オーバーロード:亡国の賢者   作:散弾アイスクリーム

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遅れてしまい申し訳ないです。
GWは絵ばかり描いてしました…。


過剰すぎる一撃

死都インベリアの中心にそびえ立つ、呪われた王城。その回廊は、生者の温もりを拒絶するかのような冷気と、死者の放つ悍ましい瘴気に満ちていた。

 

だが、その回廊を、目に見えない「何か」が確実に通り抜けていた。

アステリオスは、自身の巨大な身体を『透明の外套(インビジビリティ・クローク)』で覆い、姿を消していた。さらに、音を完全に遮断する『静寂の靴底(サイレント・ソール)』、そして匂いを一切断つ『無臭の香水(オドレス)』を併用している。 純戦士ビルドである彼には隠密スキルこそないが、ソロプレイヤーとして「不意の遭遇戦」を避けるために集めたこれらマジックアイテムの力は絶大だった。徘徊するゾンビやスケルトンの脇を至近距離で通り抜けても、誰一人として巨大な牛頭人(ミノタウロス)の存在に気づく者はいない 。

 

(……よし、ここまで一度も感知されていないな。やはりこの世界の連中のレベルは、ユグドラシル基準だと相当低いらしい)

 

アステリオスは、目の前に立ちはだかる巨大な鋼鉄の扉を見上げた。ここが玉座の間、ザルニカスというナイトリッチが居座る最深部だ。

彼は一息つき、隠密用アイテムの効果を解除した。同時に、扉の奥から漏れ聞こえてくる、骨が擦れ合うような不快な高笑いが耳に届く。

 

「ククク……フハハハ! 見える、見えるぞ! これが第八位階……神の領域へと続く、深淵の扉が!」

 

扉の向こう、ザルニカスは狂喜の絶頂にいた。

「この第八位階魔法を完成させれば、組織の者共も私の力を認めるしかあるまい。フハハハハ、私が、私こそが最も優れた魔法詠唱者だと――」

 

――ドォォォォォォンッ!!

 

ザルニカスの妄執を、劈くような破壊音が断ち切った。

 

「な、なんだ!?」

 

彼が目を剥いた瞬間、ザルニカス自身が幾重もの魔法防護を施し、物理的にも鉄壁を誇ったはずの鋼鉄の重扉が、まるで安い飴細工のようにへし折られ、猛スピードで部屋の中へと吹き飛んできた。

扉は壁を粉砕して激突し、凄まじい衝撃波と土煙が玉座の間を覆う。

その中央から、悠然と歩み寄る巨大な影があった。

 

天を突く角を持つ牛頭人(ミノタウロス)の巨躯。その全身を、虹色の輝きを放つ羽のネックレスや、十の指全てに嵌められた指輪といった、常軌を逸した数の魔法アイテムが彩っている。

 

「……あー、ちょっとばかり気合が入りすぎたか。だが、不法占拠をしている化け物にわざわざノックする礼儀は持ち合わせていないんでな」

 

アステリオスは、肩に巨大な戦斧を担ぎ直し、退屈そうに首を鳴らした。

 

「き、貴様! 何者だ!? 私の聖域を穢す無礼者めが!」

 

ザルニカスは驚愕を怒りに変え、絶叫した。

 

「私の聖域だ?どの口が言っているんだ。立ち退きの勧告に来た。お前のままごと研究はここでおしまいだ」

 

「ふざけるな!!!魔法の深淵も知らぬ野蛮な亜人め! 思い知れ! 第七位階魔法――《獄炎(ヘルフレイム)》!!」

 

ザルニカスの骸骨の手から、全てを焼き尽くす燃え盛る炎が嵐のように放たれた。玉座の間を舐め尽くすように広がるその炎は、凄まじい熱量とエネルギーを孕み、標的であるアステリオスの巨躯を完全に包み込んだ。

 

(……第七位階?マジでそれが一番の切り札なのか……!?)

 

炎に包まれながら、アステリオスは内心で激しく困惑していた。

レベル100のプレイヤーからすれば、第七位階など中位より少し上の魔法にすぎない。切り札とするにはあまりにも低すぎる位階だ。だからこそ、ユグドラシルの高レベル帯における対人戦のセオリーからすれば、こんな派手で威力の低い魔法はただの『目くらまし(ブラフ)』である可能性が高いと、彼は直感した。

 

(いや視界を派手な炎で遮り、俺の意識を逸らした隙に、防御を貫通する”真の必殺技”や不可視のトラップを撃ち込んでくる気か……?)

