Re:ゼロから始める浪人生活   作:猫色鼠

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第一章終幕  『ゼロから始まる浪人生活?』

 静寂が戻る。

 さっきまで張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。

 

「……逃げたか」

 

 スバルが息を吐く。

 膝に残る違和感は消えていないが、さっきまでの“断たれた感覚”は薄れていた。

 

「大丈夫?」

 

 エミリアがすぐ隣に来る。

 心配そうに覗き込んでくるその顔に、スバルは苦笑する。

 

「あ、ああ……なんとか。助かった、マジで」

 

 視線が自然と前へ向く。

 

「……すげえ人だな、あんた」

 

 ぽつりと漏らす。

 そこに立つのは、揺るがない存在。

 

 山崎良子。

 

「礼はいいわ」

 

 淡々とした声。

 

「問題は終わっていないもの」

 

 その視線が、スバルに向く。

 ほんのわずかに、眉が寄る。

 

「あなた――」

 

 言いかけて、止まる。

 

 そのときだった。

 

「……あ?」

 

 視界が、歪む。

 

 床が遠のくような感覚。

 足元の感触が、すっと消える。

 

「お、おい……なんだ、これ……」

 

 立っているはずなのに、立っていない。

 支えているはずの足が、“存在しない”みたいに。

 

 さっきの感覚が、戻ってくる。

 

 いや――

 

 もっと、深い。

 

「スバル?」

 

 エミリアの声が遠い。

 

 耳鳴り。

 思考が、鈍る。

 

 頭の中に、あの言葉が浮かぶ。

 

 ――足切り。

 

 ただの結果じゃない。

 “決定されたもの”として、体に落ちてくる。

 

「……まだ、なのに」

 

 掠れた声。

 

「俺、まだ……受けてすら……」

 

 崩れる。

 

 今度は、支えきれない。

 

「スバル!」

 

 エミリアが体を支える。

 だが、力が抜けていく。

 

 意識が、沈む。

 

 視界の端で、山崎が動くのが見えた。

 

「なるほど」

 

 低い声。

 

「切られたのは“身体”じゃない。“進路そのもの”ね」

 

 即座に状況を理解する。

 

「このままだと、意識が落ちるわ」

 

「えっ、ちょっと、どうすれば――」

 

「運ぶしかない」

 

 迷いがない。

 

 すぐに取り出した端末を操作する。

 

「搬送を手配する。至急」

 

 短く、的確に。

 

「場所は――メルカリ蔵付近。患者は男子一名、意識混濁。特殊事例よ」

 

 通信を切る。

 

 視線をスバルへ戻す。

 

「持つわ」

 

「わ、私も手伝う!」

 

 エミリアが肩を支える。

 二人でスバルを持ち上げる。

 

 そのとき、スバルの意識がわずかに浮上する。

 

「……み……」

 

 声にならない声。

 

 焦点の合わない目で、何かを探す。

 

「大丈夫、いるわよ」

 

 エミリアが答える。

 

「すぐに治すから」

 

 その言葉を聞いて、わずかに安堵したように。

 

 スバルの力が、完全に抜けた。

 

 意識が落ちる。

 

 その体を支えながら、山崎が呟く。

 

「駿河台日本大学病院に運ぶ」

 

「びょういん……?」

 

「ええ」

 

 短く頷く。

 

「“足切り”みたいな概念的な損傷を扱えるのは、あそこしかないわ」

 

 遠くで、サイレンの音が近づいてくる。

 

 夜の空気を切り裂いて。

 

 やがて、光が差し込む。

 

 救急車。

 

「間に合うわ」

 

 山崎は静かに言い切る。

 

「まだ、“完全に切られた”わけじゃない」

 

 その言葉だけが、確かな希望として残る。

 

 そして――

 ナツキ・スバルは、意識を失ったまま搬送されていった。

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