オーバーロード:亡国の賢者   作:散弾アイスクリーム

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業務で残業が続きが遅くなりました…土下座


深淵なる勘違い

インベリア王城。かつては豪奢を極め、この国の中枢として威容を誇っていたその場所は、今や赤黒い死のオーラが渦巻く禍々しい迷宮へと成り果てていた。

 

王城の最深部、かつての国王が座していた玉座の間。その中心には、枯れ木のように痩せこけた体に、見るからに強力な魔法的防護が施された豪奢なローブを纏う骸骨の姿があった。眼窩に赤黒い憎悪の炎を揺らめかせるその怪物こそが、この死の都市の中心に陣取るアンデッド――ナイトリッチの『ザルニカス』である。

 

「ククク……素晴らしい。実に素晴らしいぞ」

 

玉座の間に響くのは、骨が擦れ合うようなひどく不快な笑い声だった。 ザルニカスの周囲には、何十冊もの分厚い魔導書が宙に浮かび、そのページが彼自身の魔力によってパラパラと自動で捲られている。彼の足元には緻密で複雑な魔法陣が幾重にも描かれ、紫色の妖光を放っていた。

 

「見えてきた。ようやく、私にも見えてきたぞ……! 魔導の深淵、その更なる奥底へ至るための道筋が!」

 

歓喜に震える骨の腕を高く掲げ、ザルニカスは虚空を掴むように指を曲げた。 彼の長年の目的は、魔法という至高の力の極致に至ることだった。そして最近になり、彼の研究はついに一つの臨界点に達しようとしていた。神の領域に等しいとされる伝説の魔法――『第八位階魔法』へと至るための、ほんのわずかな糸口を掴みかけていたのだ。

 

このインベリアの地は、彼にとってまさに天啓とも言える最高の研究環境であった。 国全体が極めて濃密な負のエネルギーに満ち溢れており、呼吸をするように魔力を練り上げることができる。加えて、この城を満たすアンデッドたち――特に、かつてこの国を治めていた王や王妃であった者たちの肉体は、生前の高い魔力やステータスを色濃く残しており、魔力バッテリー兼、魔法実験の『素体』としてこれ以上ないほどに優秀だったのだ。

 

ザルニカスは、玉座の傍らに力なく佇む二体の特別なアンデッドを一瞥した。豪華な王族の衣装の残骸を纏い、虚ろな瞳でただ主の命令に従うだけの木偶人形。彼らから絶え間なく吸い上げた魔力のおかげで、研究は飛躍的に進んだ。

 

「加えて、この国には無数の知性なきアンデッドが跋扈している。生者の肉を求めるあの薄汚い連中が勝手に防壁となってくれるおかげで、私の崇高な研究を邪魔しにくる愚かな冒険者どもなど、寄り付きもしない」

 

全く、ここは素晴らしい。ザルニカスは眼窩の炎をさらに赤く燃え上がらせた。 彼は、強力なアンデッドの魔法詠唱者たちによって構成される秘密組織『深淵なる躯』に所属するメンバーの一人であった。組織内において実力は拮抗しており、互いに牽制し合う膠着状態が長く続いていた。

 

「だが、その忌々しい均衡も今日までだ。この第八位階への糸口を完全に私のものとすれば……今度の集会において、私こそが他を圧倒する、最も優れた魔法詠唱者であると証明できる! フハハハハハ!!」

 

狂気を孕んだ笑い声が、誰一人として生者のいない玉座の間に虚しく響き渡る。 彼は知る由もなかった。自分が到達しようとしている「深淵」など、これからやってくる理不尽な暴力の化身にとっては、水たまり程度の深さでしかないということに。

 

 

 

一方、インベリア王城からさほど離れていない、比較的原型を留めていた貴族の館の跡地。 その薄暗い廃屋の中に、アステリオスは身を潜めていた。

 

即死耐性、精神支配無効、全属性耐性強化など、ありとあらゆるバフ効果を持った装飾品をこれでもかと身につけた牛頭人(ミノタウロス)の巨躯は、ただそこにいるだけで周囲の空気が歪むほどのプレッシャーを放っている。しかし、当のアステリオス本人は、岩陰に隠れる小動物のように慎重に周囲を窺っていた。

 

