守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

99 / 174
朝食会場には、三日目の朝の光が差し込んでいた。

窓の向こうには、港。
その先に、昨日まで何度も足を運んだ防波堤が見える。

けれど、今朝の防波堤は穏やかだった。

波は静かに寄せ、風は通り、海鳥が空を横切っていく。
誰かを呼ぶ声も、帰れない声も、もう聞こえない。

ただの朝だった。

だからこそ、弥子は元気だった。

「朝ごはん!!」

席に着くなり、弥子の目は朝食膳を走った。

焼き魚。
海苔。
温泉卵。
しらすおろし。
漬物。
小鉢。
味噌汁。
そして、白いご飯。

さらに今日は、厨房の方にカイエンが釣った魚たちが預けられている。

弥子は胸に手を当てた。

「今日のあたしは、昨日よりさらに計画的にいきます」

キラが少し警戒する。

「本当に?」

「本当!」

アウクソーが静かに言った。

「弥子様、本日の朝食における白米のおかわりは、三杯までを推奨いたします」

弥子は一瞬、真顔になった。

「ご飯おかわり自由なのに?」

「はい」

「自由なのに?」

「はい」

「三杯まで?」

「はい」

キラが即座に言う。

「三杯で十分多いよ」

弥子はむむっと唸った。

「でも、自由って言われると……」

アウクソーは淡々と続ける。

「本日は、カイエン様が釣られた魚の調理が後ほど予定されております」
「加えて、帰路における移動、荷物管理、途中休憩、土産物の追加購入の可能性も考慮すべきです」

弥子は目を見開いた。

「つまり……」

ラクスが優しく微笑む。

「未来の美味しいもののための三杯ですわ」

弥子は拳を握った。

「未来のあたしのために……!」

ネウロが笑う。

「ククク……食欲に時間軸が生まれたか」

泉が笑いながら言う。

「三杯でも十分すごいけどね」


岸辺露伴は潮騒を聞く その22

弥子の一杯目は、焼き魚だった。

 

ほぐした身を白いご飯に乗せ、少し醤油を垂らす。

 

一口。

 

「……勝った」

 

キラが微笑む。

 

「朝に?」

 

「朝に!」

 

カイエンは味噌汁を飲みながら言う。

 

「昨日も聞いたな、それ」

 

弥子は胸を張った。

 

「毎朝勝つのは大事です!」

 

承太郎は黙って焼き魚を食べている。

 

露伴が見た。

 

「承太郎、どうだ」

 

承太郎は短く答えた。

 

「悪くねぇ」

 

弥子、泉、カイエン、ソープが同時に言った。

 

「最大級評価」

 

承太郎は否定しなかった。

 

ただ、帽子のつばを少し下げた。

 

______________________________

 

 

二杯目は、温泉卵としらすおろし。

 

弥子は真剣な顔で茶碗を見つめる。

 

「これは構成が大事なんですよ」

 

キラが言う。

 

「朝食なのに作戦会議みたいになってる……」

 

露伴が目を輝かせる。

 

「いい。食欲の構成論、二日連続で進化している」

 

泉が止める。

 

「先生、それ本当に記録するんですか?」

 

「する」

 

「するんですね……」

 

ソープは窓の外を見て、静かに言った。

 

「今日は海が軽いね」

 

カイエンが少しだけ誇らしげに言う。

 

「だから釣れた」

 

アウクソーが補足する。

 

「マスターの釣果は六匹です」

 

カイエンは少し嬉しそうにする。

 

露伴がすかさず言う。

 

「今、嬉しそうだった」

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

______________________________

 

 

三杯目。

 

弥子は茶碗を手にしながら、しばらく悩んだ。

 

「最後の一杯……海苔か、漬物か、味噌汁か……」

 

キラが言う。

 

「全部少しずつでいいんじゃない?」

 

弥子ははっとした顔をした。

 

「キラくん、天才!」

 

キラは苦笑する。

 

「そこまでのことじゃないよ」

 

ラクスが微笑む。

 

「キラは、弥子さんの戦略参謀ですわね」

 

カイエンが笑う。

 

「会計准将に続いて、白米参謀か」

 

キラは小さくため息をつく。

 

「肩書きが増えていく……」

 

弥子は三杯目を大事に食べた。

 

海苔。

漬物。

味噌汁。

最後に少しだけしらす。

 

そして茶碗を置く。

 

