守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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夕食を終えた一行が食事処を出ると、廊下の奥に小さな張り紙があった。

卓球台あります。ご利用はフロントまで。

弥子の目が光った。

「卓球!!」

泉が足を止める。

「あ、旅館っぽいですね」

弥子はもう完全にやる気だった。

「やろう! お風呂前に一汗かこう!」

キラは少し考えた。

「……軽くなら、いいかもね」
「食後すぐ激しく動くのは避けたいけど」

ネウロが笑う。

「ククク……食った分を多少は消費しておけ、騒音娘」

「運動目的じゃない! 遊び!」

カイエンは面白そうに腕を組んだ。

「卓球か」

ソープがにこりと笑う。

「旅館文化調査だね」

キラが即座に言った。

「調査費は発生しません」

「分かってるよ」

露伴は少し面倒そうな顔をした。

「卓球など、わざわざ描くほどのものか?」

泉がすかさず言う。

「先生もやりますよ」

「なぜだ」

「休養だからです」

「休養と卓球は関係ない」

「関係あります!」

承太郎は短く言った。

「……やるなら早くしろ」

アウクソーは静かに確認する。

「入浴前に軽く汗を流す程度であれば、問題ないかと存じます」

ラクスも微笑んだ。

「楽しそうですわね」

弥子は拳を握った。

「よし! 卓球大会だ!」

キラはその瞬間、表情を引き締めた。

「待って。先にルールを決めよう」

全員がキラを見る。

カイエンが小さく笑う。

「今度は会計准将からルール准将かい?」

キラは苦笑した。

「もう何でもいいです……」


岸辺露伴は潮騒を聞く その7

卓球台のある小さな娯楽室に移動すると、キラはラケットを手に取り、真面目な顔で宣言した。

 

「まず、安全のためにルールを決めます」

 

弥子が手を挙げる。

 

「はい!」

 

「桂木弥子さん、まだ質問は受けてません」

 

「早い!」

 

キラは指を立てた。

 

「一つ。特殊能力は禁止」

 

承太郎は黙っている。

 

キラは続ける。

 

「スタンド禁止」

 

承太郎が短く言う。

 

「使わねぇ」

 

「お願いします」

 

「やれやれだぜ」

 

キラは次にネウロを見る。

 

「魔界777ツ能力も禁止」

 

ネウロは心外そうに笑う。

 

「ククク……魔界卓球では、敗者の影を球に封じ――」

 

弥子が叫んだ。

 

「禁止!!」

 

キラは頷く。

 

「はい。禁止です」

 

次にカイエンを見る。

 

「剣聖剣技禁止」

 

カイエンは肩をすくめる。

 

「卓球で剣技を使うほど落ちぶれてないよ」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「マスター、先ほどラケットの握りを確認される際、剣の握りに近い動作をされていました」

 

カイエンは目を逸らした。

 

「……癖だよ」

 

キラはさらに続ける。

 

「ミラー、分身、空間転移、壁破壊、ラケット以外で打つ行為も禁止」

 

ネウロが言う。

 

「舌は?」

 

「禁止」

 

「つまらん」

 

「普通にやってください」

 

そこでソープが静かに手を挙げた。

 

「質問」

 

キラは少し警戒する。

 

「何でしょう」

 

「女装は?」

 

カイエンが即座に言った。

 

「必要ない」

 

弥子が吹き出す。

 

「そこ聞く!?」

 

ソープは真面目そうに言う。

 

「いや、服装による心理戦が競技に含まれるかどうかは重要だよ」

 

泉が頭を抱える。

 

「重要じゃないです!」

 

弥子が目を輝かせた。

 

「セクシーコマンドー的な!?」

 

キラが一瞬フリーズした。

 

「えっと……」

 

露伴がすかさずメモする。

 

「旅館卓球における服装心理戦――」

 

泉が止める。

 

「先生、広げないでください!」

 

キラは深呼吸して言った。

 

「服装変更は……競技進行に支障がなく、公序良俗に反しない範囲で可」

「ただし、相手を意図的に動揺させる目的は禁止」

 

ソープはにこっと笑った。

 

「なるほど」

 

カイエンは額を押さえた。

 

「この時点で胃が痛い」

 

ラクスが穏やかに言う。

 

「では、楽しく、けれど安全に参りましょう」

 

アウクソーが一礼する。

 

「その方針で問題ないかと存じます」

 

弥子はラケットを握った。

 

