病死した女、異界に立つ
「おはよう、
ベッドに寝かされた私を覗き込むようにしながら、優しく微笑む。
「あんごしさん…かーてんあけて」
看護師は軽く返事をして、カーテンを開ける。
窓から入る光は、やはり電球とは何か違う。
どこかエネルギーがあって、浴びると少しだが生きている実感を得られる。
「ごえんなさい」
カーテンを開けることすら人任せなんて、情けなくて涙がでそうだ。
看護師は言葉が聞き取れなかったのか、少しキョトンとしたあとに意図に気付いてハッとした。
「いいんですよ!遠慮しないでね」
優しい言葉は冷えた心に染み入る、余計に泣きそうだ。
身体を動かせなくなってどのぐらい経ったのだろう。
初めは指だった、お箸を上手く持てなくてご飯をポロポロこぼした。
何日経っても治らなくて、お母さんからは「疲れてるんだね」と言って気にしなかった。
そして、ある日からご飯を喉に詰まらせるようになった。
それから、呂律が回りづらくて何回も噛むようになった。
そして…階段が上がれなくなった。
すぐに病院に連れて行かれたが、そのときにはかなり進行していた。
それから入院してリハビリを何度もしたが、徐々に神経が削られていくのを日々実感した。
今では痩せ細り、車椅子すら自分で動かすのが難しく、布団さえあげることが一苦労だ。
千年に一度の美人とまで言われた容姿も、これでは見る影がない。
それから何日も経ったある日、喉が裂けるように痛くなった。
喉に入った管がガラスの破片のように鋭利に感じる。
脳みその血液が沸騰したかのように熱い。
咳がしたいのに喉が動かない。
慌ただしく色んな人間が入ってくる。
私の身体を触って、焦ったような声色で何かを話しているが、もはや聞き取れない。
ただ、状況はよくわかる。
そろそろ死ぬ
「固形物が食べたい」「歩きたい」「走りたい」「深呼吸したい」「寝返りしたい」「布団どけたい」「声を出したい」「なんで眼球しか動かないの」「あのこと謝っておけばよかった」「生んでくれてありがとうって言ってない」「なんでもっと早く病院に行かなかった」「オシャレしてない」「告白しとけばよかった」「湯船に浸かりたい」「駅前のスイーツ店行けてない」「約束したのに」「肉の食感忘れた」「なんで白米食べたらダメなの」「とろみのないお茶が飲みたい」「日光を浴びたい」
様々な未練が脳裏をよぎっては流される。
今まで感じた幸福など一瞬で消し飛び、その全てがチッポケな物だったような気がする。
そんな絶望の中で、流れず残り続ける
「こんなの誰にも経験してほしくない」
老衰以外の死など、この世にあってはならない。
そんな願いを抱いたところで何か変わるわけもなく、息は浅くなり意識がボヤケて体温が冷えていく。
『ようやく見つけた、相応しい魂』
何も見えない、何も聞こえない、手が動かない…否、身体がない。
不思議と不快感はない、枷を外されたかのような開放感。
それよりも、自分の周りにいるナニカに意識がいく。
目が見えないのに感覚で理解させられるほど迸るエネルギーが…囲うように四つ、そして離れたところに一つ。
そのうちの一つが私に話しかけてきた、耳がないのにその声はハッキリと聞こえた。
「私はウーベルタース、豊穣の女神です。
大変申し上げにくいのですが…貴女は病により亡くなられました」
とんでもないエネルギーを感じるものの、不思議と威圧的ではなく包み込むような力を感じる。
神であると言われても、状況を鑑みれば信じるしかない。
非現実的で神秘的な情報が一気になだれ込んでいるのに、感情は澄んでいるかのように清らかだ。
もしかしたら、感情を司る感覚器官がないだけなのかもしれない。
「貴女には提案をしに参りました。
単刀直入に言います、魔物や魔族のいる世界に転移してみませんか?
その世界の人々は渓谷に囲まれた土地で暮らしています。
現れる魔物や、稀に外から侵入する魔族によって平和を脅かされています。
当然、丸腰ではなく…加護をお与えします」
まるで創作のような内容だ、感情があったら喜んだのだろうか、それとも困惑したのだろうか?