「……三杯で止めます!」

 

泉が拍手する。

 

「偉い!」

 

キラも頷く。

 

「本当に偉い」

 

アウクソーも静かに言った。

 

「適切な判断です」

 

弥子は胸を張った。

 

「今日は釣り魚が控えてるから!」

 

ネウロが言う。

 

「結局、次の食事のために止まっただけか」

 

「それが計画性!」

 

______________________________

 

朝食の終盤、キラは会計メモを見ていた。

 

カイエンがちらりと見る。

 

「まだ悩んでいるのかい」

 

キラは真面目に答えた。

 

「釣具レンタル費用の扱いです」

 

カイエンは咳払いした。

 

「釣った魚は皆で食べるんだぞ」

 

弥子が即座に手を挙げる。

 

「食べます!」

 

カイエンは続ける。

 

「主に弥子が」

 

「はい!」

 

キラは少し頭を抱えた。

 

「そこは否定してほしかった……」

 

アウクソーが淡々と言う。

 

「当初はマスターの個人趣味として処理予定でした」

 

カイエンは堂々と言った。

 

「だが結果的に共有食材調達になった」

 

泉が苦笑する。

 

「言い方がそれっぽいですね」

 

ソープが楽しそうに言う。

 

「共有食材調達費。いい響きだね」

 

キラはメモに書き込みながら言う。

 

「……要審議で仮置きします」

 

カイエンは満足そうに頷いた。

 

「仮置きなら勝ちだな」

 

キラが即座に言う。

 

「勝負じゃないです」

 

承太郎が短く言った。

 

「面倒だな」

 

露伴はメモを取る。

 

「剣聖、釣具レンタル費を共有食材調達費へ転換しようと試みる」

 

カイエンは言う。

 

「書くな」

 

「もう書いた」

 

______________________________

 

 

朝食を終える頃、女将が顔を出した。

 

「皆さま、お魚の方ですが、少しお時間をいただければ、塩焼きと唐揚げにしてお出しできますよ」

 

弥子の目が輝く。

 

「唐揚げ!」

 

キラは慎重に聞いた。

 

「本当にサービスで大丈夫でしょうか……?」

 

女将は笑った。

 

「ええ。昨日は本当に大漁で、こちらも気持ちがいいので」

「釣った魚を皆さんで召し上がるのも、旅の思い出ですから」

 

ラクスが丁寧に頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

カイエンも少し照れたように言う。

 

「世話になる」

 

アウクソーが静かに付け加えた。

 

「調理後、マスターの釣果として記録いたします」

 

カイエンは小さく笑った。

 

「それは頼む」

 

弥子は両手を握る。

 

「朝食三杯で止めて正解だった!」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……未来の魚に胃袋を空けておいたか」

 

「そう!」

 

泉は窓の外の海を見た。

 

「本当に、いい朝ですね」

 

ソープも頷いた。

 

「うん。帰る日には、少し惜しいくらいだね」

 

露伴は静かにメモを取る。

 

昨日、海は声を返した。

今朝、海は魚を返した。

そして人間は、三杯で止まることを学んだ。

 

泉が覗き込む。

 

「最後の一行、必要ですか?」

 

露伴は答える。

 

「必要だ」

 

弥子が笑う。

 

「必要です!」

 

キラも笑った。

 

「まあ、今日の弥子ちゃんは本当に偉かったからね」

 

弥子は満面の笑みで言った。

 

「勝った!」

 

承太郎が立ち上がる。

 

「帰る支度だ」

 

その一言で、少しだけ空気が変わった。

 

楽しい朝食。

釣った魚。

穏やかな海。

 

そして、旅の終わり。

 

弥子は窓の外を見た。

 

「帰るんだね」

 

ラクスが静かに頷く。

 

「ええ。でも、よい朝ですわ」

 

キラも言う。

 

「無事に帰るまでが旅行だからね」

 

カイエンが笑った。

 

「その前に、釣った魚だな」

 

アウクソーが即座に言う。

 

「食後、荷造り、精算、魚の受け取り。順序を守ってください」

 

ソープがくすりと笑う。

 

「最後まで管理されてるね」

 

カイエンは肩をすくめた。

 

「慣れてるよ」

 

潮騒は、窓の向こうで静かに鳴っていた。

 

もう誰かを縛る声ではなく、旅人を見送る普通の波音として。

 

三日目の朝は、穏やかに始まっていた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。