その人は神に堕ちるのか   作:十五夜の月

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プロローグ

 

 

 

 

 数日前にソロモンの杖と呼ばれる聖遺物を強奪した組織が、世界に対して宣戦布告を行った。提示した条件を飲まない限り、ノイズと呼ばれる存在を操った大規模な殺戮が行われるだろう。

 

 フィーネを名乗った組織が保有する力はそれだけでは無い。櫻井了子が開発したFG式回天特機装束「シンフォギアシステム」、本来であればノイズに対抗する為に開発された技術を有する者が少なくとも三人。

 絶大な驚異を手にして世界に敵対する組織の登場、自体の収束は火急の用件であった。

 

「そんな敵さんについてだが、足取りが掴めた」

 

 自体収束の為に動く特異災害対策起動部二課の司令官である風鳴弦十郎が発する言葉に対して、すかさず同組織に所属し、シンフォギア【イチイバル】を扱う雪音クリスが反応した。

 

「ソロモンの杖の行方……」

 

 クリスにとって、それに対するいい思いは無い。寧ろあるのは、誰もが扱える状態に覚醒させてしまった己に対する、余りにも重い責任感だった。

 

「三人には、今回発覚した拠点と思われる場所に奇襲を仕掛けてもらう。目標はソロモンの杖の回収、敵組織フィーネ構成員の捕縛することだ」

 

 クリスと同じくシンフォギア奏者である風鳴翼と立花響の三人による奇襲。敵に三人の奏者がいると分かってる以上は、少なくとも同数戦力で対応する必要がある。モニターに表示されている三人の敵奏者、そのうち一人は立花響と同じシンフォギアであるガングニールを扱い、フィーネと名乗った。少なくとも本物では無いのは分かるが、シンフォギアを扱ってる事から全くの無関係では無いだろう。

 

「了子くん、もといフィーネと関わりは不明だ。構成員を捕縛できずとも、最悪何らかの情報は持ち帰ってきて貰いたい」

 

 かつて戦ったフィーネは死んではいない。昏睡状態となり、秘密裏に隔離されている。二課の更に上からそういった指示がなされたらしい。未だに意識は覚醒しておらず、現段階でこちら側のフィーネから情報を収集する事は出来ない。

 

「クリスくん、くれぐれも爆発物の使用は最小限にな」

「しねーよ! 私をなんだと思ってやがる!」

「確かに、雪音ならやりかねん」

「おい!」

 

 源十郎の発言と翼の同意に抗議の声を上げる。場所とタイミングは弁えられる女だとクリスは自認しているし、そう育てられた覚えがある。

 

「後手に回り続けるつもりは無い、先手を打って事態を収束させる。敵の戦力が確定しない以上、不測の事態にも気を付けて行動してくれ」

 

 ソロモンの杖の回収。自身の責任に向き合うために、クリスは心の中で強く決意を固めた。

 

 

 

 

 敵の拠点は廃工場を流用した物だった。欠けた月が雲に隠れたことによって明かりは少なく、嫌な雰囲気が辺りに満ちている。特に響はこの雰囲気を怖がっているようだったが、作戦が始まればそんな感情も上手く誤魔化している。

 通信機越しに知らされる情報を元に、気配を最小限に抑えながらクリスを先頭に進む。

 

「未だに人の気配は無いな、もう少し先まではこのまま進めそうだぜ先輩」

「やはり雪音の索敵能力は凄いな。独学か?」

「昔に教えてもらったんだよ」

 

 できるだけ音を出さないようにして先に進み、更に奥の様子を確認した。

 廊下の奥の方から赤い霧のようなものが流れ出ている。更に奥からは、何度も聞いたことのある特徴的なノイズの足音が届いた。

 

「ノイズ、侵入がバレちゃったって事ですか?」

「だろうな、だがここにソロモンの杖がある事は確定した。逃げられる前に手早く行くぞ」

 

 向こうがこちら側の正確な位置を知る前に先手を取る。距離はあるがクリスにとっては関係なく、慣れた手つきで銃を取り出すと廊下の奥に居るノイズ達に弾丸を浴びせた。それに合わせる様にして翼と響の二人が飛び出し、それぞれが得意な獲物でノイズを処理する。

 

「ササッと雑魚はぶっ倒して、ソロモンの杖を奪い返す!」

 