今は、そんなことどうでもいい。
「これは拒否もできます「行きたくない」ということであれば、直接天国へお連れします。
命の危険もありますし、人々の勢力争いなどにも関わる可能性があることをご承知ください。
行ってほしいとは私達からは言いません」
異世界で走り回る、異世界の食べ物を食べる…肉体が使い物にならなかった私からしてみると、それは天国をも超越する甘美な空想。
脳がないにも関わらず、原始的な欲求が溢れて止まらない。
答えは当然イエスだ。
私の意思を理解したウーベルタースは、胸に手を当ててホッと息を吐いた。
「ありがとうございます…強制はしたくないのですが、もう転移者の方が六人しかおられな「行くのですね!病を耐え抜いた魂とは素晴らしい!ぜひ私の加護を!」
話している最中に、一柱の神が割って入ってくる。
割り込まれたウーベルタースはギョッとした。
「ファナラビ…この方は病に伏された方なのですよ?貴女の魔法は心証が悪すぎます」
ファナラビと呼ばれる神に対して、ため息を吐いて呆れるように言い放つ。
言われた本人はバツが悪そうに顔をそらして、人差し指を合わせていじけた。
「病の苦しみ、死への恐怖…それらを経験して人を助けることを考えるとは…中々に悪くないわね、戦闘に忌避感がなさそう」
「善意につけ込むようで気分はよくないが、そうでもないと魔物がいる世界には送れないからな」
「はいはい!一気にしゃべらないでください」
ウーベルタースがパンパンと手を叩き、神々を制止する。
「それでは、私達から一人を選んで加護…もとい魔法をお選びください。
ほら、あなたも来てください」
離れたところにいたナニカに声をかけると、ナニカは気だるげに呟く、その声質は人間のものではない。
その存在が近付くたびに、どれほど大きいのか理解できた。
私の目の前に座り、ようやく姿を把握できた…それはドラゴンの姿をしている。
神々とドラゴンが周りを囲い、それぞれが名乗りを上げる。
「ウーベルタース」
包み込むような生のエネルギーを感じる。
「アスカード」
迸る灼熱のエネルギーを感じる。
「ラミール」
魂に直接干渉するような、ヒンヤリとしたエネルギーを感じる。
「ファナラビ」
肉体を蝕むような、禍々しいエネルギーを感じる。
「ニーズホッグ」
荒々しくも猛々しい、力の塊のようなエネルギーを感じる。
不思議とそれぞれがどのような魔法なのか魂で理解した。
到底、人間が持っていいような力ではない。
その中で、私がもっとも興味を引いたのは…ニーズホッグ。
ラミールは目を見開き、私を見つめる。
「よりにもよってそいつ?健康で強靭な肉体ぐらいなら私達でも自動付与されるのよ?」
「別にいいだろ、今までまともに動けなかったからな。
どうせなら元気いっぱい走り回りたいと思うのが普通だろ」
「病を耐え抜いた魂なのに…もったいない」
「貴女ちょっと黙ってなさい」
「病死した人間に対して…デリカシーってものを知らねぇのか」
神々の喧騒を無視して、ニーズホッグは私の魂に触れる。
「体技魔法、使い方は自ずとわかる」
瞬間、魂に直接なんらかの情報が刻み込まれた。
身体がないのに、全身が燃え滾るように熱くなる。
刻み終わったのか魂から熱が引いていく、それを見計らったように男性のような神…アスカードが話しかけてくる。
「これから転移してもらうんだけど、質問ある?」
質問したいことは山のようにあるが、一つどうしても気になっていることがある。
転移してきたことを話してもいいのだろうか?謎の力を持つ正体不明の存在なんて、怪物として恐れられることはないだろうか?
