守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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カフェテラスの窓際で、キラ・ヤマトは紅茶のカップを前にして、少し落ち着かない顔をしていた。

向かいにはラクス・クライン。

午後の日差しは穏やかで、通りを歩く人々もいつも通りだ。
六壁坂の霧もなければ、怪異の気配もない。
怪盗Xiの姿もない。

それなのに、キラは何度か視線を動かした。

「キラ?」

ラクスが静かに声をかける。

「どうかなさいました?」

キラは少し迷ってから、小さく言った。

「最近、どこからか見張られてる気がする……」

ラクスは目を伏せ、少しだけ周囲を見た。

「怪盗Xiさんのことでしょうか」

「分からないけど……」
キラは苦笑する。
「最近、みんな誰かに化けられてるから。次は僕じゃないかって、少し」

ラクスは穏やかに微笑んだ。

「キラに化けるのは、おすすめできませんわね」

「ラクスが怖いから?」

「さあ」

その微笑みは優しかった。

優しかったが、キラは少しだけ背筋を伸ばした。


怪盗Xiはレベルが上がった

その少し離れた植え込みの影に、岸辺露伴がいた。

 

メモ帳。

ペン。

鋭い視線。

 

隣には泉京香。

 

泉は、もう慣れてしまった自分が少し嫌だった。

 

「先生……」

「また覗き見ですか」

 

露伴はキラとラクスの席を見つめたまま言う。

 

「観察だ」

 

「言い方を変えても、やってることはかなり怪しいです」

 

「恐らく、次に怪盗Xiが化けるとしたらキラくんだ」

 

泉は少し黙った。

 

「……まあ、順番的にはそうかもしれませんけど」

 

「だから観察している」

 

「でも、そしたらラクスさんが気づくんじゃないですか?」

 

露伴はペンを止めない。

 

「あえて泳がせている可能性もある」

 

「ラクスさんが?」

 

「あり得る。彼女は穏やかだが、ただ穏やかなだけではない」

露伴は続ける。

「つまり、あの席には三つの可能性がある」

 

泉は嫌な予感がした。

 

「聞きたくないですけど、何ですか」

 

露伴は淡々と言った。

 

「キラくんが本物で、何も起きていない」

「キラくんが偽物で、ラクスが泳がせている」

「キラくんが偽物で、ラクスもまだ気づいていない」

 

泉は頭を抱えた。

 

「もう普通にお茶してるだけに見えますよ……」

 

「普通に見える時ほど怪しい」

 

「最近そればっかりじゃないですか!」

 

露伴は、何かを描き込むようにスケッチを始めた。

 

「怪盗Xiは学習している」

「こちらの疑い方も、反応も、見破りの癖も」

 

泉は小さくため息をついた。

 

「先生も完全にXi研究家になってますね……」

 

______________________________

 

そこへ、弥子がやってきた。

 

「何してるんですか?」

 

泉は反射的に言った。

 

「しーっ!」

 

弥子は植え込みの影にしゃがむ露伴と泉を見て、眉をひそめる。

 

「また誰か観察してるんですか?」

 

露伴は言った。

 

「キラくんだ」

 

弥子はカフェの席を見た。

 

そこには、キラとラクスが普通にお茶をしている。

 

「え、キラくん?」

「普通にキラくんじゃないですか?」

 

「普通に見える時ほど怪しい」

 

弥子は泉を見る。

 

「また言ってる?」

 

泉は力なく頷く。

 

「また言ってる」

 

弥子もしゃがんだ。

 

「で、何を見ればいいんですか?」

 

露伴は言う。

 

「キラくんの仕草、言葉、ラクスへの反応」

「そして、ラクスがどの時点で違和感を拾うかだ」

 

弥子はじっとキラを見た。

 

「……普通に優しそう」

 

「それだけでは判定材料にならない」

 

「じゃあ、お腹空いてるかどうか訊いてみます?」

 

「それは君の判定基準だ」

 

そこへ、カイエンが通りかかった。

 

「……何だ、この植え込みの不審者どもは」

 

弥子が振り向く。

 

「あ、カイエンさん」

 

泉が申し訳なさそうに言う。

 

「先生が、キラくんがXiに化けられている可能性を観察しているそうです」

 

カイエンはカフェの席を見た。

 

キラとラクスがいる。

 

普通に見える。

 

普通すぎる。

 

カイエンは少しだけ眉を上げた。

 

「まあ、坊やは最後の大物だからな」

 

