守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

95 / 176
塩バニラと海塩キャラメルプリンで午後を取り戻した一行は、港町の商店街へ足を向けた。

防波堤の重い空気は、もう遠い。

もちろん、完全に忘れたわけではない。
ラクスの歌。
ソープが作った凪。
ネウロの竪琴。
写真の中で微笑んだ、あのぼやけた顔。

それらは、全員の胸に残っていた。

だが、港町はそれだけではない。

観光客向けの土産物屋。
地元の乾物屋。
古い喫茶店。
ガラス細工の店。
妙にクセの強い雑貨屋。

弥子は元気を取り戻していた。

「商店街!!」

キラは、もう半分あきらめた顔で会計メモを出している。

「弥子ちゃん、さっきアイス食べたよね?」

弥子は堂々と言った。

「あんなの一瞬だよ?」

キラは静かに目を閉じた。

「一瞬……」

ネウロが笑う。

「ククク……糖分を時間で消費する女」

泉は頭を押さえた。

「先生、お願いですから変なものを買わないでくださいね」

露伴は当然のように言う。

「変なものほど資料になる」

「そういうところです!!」

カイエンは周囲の店を眺めていた。

「土産物屋か。こういう場所は妙なものがあるからな」

ソープは値札と品揃えを見ている。

「観光地としては、悪くない商店街だね」
「地元の生活用品と観光客向けの商品が、まだ完全に分離しきっていない」

カイエンが即座に言った。

「だから誰目線だよ」

ソープは微笑む。

「旅人目線だよ」

「嘘つけ」

アウクソーは静かに告げた。

「皆さま、購入品は各自管理してください。なお、壊れ物、食品、呪物に類するものは分類を分けてお持ちください」

泉が反応した。

「呪物に類するものって、買う前提なんですか!?」

ネウロが笑う。

「この面子なら、自然に混じるだろう」

「混じらないでください!」


岸辺露伴は潮騒を聞く その18

最初に入ったのは、古いガラス細工と漁具を扱う店だった。

 

店の奥に、かつて漁網に使われていたガラス製の浮き玉が並んでいる。

青、緑、透明。

光を受けて、きらきらと輝いていた。

 

弥子が手に取る。

 

「きれい……」

 

その瞬間、彼女の動きが止まった。

 

浮き玉の中に入った気泡が、どう見ても人間の目に見えた。

 

しかも、どの角度から見ても目が合う。

 

弥子はそっと棚に戻した。

 

「……見てる」

 

泉も覗き込み、固まる。

 

「本当に見てますね……」

 

札にはこう書かれていた。

 

海幽霊の覗き浮き玉

ペーパーウェイトにどうぞ

 

キラが小声で言う。

 

「ペーパーウェイトにしたくない……」

 

露伴は目を輝かせた。

 

「いい。これはいい」

「見る者が、見られる側へ回る工芸品だ」

 

泉が即座に止める。

 

「買いませんよね?」

 

露伴は浮き玉を持ち上げる。

 

「買う」

 

「買うんですか!?」

 

「資料だ」

 

「先生の資料って、だいたい家に置きたくないんですよ!」

 

承太郎は浮き玉を一瞥した。

 

「やめとけ」

 

露伴は少し腹立たしそうに言う。

 

「承太郎に言われると、逆に買いたくなるな」

 

「勝手にしろ」

 

ネウロは覗き込んで笑った。

 

「ククク……覗くのではなく、覗かせる眼か」

「悪趣味だが、悪くない」

 

弥子は首を振った。

 

「あたしは無理! 夜中に絶対目が合う!」

 

ラクスは静かに見ていた。

 

「不思議なものですわね」

 

キラはすぐ言った。

 

「ラクス、近づきすぎないで」

 

「はい」

 

ソープは値札を見る。

 

「これは観光地価格だけど、手作りなら妥当かな」

 

カイエンが呆れる。

 

「目玉ペーパーウェイトまで価格分析するな」

 

結局、露伴は一個買った。

 

泉は深くため息をついた。

 

「先生の部屋、また妙なものが増えた……」

 

______________________________

 

 

次の店は、土産物と雑貨が混ざった不思議な店だった。

 

棚には、港町らしいミニチュア灯台が並んでいる。

 

一見、普通の置物。

白い塔に小さな窓。

スイッチが付いていて、光るように見える。

 

だが、札の説明が不穏だった。

 

未来を照らさない灯台

灯りをつけると、周囲の影が濃くなります

不吉な未来が見えることがあります

 

