第一章1 『深海魚は使えない』
菜月昴は、平成日本生まれのゆとり教育世代出身である。
彼の人生は十七年、その全てを語り尽くすにはそれこそ十七年の時間を必要とする。
それらを割愛し、彼の現在の立場を簡単に説明するのならば――『県内有数の進学校に通う高校三年生にして、成績下位常連の深海魚』となる。
詳細に説明するなら、『受験を目前に控えた時期にも関わらず、周囲との差に心が折れ、努力することすら放棄したどうしようもないクズ』といったところだ。
そうなった理由は、特別なものではない。
最初はほんの小さなズレだった。
授業についていけなくなった日。
小テストで平均を下回った日。
模試の判定が目に見えて落ちた日。
その一つ一つを「まあいいか」で流し続けた結果、気付けば戻れない位置まで沈んでいた。
いわゆる、“深海魚”である。
「その結果がこの状況か……もはや自分で言ってて意味わかんねぇな」
ため息とともに、スバルは空を見上げる。
放課後の校舎裏。
人通りは少なく、コンクリートはひび割れたまま放置されている。
グラウンドの喧騒もここまでは届かず、やけに静かだ。
「現状確認。進学校三年、偏差値は底辺付近、志望校は未定、やる気はゼロ」
口に出して並べてみると、笑えるくらい終わっている。
日頃から現実逃避に費やしてきた時間のおかげで、こういう自己分析だけはやけに早い。
だが、それが何かを変えるわけでもない。
「よし、いいぞ俺。状況整理は完璧。で、ここからどうすんだ?」
自問して、答えは出ない。
参考書は積んである。
問題集も買った。
やろうと思った日は、確かにあった。
――全部、“思っただけ”で終わった。
「まぁ、才能ないやつが頑張ってもな……」
自嘲気味に呟き、視線を落とす。
周囲はみんな前に進んでいる。
クラスの上位層は志望校を語り、下位ですら何かしらの対策を始めている。
その中で、自分だけが取り残されている感覚。
「このままじゃ落ちる、ってのはわかってんだけどな」
わかっている。
わかっているが、動けない。
それが一番、質が悪い。
「とりあえず当面の目標は生き延びること……って、受験にそれ使うの終わってんな」
苦笑して、スバルはポケットの中身を確認する。
スマホ(通知なし)、財布(中身ほぼ空)、コンビニで買った安い菓子パン。
どれも、今の自分を象徴するようなラインナップだ。
「終わったな……」
呟きながら、壁にもたれかかる。
何もしていないのに、時間だけが過ぎていく。
焦りはあるのに、行動には繋がらない。
――このまま何もないまま終わるのか。
そんな考えが頭をよぎった、そのとき。
ふいに、足音がした。
人気のないはずの校舎裏に、不自然なほどはっきりと響く音。
顔を上げる。
路地の入口に、三人ほどの男が立っていた。