 確実にここにある。銃を握る手には無意識に力が籠っていた。

 

 

 

 

 突如現れたノイズではない化け物の強襲に、発覚したウェル博士の生存と裏切り。更にシンフォギアの適合率が下がるトラブルがあったが、クリスの機転により境地を突破した三人は残り少ないノイズを処理しつつ、確実にウェル博士との距離を縮めていた。

 

「なぁ先輩、確かこの先って」

「海に面していたはずだ、逃走手段が用意されてないなら追い詰めている事になるが」

 

 付かず離れず誘い込まれている様な感覚が少しある。だが罠だったとしても、このチャンスを逃すのは惜しい。不測の事態が起きても対応できるよう、シンフォギアの適合係数が落ちている状態でも問題なく扱える程度の武器を用意する。

 少し開けた場所に出れば、潮の匂いを僅かに感じる。雲の切れ目から漏れ出た月明かりが、海を背に佇んでいるウェル博士の姿を照らした。見た限りでは船の様な逃走手段は確認できない。

 

「いやはや、思っていたより早い到着でしたね」

 

 慌てた様子もなく、落ち着いた声でウェルは呟いた。違和感を胸に翼は疑問をぶつけてみる。

 

「こちらの襲撃を予期していたとでも?」

「いえいえ、ただ何時でも対応出来るようにしていただけですよ」

 

 言葉を交わしつつ周囲の様子を確認する。

 目標であるソロモンの杖は確認できたが、襲いかかってきたあの怪物が何処にも居ない。数回視線を動かせば夜空に浮かぶノイズが、檻に入っている怪物を何処かに運んでいるのが確認出来た。

 周囲に伏兵の気配は無い。時間を浪費することは避けるべきだった。

 

「ソロモンの杖は私が回収する!」

「了解した! 立花は雪音の援護を、私はあの檻を奪取する」

「分かりました!」

 

 翼がクリスの横を駆け抜けて一気に跳躍する。ノイズを軽く上回る機動力なら、目標は確実に確保できるだろう。

 ソロモンの杖の確保とウェルの拘束を終えたクリスはそう確信していた。だが、ふと何かが近付いてくるような予感を感じた。

 同時に、何処からか飛来した炎が翼を吹き飛ばす。体勢を崩しながらも何とか着地したものの、獣が入った檻は取りこぼしてしまった。

 

「翼さん、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない。ソロモンの杖は!」

 

 響の問い掛けに答えながら、クリスに声を掛けた翼は目を疑う。奪い返したソロモンの杖を確保してはいるものの、クリスは何かに意識を囚われているかの様に棒立ちしていたからだ。

 

「雪音、戦場で何を見ている!」

「翼さん、あそこに誰か居ます」

 

 響が指さす先を、クリスも見ていた。

 雲の隙間から漏れた月明かりが、少し離れた海上に佇む人影を照らす。先程まで感じなかったというのに、巨大な存在感をその人物から感じることが出来た。

 

「どうやら良いタイミングだったようだ」

 

 海から吹き付ける風に掻き消されることなく、確かにその声は届いた。耳元で囁かれたかのように、すぐ側に居るように感じる。今まで感じたことの無い感覚に強く獲物を握りしめたとき、絞り出すようにクリスが声を漏らした。

 

「なんで、ここに?」

「クリスちゃん?」

「何やってるんだアンタ!!」

 

 クリスの変容に響が戸惑いの声を上げた。翼も状況の理解が出来ずにいるが、クリスと突然の乱入者に何かしらの関係が有ることだけは理解できた。

 

「思っていたより、元気そうじゃないか」

 

 海の上で、何者かは笑っていた。

 水面を地面と同じように、まるで散歩でもするかのように歩いてくる。

 

「友達も出来たみたいで何よりだ」

 

 美しい女性、雲が掛かる夜だと言うのに、肩の辺りまで伸びた赤褐色の髪も合わさり、どことなく太陽を感じさせる雰囲気を纏っている。

 コートを羽織っていて体格までは分からないが、身長から考えるに成人はしているだろう。見た目は若くは見えるが、歴戦の猛者で無ければ宿らない光を目にたたえている。

 

「良いタイミングでしたよ」

「……博士、不用心だったな。危うくネフェリムが奪われる所だった」

 