泉が即座に言った。

 

「買いません」

 

露伴が手に取った。

 

「まだ何も言っていない」

 

「顔で分かります」

 

「これは取材資料だ」

 

「ダメです」

 

弥子が覗き込む。

 

「スイッチ入れたら暗くなるって、故障じゃないんですか?」

 

店主が笑う。

 

「まあ、雰囲気商品ですよ。実際はちょっと暗い色のライトが入ってるだけです」

 

ネウロが興味深そうに言う。

 

「人間界では、照らす道具に暗くする役割を与えるのか」

「なかなか皮肉が効いている」

 

キラは真剣な顔で言う。

 

「今日は灯台関連はもう十分じゃないですか?」

 

全員が頷いた。

 

露伴だけが少し不満そうだった。

 

「君たちは分かっていない。灯台というモチーフが――」

 

泉が手を出す。

 

「棚に戻してください」

 

「泉くん」

 

「戻してください」

 

露伴はしぶしぶ棚に戻した。

 

承太郎が短く言う。

 

「賢明だ」

 

露伴が睨む。

 

「承太郎に言われると腹が立つ」

 

ソープは別のミニチュア灯台を見て言った。

 

「普通に光る方なら、旅の記念には悪くないね」

 

ラクスがそれを見て微笑む。

 

「こちらは可愛らしいですわ」

 

キラが少し安心する。

 

「普通に光る方にしましょう」

 

弥子が笑う。

 

「キラくん、普通を全力で守ってる!」

 

______________________________

 

さらに奥の棚に、妙に物騒な形の細長い道具があった。

 

サメの肌を加工した、舌磨きらしい。

 

札にはこう書かれている。

 

船乗りの舌クリーナー

一度磨けば、一生嘘がつけなくなるという伝承あり

 

弥子が青ざめた。

 

「これ、舌磨きっていうより拷問道具じゃん!」

 

カイエンが手に取って顔をしかめる。

 

「こんなので舌を磨いたら、嘘をつく前に舌がなくなるぞ」

 

ソープが穏やかに言う。

 

「つまり、物理的に嘘がつけなくなるわけだね」

 

泉が叫ぶ。

 

「そういうことじゃないと思います!」

 

ネウロは愉快そうだった。

 

「ククク……面白い。舌を削り、言葉を削る道具か」

 

キラがすぐ言う。

 

「誰も買わないでください」

 

露伴は少しだけ手を伸ばしかけた。

 

泉が見た。

 

「先生」

 

露伴は手を引っ込めた。

 

「まだ何もしていない」

 

「買おうとしましたよね」

 

「観察だ」

 

「購入前提の観察でしたよね」

 

承太郎は淡々と言う。

 

「やめとけ」

 

露伴はまた少し腹を立てた顔になった。

 

「今日は承太郎に止められることが多いな」

 

「止められるようなことをするな」

 

弥子は小声で言う。

 

「正論だ……」

 

______________________________

 

 

別の棚には、古びたハーモニカが置いてあった。

 

少し錆びている。

だが、妙に存在感がある。

 

札には大きく書かれていた。

 

嵐を呼ぶハーモニカ

吹くと外が豪雨になるかも

 

露伴の目が輝いた。

 

泉が青ざめる。

 

「先生」

 

「これは買う」

 

「買いません」

 

「試す」

 

「試しません!!」

 

弥子も叫ぶ。

 

「今日、音の怪異で十分やったじゃないですか!」

 

キラが真顔で言う。

 

「天候を変えるかもしれない楽器は、危険です」

 

ラクスも穏やかに、しかしきっぱり言った。

 

「音で天候を乱すのは、少し困りますわね」

 

その一言に、場が少しだけ静まった。

 

露伴はハーモニカを見る。

 

それから、棚に戻した。

 

「……まあ、今日はやめておく」

 

泉が驚いた。

 

「えっ、本当に戻した」

 

カイエンが小さく笑う。

 

「歌姫の一言は効くな」

 

ソープも頷く。

 

「音で荒れたものを、歌で鎮めた後だからね」

 

ネウロはハーモニカを見て笑った。

 

「ククク……嵐を呼ぶなら、せめて食後がよいな」

 

弥子が即座に言う。

 

「呼ばなくていい!」

 

______________________________

 

 

次のケースには、金属製のアクセサリーが並んでいた。

 

貝殻のブローチ。

小さな舵輪のピン。

そして、錨の形をしたカフスボタン。

 

ただ、その錨が、よく見ると人の顔に見えた。

 