 

アステリオスは視界を奪う炎の嵐の中で全神経を研ぎ澄まし、いまだ姿を見せない凶悪な「本命の追撃」に備えて、ガッチリと防御の構えを固めた。

 

一方のザルニカスは、獄炎(ヘルフレイム)の向こう側を見つめ、勝利を確信して醜く笑っていた。

 

「フハハハハ!!! 己の愚かさを呪いながら灰にな――」

 

「――おい。いつまで待っても本命の追撃が来ないんだが、どうした?」

 

「……な!?」

 

激しい炎が晴れた後。

 

そこには、煤一つついていないアステリオスが、ガッチリと防御の構えをとったまま、肩透かしを食らったような顔で立っていた。毛皮の一本すら焦げておらず、ダメージを受けた様子は微塵もない。

 

「……本気でこの程度の魔法が切り札だったのか?」

 

アステリオスは防御の構えを解き、深いため息を吐いた。

いくら万全を期したとはいえ、手応えがないと逆に不安になってくる。一人で勝手に対人戦の高度な駆け引きを深読みして身構えていた自分が、ひどく滑稽に思えた。

 

「ば、馬鹿な……! 私の最高の攻撃魔法が、何ひとつ効いていないだと……!? 貴様、一体何者だ……魔神か、それとも竜王の類か……っ!?」

 

圧倒的な実力差を前に、ザルニカスの心はついに絶望と恐怖に染まった。

逃げなければ。そう直感し、急ぎ《上位転移(グレーター・テレポーテーション)》の魔法を唱えようとした瞬間――彼の視界の端で、影が揺れた。

 

玉座の傍らに立たせ、魔力バッテリーとして利用していた二体のアンデッド。かつてのインベリア国王と王妃であったその姿を、音もなく現れた黒装束のハンゾウが抱え上げた。

 

「――御前。目標の確保、完了いたしました」

 

「なっ、私の素体が――貴様ら、いつの間に!」

 

ザルニカスがハンゾウの存在に気を取られ、魔法の詠唱を中断させられたのは、ほんの一瞬。しかし、レベル100の純戦士を前にして、その隙はあまりにも致命的すぎた。

 

「よそ見してんじゃねえよ」

 

低くドスの効いた声が聞こえたのは、ザルニカスの真正面、至近距離だった。

見上げれば、牛頭人(ミノタウロス)の巨人が完全に振りかぶった戦斧の刃が、己の頭上に迫っていた。

 

「第八位階の糸口だか何だか知らないが、地獄でゆっくり研究の続きをやりな」

 

「ま、待てっ! 私は深淵なる躯の――!!」

 

命乞いの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

無慈悲に振り下ろされた戦斧は、ザルニカスが展開していた何重もの防護結界を紙切れのように引き裂き、その枯れ木のような頭部から骨盤に至るまでを、一撃で真っ二つに両断した。

 

グシャァァァッ!! という不快な音と共に、インベリア王城を我が物顔で占領していたナイトリッチは、己がどれほど無力で井の中の蛙であったかを理解する暇すら与えられず、ただの骨の塵となって崩れ落ち、偽りの生命を終えた。

 

戦いが終わり、再び静寂が戻った玉座の間。

アステリオスは戦斧をインベントリに収納し、玉座の奥に安置されていた豪奢な宝箱へと歩み寄った。ハンゾウの事前偵察で当たりをつけていた代物だ。

蓋を開けると、そこには虹色に輝く美しい光沢を放つ、真っ白な短杖があった。

 

「これがキーノの言っていた『インベリアの秘宝』か。鑑定……」

 

アステリオスは手に持った小さな虫眼鏡でそのアイテムの情報を読み取る。

 

「……やはり蘇生用のマジックアイテム、か」

 

アステリオスは、拾い上げた短杖をじっと見つめ、思案に耽った。

ユグドラシルのシステムにおいて、死者蘇生自体は珍しいものではない。しかし、一度アンデッド化した存在を再び生身の種族に戻すことは、通常の蘇生アイテムでは不可能だ。

 

だが、それには極めて希少なアイテムを必要とし、多様なアイテムを取り揃えているアステリオスですら持っていない代物であった。

 

(本来、ただの蘇生アイテムじゃ、アンデッドになったキーノの両親を元に戻すことはできない。ユグドラシルのルールなら、失敗するか、アンデッドとして復活するだけだ……)

 

アステリオスは、短杖の感触を掌に感じながら、心の中で自嘲気味に呟いた。だが、同時に彼の中には、この未知の「現実」に対する、縋るような淡い期待も芽生えていた。

 

(だが、ここはゲームじゃない。魔法の法則も、アイテムの定義も、俺の知らない形に歪んでいる可能性がある。もし、この世界のシステムがユグドラシルよりも柔軟なら、あるいは……)

 

彼は一度目を閉じ、決意を固めるように宝玉を握りしめた。

少なくとも、ここで絶望して何もしないという選択肢はない。

 

「さて、厄介払いも済んだし、お宝も手に入れた。ハンゾウ、お前は念のために周囲の残敵掃討と城付近の見張りを頼む」

 

「御意に。この命に代えましても、御前の背後はお守りいたします」

 

重すぎる忠誠を誓って再び影へと溶け込む忍者に背を向け、アステリオスは両親のアンデッドを簀巻きにしてインベリアの城を後にした。

 

これで、城の掃除は終わった。手に入れたばかりの『虹よりこぼれおちし白(ロスト・ホワイト)』。

 

それに賭ける想いを胸に、彼は泣き虫の吸血姫(キーノ)が待つ拠点へと歩みを進めた。

 




ちなみにザルニカスの転移は、アステリオスがアイテムで対策していたのでどのみち失敗します。
アンケートに答えてくださった方ありがとうございます。
次回は来週中までに投稿できたらいいなと思っています。
感想等お待ちしております。
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