 笑みを浮かべて話すウェルに、檻を片手に持ちながら呆れたように近付きながら話す。

 

「ヘレナ! どういう事か説明してくれ!」

 

 ヘレナと呼ばれた女性とウェル博士の間に割って入るように、声を張上げながらクリスが立ち塞がった。

 

「ウェルの野郎とどういう関係なんだ、その化け物を使って何をしようとしてる!」

 

 声を荒らげながら質問を投げつけるクリスに、ヘレナは真っ直ぐに目を見つめて言った。

 

「久しぶりだなクリス。少し背が伸びたか」

 

 一歩、クリスの元に近付く。

 

「すまないな、クリス」

 

 謝罪の言葉と同時に、クリスの腹部に重い衝撃が響いた。衝撃に耐えきれずに肺の空気が口内から漏れ出るのを堪え、何時の間にか目の前にいたヘレナに対して、反撃に転じようとしたクリスは地面に叩きつけられた。

 握っていたソロモンの杖は零れ落ち、ヘレナの手元に収まる。

 

「すかさず反撃しようとする胆力、心配していたほど衰えてはいないな」

「っ……ソロモンの杖を、どうするつもりだ」

「私はコレで何かするつもりは無い。言うなれば抑止力、戦力の少ない彼らにはこれぐらいのカードが必要だ。どちらかと言うと、私が気にしてるのは檻に入ってるコイツだ」

 

 言いながらヘレナはソロモンの杖と、ネフェリムと呼ばれた怪物をウェルに手渡した。

 翼も響も、その光景を見ているだけで動けなかった。こちらがしようとする動き、その全てを感知するかのような視線、そして存在感に飲まれそうだったからだ。

 

「先に離脱しろ。そちらの奏者の気配も近い、回収して貰え」

「貴方が殿を?」

「そんな大それたものではない、早く行け」

 

 慌てる素振りも見せずに場を立ち去るウェル。目的を果たしたからか、僅かに緊張が緩んだ。その瞬間に翼と響は動き出す。

 

「逃がしてなるものか!」

「クリスちゃんから離れてください!」

 

 ヘレナから最も離れた位置に居た翼がすぐさま駆け出してウェルに迫る。それに合わせるようにして、響がヘレナに向けて拳を振りかざす。

 だが、ヘレナは人間離れした反応速度で拳を打ち払い、体勢を崩した響を翼に向かって投げ飛ばして行動を妨害した。衝撃に僅かとはいえ動きを止めた二人に向かって、今度はクリスが吹き飛ばされてくる。避けることは出来ず、クリスを受け止めて衝撃を出来る限り軽減する事が精一杯だった。

 

「さて、まだ行動不能じゃないよな」

 

 どこか楽しげに話すヘレナの後ろで、いつの間に現れたのか巨大な飛翔体にウェルが乗り込んでいくのが見えた。その傍には、例のガングニールの使い手も見える。

 その光景を振り向いて確認したヘレナは、立ち上がるクリスに視線を向けた。

 

「何か言いたそうだな」

「なんであんたが、こんな事するんだよ」

 

 クリスから、絞り出すような声が聞こえる。怒りと戸惑いが混じったような声に、響は心配そうに視線を向ける。

 問い掛けに対する答えは無い。

 

「取り乱すな雪音。ウェル博士に逃走を許した以上、今は目の前の敵を捕らえる事が第一優先だ」

「……ああ、そうだな」

 

 溢れ出しそうになる色々な感情を押し殺し、クリスは己の武器を握り直しす。

 

「捕らえるつもりなら、早く掛かってこい。こっちは少しワクワクしてるんだ。シンフォギア、三人同時に相手取るのは初めてだ」

 

 力を見せてみろ、と言いながら笑みを浮かべているヘレナに対して、三人の動きは慎重だった。

 

「ねぇクリスちゃん、もしかしてあの人って凄く強いよね」

「強えよ。本気で手合わせしたことはなかったけど、司令のおっさんくらいだと思う」

 

 翼と響はその言葉に驚き、そして冗談で言ってるのではないと理解し、直ぐに気を引き締めた。

 

 

 改めて相手を観察して見るが、隠れている部分は多いが武器らしい物は持って無さそうに見えるし、奇襲を受けた時の炎を使ってくる様子もない。

 

