本編との繋がりは薄いので、必ず読む必要はありません。
右を向けばコートが、左を向けばバッグが、正面を向けばドレスが…素人目でもそれらがバザーで出回るようなものでないとわかる。
作りも材質も一つとして安物がなく、天井から吊り下げられた黄金のシャンデリアが服を照らす。
どう考えても貴族向けの洋服店に、ボロボロの服を着た女が佇んでいる。
きっと道に迷ってしまった哀れな村娘だ、どこの誰だろうか?
「ではセキシロさん、好きなものを選んでください」
そう、私である。
端的に状況を説明すると
私の功績を讃えて王様が謁見してくれることになったが、身なりが悪すぎたので相応の服を買いに来た。
店主には転移者が謁見するとだけ伝えると、宣伝になるから一着であれば無料でいいと言われたそうだ。
謁見なんてしてもらわなくていいけど、政治的な理由でそうもいかない。
現在、デメテラ豊国の上層部はてんやわんやだ。
管理領土に魔族が巣食って、それに気付かず見逃し続けていた、それを討伐したのは自国外の転移者…これは国のメンツ的にヤバい。
国民への示しをつけるため、早急に「王様から直々に褒美を与えた」みたいな実績がほしい。
あと色々と擦り合わせたいことがあるんだろう「私が魔族を倒したのは神の導き」みたいな方向に持っていければ、事が明るみになっても豊国へのヘイトは和らぐだろう…とミュラーが言っていた。
当のミュラーは、申し訳なさそうにうつむいている。
「こんなことに巻き込んでごめんなさい」
「いいですよ。
政治を知らない私でも、大変なのはわかります」
エルクラークの支配魔法を公言しても、全国民が納得するなんて無理だろう。
そもそも支配魔法なんて公表できるのだろうか?
死んでるから支配は消えてるなんて証明できない、噂が一人歩きして「中枢も乗っ取られてたのでは?」とか言われてはかなわない。
考察もそこそこに服を眺める、恐ろしいことに値札が一つもない。
値段は聞かないでおこう、汚すのが怖くてからくり人形みたいになりそう。
歩き回っていると、ドレスとは毛色の違う服が視界に入る。
材質はきめ細やかで少し硬さがある、型崩れしにくそうだ。
私は…というか、現代人なら知らぬ者はいない。
「スーツ!?」
目を見開いて困惑していると、ミュラーが説明してくれた。
数十年前に帝国にいた日本人が、異世界でも作れるスーツの製法を編み出して普及したらしい。
かなり高価なので貴族以外は着れないが、引き算の美学とも言うべきシンプルさは根強い愛好者がいて、上流階級の社交場で着てても不自然ではないそうだ。
メンズ物しか存在しないけど、女性が着ても問題ないらしい。
「これにします」
ドレスの歩き方なんてわからないから助かった。
社会人への憧れで、お父さんのスーツを何度も着せてもらった経験が、異世界で役に立つとは思わなかった。
試着室に入って服を脱いだ、エルクラークとの戦いであちこちが破れて肩がバックリと割れている。
「こんなので歩いてたのか」
気を取り直してワイシャツを羽織り、ボタンをとめていると異世界だということを忘れそうだ。
胸のボタンが締まりにくく、生地を引っ張ってつけたが圧迫感がある。
手が覚えているもので、ネクタイは苦もなく巻けた。
ズボンとスーツを着けると、柔らかさはないが硬い感覚はない、異世界由来のウールだろうか?