「よし、王城は目と鼻の先だ。だが、いきなり突っ込むのは三流のやることだ。敵の戦力、トラップの有無、そして何より、キーノの両親の正確な位置を把握しなきゃならない」

 

純戦士ビルドであるアステリオスは、情報収集系の魔法を一切使えない。ソロで未知の領域を探索する彼にとって、視界の外にある脅威をいかにして事前に察知するかが、生存のための最重要課題であった。

 

「……少し勿体ないが、背に腹は代えられないか」

 

アステリオスはインベントリを展開し、一枚の古びた書物と、鈍い黄金の輝きを放つ一枚のコインを取り出した。 ユグドラシルのシステムにおいて、魔法が使えないプレイヤーが偵察を行うための最もポピュラーな手段の一つ――『傭兵モンスターの召喚』である。

 

「ハンゾウ召喚」

 

アステリオスがコマンドを唱え、羊皮紙の上にユグドラシル金貨を落とすと、金貨はドロリと溶け出し、魔力を持った光の粒子となって空間に陣を描いた。 次の瞬間、音もなく現れたのは、黒装束に身を包み、忍の文字が書かれた面布を被った一人の忍者だった。

 

レベル80前後の隠密特化型傭兵モンスター、『ハンゾウ』である。

「――御前。このハンゾウ 、呼び声に応じ推参いたしました」

ハンゾウは床に片膝をつき、深く頭を垂れた。その動きには一切の無駄がなく、衣擦れの音さえ生じない。

 

「おお、ちゃんと喚び出せたな。システムが正常に機能して何より……っ!?」

 

「御身の影となり、手足となり、この命が尽きるまで御前の為に働き抜く所存。如何なる過酷な命であろうと、必ずや完遂してみせましょう」

 

「お、おう……」

 

恭しく平伏するハンゾウの、あまりにも生々しい忠誠心と熱を帯びた声色に、アステリオスは内心でドン引きしていた。

 

(うわぁ、めっちゃ重い……。ユグドラシル時代はただの無機質なNPCで、『命令を受け付けました』くらいしか言わなかったのに。現実化の影響か知らないが、使い切りの傭兵にここまで重い感情を向けられると、こっちが引くんだが……)

 

しがない現代日本の社会人メンタルを隠し持ちながら、アステリオスは威厳のある主を演じるために、低くドスの効いた声を意識して咳払いを一つした。

 

「あー、うむ。その忠義、大儀である。……早速だが仕事だ。王城の内部に潜入し、敵の戦力を偵察してこい。主力のレベル、配置、そしてかつての王族と思われる特別なアンデッドの居場所を探れ。絶対に気づかれるなよ」

 

「御意に。この程度の仕事、我が命を賭するまでもございません。……ただちに」

 

ハンゾウがスッと立ち上がったかと思うと、その姿は文字通り影に溶け込むようにフッと消え失せた。光学迷彩に近しい高度な隠密スキルである。

「ははっ、さすがレベル80の特化型だ。これで第一段階はクリアだな」

アステリオスは壁に背を預け、報告を待つことにした。

 

 

 

それから数十分後。 アステリオスの足元の影が不自然に揺らぎ、そこから滲み出るようにハンゾウが姿を現した。相変わらず、足音ひとつ立てない完璧な帰還だった。

 

「戻りました、御前。城内の様子、全て把握いたしました」

 

「ご苦労。……敵に気づかれた様子は?」

 

「皆無にございます」

 

ハンゾウは淡々と報告を続けた。

 

「城の随所に低位のアンデッドが配置されておりましたが、ただ突っ立っているだけの案山子も同然。玉座の間に陣取っていた主と思しきナイトリッチも同様です。あの程度の雑魚の感知能力では、私が真横で動き回ったとしても気づきはしないでしょう」

 

「……そうか」

 

アステリオスは内心で少しホッとした。隠密特化のハンゾウとはいえ、相手がレベル90以上の超高位モンスターであれば見破られる可能性もあったからだ。

 

「で、その主の戦力はどうだった? 王族らしきアンデッドの姿は確認できたか?」

 

