守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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旅館から帰ってきた4人を相方が待っていた

旅館からの帰路を終え、

四人はそれぞれの“日常”へ戻った。

 

温泉。

会席料理。

卓球。

ラウンジでのカラオケ。

そして、いくつかの妙な事件。

 

休養になったのかどうかはさておき、

少なくとも普通の旅行ではなかったことだけは確かだった。

 

そして――

そんな四人を、それぞれ待っていた者たちがいた。

 

1.ネウロの帰還 ―― 桂木弥子の場合

 

事務所のドアが開く。

 

ネウロがいつものように気だるげに入ってきた、その瞬間。

 

「ネウロォォォォ!!」

 

桂木弥子が机を叩いて立ち上がった。

 

「ちょっと何よそれ!!

温泉!? 旅館!? ご馳走!? 卓球!? カラオケ!?

なんであたしを置いて行くのよ!!」

 

ネウロは顔色一つ変えない。

 

「やかましいな、騒音娘。

貴様を連れて行けば朝食会場が壊滅するだろうが」

 

「するか!!」

弥子は即答した。

「……いや、ちょっとはするかもしれないけど!」

 

「するではないか」

 

「でも温泉入りたかった!!

旅館のご飯食べたかった!!

売店も見たかったし、卓球もやりたかったし、朝のバイキングだって行きたかった!!」

 

ネウロは鼻で笑った。

 

「ククク……

貴様は旅情より食欲だろう」

 

「両方だよ!!」

弥子。

「しかも何!? キラって誰よ!?

どうせあたしの代わりにツッコミさせてたんでしょ!?」

 

ネウロがうっすら笑う。

 

「代わりにはならんな。

あれはあれで、よく働く」

 

「何その評価、地味にむかつく!」

 

弥子はぐいっと身を乗り出した。

 

「次は絶対あたしも行くからね!」

 

「断る」

ネウロ。

 

「なんでよ!」

 

「朝食会場と旅館の財政に悪い」

ネウロ。

 

「ひどっ!!」

 

だが弥子は一拍おいて、じろりとネウロを見る。

 

「……でも、ちょっと楽しそうだったじゃん」

 

ネウロがわずかに目を細める。

 

「ほう?」

 

「だって、帰ってきてから妙に機嫌いいもん」

弥子。

「謎があったんでしょ。あと、たぶん変な奴らも」

 

ネウロは口元を吊り上げた。

 

「ククク……

退屈しない程度にはな」

 

「ずるい!!」

弥子。

「やっぱり次は連れてけー!!」

 

事務所に、いつもの騒がしさが戻っていた。

 

2.カイエンの帰還 ―― アウクソーの場合

 

静かな室内。

 

カイエンが戻ると、そこにはすでにアウクソーがいた。

控えめに、だが寸分のずれもなく。

まるで、そこにいるのが当然であるかのように。

 

「お帰りなさいませ、マスター」

 

その声だけで、

旅館のざわついた空気が、すっと遠のくようだった。

 

カイエンは軽く肩を回す。

 

「ただいま、アウクソー」

 

アウクソーは一歩近づく。

目立たぬ程度に、だが確実に彼の様子を見る。

 

「お疲れではございませんか」

 

「まあ、多少は」

カイエンは苦笑した。

「温泉旅館というのは、もっと静かなもんだと思っていたが」

 

「何かございましたか」

 

「いろいろあったよ」

カイエンは気だるげに言う。

「風呂でも食事でも卓球でも歌でも、だいたい落ち着かなかった」

 

アウクソーは少しだけ目を伏せた。

 

「私がお供しておりましたら、

もう少し快適にお過ごしいただけたかもしれません」

 

その言い方は、

“私も行きたかった”ではない。

あくまで、マスターの快適さのためだ。

 

カイエンはふっと笑った。

 

「そうかもしれんな」

 

アウクソーが静かに続ける。

 

「お食事のお加減はいかがでしたか」

 

「悪くなかった」

カイエン。

「だが、朝は少々やられた」

 

「お酒を召し上がりすぎたのですか」

 

「……少しだけな」

 

アウクソーは責めない。

ただ小さく頷く。

 

「では、次はお水を多めにご用意いたします」

 

「そこは説教じゃないのかい」

 

「必要でございましたか」

 

「いや」

カイエンは肩をすくめる。

「そういうところが、ありがたい」

 

アウクソーは何も言わず、ほんのわずかに表情を和らげた。

 

しばらくして、カイエンがぽつりと言う。

 

「旅館で、おまえのことを少し思い出していたよ」

 

アウクソーが顔を上げる。

 

「……光栄です」

 

「二日酔いの朝に、不良が粥を持ってきてくれてな」

カイエン。

「悪くはなかったが、ああいう時の手際は、たぶんおまえのほうが上だ」

 

アウクソーは静かに答えた。

 

「次は、私がそういたします」

 

それだけで十分だった。

 

カイエンは椅子に腰を下ろし、ようやく本当に気を抜いた。

 

「やれやれ……

やっと帰ってきた気がするな」

 

3.キラの帰還 ―― ラクスの場合

 

柔らかな灯りの室内。

 

キラが帰ると、ラクス・クラインがいた。

騒がず、責めず、ただそこにいる。

 

それだけで、少し背筋が伸びる。

 

「お帰りなさい、キラ」

 

「ただいま、ラクス」

 

ラクスは微笑んだ。

いつも通りの、上品で優しい笑みだ。

 

「温泉旅館、だったのですよね」

 

キラの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

 

「う、うん……」

 

「楽しかったですか?」

 

問い方が穏やかすぎる。

だがその穏やかさが、逆に怖い。

 

キラは視線を泳がせた。

 

「ええと……

楽しかった、かな……?」

 

「そうですか」

ラクスはにこやかに頷く。

「それは何よりですわ」

 

怖い。

すごく怖い。

 

キラはあわてて言葉を足す。

 

「でも、全然ゆっくりって感じじゃなくて!

