オーバーロード:亡国の賢者   作:散弾アイスクリーム

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交わる軌跡と見えざる影

かつてインベリアと呼ばれたその死都は、今は生者の温もりを完全に拒絶し、ただ不気味な静寂と悍ましい瘴気だけを溜め込んでいる。ひび割れた石畳の隙間からは、絶えず負のエネルギーが陽炎のように立ち上り、並の人間であれば足を踏み入れるだけで精神を蝕まれかねない。

 

そんな死者の迷宮を、鋭い金属音を響かせながら突き進む六つの影があった。

 

「ふーっ! 斬っても斬ってもキリがないな、ここは! でもまぁ、この前のビーストマンの集団に比べたらアンデッドの動きは随分と単調だし、このまま奥まで楽勝で突っ込めそうじゃない?」

 

大剣を無造作に肩へと担ぎ、額の汗を拭いながら快活に笑うのは、遊撃隊のリーダーを務める少年、リクである。彼の足元には、たった今彼の大剣によって一刀両断されたゾンビの残骸が、黒い霧となって消えかけていた。

 

「ちょっとリク! 何を暢気なことを言っておいでだい!」

 

その無防備な背中を、容赦ない平手打ちが襲う。ピシャリと小気味いい音を立ててリクを叱り飛ばしたのは、死霊使い(ネクロマンサー)の女性、リグリットであった。

 

「このインベリアの異変はね、ただのアンデッドの自然発生なんかじゃないさ。この国の周辺が丸ごと一夜にして死に絶えるなんて、どう考えても異常じゃないかい。あたしたちが追っている『魔神』の仕業かもしれないんだよ? この先の調査はさらに危険になるんだ。少しはリーダーらしく、周囲を警戒しおくれな!」

 

「あいたたた……! わ、分かっているよ、リグリット。ちょっと場がピリピリしていたから、和ませようとしただけだって。そんなに本気で怒らなくたっていいじゃないか」

 

背中をさすりながら情けない声を出すリクの姿に、背後から爆発するような笑い声が降ってきた。

 

「はっはっは! 相変わらず頼もしいリーダー殿だねぇ! リグリットの姐さんに尻を叩かれてるようじゃ、魔神の首を獲る前にリクの命が尽きちまうよ!」

 

そう言って自身の得物である魔法剣をジャラジャラと鳴らしたの彼女は戦いそのものを楽しむかのような奔放な笑みを浮かべ、周囲の不気味な廃墟など意にも介していない様子だ。

 

「笑い事ではありませんよ、チェルシー。リグリットの言う通りですよ」

 

ため息混じりに二人をたしなめたのは、神官の男、サミュエルだった。彼は手にした聖印に微かな祈りを捧げ、周囲の瘴気を和らげる防御障壁の維持に集中している。

 

「中心部に近づくにつれて、瘴気が濃くなってきています。魔力の消費も無視できません。皆さん、冗談はそこまでにしてください」

 

サミュエルの言葉に、四本の魔剣を腰に帯びた暗黒騎士のガルザが、無言のまま深く頷いた。

彼らは現在は本隊の大きな動きから離れ、世界各地で破壊の限りを尽くしている『魔神』の動向と、その出自を探るための精鋭遊撃隊として、この呪われた死都へと足を踏み入れていたのである。

 

「みんな静かに。……ボクの感覚だと、この先に少し厄介な気配がある」

 

チームの先頭を歩いていたエルフの野伏(レンジャー)のドライツェンが、前髪を軽く払いのけながら、少し低い声で告げた。彼女の鋭い五感が、ただの動死体(ゾンビ)などとは違う、明確な質量を持った悪意の接近を敏感に察知していた。

 

ドライツェンの視線の先、崩れかけた巨大な石壁の向こう側から、ゆらりと巨大な影が姿を現した。

 

それは、全身を禍々しい黒鋼の全身鎧で包み込み、身の丈ほどもある巨大な波形剣と大盾を構えた不死者――『死の騎士(デス・ナイト)』が、生者に対する底知れない憎悪の炎を眼窩に揺らめかせながら立ち塞がったのだ。

 

死の騎士(デス・ナイト)……! さすがにこいつらが相手となると、骨が折れそうだねぇ」

 

リグリットが不敵に笑いながらも、その表情を引き締め、魔力を練り始める。死の騎士(デス・ナイト)は非常に強力なアンデッドであり、正面から戦えば手痛い消耗を強いられることは実力者である彼女たちにとっても間違いなかった。だが、決して倒せない相手ではない。

 

「油断するな、みんな! 強い相手だけど、俺たちの連携なら突破できる! 陣形を組め! 前衛は俺とガルザで抑える! チェルシーは側面から魔法剣で崩してくれ!」

 

リクが即座にリーダーとしての鋭い表情に切り替わり、大剣を両手で構え直した。ガルザもまた魔剣を抜き放ち、禍々しい暗黒のオーラを立ち上らせる。サミュエルが神聖魔法の呪文を唱え、チェルシーが烈火の魔力を刀身に宿らせる。

彼らが一斉にデスナイトへと突撃しようとした、まさにその瞬間だった。

 

――ヒュンッ。

 