「作戦会議はしなくて良いのか?」

「随分と優しいのだな、痛い目を見るかもしれないぞ?」

「そう思うか? 風鳴の、天羽々斬の使い手」

 

 大人の余裕と言うやつだ、と言いながら動く様子は見せない。言葉通り、仕掛けてくるつもりは無さそうだ。

 なら、余裕を見せれない程に攻め立てるまで。三人は示し合わせたかのように、勢いよく駆け出した。

 

「蒼ノ一閃!!」

 

 翼が上段に構えた剣をひと振りすれば、斬撃が蒼い閃光を纏いながら飛んでいく。半身でそれを避けたヘレナの目の前には、既に拳を振りかざしている響の姿があった。

 

「この感じ、槍ではないのにガングニールだと」

「この拳で!!」

 

 ガングニール。その強力な性能を理解してるからこそ、直ぐに迎撃の構えを取るヘレナだったが、こちらに突き出される筈だった拳は舗装された地面を撃ち抜いた。

 

「小柄なのに随分な力だな、面白い」

 

 舗装が大きく粉砕され地面が揺れる。僅かに体勢を崩されたヘレナが無理やりに放った蹴りを、響はギリギリで跳躍して躱す。

 それを予想していたのか、逃れた響を視界に捕らえているへレナは再び蹴りを放とうとした。しかし、そんなヘレナの視界の端に、銃を構えたクリスが迫って来ている。

 

「取り敢えず、ぶん殴る!」

 

 発砲音と同時に放たれた弾丸は、咄嗟に滑り込ました左腕が防ぐが、ヘレナが衝撃で僅かに硬直した瞬間、クリスが全力で殴りつけた。

 手応えはあったが、それを受けたヘレナは一切表情を歪めない。

 

「接近してくるとは予想外だった。それに、思ってたより痛いな」

「そいつはどーも」

 

 食らった攻撃を評価するように話すヘレナの頭上から、響の拳と接近してきた翼の剣が迫る。

 攻撃を食らった直後だと言うのに、危なげなく攻撃を躱しながら、ヘレナはその場を飛び退いた。

 

「なるほど。中途半端に距離を空けずに、接近戦で数の利を活かしに来たか」

 

 そう言い終わるとほぼ同時に、三者の武器が肉薄していた。

 拳に弾丸に剣と、多種多様な攻撃が絶え間なく降ってくる。

 

「だがクリス、お前が接近戦を選ぶとはな!」

「外からチマチマやってても、気がすまねぇんだよ!」

 

 言いながら三人の攻勢を凌ぐヘレナは、依然として余裕を持って対応していた。そんな様子に焦れたかの様に、クリスの攻撃が少し粗くなる。とてつもなく小さな隙をヘレナは見逃さず、クリスの腕を捻りあげて投げ飛ばし、後ろから迫っていた響を巻き込んだ。

 

「まだまだ未熟だな」

 

 二人が地面に転がる様子を見ながら呟くヘレナに、今度は剣が迫っていた。金属音と共に、その切っ先は身体に触れる僅か手前で止まる。

 

「義手!? いや、手甲か!!」

 

 クリスの銃撃を防いだように、翼の斬撃を左腕が止めていた。

 

「いいだろ、特別性だぞ」

 

 言いながら拳がヘレナは拳を振るった。予想だにし無かった光景に驚きはしたものの、翼は冷静に攻撃を凌ぐ。攻撃をいなしながら剣を振るうが、軌道を読み切っているかのように躱される。

 

「貴様、何が目的だ!」

「それを話すと思ってないだろ」

 

 言葉と共に放たれたヘレナの拳を、翼は極端にしゃがみ込むようにして躱した。

 

「ならば、話はベッドで聞かせてもらうッ!」

 

 跳ね上がるようにして、下段から一気に刀を振り上げると同時に、刀身を蹴り上げ更に加速させる。瞬く間もないほどの速度で迫る刀だったが、ヘレナは反り返るようにして躱した。

 躱されるならば斬れるまで、と言うように翼の剣は止まることなく振るわれる。数度躱したあと、ヘレナはその剣に向かって左手を振りぬいた。剣と手甲がぶつかり合い火花が散り、手甲が剣を打ち払う。

