もう一つのExおとぎ話   作:黒ノ倉雲(Clown)

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「彩葉もヤチヨもいないとヒマだなー。研究室のみんなも出払っちゃってるし」

 

 誰もいなくなってガランとした研究室内で、私はドックに浅く腰掛けて足をぶらぶらさせながら天井に向けて呟いた。

 研究所の職員はたくさんいるけど、私とヤチヨのメンテナンスドックがあるこの研究室――通称『いろは神宮』――には限られた人しかアクセスできない。

 彩葉が言ってたみたいに高額機器が盛りだくさんなのもあるけど、ヤチヨの『神降ろし』をするためにツクヨミのメインサーバーにアクセスする必要があって、つまりその端末がここにある。バックアップはもちろんあるけど、これが壊れるとかなり厄介。

 今はもう『もと光る竹』はほとんど不要になって、自宅(彩葉とかぐやの!)に保管されてる。ヤチヨAIの完全移行が終わって、ヤチヨが自立できるようになったら、富士山にでも埋めようって話を最近したばかりだ。

 だから、この部屋のセキュリティーは厳重。私も、さっきは簡単に入ってきたように見えたかもだけど、ここに出入りするときは二重のチェックを受けないと入れない。かぐやちゃんの第二の生誕地でもあるのに!

 

「うぬぬー、次の配信のネタでも考えるかー。『噂の酒寄研究所を徹底解剖!』……は、ガチめに怒られそうだからナシだな、うん」

 

 昔と環境はだいぶ変わっちゃったけど、こうやって楽しくライバー活動が出来るのは全部彩葉とヤチヨのおかげだ。

 月からの時間遡行をドジって、八千年も前の地球に墜ちちゃって。

 何千日もの孤独の日々からなんとか意識をFUSHI(ウミウシになっちゃった犬DOGE)に移して、もと光る竹に残ったバックアップの私はずっと眠ったままになってた。

 そこから先のことは、FUSHIからヤチヨの記憶を見せてもらって知った。

 もう一人の私が長い年月をかけて、たくさんの人との出会いと別れを繰り返してヤチヨになっていったこと。

 私と別れた後の彩葉が、ヤチヨと再会して固めた決意のこと。

 その後の十年間、彩葉が私ともう一度会うためにめちゃ頑張ったこと(ただでさえ頑張り彩葉だったのに!)。

 ヤチヨだって同じ私なんだから、わざわざバックアップの私を目覚めさせなくても良かったくない? って一度ぽろっと漏らしたことがあったけど、今までに見たことないほどガチ泣きされた。

 あの日手放してしまったかぐやと、もう一度生きていきたいんだ、って。

 愛されてたんだなーって思って、私もめちゃ泣いちゃった。人工涙嚢の涙ストックが切れちゃうくらい。

 こうして、無敵のかぐやちゃんはライバーとして現役に復帰、ライブも配信も、以前にも増して楽しんじゃってるってわけ。

 目下の悩みは、最近の彩葉がヤチヨを完全体にするために付きっきりなことかな。

 ヤチヨめ。同じ私なのに彩葉を独占するなんて!

 って、家では私が独り占めなんだけど。先に自立したかぐやちゃんの勝利。

 

「KASSENでもやろっかなー。乃依とか絶対ヒマしてるっしょ」

 

 帝(未だにそう呼んじゃうけど、彩葉のお兄ちゃんの朝日ね)と同棲してる自由人を真っ先に思い出して、スマコン経由でコールしようかなって思ったところで。

 かちゃ、と研究室の扉のロックが外れる音がした。

 

「ん? 彩葉、忘れ物かな?」

 

 さっきも言ったけど、ここに入れるのは研究所の限られたメンバーだけ。今日は彩葉の他には宇田ちゃんしかいないけど、宇田ちゃんは午後から外出って予定表に書いてある。

 だから、彩葉が戻ってきたんだと思ったんだけど。

 

「……アレ? 宇田ちゃん?」

「ひゃっ……!」

 

 そっと開いた扉の隙間から顔を出したのは宇田ちゃんだった。私がいるのが意外だったのか、髪の毛が逆立つほど驚いてる。ちょっとおもろ。

 

「どしたん、宇田ちゃん。忘れ物?」

 

 オドオドしてる割にしっかりものの宇田ちゃんが忘れ物することなんて珍しいけど、一応訊いてみる。

 静かに入室して扉を閉めると、気持ちを落ち着けるみたいに軽く深呼吸してから、宇田ちゃんは胸の前に重ねた両手を握った。

 

