たびたび編集が入ると思いますが、ご容赦ください。
廃都インベリアの冷たい静寂を完全に遮断するように、アステリオスが魔法の木箱から展開した課金アイテム
しかし、その豪奢で神聖なまでに美しい絨毯の上には、この世で最も悍ましく、そしてひどく哀しい不調和が横たわっていた。アステリオスが王城の玉座の間から、魔法のアイテムの力で厳重に拘束し、簀巻きにするようにして連れ帰ってきた二体の特別なアンデッド。それこそが、四十年前のあの日から永遠に時を止め、死の都の最深部で魔力バッテリーとして利用され続けていた、キーノの最愛の両親――インベリアの国王と王妃の変わり果てた姿であった。
「……お父様……、お母様……っ」
キーノのひどく掠れた声が、震えながら静まり返った天幕の中に響き渡る。彼女は知っていた。四十年前、国中の人々がアンデッド化したあの日、お父様もお母様も、もはや知性を持たない歩く死体になってしまったことを 。その残酷な事実は、四十年に及ぶ孤独の中で何度も自分に言い聞かせてきたはずだった。だが、頭で理解していることと、実際にその無残な姿を目の当たりにすることは全くの別問題だった。かつて自分を慈しんでくれた両親の成れの果て――腐肉を滴らせ、生者への憎悪を剥き出しにするアンデッドとしての姿、キーノの心は激しいショックに打ちのめされた。
「……グルルゥゥ……ッ!」
「シャアァァッ!!」
かつて威厳に満ちていた国王の顔には無数の蛆が這い、優しくキーノを抱きしめてくれた王妃の豪奢なドレスは、腐肉と乾いた血がこびりついたボロ布と化している。そして何より、彼らの濁りきった瞳には、親としての知性の欠片も、愛娘を認識する光も微塵も残っていなかった。
彼らの虚ろな視線がただ一点、狂気のように捉えていたのは、背後に立つ圧倒的な生命の塊――アステリオスという「生者」に対する、憎悪の感情だけだった。アンデッドとしての本能が、巨大な生命力を喰らおうと暴走しているのだ。
「分かっていました……分かっていたはずなのに……だけど、こんな……っ!」
泣き叫び、手を伸ばそうとするキーノ。だが、両親は眼の前にいる娘の存在を認識することすらなく、アステリオスに向けて牙を剥き出しにし、拘束を力任せに引きちぎろうと暴れ続ける。その現実に打ちのめされたキーノは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。床を叩き、号泣するキーノ。アステリオスは無言のまま、巨大な手を彼女の震える背中にそっと置いた。
「……泣くな、キーノ。まだ可能性はある。諦めるには早いぞ」
アステリオスはインベントリを展開し、王城の宝物庫から回収した一本の短い杖をキーノの眼の前に差し出した。
虹色の美しい光沢を纏った、透き通るような純白の杖。それを見た瞬間、キーノは涙に濡れた顔をハッと上げ、息を呑んだ。
「……それは……『
「ああ。王城の最深部、あのふざけた骸骨が陣取っていた玉座の奥に厳重に安置されていた。」
キーノは震える両手で、その美しい杖の先端を見つめた。
幼い頃、まだ人間であった頃に、両親から幾度となく聞かされたお伽話のような伝説。いかなる死をも拒絶し、失われた魂を肉体へと呼び戻すという究極の奇跡を体現する神の道具。それこそが、この国の最後の希望であると信じて、彼女はアステリオスにその存在と名称を伝えていたのだ。
「これなら……。伝説が本当なら、お父様たちを……アンデッドの呪いから解放して、元の人間に戻せるかもしれないわ……!」
彼女の瞳に、絶望の淵から這い上がるような、危ういほどの強い期待が灯る。アステリオスは静かに頷き、短杖を唸り声を上げる両親のアンデッドへと向けた。
(……ユグドラシルのシステムで鑑定した限り、これは間違いなく高位の蘇生用マジックアイテムだ。だが、問題は『アンデッド化した対象』に対してどのような処理がなされるかだ。ユグドラシルのの蘇生魔法やアイテムはあくまで死亡という状態異常を回復させ、蘇生させるもの。彼らはすでに『アンデッド』という別の種族として定義されているはずだ……)
