守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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いつものカフェテラス。

午後の陽射しの下で、ソープダッシュは一人、紅茶を飲んでいた。

淡い色の服。
穏やかな表情。
細い指でカップを持ち、ゆっくりと香りを楽しむ仕草。

それは、いつものソープダッシュだった。

少なくとも、本人はそう思っていた。

だが、少し離れた植え込みの影では、岸辺露伴が身を低くしていた。

隣には泉京香。

泉は、信じられないものを見る目で露伴を見ている。

「先生……」
「何してるんですか」

露伴は真剣だった。

「観察している」

「見れば分かりますけど!」
「普通に声をかければいいじゃないですか!」

露伴はソープダッシュを指差す。

「今、あそこにいるソープダッシュが本物とは限らない」

泉は一瞬黙った。

そして、深くため息をついた。

「もう完全に疑心暗鬼じゃないですか……」

「怪盗Xiは、すでにソープにも化けた」
「ラクスにも、アウクソーにも、僕にも、承太郎にも、カイエンにも、君にも化けた」
「次にまたソープダッシュを選んでも不思議はない」

「理屈としては分かりますけど……」

「だから、観察する」

泉は小さく呟いた。

「先生、完全に怪盗Xiの行動パターン研究に入ってる……」


怪盗Xiはソープダッシュを装う

そこへ弥子がやってきた。

 

「何してるんですか?」

 

泉が慌てて手を振る。

 

「しーっ!」

 

弥子は植え込みの影にしゃがむ二人を見て、目を丸くした。

 

「え、何この状況」

 

露伴は言った。

 

「ソープダッシュを観察している」

 

「言い方!!」

 

弥子はカフェテラスの方を見る。

 

ソープダッシュは普通に紅茶を飲んでいる。

 

「……普通にソープさんじゃないですか?」

 

「普通に見える時ほど怪しい」

 

泉が即座に言う。

 

「先生、それもう何でも怪しいです!」

 

弥子はじっと観察した。

 

「紅茶飲んでるだけですよ?」

 

露伴はメモを取る。

 

「カップの持ち方は自然」

「姿勢にも不自然さはない」

「しかし、自然すぎる可能性がある」

 

弥子が困る。

 

「自然すぎるって何ですか」

 

そこへ、キラとラクスが通りがかった。

 

キラは、植え込みの影に集まる三人を見て固まる。

 

「……皆さん、何を?」

 

ラクスも少しだけ驚いていた。

 

泉は力なく言った。

 

「ソープダッシュさんが本物かどうか、観察中です……」

 

キラは少しだけ考えた。

 

「またXiですか?」

 

弥子が頷く。

 

「可能性あるって」

 

ラクスはカフェテラスのソープダッシュを見た。

 

「とても自然に見えますわ」

 

露伴が言う。

 

「だからこそ、だ」

 

キラは苦笑した。

 

「疑いが深くなってますね……」

 

そこへ、カイエンも現れた。

 

彼は植え込みの影に集まる面々を見て、明らかに嫌そうな顔をした。

 

「何だ、この不審者の集まりは」

 

弥子が言う。

 

「あ、カイエンさん」

 

露伴はカイエンを見上げる。

 

「君も見ろ」

 

「嫌だよ」

 

「そこにいるソープダッシュが本物かどうか、判断してくれ」

 

カイエンは面倒そうにソープダッシュを見た。

 

紅茶を飲む姿。

カップを置く間。

通行人へ向ける視線。

 

少し見ただけで、カイエンは言う。

 

「……いや、あれはソープじゃないか?」

 

露伴がすぐに聞く。

 

「なぜ分かる」

 

「カップを置く時の間がな」

 

弥子が目を丸くする。

 

「細かっ!」

 

カイエンは肩をすくめる。

 

「長い付き合いだ」

 

泉は少し安心しかけた。

 

だが露伴は、まだ納得していない。

 

「だが、Xiがそこまで調べている可能性もある」

 