「その……実は、午後からの会合が先方の都合でなくなってしまって……」

「えぇ!? それってドタキャンってコト!? ありえんくない!?」

「あ、あはは……それで、時間があるから研究室の整理でもしようかと思って……」

 

 ドタキャンされたのに研究室の整理のためにわざわざ戻ってくるなんて、宇田ちゃん偉すぎ。私なら絶対その場で暴れてた。今ちょっと暴れたけど。

 それに、せっかく仕事なくなったんなら遊んじゃえばいいのに。

 そこまで考えて、かぐやちゃんの頭に名案がよぎった。

 

「宇田ちゃん! KASSENってやったことある!?」

「へっ!? あ、あるにはある……けど……」

「かぐや今ちょーヒマなんだ! 一緒にやろ?」

「え、えぇ!? で、でも……」

 

 あきらか戸惑った様子の宇田ちゃんだけど、部屋の整理なんていつでも出来る! そもそも彩葉がきれい好きだから、あんまり片付けるところないんだよね。

 鉄は熱いうちになんとやら。早速スマコンを装着して暇人をコールする。

 ワンコで出た。

 

「乃依、かぐやちゃんと遊んでー?」

『かぐやちゃん、俺のこと遊び人だと思ってるでしょ。一応社長なんだけど』

「えー、だってワンコで出たじゃん。ヒマっしょ?」

 

 間髪入れずにそう言うと、乃依はなんかわざとらしくため息をついた。確信した。絶対ヒマだ。

 ブラックオニキスで得た収益でセレクトショップを立ち上げた乃依だけど、展示会や問屋の巡回以外の仕入れの交渉とかは雷がやってて(無口だけどメールは饒舌らしい)本人は暇そうにしてるって、帝が言ってた。

 後一人いれば、私がいない間に実装された二対二のモードSHURAが遊べる。

 と思ったら、なんと雷もすぐ隣でヒマしてるらしい。よっしゃ。

 

「乃依と雷が相手してくれるって! ほら、やろ!」

「え、その二人って、ぶ、ブラックオニキスの!?」

「ほらほら宇田ちゃん、スマコンつけてー」

 

 研究室に出入りする人は必ずスマコンを携帯してるから、当然宇田ちゃんも持ってる。ツクヨミにアクセスする機会も多いからね。

 宇田ちゃんがソファに座ってスマコンを装着したのを確認して、私の合図で一緒にツクヨミにダイブした。

 乃依の指定したアドレスに飛んで、KASSENのフィールドに立つ。

 同時に飛んできた宇田ちゃんは、ネズミをモチーフにした衣装のアバターだ。全体的に白っぽい巫女さんみたいな服装で、先の尖った尻尾がチャーミング。アバターではメガネはしてなくて、正統派美少女!って感じでカワイイ。

 武器は薙刀。

 宇田ちゃんと一緒に遊んだことはないけど、薙刀は確か扱いの難しい近接職だったはず。ということはー?

 

「宇田ちゃん、実は結構やりこんでるね?」

「い、いえ、そこまでは……が、学生時代にちょっとだけ……」

 

 謙遜してるけど、私には分かる。薙刀の持ち方とか、だいぶサマになってるもん。これは楽しくなりそうかも!

 私は愛用のハンマーをしっかり握りしめると、きっぱりと宣言した。

 

「ふひひ、それじゃあ勝ちに行きますか!」

 

 法螺貝の音が鳴り響き、ゲームが始まる。

 SHURAはランダムなフィールドの両サイドに二つのチームが配置されて、ミニオンと一緒に相手プレイヤーを殲滅するのが勝利条件。ミニオンは十体で、やられても一定時間で自動で復活。プレイヤーの残機は共有で三機。残機がなくなるまでリスポーンできて、先に残機がなくなった方が負け。

 今回は竹林みたいなステージだから、乃依の射線を意識すればこっちの方が若干有利かも? って言っても、雷の超必殺技(ウルト)で竹林なぎ倒されたらアウトだけど。

 ともかく、最初に狙うのは。

 

「宇田ちゃん、速攻で雷を囲んでボコっちゃうよ!」

「えぇ!? は、はい!」

 

 スナイプも怖いけど、同じ近接系の雷の方が倒しやすい。それに、雷には地雷トラップがある。乃依を探してウロウロしてたら、その間にトラップを撒かれかねない。

 そうなる前に、サクッと倒す!

