Re:ゼロから始める浪人生活   作:猫色鼠

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第一章8  『ヤマザキ・リョウコ』

 エルザの体が、床を滑るように弾き飛ばされる。

 衝突音。

 だが、そのまま崩れ落ちることはない。

 片手を床につき、低く構え直す。

 

「……なるほど」

 

 息を吐く。

 口元に、わずかな笑み。

 

「そういうのも、いるのね」

 

 視線が、ゆっくりと山崎良子へ向く。

 先ほどまでの余裕は消えていない。

 だが、明確に――“警戒”が混じっている。

 

「面白いじゃない」

 

 言いながら、足を踏み込む。

 空気が裂ける。

 不可視の斬撃が、一直線に放たれる。

 ――だが。

 届かない。

 いや、“届く前に止まる”。

 空間そのものが固定されたかのように、斬撃が途中で霧散する。

 

「無駄よ」

 

 山崎の声は、静かだった。

 

「その程度の“未確定”で、こちらをどうにかできると思わないことね」

 

 次の瞬間。

 山崎の姿が、消えた。

 

「――ッ!」

 

 エルザの瞳がわずかに見開かれる。

 背後。

 振り向くよりも早く――

 衝撃。

 空気が叩きつけられたような圧。

 エルザの体が再び宙を舞う。

 

「ぐ……っ」

 

 今度は踏みとどまれない。

 壁に叩きつけられ、そのまま崩れる。

 だが――それでも、倒れない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が荒い。

 だが、笑っている。

 

「強いわね……ほんとに」

 

 血の気配もなく、ただ純粋な興奮だけがそこにある。

 山崎は、ゆっくりと歩み寄る。

 一歩ごとに、場の空気が“確定”していく。

 揺らぎが消える。

 可能性が潰される。

 逃げ道が、閉じていく。

 

「終わりよ」

 

 淡々と告げる。

 

「ここであなたは、もう――」

 

 その瞬間。

 エルザの足が、わずかに動いた。

 次の動きは、速かった。

 廃材を蹴り上げる。

 視界を遮る。

 同時に、横へと跳躍。

 

「――逃がさないわよ」

 

 山崎が踏み込む。

 だが、一瞬だけ生まれた“揺らぎ”。

 完全に固定される前の、ほんのわずかな隙。

 エルザはそこを、正確に抜ける。

 壁。

 窓枠。

 崩れかけた外壁。

 足場にするものを選ばない。

 連続した跳躍で、一気に距離を取る。

 

「……ちっ」

 

 山崎が小さく舌打ちする。

 追おうとするが――止まる。

 これ以上は、無理に追う場ではないと判断したのか。

 その間にも、エルザは屋外へと抜ける。

 振り返る。

 距離を取った場所から、こちらを見下ろして。

 そして――笑った。

 

「いいわね、今日の収穫」

 

 風に黒髪が揺れる。

 

「久しぶりに、“切りがいのある未来”だったわ」

 

 細められた瞳が、スバルとエミリアを捉える。

 

「次は――」

 

 わずかに間を置いて。

 

「全員の足、切り落としてあげる」

 

 軽い口調。

 冗談みたいに。

 だが、その言葉だけがやけに重く残る。

 

「それまで、せいぜい――進めると思って頑張りなさい?」

 

 最後に、くすりと笑って。

 エルザの姿が、闇に溶けるように消えた。

 静寂。

 残された空気だけが、ゆっくりと元に戻っていく。

 

「……逃げたか」

 

 スバルが、ようやく息を吐く。

 足の感覚は、まだ戻らない。

 だが、さっきまでの絶対的な“断絶”は薄れている。

 

「大丈夫?」

 

 エミリアが、すぐ隣に来る。

 

「あ、ああ……なんとか」

 

 そう答えながら、視線は自然と前へ向く。

 そこに立つのは――

 

「……すごい人、だな」

 

 ぽつりと漏れる。

 山崎良子は、何も言わずにただそこに立っていた。

 揺るぎない、“確定した存在”として。

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