 

「これも防ぐとは! しかし、まだだ!」

「おっと、危ない」

 

 ヘレナの左手を起点に身体を捻り、弾かれた手とは逆の手に握られた小太刀を滑り込ませた。だが、左手の手甲が小太刀の刃を掴み取り、再びその攻撃を阻んだ。

 

「太刀筋が真っ直ぐ過ぎる」

 

 嫌いじゃないがな、と言いながらヘレナは空いた右手を振りかざしたが、翼は小太刀を離して響とクリスの元まで飛び退いた。

 その判断力を評価するかのように、ヘレナは話す。

 

「判断も良い。クリスと、ガングニールの少女もいい動きをする」

「立花響です!」

 

 元気に自己紹介をする響きを他所にして、翼とクリスの二人は生じた空白の時間で思考する、これではらちがあかない。それに息が上がっている三人に対して、翼から奪った小太刀を握っているヘレナに疲労は見えない。

 

「天羽々斬、やはりいい刀だな」

 

 そう言いながらヘレナは、左手に掴んでいる小太刀を握り砕いた。直後に蒼く輝く粒子が、意志を与えられたように蠢き、刀の形に変わり、ヘレナの左手の中に収まる。

 目を見開いて、翼はその光景を眺めていた。

 

「貴様、一体何をした?」

「欠片とはいえ天羽々斬が生み出した物と、頑張って歌ってくれた事で周囲に漂うフォニックゲインを使わせて貰った」

 

 長くは維持できないがな、と言いながらヘレナは刀を握り直した。その姿を前にして、生み出された刀が間違いなく天羽々斬であると、三人の中で翼が最も強く感じ取っていた。

 

「刀は久しぶりだ。それも天羽々斬とは、少し嬉しいな」

「刀が使えると?」

 

 翼の問い掛けに答えたのは、クリスだった。

 

「油断すんなよ先輩。刀だけじゃない、斧だろうが弓だろうが鎌だろうが、多分使いこなす」

「私のシンフォギアを使えてる事に、心当たりはあるか?」

「分からない。使えても不思議じゃねぇけど」

 

 言葉を交わす三人に向かって、ゆっくりとヘレナが歩き出した。穏やかな笑顔を浮かべながら、それでもヒシヒシと戦意が伝わってくる。

 

「刀を持つと、いや違うな。若く青いとはいえ、実力のある者とのやり取りは、楽しくなってしまう」

 

 笑顔が深くなると同時に、重圧も強まってゆく。

 三人の背中に嫌な汗が流れ、無理矢理に神経が張り詰める。

 

「さぁ、第二幕はこちらから行くとしよう」

 

 言うと同時に飛び出し、三人との間に空いていた距離が詰められる。限界に近くまで高められていた緊張が幸をそうしたのか、振り下ろされる刃に三人は的確に反応した。

 翼の剣が迫る刃をすくい上げ、響とクリスが攻撃に転じる。向かってくる攻撃を確認しつつも、ヘレナは前に踏み込んだ。

 

「下がるだけが、攻撃を凌ぐ方法ではない」

「ッ──ー」

 

 突き出された肘が、翼の胴に突き刺さる。体重が乗った一撃が翼に入るのに反して、クリスと響の攻撃はタイミングをずらされ、決定的な威力とはならなかった。

 それでも翼は顔を顰めながら剣を振るい、何とか攻勢に移ろうとしている。クリスと響の二人も必死に食らいついている。

 

「意地でも此方に、攻勢の波を握らせたくないか」

 

 刀を振るおうとすればクリスが引き金を引き、蹴りを放てば速度が乗る前に響の拳が邪魔をしてくる。三人が必死の表情で食らいついて来ている。汗を滲ませ余裕は無さそうに見える反面、戦闘が始まった時に比べると動きが良くなっていた。

 妨害を掻い潜り攻撃を繰り出すが、遂には掠りつつも紙一重で避ける様になり始めた。

 

「──今度は!」

「──こっちの!」

「──番です!」

 

 攻撃を躱された瞬間の僅かな硬直、その瞬間に合わせて三人が同時に獲物を振るった。

 

「おっと……!」

 