 

「うりゃあああああああ!!」

 

 ミニオンたちを散らばせて、最低限の竹をなぎ払いながら一気に突っ込む。チラッと後ろを気にしたけど、宇田ちゃんはぴったりくっついてくる。やっぱ慣れてるじゃーん。

 しばらく走ると、こっちに向かってくる雷が見えた。

 

「でりゃあああああああ!!」

 

 先手必勝。ハンマーで一気にブーストして、力任せの一撃を叩きつける。

 

「……!」

 

 当然読まれるよね、って感じで雷は向かって左側に跳躍。私のハンマーは空振って地面に大穴を開ける。

 でも、そっちには宇田ちゃんがいるんだなー!

 

「はっ……!!」

「む……」

 

 ギン、って金属がぶつかる音がした。雷の錫杖が宇田ちゃんの薙刀とかち合って火花を散らす。

 すぐさま体勢を変えて切り結ぶ二人。雷は攻防一体の近接職だけど、どっちかというとタンク役で同じ近接の帝ほどは強くない。それでも、互角に戦えてる宇田ちゃんはかなりのやり手だ。振るう薙刀の軌跡に躊躇がない。

 隙を見て私も一撃を当てに行く。大きく回避されるかと思ったけど、宇田ちゃんの攻撃を捌きながら巨大な鬼瓦を呼び出して盾受けされた。そのまま力任せに突き上げられて、私は宙を舞う。

 そんなら頭上からもう一撃! ……と思ったところで、風切り音!

 咄嗟に頭と胸を守るように構えたハンマーに、トトっと小気味良く何かが刺さる音がした。矢羽の位置が明らかに脳天直撃(ヘッショ)を狙っててゾッとする。

 うっそ、もう射線に捉えられたの!? 早くね!?

 

「宇田ちゃん! もう乃依の射程だよ! 気をつけて!」

 

 叫びながらハンマーをロケランモードに切り替え、今し方矢が飛んできた方向にウナギミサイルを発射する。まず当たんないけど、牽制くらいにはなるはず。

 反動で雷の右側面に着地。雷の視線が一瞬こっちを見て、宇田ちゃんの切り上げを私から距離を取る方向に回避する。追撃する宇田ちゃんが私と雷の間に割り込む形になって、私からの攻撃は封じられた。しかも、僅かにずらした射線で乃依の矢が飛んできて一瞬その場に縫い付けられる。

 くそぅ、流石はブラックオニキス。帝がいなくても全然強い。

 宇田ちゃんは必死に雷に食らいついてるけど、ちょっとずつ劣勢になってる。そろそろミニオンを処理して溜まったゲージで乃依が超必殺技を撃ってくるはずだから、迂闊に加勢すれば二人まとめて落とされかねない。

 これはかぐやちゃんピンチでは!?

 

「宇田ちゃん、もうちょい頑張れそう!?」

「も、もう無理かも……」

「だよねー!」

 

 全然声に余裕がない宇田ちゃんに、私はサクッと頭を切り替えた。ここはもう、相打ちのワンデス覚悟で雷を仕留めに行く!

 そう決意したところで、ちょっと信じられないことが起こった。

 

「ぬ……!?」

「え……!?」

 

 雷と宇田ちゃんの攻撃がかち合った瞬間、あり得ない爆発が二人を巻き込んだ。衝撃で反対方向に吹き飛ぶ二人。デス判定は出てないけど、どっちも見た目に結構なダメージを受けてる。

 爆煙が少しずつ晴れていく中に、ゆらりと影が蠢いて、私は身構えた。

 これって、もしかして。

 

「嘘……なんでここに」

 

 宇田ちゃんの呟きとともに姿を現したのは、雷よりも二回りくらい巨体の男アバター。僧兵みたいな格好で、顔は白頭巾でほとんど見えない。バカみたいにでっかい青竜刀を構えて、背には数え切れないくらい雑多な武器を背負ってる。

 間違いない。ヤチヨが調査中のチーター『弁慶』だ!

 

「乃依! 一時休戦! チーター出た!」

 

 咄嗟に通話モードにして注意喚起、ハンマーを体の前に構える。

 弁慶はぐるっと辺りを見渡すような仕草をすると、ほとんどノーモーションで雷の方へと突っ込んだ。横薙ぎの青竜刀をギリギリで回避して、雷はまた鬼瓦を呼び出す。

 その視線が、私に飛んで、次いで宇田ちゃんに飛んだ。

 私は頷いて宇田ちゃんにも通話を飛ばす。

 雷がタンクに徹してる間に、弁慶を仕留める!

