Re:ゼロから始める浪人生活   作:猫色鼠

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第一章7  『『青』の称号』

 

 エルザの手が、ゆっくりと持ち上がる。

 刃は見えない。

 なのに――空気だけが、わずかに裂ける気配。

 

「ねえ」

 

 囁くような声。

 

「どこまで耐えられるのかしら」

 

 次の瞬間。

 

 何かが“通り抜けた”。

 

 スバルの体を。

 

 衝撃はない。

 痛みもない。

 ただ――

 

 膝が、落ちる。

 

「……く、そ……」

 

 立てない。

 さっきよりも、明確に。

 

 “先に進めない”感覚が、強くなっている。

 

「スバル!」

 

 エミリアが叫ぶ。

 その声と同時に、彼女の視線が奥の棚に吸い寄せられる。

 

「……これ」

 

 手に取る。

 ビニールに包まれた、一式の教材。

 

 一瞬の沈黙。

 

「……パック」

 

 そして、確信。

 

「……共テパック!」

 

 顔が上がる。

 視線が、エルザを捉える。

 空気が変わる。

 

「それ、返してもらうわ」

 

 低く、はっきりとした声。

 

 エルザは楽しそうに目を細める。

 

「それ、あなたの?」

 

「違う。でも――」

 

 一歩、前に出る。

 スバルをかばうように。

 

「盗まれたものは、取り返す」

 

 短く言い切る。

 その手に握られた共テパックが、わずかに光を帯びるように見えた。

 

「へえ」

 

 エルザが、首を傾げる。

 

「面白いことするのね」

 

 エミリアは構える。

 パックを胸元に引き寄せ、静かに息を吐く。

 

「これは……“まだ”じゃない」

 

 小さく、呟く。

 

「でも、“ここから先に進むためのもの”よ」

 

 踏み込む。

 

 空気が、震える。

 

 エルザの手が振られる。

 見えない一閃。

 

 だが――

 

 その“切断”は、わずかに逸れる。

 

「……っ!」

 

 エルザの眉が、ほんの少し動く。

 

「効かないわけじゃない……でも」

 

 エミリアが前に出る。

 距離を詰める。

 

「簡単には、切らせない!」

 

 共テパックを軸にした一撃。

 ぶつかる、見えない斬撃と“意志”。

 

 弾く。

 押し返す。

 

 だが――

 

「甘いわ」

 

 エルザの声が、近い。

 

 一瞬で距離を詰められる。

 

 次の斬撃。

 

 今度は、深い。

 

「――くっ」

 

 エミリアの体が揺れる。

 踏みとどまるが、完全には防げない。

 

「いいわね、それ」

 

 エルザが笑う。

 

「でも、それ“まだ途中”でしょ?」

 

 一歩。

 さらに踏み込む。

 

「確定してない未来なんて――切りやすいのよ」

 

 その言葉が、突き刺さる。

 

 エミリアの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。

 

 共テパックは“可能性”だ。

 だが、それはまだ“確定”じゃない。

 

 だから――

 

 切れる。

 

「……っ」

 

 押し込まれる。

 距離が、詰められる。

 届きそうで、届かない。

 

 そのとき。

 

「――その程度かしら」

 

 声。

 

 静かで、しかし圧倒的な重みを持つ声。

 

 空気が、変わる。

 

 振り向く間もなく――

 

 エルザの体が、弾かれた。

 

「な――」

 

 初めて、エルザの表情が崩れる。

 

 そこに立っていたのは、ひとりの女性。

 

 青を基調とした装い。

 落ち着いた佇まい。

 だが、その存在感は異質だった。

 

「未来を切る、ですって?」

 

 淡々とした声。

 

「随分と、軽く扱うのね」

 

 一歩、前に出る。

 

 その瞬間、空気が“固定される”。

 

 揺らぎが、消える。

 

「私は山崎良子」

 

 名乗る。

 

「『青』の称号を持つ者――そして」

 

 わずかに、目を細める。

 

「何年もの浪人を見てきた、駿台の理事長よ」

 

 その言葉と同時に、場が“確定”する。

 曖昧だったものが、全て一つに収束する感覚。

 

「足切り?」

 

 小さく、鼻で笑う。

 

「そんなもの――何年でも越えさせてきたわ」

 

 一歩。

 踏み込む。

 それだけで、圧が違う。

 

 エルザが後退る。

 

「未来は、切るものじゃない」

 

 静かに言い放つ。

 

「積み重ねて、届かせるものよ」

 

 次の瞬間。

 

 “何か”が振るわれた。

 

 見えない。

 だが、確実に。

 

 エルザの存在そのものが、弾き飛ばされる。

 

「――っ」

 

 抵抗すら許されない。

 圧倒的な差。

 壁に叩きつけられ、そのまま動きを止める。

 静寂。

 残されたのは、三人。

 

 エミリアと、スバルと――

 

 そして、『青』の理事長。

 

「さて」

 

 山崎良子が振り返る。

 

「終わらせましょうか」

 

 そ一言で、未来が“確定済”と理解させられた。

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