よい着こなしの基準は"胸元に手が入る"と聞くけど、パツパツすぎて隙間がない。
これ以上のサイズだと萌え袖になる、寸法合わせする時間はない。
試着室から出て、ミュラーの反応を確かめる。
「わぁ…とてもお似合いです」
感嘆の声を漏らす、心配はいらなそうだ。
店を出ようとすると、店主は「すご」と言ったあと、ハッとなってお辞儀をする。
会釈を返して店を出ると、騎士達が「おぉ」と感嘆の声を漏らす。
彼らの視線は見ていない、視線の先にあるものがおっぱいでないことを祈りながら馬車に乗る。
「貴女は黒が似合いますね」
「よく言われます」
「………意外です、謙遜するタイプかと思っていました」
日本に存在する容姿を褒める言葉は一通り聞いたから…というのもそうだが、自分の容姿を下げることは言わないようにしている。
中学生のとき、クラスメイトの女の子が「足が短い」とか「丸顔」みたいなことを、彼氏から言われて落ち込んでいた。
丸顔とか背が低いとか、本気でかわいいと思ったから「私と違って、小さくてかわいいよ」と伝えた。
誓って悪意はなかった、慰めるつもりだった。
慰めになるはずもなく、返ってきたのは充血した瞳だった。
天井を見ながら馬車に揺られる、車輪がタイルを擦る。
すると馬車が止まり、騎士が「門を開けろ」と叫ぶ。
ジャラジャラと鎖が軋んで何かが開いた。
「着いたようです」
馬車から降りると、そこは野原に見間違えるほどの庭園だった。
正面に見える城は、少し距離があるのに全体が視界に入らない。
近付くたびに存在感が際立ち、王の権力そのものを表しているようだった。
「でっか」
笑い声が聞こえて振り向くと、ミュラーが口に手を当てて笑っていた。
「ごめんなさい。
ずっと初々しくて、凄く可愛らしくて」
ふと自分を客観的に考えてみると、デメテラ豊国の規模や高級品に驚いてばかりだった。
ミュラーには田舎娘が、高層ビルを眺めて目を輝かせているように見えたのだろう。
恥ずかしさで顔が火照ったけど、かえって緊張が少しだけ取れた。
騎士が扉を開いて先導してくれた。
自分の足音がどこで反響しているかわからない、どれだけ広いんだ…?
騎士達が姿勢を正して、ゆっくりと重厚な扉を開ける。
レッドカーペットの先にいる3人の男性が、私達を見下ろす。
左手には剣を携え髭を生やした男性、右手には黒いローブの細目の女性、その中央に鎮座している小太りの中年男性。
豪華な服装や立ち位置から見て、中央の男性が王様かな?
警戒心を与えない顔つきと体型なので、失礼だけど王様っぽくない。
「なんと美しい」
黒いローブの女性が呟いたのと同時に、王様が椅子から立ち上がる。
「シキリア王、彼女は転移して間もありません。
この世界の作法については…」
「かまわないよミュラー、今日は無礼講だ」
シキリア王は私に向き直り、軽く頭を下げる。
「礼を言おう。
今回の被害を軽く扱うつもりはないが、貴女がいなければ被害は更に広がっていたはずだ」
一国の王が頭を下げる、その意味がわからないほど世間知らずではない。
なんと返しても角が立ってしまいそうで、手を上げ下げしてオロオロする。
「あまり下手に出過ぎても反応に困りますよ。
それと感謝も大事ですが、色々と聞かなくてはならないことがあります」
私をみかねてか、黒いローブの女性が王様の肩を叩いた。
「申し遅れました、私はエルバ宰相。
ご足労していただいて申し訳ないのですが、当事者は貴女しかいないもので…戦った魔族について教えていただけませんか?」
ミュラーは又聞き、村人は戦ったわけではない…というか聞ける状態じゃない。
魔族出現は国が動くほどの事態なら、詳細を直接把握したいのは当然のこと。
発動条件が容姿なことだけ隠して、それ以外のことを全て話した。
視認したら支配されること、村人達の記憶を
言葉を紡げば紡ぐほど、王達の顔が険しくなる。
とくに"人間に性欲を持っていた"と言ったとき、明らかに顔が青くなった。
左手にいた、剣を携えた男性が口を開く。
「俺はグレーノ、デメテラの騎士団長だ。
その…性欲があったというのは本当か?」
「おそらく間違いありません。