 弁慶と私たちが動いたのは同時だった。突進する弁慶の青竜刀を盾受けする雷は、吹き飛ばされそうになるのをギリ耐える。

 

「雷ナイス!」

 

 一瞬動きが止まったところを見逃さず、私は跳躍からハンマーを思いっきり振り下ろした。体重を乗せた一撃は、倒せないまでも大ダメージを与えられるはず。

 と思ったのに、攻撃は弁慶がいつの間にか左手に持ってた木槌で相殺された。私のハンマーと同じくらいデカいのを片手で悠々と扱っててムカつく!

 

「宇田ちゃん!」

 

 でも、これで相手は両手とも塞がってる。宇田ちゃんの薙刀が決まれば……ってうわ! 私も雷も力尽くで弾き飛ばされた!

 まずい、どっちもカバーできない距離にいるし、宇田ちゃんがやられる!

 

「……!!」

「……」

 

 地に足が付くのももどかしく宇田ちゃんの元へ駆け出そうとしたところで、また異変が起きた。

 青竜刀を振り下ろそうとしたところで、弁慶が固まってる。薙刀を構えて縮こまってる宇田ちゃんを見て、まるで何かを考え込むように。

 お、こいつもしかして意外と紳士かー? って一瞬見直しかけたら、急に向き変えてこっち襲ってきたんだけど! かぐやちゃんだって愛らしい乙女なんだが!?

 そこへ乃依から通話が入って、私はハンマージェットで一気に距離を取った。雷も同じく距離を取るように動き、できるだけ宇田ちゃんから弁慶を引き離す。

 十分距離を稼いだところへ、乃依の声が届いた。

 

「お・ま・た・せ♡」

 

 同時に、光の帯が一直線に弁慶の元に伸びる。

 乃依の超必殺技が弁慶を消滅させたように見えた。でも、花びらが散るエフェクトが出ない。

 フィールドの端まで抉れてるのを見て相変わらずのバカみたいな威力に戦慄するけど、味方の間は頼もしい。

 

「んー、逃げた? しょーもな。逃げるくらいなら最初から来なきゃいいのに」

「それな」

 

 心底つまらなさそうに言いながらやってきた乃依の言葉に同意しながら、レーザー痕の反対側にいるはずの宇田ちゃんを探す。幸い、巻き込まれることもなく無事にこっちに走ってきてた。

 

「だ、大丈夫ですか? なんだか凄い光線が……」

「あ、それは乃依のだから大丈夫だよー。それより宇田ちゃんは平気? 武器取られたりしてない?」

「え、と……それは、はい、大丈夫です」

 

 ヤチヨの話だと、なんか襲った相手の武器を奪っていくらしい。そんなん取ってどうすんの? って感じだけど、被害者はもう百人くらいいるんだって。

 雷はともかく、私も乃依もノーダメだから、とりあえずはホッとした。

 

「せっかくこっちが優勢だったのに、シラけちゃったなー」

「んなことねーし! かぐやちゃんの一発逆転ホームランが決まってたかもしれないだろー!」

「そう言って決まったことないじゃん」

「ぐぬぬー!」

 

 緊迫感がなくなると同時に煽ってくる乃依に反論するも、あえなく失敗。

 このままじゃ流石に消化不良って思ってもう一戦やるつもりでいたら、雷のところに通話が入った。

 しばらくして、ほんのちょっと仏頂面になった雷が乃依に言う。

 

「乃依、クライアントから面会予約だ」

「えぇー、明日でいいじゃん」

「商機は一瞬」

「はいはい……てことで、かぐやちゃんまたねー」

 

 そんなやりとりをして、二人はサクッとログアウトしてしまった。ぐわー、なんか凄い勝ち逃げされた気分!