耳条をかすめるような、微かな、しかし決定的な風切音が響いた。

次の瞬間、戦慄すべき光景が広がった。

突如として影から滑り出るように現れた「黒い外套の男」が、信じられないほど無駄のない、流麗な身のこなしで死の騎士(デス・ナイト)の懐へと潜り込んだのだ。その手元で一瞬だけ冷たい刃の光が閃いたかと思うと、構えられていた鉄壁の大盾が、まるで計算されたかのように正確な角度で弾き飛ばされた。

ガラァアンッ! と激しい金属音が響き渡る。

 

間髪入れず、男の外套が大きく翻った。目にも留まらぬ速さの連撃が鎧の隙間、そして周囲に群がっていた数十体のアンデッドたちを的確に捉える。強固なはずの黒鋼の鎧が激しく火花を散らし、死の騎士(デス・ナイト)はその圧倒的な衝撃に耐えかねて、周りのアンデッドごと一瞬で派手に蹴散らされ、石畳の上へと転がった。

 

「なっ……!?」

 

リクの口から、驚愕の声が漏れた。

 

「……馬鹿な!?ボ、ボクの探知に……一切引っ掛からなかった……!?」

 

ドライツェンがその整った顔を驚きに染め、異なる色をした両目を見開いた。チーム最高峰の索敵能力を持つ彼女の感覚を完全に欺き、これほど鮮やかにデスナイトを翻弄して蹴散らす実力。

 

アンデッドたちが消滅するよりも早く、その男は音もなく着地し、こちらに背を向けたまま、静かに佇んでいた。

使い古された黒い外套を深く纏い、異形の模様が描かれた不気味な仮面で顔を完全に隠した、長身の男――ハンゾウであった。彼が見せたその動きは、無駄がなく、洗練されており、リクたちの基準からすれば

自分たちよりも格上の、恐るべき凄腕の戦士か隠密職のように映っていた。

 

「おいおい、冗談だろ……。あたしたちより格上の手練れってところかい? だけど、このインベリアの真ん中で、単身アンデッドを蹴散らすなんて、あんた一体何者さね」

 

リグリットが警戒を解かずに呟く。チェルシーやガルザ、サミュエルもまた、突如現れた強力な第三者の存在に武器を構え直した。仲間たちは彼を「魔神の類」ではないかと疑い、その理不尽な強さに身を硬くしている。

 

しかし、リーダーであるリクの内に去来した戦慄は、仲間たちのそれとは本質的に異なっていた。

 

(……こいつ死の騎士(デス・ナイト)のガッツが発動したのが分からないくらい高速で攻撃を当てたのか…!?もしNPCだとしたらかなりの上澄みだぞ。現在のオレのレベルは精々30いく程度だ。オレで勝てるのか……?)

 

そう考えると、リクの心臓は激しく鐘を突き始めた。下手な刺激を与えれば、自分たちなど一瞬で全滅させられかねない。

リクは心の中で激しく警鐘を鳴らしながらも、動揺を仲間に悟られぬよう必死に己を律した。

 

誰もが一歩でも動けば均衡が崩れるという静寂の中、謎の仮面の男が、ゆっくりとリクたちの方へと振り返った。

 

「……貴様ら、見慣れぬ顔だな」

 

ハンゾウが、感情の全く読めない、若者のような年寄りのような声を響かせた。

 

「我はこの廃都の調査を行っている、とある組織の者だ。貴様ら、このような死地に何の用で立ち入った?」

 

その整然とした問いかけに、リクたちはハッとした。

これまで彼らが各地で対峙してきた魔神という存在は、例外なく心が壊れており、言葉を交わすことすら不可能な狂気の化身ばかりだった。しかし、目の前の仮面の強者は、明らかに知性を持ち、対話の意思を示している。今まで討伐してきた魔神とは、明らかにその性質が異なっていた。

 

(……どちらにせよ、ここで実力差を見誤って刺激すれば終わりだ。慎重に対話を引き延ばすしかない……!)

 

リクは意を決し、構えていた大剣の切っ先を、ゆっくりと地面に向けて下げた。そして、恐怖と、脳裏を掠める最悪の全滅のシミュレーションを必死に胸の奥へと押し込め、リーダーとしての役割を果たすために、一歩前へと踏み出した。

 

「……オレたちは、怪しいものではないよ」

 

リクは声を震わせないよう注意しながら、真っ直ぐに仮面の奥の視線を見つめた。

 

「オレたちは、この世界を脅かす異変を……『魔神』と呼ばれる奴らを倒すために旅をしている者だ。このインベリアが滅んだ異変も、魔神の仕業じゃないかって調査に来たんだ。あなたが、この街を調査している組織だって言うなら、俺たちと目的は近いかもしれない」

 

「ほう……魔神、を倒す、か」

 

ハンゾウは仮面の下で僅かに目を細め、声をさらに沈み込ませた。

彼らを危険因子としてその場で処理するのは容易い。しかし、主であるアステリオスから下された至高の命令は「外の世界の情報の収集」である。彼らが口にした『魔神』という単語、数々、そして世界を巡る『調査隊』という立場は、偉大なる主へ捧げる手土産として、これ以上ないほどに価値のある、興味深い情報であった。

 

仮面の奥で、主への絶対的な忠誠の炎が、静かに揺らめいていた。




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