「転移者の存在は誰しも知っているから言ってもいいよ、邪険にされることはない。
どうせそこまで隠せないだろうからな…それはアンタの好きにしな」
それを聞いて安心した、少なくとも化け物として忌み嫌われることはないようだ。
「基本的なことは現地人からも聞ける、それでも分からなければ祈ったらニーズホッグと会話できるから聞きな」
「ちゃんと導いてあげてくださいね、ニーズホッグ」
ウーベルタースの声を最後に、感覚がブラックアウトした。
視界に飛び込んできたのは、広大な緑だった。
下を向けば淡い緑の草が、柔らかく風に揺られる。
ゆっくりと正面を向くと、木々がせせらぎ、擦れあい、ざわめく。
更に首を上げると、澄んだ水色と巨大な雲があった。
体が日光に当てられ少しだけ暖かい。
両手を顔に当てると、手から伝わるのはハリのある柔らかい肌。
深呼吸をすると、肺が痛みもなく広がる。
目を閉じて溜まった空気を吐ききると、全身の筋肉が脱力する。
「はは…あはは!」
無意識に笑い声がでる。
地面を蹴ってジャンプすると、髪がふらりと持ち上がる。
「生きてる!生きてる!!」
目を瞑り手を伸ばし片足を上げ、地面を蹴って腕を振って踊る。
この舞に名前も意味もない、ただ体の赴くままに動かし続ける。
この舞に題目など不要である。
腕が、足が空気を切る。
全ての感覚が愛惜しくて堪らない。
鼻歌を歌い、踊り続ける。
楽しくなって何分も踊り続け、ビタッと身体を止めた。
踊りきった達成感に浸りながら目を開けると…誰かいた。
─────────────
村の周りをパトロールをしていると、どこからか笑い声が聞こえた。
それ以外の声は聞こえないので一人のようだ。
商人かと思ったが、それなら一人でいるはずがない。
ここらへんは弱いとはいえモンスターが出る、村人が一人で出歩くのは危険…しかも、声を聞く限り女性だ。
声が聞こえる方向に進む、次第に声が大きくなる。
「もう少しですね」
開けた場所に出ると、声の主はそこにいた。
その女性は知らない人だった、少なくとも私がいる村の人間ではない。
だが、そんなことはどうでもいい。
「………美しすぎる」
女性は踊っていた、この世の全てを祝福するかのような舞。
高い身長、長い手足、長い黒髪、そしてあらゆるパーツが無駄なく配置され、一つとして無駄な部位がない顔。
呼吸すらも忘れるほどに見目麗しき、まるで天女の舞。
女性はピタッと止まり、ゆっくりと目を開け、私と目が合った。
女性は目をパチパチとさせて、段々と顔が赤くなり口を手で隠した。
「え?あは…えっと、見てました……?
あへ?アハハ〜はっず…ぅわはっず………」
手をパタパタと動かして、顔の火照りをさましている。
先ほどの美しさとは打ってかわり、年相応の少女のような可愛らしい仕草に少し緊張が解けた。
「えっと、どこから来られたのですか?
村の方…ではないですよね、貴女みたいに美しい方は田舎ではすぐに噂になる。
旅人さんですか?」
私の問いかけを聞いて顔をパンと両手で叩き、正面から私を見つめてくる。
「っ!?」
あまりにも美しすぎて、直視するのが恥ずかしい。
しかし、次に発した言葉で気恥ずかしさは消し飛んだ。
「はじめまして、堰代みどりです。
日本から転移してきました」
あとがきには、本編に登場した場所やキャラの詳細情報を記載します。
ステータスやAPP(外見を数字化したもの)を記載しますが、本編中に登場することはありません。
・堰代みどり
HP75 APP18(人類最高峰) 身長182 体重78 AGE22 性別:女
特典:体技魔法
・ニーズホッグ
邪竜とされている強大な龍。
特典:体技魔法
身体能力&身体機能超向上
・ウーベルタース
五穀豊穣の女神で、非常に慈悲深い。
特典:植物魔法
・ラミール
魂の女神
尊大だが、何処か抜けてる天然。
特典:霊魂魔法
・アスカード
炎の男神
口調やノリは軽いが、かなり親切。
特典:火炎魔法
・ファナラビ
疾病の女神
物腰柔らかだけど病死を最も尊いものだと考えている。
それはそれとして女神だから、魔族は敵視してて、人間が病を治すことも受け入れる程度には柔軟。
特典:疾病魔法