Re:ゼロから始める浪人生活   作:猫色鼠

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第一章3  『PDF販売ダメ絶対』

 時が止まる、というのはこういうことだろうか。

 

 校舎裏の入口。

 さっきまでの男たちと同じ場所に、ひとりの少女が立っていた。

 

 美しい少女だった。

 

 肩口で揃えられた黒髪。

 無駄のない所作と、真っ直ぐにこちらを射抜く瞳。

 

 整っている、というより――近寄りがたい。

 そんな印象を与える存在だった。

 

「それ以上はやめて」

 

 静かな声。

 

 だが、不思議と場の空気を支配する力があった。

 

 男たちが顔を見合わせる。

 さっきまでの余裕が、わずかに崩れる。

 

「……なんだよ、お前」

 

「関係ないなら、引いて」

 

 淡々とした言い方。

 

 だが、その一歩が自然と男たちとの距離を詰める。

 

 それだけで、押し返されるように男たちは後ずさった。

 

「チッ……行くぞ」

 

 舌打ち一つ。

 

 それを合図に、男たちは校舎裏から引いていく。

 

 去り際、スバルを一瞥したが、何も言わずに消えた。

 

 静寂。

 

 残されたのは、スバルと少女だけ。

 

 助かった、という実感が遅れて押し寄せる。

 

 同時に、妙な緊張も。

 

 少女の視線が、こちらに向いていた。

 

「――動かないで」

 

 その一言で、体が止まる。

 

 助けてもらったはずなのに、

 なぜか“警戒されている側”に回っている感覚。

 

 少女はゆっくりと近づいてくる。

 

 一定の距離を保ったまま、視線だけが鋭くなる。

 

「あなた」

 

 一拍。

 

「さっき、この辺りにいたでしょ」

 

「……いたけど」

 

「なら、見てるはずよね」

 

 問いというより、確認。

 

 スバルは一瞬だけ言葉に詰まる。

 

 だが、すぐに首を振った。

 

「見てない」

 

 はっきりと言い切る。

 

 少女の眉が、わずかに動く。

 

「……本当に?」

 

「本当だって。俺、さっきあいつらに絡まれてただけで……それどころじゃなかったし」

 

 言い訳じみていると、自分でも思う。

 

 だが、それが事実だ。

 

 少女はしばらくスバルを見つめる。

 

 見透かすような視線。

 

 嘘かどうかを測っているのがわかる。

 

 逃げ場がない。

 

「……そう」

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「じゃあ、あなたが私のパックを盗んだの?」

 

「は?」

 

 あまりにも自然に出てきた疑いに、思考が一瞬止まる。

 

「答えて」

 

 間髪入れず、重ねられる。

 

 逃がさない圧。

 

「違う。俺じゃない」

 

 即答する。

 

 今度は迷いなく。

 

 少女は黙ったまま、スバルを見る。

 

 信じているのか、疑っているのか。

 

 そのどちらも読み取れない。

 

「……そう」

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「じゃあ仕方ないわね」

 

 あっさりと引いた。

 

 拍子抜けするくらいに。

 

 それ以上追及されることもなく、彼女は視線を外す。

 

「時間がないの。行くわ」

 

 それだけ言って、踵を返す。

 

 

 迷いのない動き。

 焦っているのがわかる。

 

 その背中を見て、スバルの中に妙な感情が残る。

 

 ――助けられた。

 

 それは間違いない。

 

 別に優しくされたわけでもない。

 手当てもしてもらっていないし、気遣われたわけでもない。

 

 それでも。

 

 あの状況から引き離してくれたのは、確かに彼女だ。

 

「……なんだよ、それ」

 

 小さく呟く。

 

 何も受け取っていないのに、

 借りだけが残っているような感覚。

 

 それが妙に気持ち悪い。

 

 考えるより先に、体が動いた。

 

「――おい、待ってくれ!」

 

 校舎裏の出口で、彼女が足を止める。

 

 振り返るその目は、さっきと同じく冷たい。

 

「なに?」

 

「話は終わりって顔してるけど、こっちは終わってない」

 

「……関係ないでしょ。あなたは何も知らない」

 

「そうだけど」

 

 言い切られて、一瞬詰まる。

 

 だが、そのまま引く気にはなれなかった。

 

「でも、助けてもらった」

 

「別に」

 

「いや、別にじゃないだろ」

 

 即座に否定する。

 

「俺、あのままだったら普通にやばかったし」

 

「……それはあなたの問題でしょ」

 

 突き放すような言い方。

 

 だが、それでもスバルは一歩踏み出す。

 

「だからだよ」

 

「?」

 

「俺の問題を、勝手に助けられた」

 

 言いながら、自分でも変な理屈だと思う。

 

 それでも止めない。

 

「借りができたままって、気持ち悪いんだよ」

 

 彼女の目が、わずかに細くなる。

 

「……それで?」

 

「手伝わせてくれ」

 

 真っ直ぐに言い切る。

 

「パック、探すんだろ」

 

「でもあなた、何も……」

 

「何も知らない。でも関係ない」

 

 かぶせるように言う。

 

「役に立つかどうかは別として、動ける人数は多い方がマシだろ」

 

「……」

 

 彼女は黙る。

 

 少しだけ考えるように視線を逸らす。

 

 その沈黙が、やけに長く感じる。

 

「……なんのお礼もできないけど」

 

 ぽつりと、彼女が言う。

 

「いらない」

 

 即答だった。

 

「さっきも言ったけど、これは俺のためだから」

 

「あなたの?」

 

「そもそも、俺が礼をしたいから手伝いたいんだ」

 

 シンプルに言い切る。

 

 彼女はしばらくスバルを見つめて――

 

 やがて、小さく息を吐いた。

 

「……変な人」

 

 さっきと同じ評価。

 

 だが、今度はほんの少しだけ柔らかい。

 

「俺も俺のために君を手伝う。俺の目的はそう、だな。そう、善行を積むことだ!」

 

「善行?」

 

「そう、それを積むと死んだあとに天国に行ける。そこでは夢のくっちゃね自堕落ライフが俺を待っているらしい。だからそのために、俺に君を手伝わせてくれ」

 

自分でも何を言っているやらわけがわからないが、言いたいことは言い切った。

やり切った顔のスバルに少女は思案顔。

 

「――本当に、なんのお礼もできないからね」

 

そう言って、スバルの差し出した手を取ってくれたのだった。

 

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