私にも下賤な言葉を使っていましたし、村人にも凌辱されたと言う者がいました。
なにより、
グレーノは頭を抱えてため息をついた。
「村人達には悪いが、この被害で止まったのは奇跡だな。
その特徴は、幻惑のウエディングとそっくりだ」
グレーノの言葉を聞いて、王様と宰相は苦虫を潰したように顔を歪ませる。
「貴女がいなければ、ウエディングが再来するところでした…感謝の言葉もございません」
悪名を轟かせた魔族なんだろうけど、一切知らないので話についていけない。
失礼を承知で聞いてみると、宰相が答えてくれた。
「幻惑のウエディングは、世界で最も悪名高い魔族です。
見境なく各国や村を襲っては、幻惑魔法を使って凌辱。
五感を操り、いくらでも姿など変えられるため、姿を把握することすらできなかった。
幻惑魔法により凌辱された者は、トラウマで日常生活すら困難となり、今でも立ち直れない者が数多くいます」
「………当然、デメテラにもいる」
聞いてるだけで胸糞悪い、見なくとも自分の表情が険しくなるのがわかる。
「10年前にラミュール浄国の転移者である"宇都宮あやか"が討伐しましたが…今でも恐怖や恨みは根付いています。
討伐されたときは、国中から歓喜の声が途絶えることはありませんでした」
宰相は私の表情をチラッと見て、話を切り上げた。
扉をコンコンと叩かれ、入ってきた使用人がお辞儀をする。
「王様、食事の準備ができました」
「おお!できたか!?」
シキリア王は手をパンパンと叩き場を制して、私に向き直る。
「何も食べてないだろう?祝いだ、ぜひ食べてくれ」
私は瞼をパチパチとさせた。
「あの…いいんでしょうか?村人が魔族の被害を受けたあとなのに」
私の疑問に答えたのは、エルバ宰相だった。
「生理現象に不謹慎などありませんよ」
宰相の目から、気遣いのような物は感じない。
周囲を見渡しても、二人の判断に驚く者はいない。
この価値観は少なくともこの場では、なんらおかしなことではない。
扉の隙間から漂う香りは、最後の食事が昨日の朝食であったことを思い出させる。
私はデメテラに来たときから、この匂いに魅せられていた。
──────
モルタデッラは香り高いが味が薄い、チーズはコクが深いが濃すぎてクドい。
しかし2つを合わせると、香りとコクは据え置きで味が混じり、丁度いい濃さに抑えられている。
鼻から抜けるのは脂とチーズの香り、食材の質が高すぎる。
騎士達・ミュラー・宰相も王様も、大きなテーブルに乗った料理を取って食べている。
王も騎士も酒をあおった、私も酔ってないのに笑って乾杯した。
結局、話なんてせずに宴会が始まって、私とミュラー以外は千鳥足。
何時間か経ったあとに、ミュラーから客室に案内してもらった。
何人用かわからないベッドに、いくらするかわからない絵画が飾られている…西洋感が満載である。
ベッドにダイブすると、体がじんわりと沈んだ。
昨日よりも熟睡できると確信した。
・ウーベルタース教
信者の数が世界一、プロテスタントのように階級はない。
「満腹の悪事は罰を与えなさい、飢えにより悪事は救いなさい
飢えが招くのは死だけではありません。衣食住がなければ人格は腐ります」祝福の議事録 3章23節より引用
・シキリア コブトーリオウ
HP:5 APP:9 身長:164 体重:70 AGE:50
性別:男
デメテラ豊国の王でありながら、穏やかでフレンドリー。
・エルバ マリアーヌ
HP:5 APP:12 身長:168 体重:58 AGE:36
性別:女
デメテラ豊国の宰相、キツ目だけどわりと優しい。
夫との仲は良好。
・幻惑のウエディング
HP:50 APP:18 身長:184 体重:82 AGE:319
性別:女
「人間は自分を愛している」と思っていて、男女問わず人間に強すぎる情欲を抱いている。
魔法で各国や村に忍び込んでは人間達に異常な快楽を与えて人格ごと歪め、それを「素直にする作業」と思い込んでいる。
これらの経験から、自分の幻惑魔法を相思相愛と名付けた。
ラミール教の教義に感銘を受けてラミール信者を自称している。
宇都宮 あやかに討伐されたときは「非常に醜く喚いた」と書物に記載されている。