守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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港町商店街をあとにした一行は、夕方前に旅館へ戻った。

弥子は貝殻マグネットと絵葉書を大事に抱え、ラクスは小さな貝殻チャームを手のひらで包んでいる。
露伴は海幽霊の覗き浮き玉を紙袋に入れ、泉はそれを見張るように横を歩いていた。

「先生、それ、部屋で開けないでくださいね」

「なぜだ」

「目が合うからです」

「目が合うからいいんだろう」

「よくないです!」

キラは会計表を見て、小さく息を吐いた。

「商店街分も、まだ予備費内です」

弥子が胸を張る。

「計画的観光!」

ネウロが笑う。

「ククク……計画的浪費か」

「浪費じゃない! 観光地ではマナー!」

カイエンが笑った。

「その理屈、嫌いじゃないな」

アウクソーは静かに言った。

「ただし、過剰な浪費は推奨いたしません」

弥子は元気よく返事をする。

「はい!」

その返事を、キラは半分だけ信用した。


岸辺露伴は潮騒を聞く その19

旅館に戻ると、ロビーの雰囲気が少し違っていた。

 

仲居たちが慌ただしく動いている。

厨房の方から、魚をさばく音や、何かを運ぶ声が聞こえてきた。

 

弥子の目が光る。

 

「……何か、美味しそうな気配がする」

 

泉が笑う。

 

「気配で分かるの?」

 

「分かります」

 

ネウロが言う。

 

「食欲だけは探偵以上だな」

 

「褒めてる?」

 

「褒めると思うか?」

 

「思わないけど、今のはちょっと褒めてた!」

 

そこへ、女将がにこにこしながら出てきた。

 

「皆さま、お帰りなさいませ」

 

ラクスが丁寧に頭を下げる。

 

「ただいま戻りました」

 

女将は嬉しそうに言った。

 

「今日は何だか、午後の漁がすごく良かったみたいでしてね」

「みんなどの船も大漁だったみたいなんです」

 

カイエンが少しだけ目を細める。

 

ソープは静かに海の方を見た。

 

ラクスは、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

女将は続ける。

 

「せっかくなので、今夜は少しサービスさせていただきますね」

 

弥子の顔が、ぱあっと輝いた。

 

「サービス!?」

 

キラの顔も、別の意味で輝いた。

 

「サービス……会計的にも……」

 

カイエンが笑う。

 

「会計准将、本日最大の朗報だな」

 

キラは否定しなかった。

 

「はい。ありがたいです」

 

弥子は両手を握りしめた。

 

「あたしたちも今日みんな頑張ったもん!」

「今日は大勝利!!」

 

その声に、女将は少し驚いたように笑った。

 

「まあ、元気なお嬢さんですねぇ」

 

露伴は小さくメモする。

 

大漁。

防波堤の声がほどけた午後、海は魚を返した。

 

泉がそれを見て、今回は止めなかった。

 

______________________________

 

 

十八時半。

 

一行が食事処へ案内されると、弥子は入口で足を止めた。

 

「……すごい」

 

昨日も、夕食は豪華だった。

 

舟盛り。

焼き魚。

煮付け。

茶碗蒸し。

小鉢。

海の幸の数々。

 

だが、今日はさらに一段違っていた。

 

大きな舟盛りには、刺身が美しく盛られている。

鯛、マグロ、カンパチ、イカ、甘エビ、ホタテ、サザエ。

さらに、今日獲れたばかりだという地魚の刺身が並ぶ。

 

横には焼き貝。

小さな煮魚。

海藻の酢の物。

あら汁。

炊き込みご飯。

 

弥子は両手を震わせた。

 

「お刺身! 舟盛り!」

 

キラは思わず笑った。

 

「昨日よりすごいね」

 

弥子は力強く頷く。

 

「昨日もすごかったけど、今日はもっと凄い!!」

 

女将が嬉しそうに言う。

 

「今日の午後は本当に良かったみたいで。皆さま、たくさん召し上がってくださいね」

 

弥子は全身で返事した。

 

「はい!!」

 

アウクソーがすかさず言う。

 

「弥子様、節度は保ちましょう」

 

「はい!!」

 

返事だけは完璧だった。

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……節度という言葉が、今にも刺身の上で滑り落ちそうだな」

 

「落ちません!」

 

ラクスは舟盛りを見つめ、静かに言った。

 

「海が、少し穏やかになったのかもしれませんわね」

 

その言葉に、キラはラクスを見た。

 

「うん」

 

ソープも頷いた。

 

「いい返し方をしてくれたね。この町も、海も」

 

カイエンが小さく笑う。

 

「君が言うと、また誰目線だって言いたくなるな」

 

「今回は旅人目線だよ」

 

「本当かね」

 

______________________________

 

 

全員が席につき、手を合わせた。

 

「いただきます!」

 

弥子の声が一番大きかった。

 

最初の一切れを口に入れた瞬間、弥子は固まった。

 

「……」

 

泉が不安そうに聞く。

 

「弥子ちゃん?」

 

弥子は目を見開いた。

 

「勝った」

 

キラが笑う。

 

「今日は何に?」

 

弥子は箸を握りしめた。

 

「今日という日に!」

 

ラクスが笑った。

 

「素敵な勝利ですわ」

 

承太郎も刺身を一切れ食べた。

 

しばらく黙る。

 

露伴が待ち構える。

 

承太郎は短く言った。

 

「……悪くねぇ」

 

その瞬間、露伴、弥子、泉、カイエン、ソープがほぼ同時に言った。

 

「最大級評価だ」

 

承太郎は少しだけ眉を動かした。

 

「……うるせぇ」

 