アステリオスは、ソロプレイヤーとして長年培ってきたシステムへの深い理解と、極めて冷静な分析を脳内で走らせながらも、奇跡が起こることを強く願いながらアイテムを使用した。
その瞬間、天幕の中が目も眩むような清浄な白い光に包み込まれた。聖なる波動が幾重もの魔法陣を描きながら波紋のように広がり、両親の肉体を優しく、そして力強く包み込む。負のエネルギーを根こそぎ浄化し、死そのものを打ち消すような暖かな光。キーノは祈るように両手を強く胸の前で組み、奇跡の成就を心から願った。
しかし。光がゆっくりと霧散し、視界が晴れた後に残っていたのは――。
相変わらず濁った瞳で生者を呪い、涎を垂らしながらアステリオスに向けて唸り声を上げる、二体の醜いゾンビの姿だった。
「……なぜ……? どうして……っ! 伝説の秘宝なのに……っ!」
キーノの悲痛な叫びが上がる。
杖の魔法は間違いなく発動した。しかし、それは「死」を「生」に戻すというプロセスを完了させることはできても、「アンデッド」というすでに完全に固定化された種族そのものを「人間」という別の種族へと反転させるには至らなかったのだ。
(……やはりダメか。やはりこちらの世界の蘇生のアイテムもユグドラシルのルールに則っていると考えたほうがいいな。一度アンデッドとして定義された存在を異種族へと戻すには、世界そのものの理を書き換える『ワールドアイテム』でもない限り不可能だ……。蘇生アイテムの力では、これが限界ということか)
アステリオスは短杖を下ろし、内心で深い、あまりにも苦い溜息を吐いた。
アイテムの「失敗」は、キーノにとって四十年間抱き続けてきた最後の心の支えが、完全に、そして根元からへし折られたことを意味していた。
「そんな……お父様たち、もう、二度と……」
「諦めるな、キーノ!」
絶望の淵に沈みかけるキーノの肩を、アステリオスが力強く掴んだ。
「この杖ではダメだった。ただそれだけのことだ。俺とお前は約束したはずだぞ。この国の中だけで探すより、世界中を隈無く探した方が見つかる可能性は高いってな」
「アステリオス……」
「この世界は広い。俺の持っていない未知のアイテムや、まだ見ぬ強力な魔法が存在するかもしれない。お前の両親を元に戻す方法は、外の世界に必ずある。俺が一緒に見つけてやる。だから……今はまだ、泣くな」
それは根拠のない気休めだったかもしれない。しかし、四十年間誰にも頼れなかった彼女にとって、絶対的な力を持つ強者が示してくれたその道標は、再び立ち上がるための十分な希望となった。キーノは涙を拭い、強く頷いた。
「よし、そうと決まれば、早急にこの街を出て外の世界を探索する準備だ。」
二人が新たな旅立ちに向けた準備を進めていたその時だった。 アステリオスの足元の影が不自然に揺らぎ、そこから滲み出るように一人の忍者が姿を現した。
その時だった。アステリオスの足元の影が、まるで水面のように不自然に揺らぎ、そこから滲み出るように漆黒の装束に身を包んだ忍者――ハンゾウが音もなく姿を現した。
「――御前。周辺の警戒および偵察の任についておりましたが、急ぎ耳に入れたき儀があり、推参いたしました」
「……何があった」
ハンゾウは床に片膝をつき、深く頭を垂れたまま、面布の奥の瞳を鋭く光らせて淡々と告げた。
「インベリアの市街地北東部、都市の外郭付近より、完全武装した未知の集団が接近中であるのを確認いたしました。総員は六名。人間種と思われる者が五名で、内訳は戦士職が三名、魔法職と思しき者が二名。加えて、エルフの野伏職が一名編成されております。彼らは統制の取れた連携で、徘徊するアンデッドどもを次々と屠りながら、一直線にこの王城方向へと進軍しております」
その報告を聞いた瞬間、泣き伏していたキーノがビクッと肩を揺らし、恐怖に顔を引き攣らせた。
「……人間……? 街の外から、生きた人間が来たの……?」
