守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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旅館に荷物を置いた一行は、港へ向かって坂道を下りていた。

海から吹く風は、ほんの少し塩の匂いがする。
遠くで船のエンジン音が聞こえ、防波堤の上には釣り人の影が並んでいる。

弥子は先頭を歩きながら、何度も同じ言葉を繰り返していた。

「海鮮丼……海鮮丼……海鮮丼……」

キラは会計メモを見ながら言う。

「弥子ちゃん、夕食は舟盛りつきだからね」
「昼は軽く」

弥子は振り返った。

「軽く海鮮丼!」

泉が首を傾げる。

「軽い海鮮丼って何……?」

カイエンが言った。

「小丼にしておけ」

弥子は真顔で聞き返す。

「小丼……?」

ネウロが笑った。

「ククク……」
「騒音娘の辞書に“小”という概念はない」

「あるよ!」

アウクソーが静かに補足する。

「弥子様、一ヤコ換算は六人前+おやつ別枠+海鮮補正です」
「ただし、夕食に舟盛りがございますので、昼食は一・五人前以内を推奨いたします」

弥子は目を見開いた。

「一・五!?」
「そんな細かく!?」

露伴がメモする。

「一ヤコの部分制限。一・五ヤコ未満」

「ヤコを分割しないでください!!」

キラはすでに乳酸菌飲料を取り出しかけていたが、ラクスがそっと止めた。

「キラ、まずは深呼吸ですわ」

「うん……」

承太郎は帽子のつばを押さえ、短く言った。

「飯くらい普通に食え」

全員が一瞬、静かになった。

弥子が力強く頷く。

「承太郎さん、正論!」

キラも少し笑った。

「そうですね。まずは普通に食べましょう」

ネウロが口元を歪める。

「普通に済めばな」

泉が即座に言う。

「済ませるんです!」


岸辺露伴は潮騒を聞く その4

港の近くにある市場食堂は、昼時でほどよく賑わっていた。

 

壁には魚の名前が並び、黒板には本日のおすすめが書かれている。

 

海鮮丼

漬け丼

刺身定食

焼き魚定食

ミニ海鮮丼セット

限定・特上海鮮丼

 

弥子の目が、最後の一行で止まった。

 

「限定……特上……」

 

キラの手が会計メモへ伸びる。

 

「弥子ちゃん」

 

「はい」

 

「夕食は舟盛り」

 

「はい」

 

「昼は軽く」

 

「はい」

 

「限定・特上は?」

 

弥子は三秒黙った。

 

「……見るだけ」

 

カイエンが笑った。

 

「見るだけで済む顔じゃないな」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「弥子様、ミニ海鮮丼セットがございます」

 

弥子は黒板を見る。

 

「ミニ……」

 

ネウロが笑う。

 

「ミニという概念に敗北するか、騒音娘」

 

「負けてない!」

 

ラクスが優しく言った。

 

「夕食を楽しむための作戦ですわ」

 

弥子はぐっと拳を握った。

 

「作戦……!」

 

キラが小さく頷く。

 

「そう。これは作戦」

 

弥子はついに決断した。

 

「じゃあ、ミニ海鮮丼セット!」

「ただし、味噌汁つき!」

 

泉がほっとする。

 

「よかった……」

 

キラも会計表に書いた。

 

「弥子ちゃん、昼食一・二人前相当に抑制成功」

 

弥子が抗議する。

 

「記録しないで!」

 

露伴が横から言う。

 

「僕も記録した」

 

「露伴センセも!」

 

______________________________

 

 

注文は意外と穏やかに決まった。

 

弥子はミニ海鮮丼セット。

ただし味噌汁と小鉢つき。

 

キラは漬け丼。

ラクスは海鮮ちらし。

 

カイエンは刺身定食。

ソープは海鮮丼を選び、酢飯と醤油の文化に興味を示している。

 

承太郎は鉄火丼。

ネウロは「味見程度」と言いながら、なぜか刺身定食を頼んでいる。

 

泉は焼き魚定食。

露伴は、食堂の古い写真を見ながら海鮮丼を注文した。

 

アウクソーは控えめな刺身定食。

 

キラは全員の注文を確認し、ようやく息を吐いた。

 

「……想定内です」

 

弥子が感動した顔で言う。

 

「キラくん、勝ったね!」

 

「まだ昼食の注文が終わっただけだよ」

 

カイエンが笑った。

 

「会計准将、初戦は防衛成功だな」

 

キラは疲れたように笑った。

 

「その呼び方、やっぱり定着してませんか?」

 

ソープが穏やかに言う。

 

「かなりしてるね」

 

ラクスは微笑んだ。

 

「でも、頼もしいですわ」

 

キラは少しだけ照れた。

 

「……ありがとう」

 

弥子がにやにやする。

 

「いいねえ」

 

ネウロが弥子の頭を軽く小突いた。

 

「貴様はまず己の丼に集中しろ」

 

「まだ来てない!」

 

______________________________

 

 

料理が運ばれてくると、弥子は目を輝かせた。

 

白いご飯の上に、きれいに並んだ刺身。

マグロ、白身、イカ、貝、少しのイクラ。

ミニとはいえ、港町らしい鮮度の良さが見て分かる。

 

「おお……!」

 

弥子は両手を合わせた。

 

「いただきます!」

 

弥子は刺身を食べて、ぱっと顔を輝かせた。

 

「うん!」

「命乞いしない刺身、最高!!」

 

泉が肩を落とす。

 

「褒め方が変になってる……」

 

ラクスは上品に一口食べて、微笑んだ。

 

「とても美味しいですわ」

 