「よーし! 旅館卓球開始!」

 

______________________________

 

 

第一試合:弥子 vs 承太郎

 

最初に台の前へ立ったのは、弥子と承太郎だった。

 

弥子はやる気満々。

承太郎は、帽子を深くかぶったまま、ほとんど動かない。

 

「承太郎さん、いきますよ!」

 

「……来い」

 

弥子がサーブを打つ。

 

カコン。

 

承太郎が、ほんの少しだけラケットを動かす。

 

カコン。

 

球が弥子の反対側へ綺麗に返る。

 

「うわっ!?」

 

弥子が慌てて追いつく。

 

「とりゃ!」

 

カコン。

 

承太郎はまた、ほぼ動かず返す。

 

カコン。

 

「なんでそれ返せるの!?」

 

承太郎は短く言う。

 

「見えてる」

 

露伴の目が輝く。

 

「いい」

「動きの少なさで相手の焦りを引き出す。まさに承太郎らしい卓球だ」

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

キラが確認する。

 

「承太郎さん、スタンド使ってないですよね?」

 

承太郎は少しだけ視線を向けた。

 

「使ってねぇ」

 

その一言で、全員が納得した。

 

弥子は全力で打ち込む。

 

「うおりゃー!」

 

カコン。

 

承太郎が無言で返す。

 

カコン。

 

「なんでぇ!?」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……騒音娘の卓球は、球より先に声が飛ぶ」

 

「うるさい!」

 

最終的に、承太郎が静かに勝った。

 

弥子は膝に手をついて息を吐く。

 

「強い……」

 

承太郎はラケットを置いた。

 

「普通だ」

 

露伴がまた書く。

 

「普通と言いながら強い」

 

承太郎が低く言う。

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

______________________________

 

 

第二試合:キラ vs ラクス

 

次はキラとラクス。

 

弥子が手を叩く。

 

「おお、夫婦対決!」

 

キラが慌てる。

 

「弥子ちゃん!」

 

ラクスは微笑んだままだ。

 

「よろしくお願いいたします、キラ」

 

「う、うん。よろしく」

 

試合が始まると、ラクスの返球はとても穏やかだった。

 

強くはない。

速くもない。

だが、なぜか取りにくい。

 

キラが少しだけ苦笑する。

 

「ラクス、今のコース……かなり厳しいよね?」

 

ラクスは首を傾げる。

 

「そうでしょうか?」

 

カコン。

 

また、絶妙に届きにくい場所へ落ちる。

 

キラがなんとか返す。

 

「うん、やっぱり厳しい」

 

弥子が見ていて言った。

 

「ラクスさん、優雅なのにえぐい!」

 

泉が小声で頷く。

 

「分かる……」

 

カイエンが笑う。

 

「坊や、ラクス嬢は攻め方が上品だな」

 

ソープも言う。

 

「逃げ道を塞ぐのがうまい」

 

キラは汗を浮かべながら言う。

 

「それ、卓球の話ですよね?」

 

ラクスはにこりと微笑む。

 

「もちろんですわ」

 

その笑顔に、全員が何も言えなくなった。

 

結果は、僅差でラクスの勝ち。

 

キラはラケットを置き、素直に言った。

 

「強かった……」

 

ラクスは優しく言う。

 

「キラも、とてもお上手でしたわ」

 

弥子がにやにやする。

 

「いいねえ」

 

キラはまた少し赤くなった。

 

______________________________

 

 

第三試合:カイエン vs ソープ

 

次に台へ立ったのは、カイエンとソープだった。

 

カイエンはラケットを握り、軽く素振りする。

 

その動きが、やたら綺麗だった。

 

泉がすぐ言う。

 

「カイエンさん、それ卓球の素振りですか?」

 

「もちろん」

 

アウクソーが静かに見ている。

 

「マスター、剣技は禁止です」

 

「分かってるよ」

 

ソープは向かいでにこにこしている。

 

「じゃあ、普通にやろうか」

 

カイエンが眉を上げる。

 

「その“普通”が一番信用できないんだが」

 

試合開始。

 

カイエンの返球は、速い。

しかも正確。

 

だが、ソープはふわりと受け流すように返す。

 

「へえ」

 

カイエンが少し笑う。

 

「やるじゃないか」

 

「旅館文化調査だからね」

 

「それで済む腕か?」

 

ラリーが続く。

 

弥子が目を丸くする。

 