弥子が言う。

 

「大物?」

 

「ラクス嬢の目をかいくぐれるなら、Xiもたいしたものだ」

 

露伴は頷く。

 

「だから観察する価値がある」

 

カイエンはため息をつきながらも、植え込みの影に加わった。

 

泉が言う。

 

「カイエンさんまで……」

 

「ここまで来ると、少し気になる」

 

弥子は笑った。

 

「みんな疑い深くなりましたね」

 

露伴は言った。

 

「怪盗Xiがそうさせた」

 

______________________________

 

 

観察は、数分続いた。

 

キラはカップを持つ。

ラクスが微笑む。

キラが少し照れたように笑う。

ラクスが何かを言い、キラが頷く。

 

何も怪しくない。

 

むしろ、怪しくないことが怪しい。

 

露伴はメモを取る。

 

「自然すぎる……」

 

泉が小声で言う。

 

「先生、それもう病気です」

 

弥子が身を乗り出す。

 

「あ、キラくんケーキ食べるみたい」

 

カイエンが言う。

 

「そこは重要なのかい」

 

「重要です」

 

その瞬間、弥子が植え込みの枝に引っかかった。

 

がさっ。

 

キラがこちらを見る。

 

ラクスも見る。

 

露伴、泉、弥子、カイエンが固まる。

 

ラクスが静かに立ち上がり、こちらへ歩いてきた。

 

微笑みはある。

 

だが、なぜか全員の背筋が伸びる。

 

「皆さま」

 

ラクスは穏やかに言った。

 

「何をなさっているんですの?」

 

泉は乾いた笑いを漏らした。

 

「ははは……その……」

 

弥子が正直に言った。

 

「キラくんがXiじゃないか観察してました!」

 

泉が叫ぶ。

 

「弥子ちゃん!?」

 

キラは困った顔でこちらに来る。

 

「僕が?」

 

露伴は立ち上がり、何食わぬ顔で言った。

 

「確認だ。君が本物かどうか」

 

キラは少し疲れたように笑った。

 

「最近、それ多いですね……」

 

カイエンが言う。

 

「悪いな、坊や。疑われるだけの流れがある」

 

ラクスはキラの横に戻り、静かに言った。

 

「キラは本物ですわ」

 

泉が即座に頭を下げる。

 

「すみませんでした!」

 

弥子も頭を下げる。

 

「ごめん、キラくん!」

 

キラは苦笑する。

 

「いいよ。まあ、僕もちょっと見張られてる気はしてたし」

 

露伴はじっとキラとラクスを見た。

 

「……どうやら本物だったようだな」

 

泉がほっとする。

 

「ですよね」

 

露伴はメモ帳を閉じた。

 

「帰るか」

 

カイエンが呆れる。

 

「君が騒ぎを大きくしたんだろう」

 

「必要な確認だった」

 

ラクスは微笑む。

 

「次からは、普通にお声がけくださいませ」

 

露伴は少しだけ黙った。

 

「善処する」

 

泉が小声で言った。

 

「それ、一番信用できないやつです」

 

こうして、その場は解散した。

 

キラとラクスは、改めて席へ戻った。

弥子はついでにケーキを頼んだ。

カイエンは「巻き込まれ損だ」と言いながらコーヒーを飲んだ。

 

露伴と泉は、店を離れた。

 

少なくとも、全員そう思っていた。

 

______________________________

 

数日後。

 

泉京香は、岸辺露伴のアトリエにいた。

 

机の上には原稿。

棚には資料。

床には紙。

いつもの仕事場である。

 

泉は、何気なく言った。

 

「先生、この前のキラくん観察の件ですけど」

 

露伴はペンを走らせたまま言った。

 

「何の話だ」

 

泉は止まった。

 

「え?」

 

「キラくん観察とは何だ」

 

泉の顔色が変わる。

 

「先生、カフェで……植え込みの影から……」

 

露伴はようやく顔を上げた。

 

「その日は一日ここにいた」

「原稿を描いていた」

 

泉は固まった。

 

「……え」

 

露伴は少し眉をひそめる。

 

「何だ。その顔は」

 

泉の脳裏に、あの日の光景が蘇る。

 

植え込みの影。

メモ帳。

スケッチ。

キラが次の標的だという推理。

ラクスが泳がせている可能性。

「どうやら本物だったようだな。帰るか」

 

泉はゆっくりと呟いた。

 