カイエンは露伴を見た。

 

「君、完全に面倒な方向へ進んでるな」

 

「当然だ」

 

「当然なのかい」

 

その時、ソープダッシュがふとこちらを見た。

 

植え込みの影に集まる一行と、目が合う。

 

ソープダッシュは、軽く首を傾げた。

 

「……何してるの、みんな」

 

全員が固まった。

 

弥子が小声で言う。

 

「見つかった」

 

泉が頭を抱える。

 

「そりゃ見つかりますよ……」

 

______________________________

 

その瞬間だった。

 

背後から、同じ声がした。

 

「みんな、何してるの?」

 

全員が振り返る。

 

そこに、もう一人のソープダッシュが立っていた。

 

同じ顔。

同じ声。

同じ姿。

 

柔らかな笑みを浮かべ、まるで今たまたま通りかかったかのように、自然に立っている。

 

弥子が叫んだ。

 

「ソープさんが二人!!」

 

泉も叫ぶ。

 

「またこのパターンですか!?」

 

カイエンは眉を寄せる。

 

「……おい」

 

露伴の目が輝いた。

 

「来たな」

 

カフェの席にいたソープダッシュは、少し驚いたあと、にこりと笑った。

 

「あら」

 

後から来たソープダッシュも、同じように笑う。

 

「あら」

 

弥子が頭を抱えた。

 

「ハモらないでください!!」

 

後から来たソープダッシュは、植え込みの影の一行を見回した。

 

「またXiくんを疑っているの?」

「もう、みんな疑いすぎよ」

 

その言い方は、非常に自然だった。

 

これまでの騒動を分かっていて、少し呆れながら、でも面白がっている。

いかにもソープダッシュらしい。

 

泉が揺らいだ。

 

「後から来た方が……自然に話しかけてきましたね」

 

キラも困ったように言う。

 

「たしかに……」

 

露伴は二人を見比べる。

 

「先にいた方は、あまりにも落ち着きすぎている」

「むしろ、演技のようにも見える」

 

カイエンが渋い顔をする。

 

「いや、ソープは元々そういうところがある」

 

弥子は両方を見ている。

 

「でも、後から来た方もすごくソープさんっぽい……」

 

ラクスは静かに言った。

 

「どちらも、とてもよく似ていますわ」

 

カフェの席にいたソープダッシュ――本物は、紅茶のカップを置いた。

 

「へえ」

「今回はそう来るのね」

 

後から来たソープダッシュは、にこりと笑う。

 

「どういう意味?」

 

「さあ?」

 

「さあ?」

 

また同時だった。

 

泉が叫ぶ。

 

「やめてください! 余計分からないです!」

 

______________________________

 

本物ソープダッシュは、席に座ったまま頬杖をついた。

 

「で、みんな」

「最初からいたあたしを疑ってたの?」

 

全員が一瞬、目を逸らした。

 

弥子が言う。

 

「えっと……」

 

キラも小声で言う。

 

「すみません……」

 

露伴は悪びれない。

 

「疑う価値があった」

 

ソープダッシュは露伴を見る。

 

「嬉しくないわね」

 

カイエンは腕を組んでいる。

 

「おまえは普段から説明不能だからな」

 

ソープダッシュはじとっとカイエンを見る。

 

「またそれ?」

 

後から来たソープダッシュが、そこで軽く笑った。

 

「そうよね」

「ソープは、少しくらい変でもソープだから」

 

その言葉に、本物のソープダッシュの目がほんの少しだけ細くなった。

 

だが、すぐに笑みへ戻る。

 

「よく分かってるじゃない」

 

後から来た方は肩をすくめた。

 

「だって、あたしだもの」

 

弥子が混乱する。

 

「どっちも本物みたいなこと言う!」

 

露伴はメモする。

 

「後から現れた方は、周囲の疑心暗鬼を利用している」

「先にいた方を怪しく見せ、自分を自然に見せる手口か」

 

泉が言う。

 