「なんか普通に上手い!」

 

露伴がスケッチしながら言う。

 

「カイエンは球を斬らないように抑えている」

「ソープは勝ち負けより、相手の反応を見ている」

 

泉が言う。

 

「先生、卓球も分析するんですね……」

 

「当然だ。卓球には性格が出る」

 

その時、ソープが少しだけ笑った。

 

「じゃあ、少し趣向を変えて――」

 

カイエンが即座に言った。

 

「やめろ」

 

「まだ何もしてないよ」

 

「その言い方は、何かする時の言い方だ」

 

ソープは肩をすくめる。

 

「じゃあ、今回はやめておくよ」

 

カイエンが深く息を吐いた。

 

「本当に胃が痛む」

 

結局、試合はカイエンがわずかに勝った。

 

ソープは楽しそうに拍手する。

 

「さすがだね」

 

カイエンは言う。

 

「褒められても嬉しくない」

 

弥子が小声で言う。

 

「本物のカイエンさんだ」

 

カイエンは聞こえていた。

 

「何だい、その判定」

 

______________________________

 

第四試合:露伴 vs 泉

 

泉は、露伴の前にラケットを差し出した。

 

「先生もやります」

 

露伴は嫌そうにした。

 

「僕は観察で十分だ」

 

「休養です」

 

「だから観察が――」

 

「やります」

 

泉の目が、担当編集の目になっていた。

 

露伴はしぶしぶラケットを受け取る。

 

「一試合だけだ」

 

泉は頷く。

 

「一試合だけでいいです」

 

弥子が小声で言う。

 

「泉さん、強い……」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……漫画家を台に引きずり出すとは、編集者もなかなかだ」

 

試合開始。

 

露伴は意外と器用だった。

球筋を読むのが早く、相手の癖を見て返す。

 

だが泉も負けていない。

 

露伴が嫌そうに言う。

 

「君、意外と返すな」

 

泉は少し息を弾ませながら答える。

 

「先生の無茶ぶりを返し続けてますから!」

 

その一言で、全員が妙に納得した。

 

カイエンが笑う。

 

「説得力があるな」

 

キラも頷く。

 

「ありますね」

 

露伴は不満そうにする。

 

「僕の無茶ぶりを卓球に換算するな」

 

泉は返球しながら言う。

 

「できます!」

 

ラリーが続く。

 

最後は露伴の球がわずかに台を外れた。

 

泉の勝ち。

 

弥子が拍手する。

 

「泉さん勝った!」

 

泉は少し驚いた顔をした。

 

「勝った……」

 

露伴はラケットを置く。

 

「……今のは、床の反射が悪い」

 

泉が言う。

 

「言い訳しないでください」

 

露伴は黙った。

 

承太郎が短く言う。

 

「負けだな」

 

「うるさい」

 

露伴は不満そうだったが、どこか少し楽しそうでもあった。

 

______________________________

 

魔界卓球、即禁止

 

そして問題のネウロ。

 

弥子が睨む。

 

「ネウロ、普通にやるんだからね」

 

ネウロはラケットを持ち、愉快そうに笑う。

 

「ククク……普通か」

 

相手は弥子だった。

 

弥子が構える。

 

「いくよ!」

 

「来い」

 

弥子がサーブを打つ。

 

その瞬間、ネウロのラケットが不自然にぐにゃりと曲がった。

 

弥子が叫ぶ。

 

「今なんかした!!」

 

キラがすぐに言う。

 

「ネウロ、魔界777ツ能力は禁止です!」

 

ネウロは平然としている。

 

「ラケットが勝手に怯えただけだ」

 

「ラケットは怯えません!」

 

承太郎が低く言う。

 

「普通にやれ」

 

ネウロは承太郎を見る。

 

「貴様まで言うか」

 

カイエンが笑う。

 

「普通の卓球ができないなら失格だな」

 

ネウロは少しだけ不満そうにラケットを戻した。

 

「仕方あるまい」

 

そこからは、意外にも普通の卓球だった。

 

ただし、ネウロは球を返すたびに弥子の動きを読んで、わざと疲れるコースへ落とす。

 

「うわっ、そこ!?」

 

「ククク……貴様は右に弱い」

 

「言うな!」

 

最終的に、弥子は負けた。

 

だが、なぜか清々しい顔だった。

 

「くっそー! でも普通に負けた!」

 

ネウロが笑う。

 

「普通に負ける屈辱も味わえ」

 

