オーバーロード:亡国の賢者   作:散弾アイスクリーム

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友達に主人公とファスリス(キーノ)の名前が似てて紛らわしいと言われました。
なので名前が『アステリオス』に変わってます…
よろしくお願いします。




吸血姫と牛頭人

「プレイヤー……? いや、NPCか?」

 

暗がりから姿を現したソレを見て、アステリオスは息を呑んだ。

かつては豪華だったであろうドレスの残骸を纏う貴族、鎧が錆びついた衛兵、そして小さな子供の姿をした、数え切れないほどの不死者達の群れ。

 

「……冗談だろ。なんだってこんなにリアルなんだよ」

 

アステリオスは無意識のうちに後ずさった。

ユグドラシルにも『動死体(ゾンビ)』という低位のアンデッドは星の数ほど存在した。しかし、目の前にいる群れは、ポリゴンの塊でもテクスチャの貼り付けられたモデルでもなかった。

 

腐敗ガスで膨張した腹部、皮膚の下で蠢く蛆虫、生気のない濁った瞳、そして歩くたびにボタボタとこぼれ落ちる腐肉の塊。それら全てが、VRMMOの自主規制フィルターなど到底及ばない、吐き気を催すほどの圧倒的な『現実(リアル)』を突きつけていた。

 

(ログアウトできない。GMコールも繋がらない。そして、この生々しい死体の群れ……。まさか、ここはゲームの中じゃないのか……?)

 

混乱する思考を他所に、生者の匂い――それも、生命力に溢れた屈強な亜人の血肉の匂いを嗅ぎつけた不死者たちは、一斉にアステリオスへと群がり始めた。

 

「シャアァァッ!!!」

 

先頭にいた衛兵のアンデッドが、錆びた長剣を振り上げて飛びかかってくる。

 

「くそっ、来るな!」

 

アステリオスは反射的に腰の巨大な戦斧を抜き放ち、横薙ぎに一閃した。

 

 

ドォンッ!!

 

 

爆発のような轟音が廃都に響き渡る。

戦斧が空気を引き裂いた際に生じた強烈な衝撃波だけで、飛びかかってきた衛兵のゾンビはおろか、その後ろに続いていた数十体のアンデッドたちが、まるで紙屑のように纏めて粉砕された。

石畳は深く抉れ、周囲の廃屋の壁が余波で吹き飛ぶ。

 

「……は?」

 

自身の引き起こした破壊の規模に、アステリオス自身が一番驚いていた。

確かに、彼のアバターはレベル100。筋力と耐久力に極振りした牛頭人(ミノタウロス)の戦士職であり、ユグドラシル基準でもトップクラスの物理攻撃力を誇る。しかし、今のはスキルや武技すら使っていない、ただの『通常攻撃』だった。

 

(……弱すぎる。こいつら、レベル5にも満たないただの動死体(ゾンビ)じゃないか。俺の筋力なら、素手でもミンチにできるぞ)

 

自分の力がユグドラシル時代と変わらず、あるいはそれ以上の理不尽な威力を保っていることに安堵する一方で、アステリオスの心には底知れない恐怖が湧き上がっていた。

 

斧を振り抜いた手に残る、肉を断ち、骨を砕いたという決定的な感触。舞い散る血しぶきが顔に当たる生温かい温度。それらが、これがゲームではなく『現実』であることを、嫌というほど証明していたからだ。

 

「……だが、ビビって立ち止まっても仕方がないか」

 

アステリオスは、大きく深呼吸をして己を落ち着かせた。

リアルではただのしがない労働者だが、ユグドラシルの広大な未開領域をたった一人で踏破してきたソロプレイヤーとしての意地と経験がある。未知の領域に放り出されたのなら、まずは情報収集と安全圏の確保だ。

 

「とりあえず、ここは危険すぎる。開けた場所を探すか。……あの中心にあるデカい城跡は……ゲームの定石的にヤバイ奴がいるに決まってる。行くとしても最後に行くべきだな。」

 

野生の勘か、あるいは高レベルプレイヤーとしての危機察知能力か。そう判断した彼は、かつては人々で賑わっていたであろう広大な都市の大広場へと歩みを進めた。

 

 

 

その頃、大広場から少し離れた崩れかけた貴族の館の陰で、身を潜めるように生きる小さな影があった。

かつてこの国を治めていた王族の生き残りであり、今は呪われた吸血鬼となってしまった少女、キーノ・ファスリス・インベリアである。

 

「……? いまの音は……?」

 

