カイエン……それはある意味反則だよw」

 

カイエンAが見る。

 

「何がだい」

 

カイエンBも見る。

 

「僕は何もしてないよ」

 

ソープはさらに笑った。

 

「してるじゃないか」

「ミラーだろう?」

 

露伴が反応した。

 

「ミラー?」

 

泉も身を乗り出す。

 

「説明してください!」

 

カイエンAとBが同時に言った。

 

「聞くな」

 

ソープは笑いながらカップを置いた。

 

「簡単に言うとね」

「どちらもカイエンなんだ」

 

弥子が目を丸くする。

 

「どっちも本物!?」

 

「そう」

 

Xiが不満げに言う。

 

「何その能力。怪盗いらないじゃん」

 

ソープは楽しそうに続ける。

 

「ミラーは分離攻撃の一種だよ」

「自分を分けて、両方を実体として動かせる」

「だから今回の場合、“どっちがXiか”という問い自体が間違い」

 

露伴は猛烈にメモを取り始める。

 

「自分自身を分離して二体化……」

「偽物ではなく、複数の本物……」

「いい。非常にいい」

 

カイエンAが露伴を見る。

 

「書くな」

 

カイエンBも言う。

 

「それ以上書くな」

 

露伴は言う。

 

「二人で止めるな。圧が倍だ」

 

泉は力なく椅子に座った。

 

「もう、最近の偽物騒動で感覚がおかしくなってます……」

 

弥子は二人のカイエンを交互に見る。

 

「じゃあ、どっちがケーキ代払ってくれるんですか?」

 

カイエンAが言う。

 

「払わん」

 

カイエンBも言う。

 

「自分で払え」

 

弥子は頷いた。

 

「本物だ」

 

Xiが笑う。

 

「判定基準そこなんだ」

 

その時、買い物袋を持ったアウクソーが戻ってきた。

 

「マスター」

 

二人のカイエンが同時に振り向く。

 

「何だい」

 

アウクソーは、ほんの一瞬だけ二人を見た。

 

そして、何事もなかったように言った。

 

「お二人とも、そろそろおやめください」

 

泉が叫んだ。

 

「判定早い!!」

 

露伴がすぐに聞く。

 

「なぜ分かる?」

 

アウクソーは一礼した。

 

「どちらもマスターですので」

 

泉が頭を抱える。

 

「説明になってるようで、なってない!」

 

ソープはまだ笑っている。

 

「ほらね」

 

Xiはアウクソーを見る。

 

「アウクソーさん、驚かないんだ」

 

「慣れております」

 

「慣れてるんだ……」

 

アウクソーはカイエン二人へ向き直った。

 

「マスター」

「お客様を混乱させる目的でのミラー使用は、お控えください」

 

カイエンAが言う。

 

「目的は混乱じゃない」

 

カイエンBが言う。

 

「露伴先生の取材を分散させるためだ」

 

露伴が目を輝かせる。

 

「なるほど。片方が僕の取材を受け、片方が逃げるつもりだったのか」

 

カイエンAとBは黙った。

 

泉が言う。

 

「図星ですね」

 

アウクソーは静かに言った。

 

「マスター」

 

二人のカイエンが同時に目を逸らす。

 

「……分かった」

 

「戻るよ」

 

次の瞬間、片方のカイエンの輪郭が揺れた。

 

鏡像が重なるように、二人のカイエンは一人へ戻る。

 

そこには、いつものカイエンが座っていた。

 

カイエンはコーヒーを飲む。

 

「満足したかい?」

 

露伴は即答した。

 

「するわけがない」

 

カイエンはため息をついた。

 

「だろうな」

 

Xiは腕を組んで、不満そうに言う。

 

「なんか今日、僕の出番が奪われた気がする」

 

弥子が笑う。

 

「だって、Xi来る前に事件起きてたし」

 

泉が言う。

 

「タイトル通りでしたね……」

 

Xiはカイエンを見る。

 

「カイエンさん、僕が何もしてないのにみんなを疑心暗鬼にするの、やめてくれる?」

 

カイエンは軽く笑った。

 

「君が普段からそういうことをするからだろう」

 

Xiは反論できなかった。

 

「……それは、まあ」

 

ソープが紅茶を飲みながら言った。

 

「つまり今回は、Xiの信用のなさが招いた混乱だね」

 

Xiはソープを見た。

 

「ソープさんにだけは言われたくないなあ」

「本人が説明不能すぎて、僕が一番化けやすかった人じゃん」

 

ソープの笑顔が少しだけ固まった。

 

カイエンが笑う。

 

「刺さったな」

 

弥子も言う。

 

「刺さった」

 

ソープは咳払いした。

 

「……それは前回の話だよ」

 

露伴はメモ帳を閉じた。

 

「怪盗Xiはまだ来ていなかった」

「だが、彼が積み重ねた変装騒動が、全員に偽物を疑わせた」

「そしてカイエンは、それを利用して遊んだ」

 

カイエンは言った。

 

「遊んでない」

 

アウクソーが静かに見る。

 

カイエンは少し間を置いた。

 

「……少しだけだ」

 

泉がため息をつく。

 

「認めた……」

 

Xiはにやっと笑う。

 

「じゃあ今日は、僕は何もしないで帰ろうかな」

 

弥子がすかさず言う。

 

「コーヒー代は?」

 

Xiはテーブルを見た。

 

「僕、何も頼んでないよ」

 

泉が伝票を確認する。

 

「本当です。今回は何も飲み食いしてません」

 

弥子が驚く。

 

「珍しい!」

 

Xiは胸を張る。

 

「今日は被害者だからね」

 

カイエンが言う。

 

「どの口が言うんだ」

 

Xiは軽く手を振った。

 

「じゃあね」

「次はちゃんと僕が事件を起こすから」

 

泉が叫ぶ。

 

「起こさないでください!」

 

Xiは笑いながら、人混みに紛れて消えた。

 

あとには、カイエン、露伴、泉、弥子、ソープ、アウクソーが残った。

 

露伴はカイエンを見た。

 

「で、ミラーについて詳しく」

 

カイエンは即座に立ち上がる。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

露伴も立ち上がる。

 

「待て待て!!」

 

弥子が笑う。

 

「最初に戻った!」

 

ソープは肩を揺らして笑っている。

 

アウクソーは買い物袋を持ったまま、静かに言った。

 

「マスター、次回からはご説明を先にお願いいたします」

 

カイエンは少しだけ困った顔をした。

 

「……善処する」

 

泉が小声で言った。

 

「それ、一番信用できないやつです」

 

カフェテラスに、穏やかな午後の風が吹いた。

 

怪盗Xiは、まだ来ていなかった。

 

だが、騒動は十分に起きていた。

 

そして、来てからも特に何もしていなかった。

 

それでも、なぜか全員少し疲れていた。

 

主に、カイエンのせいで。

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