 恐ろしい程の破砕音と閃光が爆ぜ、辺り一面に衝撃が生み出した突風が巻き起こる。

 吹き飛ばされたのはヘレナの方だった。刀を両手で支え防御に力を注いだ上でも、弾き飛ばされていた。

 

「なるほど、コンパクトに戦ってたのはフォニックゲインを留めていたからか」

「アンタの性格なら、最初から本気を出さねぇと思ってたからな」

「垂れ流してた汗は力を抑え込む為か……。喧嘩っ早いクリスにしては意外すぎて、騙された」

「誰が喧嘩っ早いだ!!」

 

 三人の周囲を漂うフォニックゲインが、先程よりも格段に増している。それを感じて、浮かべていた笑みがより深くなる。

 

「意表をつかれたが、──これで益々、面白くなってきた」

 

 刀の切っ先を三人に向ける。

 ビリビリとより強く発せられる戦意が、三人の肌に突き刺さる。少し腰を低くした数瞬で、地面が爆ぜた。

 

「さて、第三幕!」

 

 言うと同時に飛び出した一瞬後に、ヘレナの頭上から撃槍が強襲した。

 衝撃と共に土煙が巻き上がり、その中から人影が飛び出す。

 

「すまない、待たせたな翼!」

「奏!」

「奏さん!」

 

 人影が翼に向かって声を掛けた。

 立花響と似通ったシンフォギアを身にまとい、撃槍を携えて現れたのは、もう一人のガングニール奏者である天羽奏だった。

 

「遅くなって悪いね! 情報収集はどうしても苦手で手こずってた!」

「構わない、良いタイミングで来てくれた!」

 

 言葉を交わした翼と奏は共に並び立った。肩を並べ合い、剣と槍を重ねるように構える。

 

「手応えは?」

「あった。けど、既の所で逸らされたかも」

 

 話しながら視線を向けるその先で、土煙が吹き飛んで人影が露になる、

 

「謙遜するな天羽奏。いい線を突いて来たな」

 

 微かに漂っている土煙の中心に、右肩を血で滲ませながらもヘレナは立っていた。奏の急襲を防ぐ為に使ったのか、握られてる刀は半分程の所からへし折られていた。

 折れた刀の断面を眺め、感心した様な表情を浮かべて口を開いた。

 

「いい動きだな、半端な力だとこうは行かない」

「……お褒めに預かって光栄だね」

「中々の実力。ゆえに時間が短いのが残念だ。全力で戦えば3分から5分位か?」

 

 だったらどうする、と奏は問い返す。時間制限はあるが、三人から四人に増えて数的有利は増した。そんな状況の変化を前にしても、ヘレナの表情に焦りなどの表情の変化は見えない。

 

「気にしない。時間が少ないのは惜しいが、楽しく有意義な時間にしよう」

 

 そう言って、ヘレナが動き出そうとした時だった。唐突に場に似つかわしくない電子音が響きわたる。

 折角のお楽しみを邪魔された子供のように、さっきからの笑顔が不満気な表情に変わる。深くため息を吐きながらも、ヘレナは渋々といった様子で懐から通信機を取り出した。

 

「どうした?」

 〈こちらは安全区域まで撤退しました〉

 

 呼び掛けに対して、通信機からウェル博士の声が聞こえて来る。

 

「分かった。非常に惜しいが、こちらも撤退する」

 

 短い会話で通信を終え、通信機を懐にしまう。

 そんなヘレナを前にして、両手に銃を握り締めたクリスは一歩前に出た。鋭い視線を向けて、一挙手一投足を見逃さない様に。

 

「おい、逃がすと思ってんのかよ?」

 

 その問いかけに対して少しの間を開けてから、ヘレナは微笑んで口を開いた。

 

「精一杯背伸びして。成長とは感慨深いものだな」

「ば、馬鹿にしてんのか!」

 

 クリスが荒らげた声に対して首を振る。同時に、ヘレナの足元から火の粉が舞い上がり始めた。

 

「次に会う時を楽しみにしてる」

 

 火の粉は炎に変わり、辺りを一面を眩い光で照らし始める。

 

「──また会おう」

 

 優しげに言い放たれた言葉と共に、炎は掻き消え、それと共にヘレナの姿も消え去った。

 陽炎でも見つめているかのように、クリスは声をかけられるまで、ただヘレナの居た場所を眺め続けた。

 

 

 

 

 

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