「じゃあ、後から来た方が怪しいんですか?」

 

露伴は答える。

 

「分からない」

 

「先生でも!?」

 

「面白いだろう」

 

「困ります!」

 

キラは後から来たソープダッシュを見た。

 

「ソープさん」

「もし本物なら、前回Xiに化けられた時のケーキ代のこと、覚えてますか?」

 

本物ソープダッシュの顔が、ほんの一瞬だけ止まった。

 

後から来たソープダッシュは、軽く笑って答えた。

 

「もちろん」

「あとで請求するつもりよ」

 

弥子が叫んだ。

 

「おお! それっぽい!」

 

本物ソープダッシュは、黙って紅茶を飲んだ。

 

カイエンは眉を寄せる。

 

「……おい、ソープ」

 

本物ソープダッシュは答えない。

 

ただ、少しだけ面白そうにしている。

 

______________________________

 

 

後から来たソープダッシュは、完全に場をつかんでいた。

 

彼女は一行の輪の中へ入り、自然に椅子を引く。

 

「皆、そんなところに隠れてないで座ればいいのに」

 

弥子が言う。

 

「その言い方もソープさんっぽい!」

 

泉は本物と偽物を見比べて、ほとんど分からなくなっていた。

 

キラも困っている。

 

ラクスは黙って観察している。

 

カイエンだけが、先にいたソープダッシュの方をじっと見ていた。

 

「……おまえ、面白がってるな」

 

本物ソープダッシュは、紅茶を飲んで微笑む。

 

「さあ?」

 

カイエンはため息をつく。

 

「やっぱりそっちが本物に見えてくるな」

 

後から来たソープダッシュがすかさず言う。

 

「あら、ひどいわね」

 

カイエンはそちらを見る。

 

「君も上手いよ」

 

「ありがとう」

 

「だが、ソープは褒められてそんなに素直に喜ばん」

 

その瞬間、後から来たソープダッシュの表情が、ほんの少しだけ固まった。

 

本物ソープダッシュが、静かに立ち上がる。

 

そして、後から来たソープダッシュの前へ歩いた。

 

「よくできてるわ」

「前よりずっと上手い」

 

後から来たソープダッシュは、少しだけ嬉しそうにした。

 

「ほんと?」

 

本物ソープダッシュは、にこりと笑う。

 

「ええ」

「でもね」

 

彼女は、相手の目をまっすぐ見る。

 

「あたしは、自分を褒められて、そんなに素直には喜ばないわ」

 

一瞬の沈黙。

 

弥子が「あっ」と声を漏らす。

 

泉も目を見開く。

 

露伴のペンが走る。

 

「自己評価への反応……!」

 

後から来たソープダッシュは、肩を落とした。

 

「うわー」

「惜しかった!」

 

姿が揺れる。

 

ソープダッシュの顔が崩れ、輪郭が変わる。

 

現れたのは、怪物強盗Xiだった。

 

「今回は、かなりいいところまで行ったと思ったんだけどなあ」

 

弥子が叫ぶ。

 

「Xi!!」

 

______________________________

 

Xiは悔しそうな顔をしながらも、楽しそうだった。

 

「どう? 後から来た方が本物っぽく見えたでしょ?」

 

泉は正直に言った。

 

「見えました……」

 

キラも苦笑する。

 

「かなり迷いました」

 

弥子も頷く。

 

「今回はほんとに分かんなかった!」

 

露伴はメモしながら言う。

 

「これまでの変装事件によって、こちらの疑い方を学習した」

「先にいる者を疑わせ、後から来た自分を本物に見せる」

「非常にいい」

 

Xiは胸を張った。

 

「でしょ?」

 

カイエンが言う。

 

「調子に乗るな」

 

Xiは笑う。

 

「でも、カイエンさんも迷ってたよね」

 

カイエンは黙った。

 

弥子がにやっとする。

 

「迷ってた」

 

泉も言う。

 

「迷ってましたね」

 