 とはいえ、予想外のことで宇田ちゃんも困っちゃってるだろうし、相手もいなくなったらこれ以上ここにいても仕方ない。

 

「しゃーない、かぐやたちもログアウトしよっか」

「あ、は、はい……」

 

 納得いかない気持ちを抱えたまま、先にログアウトした宇田ちゃんに続こうとして……なんとなくさっき弁慶が出てきた場所を見た。

 なんだろう、なんか引っかかる。

 ヤチヨが集めた報告だと、弁慶ってもっと傍若無人って言うか、有無を言わさず武器を剥ぎ取ってさっさと消えるっていうキャラだったと思うんだけど。

 なんで宇田ちゃんの前で一瞬止まったんだろう。

 疑問はあるけど、ここで考えても仕方ない。そう思い直して、私もログアウトした。

 

 

 現実に戻ってくると、宇田ちゃんはハンカチで汗を拭ってるとこだった。予想外のアクシデントだったし、めちゃ緊張したよね。ちょっと申し訳ない。

 今のかぐやちゃんには汗かく機能がないけど(だから体温調節にドックなんか使わなきゃいけない! 理不尽!)、機能が付いてたら私も滝汗だったと思う。

 

「ごめんね、宇田ちゃん。遊びに誘ったのに怖い思いさせちゃった」

「い、いえ、そんなこと! 久しぶりに遊べて、楽しかったです」

 

 私のこと責めてくれてもいいのに、そんなこと言ってくれる宇田ちゃん、いい子すぎ!

 彩葉がお気に入りなのも分かる。研究所内でも可愛い妹みたいなポジ。

 かぐやちゃん的にはちょっとジェラシーだけど!

 

「それにしても、やっぱ宇田ちゃんやりこんでたね? 雷とほとんど互角だったし」

 

 邪魔が入る前までの事を思い返してちょっぴり意地悪く言ってみると、宇田ちゃんは慌てたように謙遜した。

 

「ぜ、全然です! 結局押し込まれそうだったし……」

「えー、かぐやちゃん的には相当プロ級の腕だと思ったけどー」

 

 これは本音。ぶっちゃけ彩葉と共闘してる時みたいな安心感があった。

 学生時代にやってたって言ってたけど、ブランクあるなら絶頂期はもっと凄かったに違いない。

 そんな感じのことを言ったら、宇田ちゃんは恥ずかしそうに話してくれた。

 

「か、KASSENでチームの人数が足りない時に、分身のヤチヨがお助けで参戦してくれるでしょ? わたし、それが嬉しくて……フリー参戦でよくやってたの」

「あー、納得」

 

 十一年前ブラックオニキスとやりあった時にも、倒れた真美の代わりにヤチヨが出たもんね。て言っても、あのときは分身じゃなくて本体だったぽいけど。

 宇田ちゃんもヤチヨ推しって聞いてるから、納得の理由。分身ヤチヨの参戦は結構レアイベントって言うし、相当やりこんでるねこりゃ。

 それにしても、これは嬉しい収穫。真美も芦花も社会人になってるから一緒に遊ぶ時間減っちゃったし、今度からヒマなときに誘う人選が増えた。宇田ちゃんならほぼ研究室にいるし。

 そんな打算をした矢先、宇田ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あ、あの、わたし今日は帰るね。家の用事思い出しちゃって」

「えぇー! 宇田ちゃんまでかぐやを置いてくのー!?」

「ご、ごめんね。ほら、多分もうすぐ酒寄所長も帰ってきちゃうから」

 

 ダダをこねる私に宇田ちゃんが壁掛け時計を指すと、確かに彩葉が出て行ってからもう二時間くらい経ってる。ヤバい、そんなに遊んでたっけ?

 無理に引き留めて彩葉に怒られるのもヤだし、私は渋々宇田ちゃんを見送った。彩葉ほどじゃないけど、宇田ちゃんも研究室に通い詰めだもんね。倒れちゃう前に家でゆっくり休んだ方がいい。うん。

 宇田ちゃんの言ったとおり、十分もしないうちに彩葉が会議から帰ってきた。

 

「ただいま、かぐや。あーもー(つっか)れたー」

「二人とも、おかー。会議どだったー?」

「ま、上手くはいったかな。寄付金は今まで通り集まりそうだから、研究所としてのメンツは立ったと思う。後は次の実績次第ってとこ」

 

 そう言って給湯室に行った彩葉は、いつものエナドリの蓋を開けながら戻ってきて、椅子に座るなりぐいっと一口飲んだ。

 

「ヤッチョも真面目な顔しすぎて疲れちゃった。堅苦しいのは苦手だにゃー」

「ヤチヨは神妙な顔して頷いてただけでしょ……まぁ、それで十分なんだけど」

 