「おそらくは、この死の都に巣食うアンデッドを完全に浄化しに来た周辺国家の討伐隊といったところだろうな」
キーノの顔から血の気が引き、青ざめていく。
「……もし、あの人たちがここまで来たら……アンデッドであるお父様たちは……それに、吸血鬼である私も……問答無用で殺されてしまう……っ!」
彼女にとって、生者の集団は決して自分たちを救ってくれる希望の光などではない。自分たちという「怪物」を正義の名のもとに滅ぼしに来る、無慈悲な処刑人に他ならなかったのだ。
「アステリオス……どうするのですか? 私たち、今すぐここから逃げたほうが……」
震える声で懇願するキーノを、アステリオスは巨大な手で制した。
「ハンゾウ。奴らの実力……レベルはどの程度だと見積もる? アンデッドを倒すペースや、使っている魔法の規模から推測しろ」
アステリオスの鋭い問いに、ハンゾウは一切の迷いなく即答した。
「下位のアンデッド数体を相手にするのにもスキルや魔法を多用しており、一掃するのに時間を要しております。私の戦闘基準で測れば、奴らのレベル帯はおおよそ30……高くとも50でしょう。……私が奇襲すれば、瞬きをする間に全員の首を刎ね飛ばせますでしょう」
アステリオスは内心で深く安堵すると同時に、急速に思考を巡らせた。
ここで奴らを危険因子とみなして皆殺しにするのは、息を吐くよりも容易い。しかし、それでは外の世界の貴重な最新情報を得る絶好の機会を、自らドブに捨てることになる。
(……レベル30から50か。ユグドラシルの基準で言えば、序盤をようやく抜けた程度の脱初心者層といったところか。だが、あのナイトリッチのことを考えれば、この世界の基準では、おそらくそれなりの実力者なのだろう。いや、この世界の人間と決めつけるのも早計だ。ユグドラシルのプレイヤーが実力を偽装している可能性もゼロではない)
ユグドラシルにおける対人戦の鉄則を思い出す。レベルの偽装、スキルによるステータスの隠蔽は「常識」だった。もしあの集団の中に、何らかの意図を持って弱者を演じている高レベルプレイヤーが混ざっていたとしたら。
「ハンゾウ、お前が単独で奴らに接触しろ。目的は情報の収集だ。この国の周囲の状況についての噂や知識がないか聞き出してこい。が、その前に身なりを整えてもらう」
「はっ。……しかし、身なりとは?」
アステリオスが取り出したのは、装備の外見を上書きする装飾用装備だった。
「その忍装束はいかにもという外見すぎて目立つ。これを使い、外見の特徴を隠せ。この外套は高位の探知スキルでもなければ見抜けない代物だ。
……よし、これなら『少し腕の立つ、怪しげな放浪者』にしか見えんはずだ」
アステリオスの手によって、一見すると使い古された黒いマントを纏い、顔を不気味な仮面で覆った「正体不明の男」へと姿を変えたハンゾウは、己の姿を確認して深く頭を垂れた。
「御配慮、痛み入ります。……して、如何なる立場で奴らに接触を図るべきでしょうか?」
「この街の調査を行っている『どこかの組織のもの』とでも名乗っておけ。仮に相手がレベルを偽装したプレイヤーだったとしても、『得体の知れない強力な者』として警戒されるくらいで済むはずだ」
「御意。名もなき影となりて、奴らが何者であろうと、全ての情報を引き出してまいりましょう」
名を棄て、姿を変えたハンゾウは、重すぎる忠誠心をみなぎらせて、再び影へと溶けるように姿を消した。
天幕の外では、未知の来訪者たちが近づく物音が微かに、しかし確実に響き始めている。
「……さあ、キーノ。外の世界から、客人が来たようだぜ。まずは奴らから、土産話を聞き出そうじゃないか」
アステリオスは、不安げな少女の肩を優しく叩き、不敵な笑みを浮かべた。それは、四十年間閉ざされていたインベリアの時計が、再び動き出した瞬間でもあった。
傭兵モンスターに装備って付けれるんですかね?
アインズさまがハンゾウのリーダーに赤い布をつけさせてましたが、あれは装備品扱いなのだろうか。