カイエンは目を逸らした。

 

「……今回は、まあまあだった」

 

本物ソープダッシュは、Xiを見て言った。

 

「かなり上手くなったわね」

 

Xiは少し警戒する。

 

「また褒めてる?」

 

「ええ」

「でも、もう少し自分を褒められた時の反応を考えた方がいいわ」

 

Xiは苦笑する。

 

「本人から講評されるの、複雑だなあ」

 

ソープダッシュは笑った。

 

「次はないわよ」

 

Xiは即答した。

 

「それ、前も聞いた」

 

弥子が突っ込む。

 

「懲りない!」

 

______________________________

 

 

Xiは時計を見るふりをした。

 

「じゃ、今日はこのへんで」

 

弥子が即座に言う。

 

「待てー! 今日は何か食べた!?」

 

Xiは胸を張る。

 

「まだ何も食べてないよ」

 

泉が伝票を確認する。

 

「本当です。追加なしです」

 

弥子が感心する。

 

「最近、ちゃんと会計意識してる」

 

Xiは少し得意げに言う。

 

「僕も成長してるからね」

 

カイエンが言う。

 

「成長の方向を間違えてる」

 

Xiは肩をすくめる。

 

「じゃあね。次は、もっと本物っぽくするよ」

 

本物ソープダッシュがにこりと笑った。

 

「ほどほどにね」

 

Xiはその笑顔を見て、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「……やっぱり本物の方が怖いなあ」

 

そう言って、Xiは人混みへ消えた。

 

______________________________

 

 

Xiが去ったあと、ようやく全員が席についた。

 

泉は疲れた顔でアイスティーを注文した。

弥子はケーキを頼むかどうか迷っている。

キラはまだ少し混乱している。

ラクスは穏やかに微笑んでいる。

露伴はメモを取り続けている。

 

カイエンは本物ソープダッシュを見た。

 

「で、ソープ」

 

「何?」

 

「前回のケーキ代、請求するつもりだったんじゃないのか?」

 

ソープダッシュは、そこで止まった。

 

「……」

 

弥子が首を傾げる。

 

「ソープさん?」

 

ソープダッシュは、ゆっくりと人混みの方を見た。

 

もう、Xiの姿はない。

 

そして、小さく呟いた。

 

「……忘れてた」

 

全員が沈黙した。

 

弥子が叫ぶ。

 

「今!?」

 

泉が頭を抱える。

 

「一番大事なところを……!」

 

カイエンは笑いをこらえきれなかった。

 

「君、さっきキラに聞かれた時、“あとで請求するつもりよ”って言ってなかったか?」

 

ソープダッシュは目を逸らす。

 

「言ったわね」

 

「で、忘れたのか」

 

「ええ」

 

弥子が笑い出した。

 

「本物だ!」

 

泉も笑ってしまう。

 

「確かに、これは本物ですね……」

 

露伴がメモした。

 

「本物のソープダッシュ、怪盗Xiへの請求を忘れる」

 

ソープダッシュが露伴を見る。

 

「書かなくていいわ」

 

「もう書いた」

 

カイエンは肩をすくめた。

 

「まあ、前回のケーキ三切れ代は授業料だと思うことだな」

 

ソープダッシュは紅茶を飲みながら、少しだけ不満そうに言った。

 

「次に会ったら、必ず請求するわ」

 

弥子がにやにやする。

 

「忘れなければ?」

 

ソープダッシュは、静かに弥子を見る。

 

「弥子ちゃん」

 

「はい」

 

「覚えておいて」

 

弥子が笑った。

 

「はい!」

 

カフェテラスに、穏やかな風が吹いた。

 

怪盗Xiは、かなり上手くなっていた。

周囲も、かなり疑い深くなっていた。

そして本物ソープダッシュは、相変わらず少し説明不能で、少しうっかりしていた。

 

だからこそ、分かる。

 

あれは本物だ。

 

たぶん。

 

 

 

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