キーノは、突如として響き渡った爆発音にビクッと肩を揺らした。

 

この四十年間、この死の都市はずっと静寂に包まれていた。アンデッドと化したかつての臣民たちは、目的もなく街を彷徨うだけで、大きな音を立てることなどない。王城は恐ろしいアンデッドに奪われてしまっていたため、彼女は決して城には近づかず、都市の片隅で皆を救う方法を探して生きていたのだ。

 

ズシンッ、ズシンッ……。

 

爆発音に続いて、地響きのような重い足音が聞こえてくる。

 

それは明らかに、心を持たないアンデッドの歩みではなかった。明確な意志を持ち、大地を踏みしめる『生者』の足音。

 

(まさか……生きている人が、この街に……?)

 

キーノの胸の奥で、四十年間凍りついていた感情が微かに波打った。

 

同時に、強烈な警戒心が頭をもたげる。この死者の街に足を踏み入れるような者が、ただの人間であるはずがない。アンデッドを討伐しに来た強力な冒険者か、あるいはさらなる災厄をもたらす魔物か。

 

(逃げるべき……見つかったら、殺されるかもしれない)

 

理性がそう告げる。しかし、四十年間という気の遠くなるような孤独が、彼女の足を広場へと向かわせた。

 

ほんの少しでいい。遠くから影を見るだけでいいから、自分以外の『意志を持つ存在』をこの目で確かめたい。その抑えきれない衝動に突き動かされ、キーノは瓦礫の陰から陰へと隠れながら、音が聞こえた大広場へと忍び寄った。

 

 

 

広場の端に到達し、崩れた石柱の陰からそっと顔を出したキーノは、自らの好奇心を呪うことになった。

 

「ひっ……!」

 

声にならない悲鳴が喉の奥で凍りつく。

大広場の中心に立っていたのは、希望をもたらす存在などではなく、悪夢そのものだった。

 

分厚く豊かな毛皮に覆われた、丸太のように太く筋骨隆々の肉体。頭部には猛々しく天を突く二本の角を備え、鼻息からは濃密な白い蒸気が荒々しく吹き出している。そしてその手には、先程の爆発音の原因であろう、血肉に塗れた巨大な戦斧が握られていた。

 

(み、牛頭人(ミノタウロス)……っ!? なぜ亜人がこんなところに……っ!)

 

キーノは絶望に顔を青ざめさせた。

かつて両親から、インベリアが所在する大陸中央部の情勢について教育を受けた記憶が鮮明に蘇る。人間を食料として家畜のように扱う恐るべき亜人国家。その筆頭たる存在が、強靭な肉体と凶暴性を併せ持つ牛頭の怪物――牛頭人(ミノタウロス)であると。

 

絵本に出てくるような「人食いの怪物」が、まさに今、目の前に立っているのだ。

広場に集まってきた数十体のアンデッドたちが、生者の強烈な匂いに惹かれて怪物へと群がっていく。

 

しかし、怪物は鬱陶しそうに巨大な斧を片手で振るった。

 

 

ドゴォォォンッ!!

 

 

信じられない光景だった。斧が空気を裂く風圧だけで、群がっていたアンデッドたちが一瞬にして塵芥のように吹き飛んだのだ。

王城を奪ったナイトリッチでさえ、これほどの物理的な破壊力を持っているかは怪しい。圧倒的、かつ絶対的な暴力の化身。

 

(食べられる……見つかったら、絶対に殺される……っ!)

 

キーノは吸血鬼(ヴァンパイア)という不死の肉体を持っていながら、圧倒的な死の恐怖に支配され、ガチガチと震える足で後ずさりしようとした。

 

――その時。

 

カラコロコロ……。

 

キーノの足元で、石が転がる乾いた音が響いた。

静まり返った大広場に、その音は致命的なほど鮮明に響き渡った。

 

「……ん? 誰かそこにいるのか?」

 

ピタリと動きを止めたミノタウロスの巨躯が、ゆっくりとキーノの潜む石柱の方へと向き直る。

その、血走ったような鋭い眼光と視線が交差した瞬間、キーノは腰から砕け落ちるようにへたり込んだ。

 

ズシンッ!