風呂でも食事でも卓球でもカラオケでも、ずっと大変で!」

 

「まあ」

ラクス。

「卓球まで」

 

「なんでそこだけ拾うの!?」

 

ラクスは少しだけ首を傾げる。

 

「楽しそうで、よろしいですわね」

 

やわらかい。

責めていない。

だが逃げ道もない。

 

キラが額を押さえる。

 

「……ごめん」

 

「何を謝っていらっしゃるのですか?」

ラクスの笑顔は変わらない。

「ただ、キラがよい時間を過ごせたのでしたら、わたくしは嬉しいだけです」

 

キラは内心で思う。

 

(これ絶対、嬉しい“だけ”ではない……)

 

ラクスは紅茶を置いた。

 

「それで?

どなたがいちばん手がかかりましたの?」

 

キラは即答した。

 

「全員」

 

「まあ」

ラクスはくすりと笑う。

「そうでしょうね」

 

少し空気が和らぐ。

 

キラもようやく息をついた。

 

「ほんとにね……

ラクスがいたら、たぶんもう少し違ったと思う」

 

ラクスはその言葉に、静かに目を細めた。

 

「そうですか」

 

「うん」

キラは素直に頷く。

「たぶん僕、一人で止めることが多すぎたから」

 

ラクスは微笑む。

 

「では次は、わたくしもご一緒いたしましょうか」

 

キラが固まる。

 

「えっ」

 

「温泉旅館」

ラクス。

「楽しそうですもの」

 

その笑顔は優しい。

だが、もう決まっている顔だった。

 

キラは観念したように笑った。

 

「……うん。次は、ぜひ」

 

たぶん、断るという選択肢は最初からなかった。

 

4.承太郎の帰還 ―― 空条ホリィの場合

 

玄関のドアが開いた。

 

「承太郎~!」

 

明るい声とともに、

空条ホリィがぱたぱたと出てくる。

 

「お帰りなさい!

旅行だったんでしょう? 大丈夫だった?

ちゃんとご飯食べた?

温泉でのぼせたりしなかった?

おみやげは? 写真は? 変なことに巻き込まれてない?」

 

質問が一気に飛んでくる。

 

承太郎は荷物を置きながら顔をしかめた。

 

「うっとおしいぞこのアマ!!」

 

ホリィはにこにこしている。

 

「あらあら、承太郎ったら」

まるで効いていない。

完全に通常運転である。

 

「だって気になるじゃない。

旅館って楽しかった?

卓球とかしたの?

カラオケとかあった?」

 

承太郎がぴたりと止まる。

 

ホリィさんの勘が鋭い。

 

「……した」

 

「あら~! そうなの!?」

ホリィはぱっと顔を輝かせた。

「承太郎、歌ったの!?」

 

「……一曲だけだ」

 

「まあ!!」

ホリィはもう大喜びである。

「聞きたかったわ~!

ねえ、どんな歌? 上手だったでしょう?」

 

「知らねぇ」

承太郎。

 

「絶対上手よぉ」

ホリィさんはうれしそうに手を合わせる。

「それで? 温泉は? お料理は? ちゃんと眠れた?」

 

承太郎は帽子を押さえ、短く答える。

 

「飯は食った。風呂にも入った。寝た」

 

「ならよかったわ」

ホリィは心底ほっとした顔で言った。

「でも、ちょっと疲れてる?」

 

承太郎がほんの一瞬、黙る。

 

「……別に」

 

ホリィはその顔を見て、やさしく笑った。

 

「そう。じゃあ、今日はゆっくりしてね」

 

それ以上は聞かない。

押しつけでもない。

ただ、ちゃんと見ている。

 

承太郎は少しだけ視線を逸らした。

 

「……ああ」

 

ホリィがふと気づく。

 

「あら、それ……おみやげ?」

 

承太郎の荷物の脇に、小さな包みがある。

 

「温泉まんじゅう!?」

ホリィさんがうれしそうに目を輝かせる。

「まあ、承太郎ったら! 私に?」

 

「うるせぇ」

承太郎。

「たまたまだ」

 

「ふふっ、ありがとう」

ホリィは本当に嬉しそうだった。

「お茶いれるわね」

 

承太郎は小さく息をついた。

 

「好きにしろ」

 

だがその声は、

さっきの「うっとおしいぞこのアマ!!」より、ずっと丸かった。

 

四人、それぞれの帰る場所

 

こうして四人は、それぞれの場所へ戻った。

 

騒がしく責める者。

静かに支える者。

やわらかく圧をかける者。

明るく包み込む者。

 

誰が相手でも、

旅館での出来事はきっと少しずつ違う形で受け止められる。

 

そして本人たちもまた、

そんな“待っている相手”がいるからこそ、

あの妙な旅も、最後にはどこかで着地するのかもしれなかった。

 

ただ一つ確かなのは――

 

もし次にまた同じような旅があるなら、

今度は絶対に人数が増える、ということだった。

 

弥子は自力でついて来る。

ラクスは静かに同行を決める。

アウクソーは呼ばれれば当然来る。

ホリィさんはたぶん「気をつけてね~」と送り出す。

 

そしてそのとき、

真っ先に胃を痛めるのは、たぶんまたキラである。

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