苦悶するような表情。

 

弥子が顔をしかめる。

 

「怖っ!」

 

札にはこうある。

 

人面錨のカフスボタン

港町限定

 

カイエンが少し興味深そうに見る。

 

「趣味は悪いが、作りは悪くないな」

 

ソープも覗き込む。

 

「苦悶の表情を装飾品にする文化か。面白いね」

 

泉が即座に言う。

 

「面白がらないでください!」

 

キラは値札を見る。

 

「高いですね……」

 

ソープが頷く。

 

「観光地アクセサリーとしてはやや強気だね。造形が手作業なら分かるけれど」

 

カイエンが言う。

 

「だから誰目線だ」

 

「買い手目線」

 

「今回は少し本当っぽいな」

 

アウクソーは静かに見て言った。

 

「マスターがお買い求めになる場合、個人負担です」

 

カイエンは即座に言う。

 

「買わん」

 

露伴が少し笑う。

 

「剣聖は人面錨を嫌う」

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

______________________________

 

 

店を出る頃には、全員少しずつ何かを見ていた。

 

普通の土産もあった。

 

塩キャラメル。

海苔。

干物。

小さな灯台キーホルダー。

貝殻のマグネット。

港町の絵葉書。

 

弥子は絵葉書を手に取る。

 

「これ、いいかも。今日の記念に」

 

キラが頷く。

 

「絵葉書ならいいね。会計的にも平和」

 

弥子は別の棚を見る。

 

「この貝殻マグネットも使い道ないけど、せっかくなので買おうかな」

 

キラが少し笑う。

 

「使い道ないんだ」

 

弥子は胸を張る。

 

「観光地に行ったら、使い道ないけどせっかくなので買おう、は正義!」

 

露伴が即座に反応した。

 

「いい。実にいい」

 

泉が警戒する。

 

「先生、今度は何に感動してるんですか」

 

露伴は言う。

 

「旅の土産とは、実用性ではなく、その場にいた証明だ」

「使い道がないからこそ、純粋に記憶として機能する」

 

泉は少し黙った。

 

「……それは、ちょっと分かります」

 

弥子は嬉しそうに笑った。

 

「でしょ!」

 

ネウロが言う。

 

「ククク……不要物に意味を与えるとは、人間の記憶も面倒なものだ」

 

ラクスは貝殻の小さなチャームを見ていた。

 

「わたくしも、ひとついただこうかしら」

 

キラが優しく聞く。

 

「どれにする?」

 

ラクスは淡い色の貝殻を選んだ。

 

「今日の海を覚えておくために」

 

キラは少しだけ目を細めた。

 

「うん」

 

______________________________

 

商店街の端に、古い珍土産屋があった。

 

他の店より少し暗く、けれど店内は丁寧に整理されている。

 

中には、昔の港町の写真や、古い漁具、レトロな土産物が並んでいた。

 

露伴は自然と奥の壁へ向かった。

 

そこに、一枚の古い写真が飾られていた。

 

港で笑う人々の写真。

 

漁師。

店の人。

子ども。

観光客らしき若者。

干物を持った女性。

網を担ぐ男。

 

背景には、防波堤が見える。

 

露伴は息を止めた。

 

「……いない」

 

泉が近づく。

 

「え?」

 

露伴は写真を指差した。

 

「朝なら、ここにいたはずだ」

「あの顔のぼやけた男が」

 

弥子も覗き込む。

 

「ほんとだ……いない」

 

キラはラクスを見た。

 

ラクスは、写真を静かに見つめていた。

 

彼女の表情が、少しだけほどける。

 

「……届いたんですね」

 

小さく、そう言った。

 

「わたくしの歌が」

 

それは誇りではなかった。

 

安心だった。

 

キラは静かに頷く。

 

「届いたよ」

 

ソープも写真を見ながら言った。

 

「歌だけじゃないよ」

「みんなで届かせたんだ」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「ククク……謎も消化済みだ」

 

弥子は涙のあとを少しだけ指で拭いながら笑った。

 

「そうだね。今回はネウロも頑張った」

 

「貴様に評価されるいわれはない」

 

「でも頑張った!」

 

ネウロは答えない。

 

それでも、どこか満足そうだった。

 

承太郎は写真を見て、短く言う。

 

「もう、縛られてねぇってことか」

 

露伴はメモ帳を開いた。

 

少し考えてから、書く。

 

写らなくなったものが、救われたものとは限らない。

だが、少なくとも、もうそこに縛られてはいない。

 