 

ミノタウロスは凄まじい脚力で地面を蹴り、一瞬にしてキーノの目の前へと跳躍してきた。空から降ってきた巨大な質量に、広場の石畳がズンッと揺れる。

 

「あ、ああぁ……こ、来ないで……っ!!」

 

キーノは恐怖のあまり涙をボロボロとこぼし、瓦礫を這いずるようにして逃げようとした。しかし、恐怖で体に力が入らない。

 

(ああ、終わる。私はこんな怪物に喰われて終わるんだ……)

 

キーノがギュッと目を閉じ、死の痛みを覚悟したその時。

 

「おっと、すまない。驚かせちまったか。大丈夫か、お嬢ちゃん?」

 

頭上から降ってきたのは、予想に反して、どこか困惑したような、気遣うような声だった。

 

 

 

恐る恐る目を開けると、巨大な牛頭人(ミノタウロス)は腰を屈め、こちらを覗き込んでいた。その手から、いつの間にかあの恐ろしい巨大な戦斧が消え失せている。空中に吸い込まれるように消えたのを、キーノの目は理解できなかった。

 

(……あちゃー。やっぱりこの外見、リアルだと怖すぎるよな。どう見ても人食いのバケモンだ。PKに間違われないように、普段から紳士的な言動を心がけていたんだが……)

 

アステリオスは内心で頭を抱えながら、極力優しく、愛想の良い笑みを浮かべたつもりだった。しかし、牛頭人(ミノタウロス)の骨格で牙を剥き出しにして笑うその顔は、キーノには『これから食事を始める前の獰猛な笑み』にしか見えなかった。

 

「あ、食べ……食べないでください……っ、私はアンデッドなのでお肉は、美味しくないです……っ、多分……」

 

「食べない食べない! 俺はただの……そうだな、旅の戦士だ。名前はアステリオス。怪しいもんじゃない」

 

アステリオスは慌てて両手を振り、敵意がないことをアピールした。

 

「旅の……戦士……?」

 

キーノは震える声でオウム返しにした。目の前の怪物が、知性を持って言葉を話すことにわずかな希望を見出したのだ。もし彼がただの人食い亜人なら、すでに自分は斧で両断されているはずだからだ。

 

「そうだ。しかし、ここは酷い有様だな。あの王城の方角からはヤバい気配がプンプンするし。……お前、 この街の生き残りか?」

 

アステリオスが周囲のゾンビの残骸を一瞥しながら尋ねると、キーノは震える唇を噛み締めながら、必死に声を絞り出した。

 

「そうです……。わ、私はこの国……インベリアの王女……キーノ・ファスリス・インベルンです」

 

「インベリア……。聞いたことがない名前だ。いや、俺が世間知らずなだけかもしれないが」

 

アステリオスは顎を撫でた。「生き残りってことは、この広場をうろついてたアンデッドどもは、元々はここの住人だったってことか。すまないことをしたな……」

 

「……いえ、仕方ないことです……」

 

キーノは、自身の周囲に散らばる肉片――先程まで、彼女のかつての臣民であったもの――に悲痛な目を向けた。

 

「四十年……くらい前です。あの日、突然……言葉にできないほどの激痛が走って……。体が内側から引き裂かれるような……。気がついたら、私はこんなになっていて……お父様も、お母様も、街の人たちも……みんな、心のない歩く死体になってしまっていた……」

 

キーノの赤い瞳から、涙がポロポロとこぼれ落ちた。

 

「私は、ずっと……ここで。皆を置いて逃げることもできず、みんなを助ける方法を探して……、王城には恐ろしいアンデッドが住み着いてしまって……四十年間、ずっと……」

 

その言葉を聞いて、アステリオスは絶句した。

四十年間。この光も届かない、死者にまみれた廃都の片隅で、彼女はたった一人、恐ろしい化け物に怯えながら孤独な時間を過ごしてきたというのか。

 

アンデッドであれば餓死することはないだろう。だが、精神的な苦痛はどれほどのものだったか。想像を絶する孤独だ。

 

(……重すぎるだろ。なんだってこんな残酷な設定のイベントが……いや、だからこれはゲームじゃない。現実なんだ)

 

アステリオスは、己の胸の奥に、かつてないほどの激しい怒りと、深い同情が湧き上がるのを感じた。

 

誰が、どんな目的でこんな真似をしたのかは知らない。大規模な呪いか、あるいはユグドラシルの『ワールドアイテム』のような規格外の力が働いたのか。

 

だが、理由はどうあれ、一人の少女に四十年の孤独を強いるような理不尽を、ソロプレイヤーとして気ままに生きてきた彼は、どうしても許容できなかった。

 

「……そうか。辛かったな」

アステリオスは、分厚く巨大な毛皮に覆われた手をゆっくりと伸ばし、ビクッとするキーノの頭にポンと置いた。

 