「じゃあ……あの露伴先生は……」

 

露伴の目が鋭くなった。

 

「……怪盗Xiか」

 

泉は頭を抱えた。

 

「やられた!!」

 

______________________________

 

 

その日の夕方。

 

いつものカフェテラスに、泉、弥子、カイエン、キラ、ラクスが集められた。

 

本物の岸辺露伴もいる。

 

弥子は驚いていた。

 

「えっ!? あの日の露伴センセ、Xiだったんですか!?」

 

泉はうなだれる。

 

「はい……本物の先生はアトリエにいたそうです……」

 

キラは目を丸くする。

 

「じゃあ、僕たちを観察していた露伴先生が偽物だったってことですか?」

 

ラクスは静かに頷いた。

 

「つまり、怪盗Xiさんは、キラに化けたのではなく……」

 

カイエンが続ける。

 

「キラが怪しいと思わせる側に回ったわけか」

 

露伴は不機嫌そうでありながら、どこか面白がってもいた。

 

「やられたな」

 

弥子が言う。

 

「先生がそう言うの珍しいですね」

 

露伴は言った。

 

「今回は、単純に誰かへ化けたのではない」

「疑いの向きを操作したんだ」

 

泉がため息をつく。

 

「私たち、完全に誘導されましたね……」

 

カイエンは腕を組む。

 

「キラに化ければ、ラクス嬢が見抜く」

「なら、キラを疑わせる観察者に化ける」

「なかなか考えたな」

 

キラは少し複雑そうだった。

 

「僕、何もしてないのに疑われました……」

 

弥子が申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんね、キラくん」

 

キラは笑った。

 

「いいよ。もう慣れてきた」

 

ラクスは少しだけ眉を下げた。

 

「慣れないでくださいませ」

 

その時、近くのテーブルに一枚のメモが置かれていることに弥子が気づいた。

 

「これ、何?」

 

露伴がそれを取る。

 

紙には、軽い筆跡でこう書かれていた。

 

キラくんに化けるのは怖いからね。

今回は、みんながキラくんを疑うようにしてみたよ。

なかなか楽しかった。

 

その下に、もう一行。

 

怪盗Xiは、レベルが上がった。

 

弥子が叫んだ。

 

「自分で言った!!」

 

泉が頭を抱える。

 

「悔しいけど、本当に上がってます……」

 

露伴はメモをじっと見た。

 

「なるほど」

 

カイエンが言う。

 

「何だ」

 

露伴は静かに言った。

 

「僕の筆跡にかなり近い」

「だが、最後の一行だけはXiの字だ」

 

弥子が覗き込む。

 

「分かるんですか?」

 

「分かる」

露伴は不愉快そうに言った。

「僕はこんなに軽薄な勝利宣言はしない」

 

カイエンが小さく笑う。

 

「そこか」

 

ラクスはその紙を見ながら言った。

 

「でも、キラに化けなかった判断は賢明ですわ」

 

キラが苦笑する。

 

「ラクス……」

 

ラクスは微笑んだ。

 

「ええ。とても賢明です」

 

全員、少しだけ黙った。

 

怪盗Xiは、たしかにレベルが上がっていた。

 

姿を似せるだけではない。

声を真似るだけではない。

仕草や癖をなぞるだけでもない。

 

今回は、全員の疑い方を利用した。

 

誰かが偽物である可能性。

誰かが泳がせている可能性。

誰かが見破るはずだという信頼。

 

そのすべてを利用した。

 

弥子はメモを見ながら言った。

 

「なんか、悔しいけど……」

「今回はXiの勝ちっぽい」

 

泉も認めざるを得なかった。

 

「ですね……」

 

カイエンは肩をすくめる。

 

「まあ、今回はな」

 

露伴はメモを閉じた。

 

「次はそうはいかない」

 

その声は不機嫌そうだった。

 

しかし、目は明らかに楽しんでいた。

 

キラは少し不安そうに言った。

 

「次、あるんですね……」

 

露伴は答える。

 

「向こうが仕掛けるならな」

 

弥子が言う。

 

「でも、キラくんに化けるのはやめた方がいいよね」

 

ラクスがにこりと笑った。

 

「ええ」

 

その一言で、全員が同意した。

 

怪盗Xiはレベルが上がった。

 

だが、まだ越えてはいけない壁がある。

 

その壁の名は、ラクス・クライン。

 

たぶん、怪盗Xiもそれだけは分かっている。

 

 

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