 研究所の予算はほとんど寄付でまかなってるって彩葉が言ってたけど、その寄付の源泉はやっぱりヤチヨなんだって。最初のヤチヨボディのお披露目の時は、世界中で報道されてバズったって聞くもんね。

 中には、ツクヨミで一財産築いた人がまるまる寄付してきた伝説もあったりして。

 だから、タブレット越しでもヤチヨがいると、それだけで予算会議が滑らかに回る。

 ちなみに、私は公には『十一年前にライバー卒業したかぐやちゃん』ってことになってる。研究所内では私のボディについては公然の秘密だけど、実は戸籍もある。

 酒寄かぐや。これが今の私の名前。

 

「ボディの接続点検もしちゃうから、ヤチヨは一度ボディに入ってくれる?」

「かしこまー」

 

 彩葉は目の間をマッサージしながらタブレットを操作してヤチヨをボディに移した。起動したヤチヨはあくびしながら軽く伸びをする。

 ベースボディが違うから当然だけど、ヤチヨがそういう仕草をするとなんか色っぽい。かぐやもそういうボディが良かった、って言ったら、また彩葉に泣かれたり怒られたりしそうだから言わないけど。

 でも、もうちょっと大人っぽボディでも良かったくない?

 かぐやちゃんももう立派な大人だし! 二十年以上寝てただけだけど!

 彩葉がヤチヨの調整をしてる間また暇になっちゃったけど、さっきあった衝撃的な出来事を思い出して、かいつまんで二人に話した。

 

「――ってことがあって」

「え、かぐやも弁慶に遭ったの? ていうかまた乃依たちに迷惑かけて」

「だってヒマだったんだもーん。宇田ちゃんだってドタキャンされてヒマしてたから……」

「それもどうせ、かぐやが無理に誘ったんでしょ」

「うぐ……」

 

 無理に誘っては……ない……とは言い切れない、かも?

 でもでも、ゲームしてたの一時間くらいだし、それくらいなら宇田ちゃんもきっと息抜きになったはず! はず、だよね?

 脳内でそんな一人会議をしてる間に、ヤチヨの調整は終わったっぽい。ドックに座ったまま手足をぷらぷらしてたヤチヨが、ホッとしたように深く背もたれにもたれかかった。

 

「やっぱり脚の運動系統はちゃんと機能してるねぇ。となると、問題は電脳の方かなぁ」

「脚を動かすことは出来るのに、歩こうとすると途端に動かなくなるんだよねぇ」

 

 ヤチヨの問題は私には無縁の悩みだったから、アドバイスできることが何もない。私も何度かヤチヨボディに入ったことがあるけど、その時はちゃんと歩けてた。

 だから、ボディ自体の問題ではなさそうに思うんだけど。

 

「うーん、乳幼児の歩行発達の生態学的アプローチも取り入れてみる?」

「よよよ~、また彩葉におむつのお世話をお願いすることになるなんてぇ……」

 

 彩葉の独り言にヤチヨがわざとらしく顔を赤らめて言うから、彩葉が盛大に吹いた。

 

「ちょ、ちょっと! そこは乳幼児にならなくて良いから!」

「かぐやだって彩葉におむつ替えて貰ってたもんね!」

「そこ! 張り合わない!」

 

 ヤチヨの時と反応違くない? もうちょい恥じらってくれていいんだが?

 そんなしょーもないやりとりを挟んでから、彩葉は咳払いして調整用の端末を閉じた。

 

「よし、今日はこれで終わり。ヤチヨもツクヨミに戻って大丈夫だよ」

「はーい」

 

 彩葉の合図で、ヤチヨが目を閉じる。

 私はもうスタンドアローンになっちゃったからスマコンを使わないとツクヨミにアクセスできないけど、ヤチヨはドックを通じて無線接続でツクヨミサーバーにアクセスできる。管理者権限の承認もドック経由だとバイパス出来るんだって。

 いつもならすぐに彩葉のデスクにあるモニターから出てくるんだけど、今日はなんか時間かかってる。活動限界過ぎてたっけ? 最近はツクヨミ運営に忙しいFUSHIの代わりにメンダコアラームが鳴ってたはずだけど。

 彩葉がちょっと不安そうな顔をし始めたところで、ボディのヤチヨが再び目を開く。

 何か忘れ物か? って二時間前にも思ったことを言おうとしたら、珍しくヤチヨが困惑したような顔で言った。

 

 

「……どうしよう。ツクヨミに接続できなくなっちゃった」

 

 

 

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