恐る恐る撫でるその手つきは、恐ろしい外見に反して、ひどく優しく、温かかった。キーノはその温もりに、なぜか少しだけ安堵を覚えた。人食いの怪物の手が、こんなにも温かいはずがない。この人は、本当に私を傷つけるつもりはないのだと、彼女の本能が理解し始めていた。

 

「泣きたいだけ泣けばいい。四十年間、一人でよく耐えたな」

 

「うっ……うああぁぁぁっ……!」

 

アステリオスのその言葉に、キーノの中で張り詰めていた何かがプツリと切れた。彼女は自ら牛頭人(ミノタウロス)の巨大な足元にすがりつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。四十年間溜め込んでいた恐怖、悲しみ、そして誰かに助けてほしかったという叫びが、涙となって溢れ出した。

 

アステリオスは彼女が泣き止むまで、ただ静かにその背中を撫で続けていた。

やがて、しゃくり上げる声が小さくなった頃、アステリオスは静かに口を開いた。

 

「国が滅んだと言ったな。……だが、インベリアの血を引くお前が生きているなら、その国はまだ完全に終わっちゃいないさ」

 

それは、アステリオスが昔読んだ漫画か何かのセリフの受け売りだった。彼としては、絶望の底にいる子供を慰めるための、ただのありふれた気休めのつもりだった。

 

しかし、全てを失い、死の都に囚われていたキーノにとって。

この知性ある強大な獣が放ったその言葉は、暗闇に差し込んだ一条の光のように響いた。

 

「私が……生きている限り、インベリアは、終わっていない……?」

 

「ああ、そうだ。国の形なんてのはただの入れ物だ。大切なのは、それを記憶し、受け継ぐ者がいるかどうかだろ?」

 

アステリオスはさらに適当なことを付け加えた。

 

だが、この言葉が、後の世において『口だけの賢者』と呼ばれることになる彼の、最初の『賢者の金言』としてキーノの心に深く刻み込まれることとなる。

 

「アステリオス、様……」

 

「様はいらない。アステリオスでいい」

 

「アステリオス……あなたは、なぜ私にそこまで言ってくださるのですか? 私はただの……呪われたアンデッドなのに」

 

その問いに、アステリオスは少し考えた。

なぜ助けたのか。そんなものは、目の前で子供が泣いていたからに決まっている。だが、それではロールプレイとして少し味気ない。彼は、ユグドラシルで長年培ってきた『孤高の探索者』の顔を作り、ニヤリと笑った(つもりだった)。

 

「俺は未知の世界を旅するのが好きでね。この都市の真実とやらに、少し興味が湧いた。それに――」

 

アステリオスは立ち上がり、空のインベントリから再び自身の斧を呼び出し、肩に担ぎ直した。その威風堂々たる姿は、もはや恐怖の対象ではなく、途方もなく頼もしい守護者のようにキーノの目には映っていた。

 

「女の子を四十年間も泣かせっぱなしにしておくような野暮な真似は、俺のプレイスタイルに反するんでね。……お前の両親や、この街の連中を元に戻す方法があるかは分からない。だが、この国の中だけで方法を探すよりも、世界中を隈無く探した方が見つかる可能性は高いだろ?」

 

アステリオスは、巨大な手をキーノへと差し伸べた。

 

「来るか、キーノ。俺と一緒に、このクソみたいな呪いを解く方法を探しにいくか?」

 

キーノは、目の前に差し出された分厚い毛皮の手を見つめた。

それは、彼女の知る限り最も恐ろしい怪物の手。しかし同時に、四十年間誰からも触れられることのなかった、唯一の『生者の温もり』だった。

 

「……はいっ!」

 

キーノは力強く頷き、その小さな両手で、アステリオスの太い指をしっかりと握りしめた。

 

「よし、決まりだ。だが、まずは安全な仮の拠点の準備と、温かい飯の確保だな。いくらお前がアンデッドになっちまったとはいえ、こんな不衛生な環境は精神に悪い。まずは水回りの確保と、生活拠点の構築(ベース・ビルディング)から始めるぞ」

 

「べーす……びるでぃんぐ……?」

 

キーノにとって聞き慣れない、しかしどこか高度な文明の匂いを感じさせる不思議な単語の数々に目を白黒させながらも、彼女は四十ぶりに、かすかな笑みを浮かべた。




次回は日曜に投稿予定です。
感想と評価お待ちしております。

皆さん、アステリオスの細かいキャラ紹介(ステータスや現実での職業など)は見たいですかね?

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