「ここ、か……」
雑居ビルの奥。
看板も出ていない、シャッター半分の倉庫。
噂の“メルカリ蔵”。
エミリアは周囲を警戒するように見回し、スバルの隣に立つ。
「ここに、本当にあるの?」
「さっき話を聞いた人はそう言ってた。盗品の行き着く先、ってな」
軽口のつもりだったが、自分の声が少しだけ硬いのがわかる。
エミリアは小さく頷き、視線を扉へ向けた。
「……開けるわよ」
軋む音。
鍵は、かかっていなかった。
ゆっくりと扉が開く。
中は、思ったよりも広い。
棚、段ボール、無造作に積まれた箱。
参考書、タブレット、制服、時計。
どれも“誰かのものだった”気配だけを残している。
「……ほんとに、蔵だな」
「パック、どこに……」
エミリアが奥へ進む。
スバルもそれに続きながら、周囲を見回す。
静かすぎる。
人の気配が、ない。
足音だけが、やけに響く。
「こういうのってさ、普通は見張りとかいるもんじゃねえの?」
「……逆に、油断させるためかもしれないわ」
短く返しながら、エミリアは棚の中を確認していく。
箱を開ける。
中身を確かめる。
違う。
また別の箱へ。
「参考書ばっかだな……しかも微妙に古いの混ざってるし」
「盗品だから、全部が新しいわけじゃないでしょ」
淡々と返しながらも、その動きにはわずかな焦りが混じっている。
時間がない。
それはここに来る前からずっと同じだ。
「……あったらすぐわかるのか?」
「ええ。パックは一式でまとめてあるはずだから」
奥へ。
さらに奥へ。
棚の並びが変わる。
置かれているものの“質”が、少しだけ上がる。
だが――それらしいものは、まだ見当たらない。
「……ねえ、スバル」
ふいに、エミリアが足を止める。
「なんか、変じゃない?」
「変って……いや、ずっと変だろここは」
「そうじゃなくて……」
言いかけて、彼女は口を閉じる。
視線が、ゆっくりと背後へ向く。
遅れて、スバルも気づく。
さっきまで“何もなかった”はずの空間に、
確かに“何かいる”。
「――あら」
声。
すぐ後ろから。
柔らかくて、妙に楽しげで。
なのに、温度がない。
振り返る。
そこにいたのは、ひとりの女。
黒い服。
細い体。
笑っているのに、目が笑っていない。
「こんな時間にお客さんなんて、珍しいわね」
一歩。
ゆっくりと近づいてくる。
足音は、ほとんどしない。
なのに距離だけが、確実に詰まる。
「ここ、関係者以外立ち入り禁止なの。知ってた?」
視線が、二人をなぞる。
値踏みするように。
「……誰だよ、お前」
スバルの声が、わずかに低くなる。
喉が乾く。
女は、くすりと笑った。
「失礼ね。名乗りもしないなんて」
わずかに首を傾ける。
「私はエルザ」
一歩、踏み込む。
「『足狩り』エルザ・グランヒルテ」
空気が、張り詰める。
背筋に冷たいものが走る。
「ねえ」
エルザが、微笑む。
「探し物をしてるみたいだけど……」
視線が、棚の奥へと向く。
そして、再び二人へ。
「見つける前に、終わっちゃうかもしれないわね」
意味深に、そう言って。
その手が、ゆっくりと持ち上がった。