だが、否定はしなかった。

 

カイエンは地魚の刺身を食べて、素直に頷く。

 

「うまいな。朝のボウズが報われる」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「マスターの釣果はございませんでしたが、夕餉には影響ございません」

 

「そこを蒸し返すな」

 

ソープが笑う。

 

「魚は釣れなかったけど、海は返してくれたわけだ」

 

ネウロがあら汁を眺めながら言った。

 

「謎を喰った後に、人間どもは魚を喰う」

「なかなか分かりやすい食物連鎖だ」

 

弥子が刺身を守るように皿を抱える。

 

「今日はそういう難しい話なし! 美味しいから勝ち!」

 

露伴は箸を置き、静かに言った。

 

「いや、それで正しい」

「人間は、理解できない悲しみを前にしても、食べて、眠って、また進む」

「今日のこの夕食は、その証拠だ」

 

泉が少し驚いた。

 

「先生、今日も普通にいいこと言いますね」

 

「いつも言っている」

 

「その自己評価は高すぎます」

 

______________________________

 

食事は進んだ。

 

刺身は新鮮で、焼き貝は香ばしく、あら汁は深い味がした。

 

弥子は何度も「勝った」と言いかけ、そのたびにキラとアウクソーに視線で制御された。

 

だが、今日は全員がどこか優しかった。

 

ラクスは少し疲れていたが、食事を楽しんでいる。

キラはその様子を見て、ようやく安心して箸を進めていた。

カイエンは朝のボウズを魚料理で癒やしている。

承太郎は相変わらず無口だが、箸の進みは悪くない。

ソープは港町の食文化と漁の回復を、どこか嬉しそうに見ていた。

アウクソーは全員の様子を確認しつつ、自分もきちんと味わっている。

泉はやっと、今日はもう何も起きないかもしれないと思えた。

 

ネウロは満足げだった。

 

「謎は良かった」

「そして、食後の人間どもの反応も悪くない」

 

弥子が言う。

 

「褒めてる?」

 

「吾輩が褒めると思うか?」

 

「思わないけど、今日のはちょっと褒めてる!」

 

ラクスは微笑んだ。

 

「今日は、皆さま本当にお疲れ様でした」

 

キラも頷いた。

 

「うん。みんなで……何とかできた」

 

弥子は箸を置き、満面の笑みで言った。

 

「あたしたちも今日みんな頑張ったもん!」

「今日は大勝利!!」

 

その言葉に、誰も異論を唱えなかった。

 

カイエンが笑う。

 

「そうだな。今日は勝ちだ」

 

承太郎も短く言った。

 

「悪くねぇ」

 

露伴がまた反応しようとしたが、今回は言わなかった。

 

ただ、メモ帳を開いた。

 

港町は涙を止めない。

だが、今日だけは魚を返した。

それを食べて、人は勝ったと言う。

 

泉がそれを覗き込んだ。

 

「先生、それ、いいですね」

 

露伴は言う。

 

「当然だ」

 

弥子が笑う。

 

「じゃあ、ちゃんと書いてくださいね!」

 

露伴は少しだけ口元を上げた。

 

「そのつもりだ」

 

______________________________

 

食事が終わる頃、外はすっかり夜になっていた。

 

窓の外の海は暗い。

けれど、昨日より少しだけ穏やかに見えた。

 

潮騒は聞こえる。

 

ただし、誰かを呼ぶ声ではない。

 

ただの波音。

 

それが、今はとてもありがたかった。

 

女将が食器を下げながら言った。

 

「皆さま、今日は本当によく召し上がりましたねぇ」

 

弥子は元気よく答える。

 

「すごく美味しかったです! ごちそうさまでした!」

 

女将は嬉しそうに笑う。

 

「またぜひいらしてくださいね」

 

キラは少しだけ苦笑した。

 

「はい。予算を整えてから……」

 

カイエンが笑う。

 

「会計准将、最後まで現実的だな」

 

ラクスは穏やかに言った。

 

「でも、また来たいですわね」

 

キラはラクスを見て、優しく頷いた。

 

「うん」

 

弥子は窓の外を見た。

 

「また来たら、今度はもっと普通に遊べるかな」

 

ネウロが言う。

 

「貴様らが普通に遊ぶなど、あり得るのか?」

 

「あるよ!」

 

泉が小さく笑った。

 

「でも、普通じゃないから楽しかった部分もありますね」

 

アウクソーは静かに言った。

 

「安全面を除けば、良い旅程だったかと」

 

ソープが笑う。

 

「安全面が一番大事だけどね」

 

承太郎は立ち上がった。

 

「今日は早めに休め」

 

全員が、自然に頷いた。

 

二日目は濃かった。

 

朝釣り。

朝食。

朝市。

防波堤の下見。

昼食。

防波堤の歌。

スイーツ。

商店街。

そして、大漁の夕餉。

 

泣いて、笑って、食べて、歩いて、また食べた。

 

弥子は満足そうに言った。

 

「明日、帰るんだよね」

 

泉が少し寂しそうに頷く。

 

「そうだね」

 

弥子は大きく伸びをした。

 

「じゃあ、最後まで勝とう!」

 

キラが笑った。

 

「うん。無事に帰るまでが旅行だからね」

 

カイエンが言った。

 

「帰るまでが合宿、か」

 

ソープが続ける。

 

「暖簾を出るまでが入浴、もあったね」

 

カイエンが即座に言う。

 

「それは忘れろ」

 

皆が笑った。

 

旅館の夜に、普通の笑い声が戻っていた。

 

潮騒は、遠くで静かに鳴っている。

 

その音は、もう誰かを閉じ込めてはいなかった。

 

 

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