「うるさい!」

 

______________________________

 

最後はダブルス

 

最後は、軽くダブルスをすることになった。

 

弥子と泉。

相手はキラとラクス。

 

「女子チーム、行きます!」

 

弥子が宣言し、泉が苦笑する。

 

「足引っ張らないように頑張るね」

 

「大丈夫! 勢いでいきましょう!」

 

キラが反対側で言う。

 

「安全第一で」

 

ラクスは微笑む。

 

「楽しみましょう」

 

試合は、意外と白熱した。

 

弥子が勢いで打ち、泉が必死に拾う。

キラは堅実に返し、ラクスが穏やかにコースを散らす。

 

弥子が笑う。

 

「泉さん、ナイス!」

 

泉も笑った。

 

「弥子ちゃん、今のすごい!」

 

その声は、灯台の時とは違っていた。

 

怖さではなく、楽しさで上がる声。

 

キラはそれを見て、少しほっとした。

 

ラクスも小さく頷く。

 

「よかったですわね」

 

ラリーの途中、弥子が少し体勢を崩した。

 

泉がすぐ声をかける。

 

「弥子ちゃん!」

 

弥子は踏ん張って、笑いながら返す。

 

「大丈夫!」

 

カコン。

 

球がネットを越える。

 

その一球を見て、カイエンが少しだけ目を細めた。

 

「戻ってきたな」

 

ソープも頷く。

 

「うん。怖かった今日から、ちゃんと戻ってきてる」

 

承太郎は黙っていたが、その沈黙はどこか穏やかだった。

 

最後は、ラクスの絶妙なコースに泉が届かず、キラ・ラクス組の勝ち。

 

弥子は畳に座り込んだ。

 

「負けたー!」

 

泉も息を切らして笑う。

 

「でも楽しかった……!」

 

キラは微笑んだ。

 

「うん。楽しかった」

 

ラクスは弥子と泉を見る。

 

「お二人とも、とてもお上手でしたわ」

 

弥子は笑った。

 

「怖かった今日に、また一勝!」

 

泉はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。

 

「うん。そうだね」

 

露伴は、その表情を静かにスケッチしていた。

 

泉が気づいて言う。

 

「先生、描いてますね」

 

「描いている」

 

「今日は……まあ、いいです」

 

露伴は少しだけ意外そうにした。

 

「珍しいな」

 

泉は笑った。

 

「今日のこれは、残してもいい気がします」

 

露伴は短く答えた。

 

「そうだろう」

 

______________________________

 

卓球が終わると、全員ほどよく汗をかいていた。

 

弥子はタオルで顔を拭く。

 

「よし! お風呂!」

 

泉も頷く。

 

「いい流れですね」

 

ラクスが言う。

 

「体を温めて、今日は早めに休みましょう」

 

アウクソーは予定を確認する。

 

「女子の皆さまは、このまま大浴場へ向かわれるのがよろしいかと」

 

ソープがにこにこしている。

 

「じゃあ、僕も――」

 

カイエンが即座に言った。

 

「男湯だぞ」

 

「分かってるよ」

 

「一回だけだぞ」

 

「分かってるって」

 

キラが小声で言う。

 

「カイエンさん、警戒がすごい……」

 

カイエンは真顔で言った。

 

「前例があるからな」

 

承太郎が短く言う。

 

「普通に入れ」

 

ソープは肩をすくめた。

 

「みんな手厳しいなあ」

 

ネウロは笑う。

 

「魔界の湯では――」

 

弥子が即座に叫ぶ。

 

「今は聞かない!」

 

ネウロは楽しそうに黙った。

 

露伴はメモ帳を閉じる。

 

「卓球はいいな」

 

泉が驚く。

 

「先生がそんなこと言うなんて」

 

露伴は言った。

 

「反射速度、性格、疲労、勝負への執着、照れ、立ち直り」

「全部出る」

 

泉は苦笑した。

 

「結局、取材なんですね」

 

「もちろんだ」

 

「でも、今日は楽しかったです」

 

露伴は少しだけ黙り、そして言った。

 

「それも描く」

 

泉は笑った。

 

「はい」

 

旅館の廊下の向こうから、温泉の暖簾が見えた。

 

灯台の声はもう聞こえない。

 

聞こえるのは、弥子の笑い声と、廊下を歩く足音。

 

怖かった今日に、また一つ勝った。

 

次は、温泉だ。

 

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