泉がそれを見て、静かに言った。

 

「先生、それ……いいですね」

 

露伴はいつものように答える。

 

「当然だ」

 

けれど、その声は少しだけ柔らかかった。

 

ラクスは写真へ向かって、ほんの少しだけ頭を下げた。

 

「どうか、穏やかに」

 

キラは何も言わず、隣に立っていた。

 

______________________________

 

重くなりかけた空気を、弥子が明るく戻した。

 

「じゃあ、安心してお土産選ぼう!」

 

キラがすぐ言う。

 

「安心と買いすぎは別だよ」

 

「分かってる!」

 

ネウロが笑う。

 

「分かっている者の声ではない」

 

「分かってる!」

 

店主が笑いながら声をかける。

 

「珍しいのなら、こっちにもあるよ。泣きウニの貝殻細工とか、防波堤こんにゃくのストラップとか」

 

泉がすぐ言う。

 

「結構です!」

 

弥子は少し気になる顔をした。

 

「防波堤こんにゃく……」

 

キラが見た。

 

「弥子ちゃん」

 

「見ただけ!」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「本日、食べ物以外のお土産を推奨します」

 

弥子は納得したように頷く。

 

「じゃあマグネットにします」

 

キラがほっとした。

 

「マグネットなら安全」

 

ソープが小さな灯台キーホルダーを手に取る。

 

「これは悪くないね。未来は照らさない方じゃないし」

 

カイエンが言う。

 

「普通に照らすのか?」

 

「普通のキーホルダーだよ」

 

「ならいい」

 

露伴は海幽霊の浮き玉を袋に入れたまま、さらに絵葉書を数枚選んだ。

 

泉が確認する。

 

「先生、それ以上変なものは?」

 

「ない」

 

「本当に?」

 

「今のところ」

 

「今のところって言いましたよね」

 

承太郎は貝殻のマグネットを一枚手に取り、少し見て、戻した。

 

弥子が聞く。

 

「承太郎さんは買わないんですか?」

 

承太郎は短く言った。

 

「写真があればいい」

 

露伴が見る。

 

「君がそういうことを言うとはな」

 

「うるせぇ」

 

カイエンは小さく笑った。

 

「悪くない土産の選び方だ」

 

______________________________

 

 

店を出ると、午後の光が少し柔らかくなっていた。

 

商店街の通りには、観光客の声がある。

地元の人の自転車が通る。

どこかの店から、焼きたての菓子の匂いが漂ってくる。

 

弥子は貝殻マグネットと絵葉書を大事に持っていた。

 

「使い道ないけど、いい買い物した!」

 

キラは笑った。

 

「使い道ないって言い切るんだね」

 

「見るたびに思い出すから、使い道ある!」

 

ラクスは貝殻チャームを手のひらに乗せていた。

 

「ええ。思い出すためのものですもの」

 

ソープは商店街を振り返る。

 

「いい町だね」

 

カイエンが言う。

 

「今度こそ旅人目線か?」

 

ソープは笑う。

 

「今度こそ」

 

カイエンは少しだけ目を細める。

 

「怪しいな」

 

アウクソーは時間を確認する。

 

「そろそろ旅館へ戻るのがよろしいかと存じます」

 

泉も頷く。

 

「今日はもう、かなり歩きましたし」

 

ネウロが言う。

 

「ククク……食って、泣いて、歌って、甘味を食って、土産を買う」

「忙しい生物だな、人間は」

 

弥子は胸を張った。

 

「それが旅行!」

 

露伴は、商店街の最後にもう一度振り返った。

 

古い写真の中に、あの男はいなかった。

 

それだけで、この午後の意味は十分だった。

 

露伴は短くメモする。

 

使い道のない土産は、旅の証拠である。

写らなくなった影は、解けた未練の証拠である。

 

泉がそれを覗いて、小さく笑う。

 

「先生、今日は名言が多いですね」

 

露伴は言った。

 

「今日は素材がいい」

 

弥子が振り返る。

 

「素材ってあたしたちですか?」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、ちゃんと可愛く描いてくださいね!」

 

露伴は少しだけ笑った。

 

「善処する」

 

泉がすぐに言う。

 

「その返事は禁止です」

 

全員が少し笑った。

 

港町の午後は、穏やかだった。

 

潮騒は遠くで鳴っている。

 

もう、誰かを呼び止める声ではない。

 

ただ、旅の終わりが少しずつ近づいていることを、静かに知らせる音だった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。