キラも漬け丼を食べて、ようやく少し表情が緩む。

 

「うん。これは来てよかったですね」

 

承太郎も黙って鉄火丼を食べていた。

 

露伴が聞く。

 

「承太郎、どうだ」

 

承太郎は短く言った。

 

「普通にうまい」

 

露伴はすかさずメモする。

 

「空条承太郎、港町の鉄火丼に最大級評価」

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

______________________________

 

昼食は平和だった。

 

少なくとも、最初は。

 

弥子はミニ海鮮丼をきちんと食べ終えた。

味噌汁も飲み、小鉢も食べた。

 

そこで止まれば、完璧だった。

 

しかし、食堂の入口近くには、追加メニューの札があった。

 

本日の小鉢追加できます

港のあら汁

ミニ焼きイカ

地魚の唐揚げ

 

弥子の視線が吸い寄せられる。

 

キラが気づく。

 

「弥子ちゃん」

 

「見てるだけ」

 

カイエンが言う。

 

「見るだけで済む顔じゃないな」

 

アウクソーが静かに告げる。

 

「弥子様、夕食は舟盛りです」

 

弥子は目を閉じた。

 

「夕食は舟盛り……夕食は舟盛り……」

 

ラクスが微笑む。

 

「よく我慢されていますわ」

 

弥子はぱっと顔を上げる。

 

「じゃあ、あら汁だけ!」

 

キラの手が止まる。

 

「……あら汁だけなら、想定内かな」

 

泉が驚く。

 

「想定内なんだ……」

 

アウクソーが会計表を見て頷く。

 

「海鮮補正内です」

 

弥子は勝ち誇った。

 

「やった!」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……補正の範囲で暴れるか」

 

「暴れてない!」

 

最終的に、弥子はあら汁を追加した。

 

そして一口飲んで、幸せそうに言った。

 

「港町、勝ち……!」

 

キラは会計表を見た。

 

「まだ負けてない……」

 

泉が言う。

 

「会計の勝敗で旅を語るの、やめません?」

 

______________________________

 

 

食後、露伴は壁に飾られた古い写真を見ていた。

 

白黒に近い、色褪せた港の写真。

漁船。

市場。

昔の防波堤。

そして遠くに、小さく灯台。

 

露伴は写真の前で足を止めた。

 

「この灯台、今と形が少し違うな」

 

泉が警戒する。

 

「先生、食後すぐ取材モードですか?」

 

「資料があるなら見る」

 

「見るだけですよね?」

 

「見て、必要なら聞く」

 

「それが取材です!」

 

店の主人が通りかかった。

 

露伴はすぐに声をかけようとしたが、泉が先に言う。

 

「先生、まずお会計です」

 

キラが立ち上がる。

 

「会計は僕がまとめます」

 

カイエンが小声で言う。

 

「会計准将、出番だ」

 

キラはもう否定する気力が少し減っていた。

 

「はい……」

 

弥子が心配そうに言う。

 

「キラくん、チョコ食べる?」

 

キラは苦笑した。

 

「ありがとう。でも今は大丈夫」

 

弥子は胸を張る。

 

「あたし、今回けっこう抑えたよね!」

 

キラは会計表を見て、少し笑った。

 

「うん。弥子ちゃん、今回はかなり頑張った」

 

弥子は嬉しそうにする。

 

「やった!」

 

ネウロが言う。

 

「褒められて喜ぶ食費単位」

 

「食費単位じゃない!!」

 

______________________________

 

 

会計は、想定より少しだけ高かった。

 

だが、予備費内だった。

 

キラは小さく息を吐く。

 

「大丈夫です。まだ想定内です」

 

ラクスが優しく言う。

 

「よかったですわね」

 

「うん」

 

泉も安心した。

 

「昼食は無事に終わりましたね」

 

弥子は力強く言う。

 

「美味しかった!」

 

承太郎は短く頷く。

 

「悪くねぇ」

 

露伴はまだ写真を見ていた。

 

古い写真の灯台。

その根元に、数人の漁師が写っている。

 

その中の一人だけ、妙に顔がぼやけていた。

 

露伴は目を細める。

 

「……」

 

ネウロが横に立った。

 

「気づいたか、漫画家」

 

露伴は小声で答える。

 

「まだ、気づいたとは言えない」

 

ネウロは笑った。

 

「ならば、舌に乗せるには早いな」

 

泉が遠くから叫ぶ。

 

「先生! ネウロさん! 食堂で不穏な会話しないでください!」

 

露伴は写真から目を離した。

 

「分かっている」

 

ネウロは窓の外を見る。

 

港から、波の音が聞こえていた。

 

ただの潮騒。

 

今はまだ、それだけだった。

 

弥子が大きく伸びをする。

 

「じゃあ次、港散策!」

 

ソープが言う。

 

「塩ソフトの店も近いね」

 

キラが反射的に言う。

 

「個人負担です」

 

カイエンは堤防の方を見る。

 

「釣り場も見ておきたいな」

 

アウクソーが即座に言う。

 

「見るだけです」

 

「分かってるよ」

 

露伴は灯台の方角を見る。

 

「灯台にも行く」

 

泉が深くため息をついた。

 

「やっぱり行くんですね……」

 

ラクスが穏やかに言う。

 

「少し歩くには、よい時間ですわ」

 

承太郎は立ち上がる。

 

「行くなら早くしろ」

 

こうして、港町の昼食は平和に終わった。

 

会計も、まだ持ちこたえている。

 

弥子も、まだ暴走していない。

 

ネウロも、まだ謎を食べていない。

 

ただ、潮騒だけが、少しずつ近づいているように聞こえた。

 

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