「はっ。主の周囲には、護衛として骨の竜(スケルトル・ドラゴン )が数体。そして、玉座の傍らに、魔力を吸い上げられていると思われる特別なアンデッドが二体確認できました。服装から推測するに、あれが御前の仰っていた目標かと存じます。いずれも、私一人で数秒もあれば全滅させられる程度の烏合の衆に過ぎません」

 

「なるほど、護衛つきか。……しかし、その主は何か厄介な魔法や罠を張ってはいなかったか? 強力な結界とか、未知の呪いとか」

 

アステリオスが念のために尋ねると、ハンゾウは肩をすくめるような仕草を見せた。

 

「いえ、特には。ただ、主と思しき者は、多数の魔導書を広げ、何やら歓喜に打ち震えながら独り言を漏らしておりました」

 

「独り言?」

 

「はい。『ついに第八位階への糸口が掴めた』『今度の深淵なる躯の集会で、我こそが最高だと証明してやる』……などと、己の実力を過信しきった痛々しい譫言を」

 

その報告を聞いた瞬間。 アステリオスは、手に持っていた戦斧を危うく床に取り落としそうになった。

 

「…………は?」

 

「ですから、『第八位階への糸口が掴めた』と。よほどそれが自慢の切り札なのでしょう。井の中の蛙とはまさにこの事。滑稽を通り越して哀れみすら覚えます」

 

アステリオスの思考が、一瞬だけ停止した。 キーノがあれほどまでに怯え、この国を数十年間も支配してきた恐怖の象徴。空から降り立ち、強力な魔法でアンデッドの群れを灰塵に帰したという正体不明の怪物。 未知の即死魔法や、レベル差を覆すような特殊ギミックがあるかもしれないと、ありったけの耐性装備で身を固めてきたというのに。

 

(――『第八位階魔法』への糸口が掴めた、だと……?)

 

ユグドラシルの基準において、魔法は第一位階から第十位階、さらにその上に超位魔法が存在する。 『第八位階魔法』など、プレイヤーであればレベル50台の半ばで習得できる、中盤の通過点に過ぎない魔法だ。レベル100の純戦士であるアステリオスからすれば、そんな低位の魔法をいくら連発されようが、致命傷を負うことはない。

 

「……なんだよ。キーノがめちゃくちゃビビってたから、どんだけヤバイ隠しボスかと思ったら……ただの、レベル50台の雑魚じゃないか……」

 

極度の緊張から一転、あまりの拍子抜けな事実に、アステリオスは深いため息を吐き出して肩から思い切り力を抜いた。無駄に張り詰めていた自分がひどく馬鹿らしくなってくる。

 

「御前。御意とあらば、私がただちに舞い戻り、あの増長した愚物の首を刎ねてまいりましょうか?」

 

ハンゾウが、殺意を隠そうともせずに進言した。実際、レベル80のハンゾウの奇襲であれば、レベル50台の魔法詠唱者など何もさせずに一撃で即死させることができるだろう。しかし、アステリオスは少し考えて、首を横に振った。

 

「いや、待て。お前が仕掛けるのは却下だ」

 

「な……御前のお手を煩わせるほどの相手ではございません! どうか私に……」

 

「相手は格下でも、お前ひとりでは状況が悪い。アンデッドには急所によるクリティカルヒットはない。お前が暗殺を仕掛けた際、万が一にも奴が死に際に広範囲魔法で暴れたり、主を失った護衛の骨の竜(スケルトル・ドラゴン )どもが暴走する可能性がある。玉座の傍で魔力を吸い上げられているというキーノの両親を、乱戦に巻き込むわけにはいかないんだ」

 

アステリオスが巨大な戦斧を肩に担ぎ直し、獰猛な笑みを浮かべた(ハンゾウからは頼もしい主の顔に見えたが、実際には呆れ返っているだけである)。

「俺が自ら出向く。完全耐性を盛った俺が、正面から堂々と乗り込んで、奴の首だけをピンポイントで物理的にカチ割ってやる。その間にお前がキーノの両親を救出しろ。それが、キーノの両親を傷つけずに済む一番確実で安全な方法だ」

 

 

 

 




まだ戦闘シーンに移れず申し訳ないです。
次回は水曜あたりに投稿できたらなと思います。
感想、評価等お待ちしております。

皆さん、アステリオスの細かいキャラ紹介(ステータスや現実での職業など)は見たいですかね?

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