二十年後の半端者   作:山中 一

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第十話

 第二西地区(セカンド・ウェスト)の一画に建つビルは一棟丸ごと研究所として用いられていた。

 地上五階、地下三階、築十年ほどのビルで外観は風雨によって一部ペンキが剥がれかけているところもあるものの、内部は清掃が行き届いた小奇麗なオフィスだった。

 「だった」というのは、それも今は昔のことだからだ。

 研究所は今や戦場と化している。

 エントランス――――銃声の類は一切ない。拘束された従業員が、特区警備隊(アイランド・ガード)に促されて外に連れられていく。

 研究所が、違法な研究に手を染めていたことが明らかになったためだ。

 突然の強制捜査に研究所側は実力を以て抵抗を試み、そしてあっけなく防衛線は崩壊した。

 たった一人の吸血鬼がその怒りで以てすべてを蹂躙したのだ。

 戦闘能力のない職員は早々に降服(リタイア)した。

 戦闘能力のある職員も、大半が屈服を強いられた。

 残るは地下三階に退避した幹部職員だけだ。

「な、なぜ、どうしてアイツが自らここにやってくる?」

 白髪混じりに初老の男が、顔面を蒼白にして廊下を駆けている。

「所長、お早く!」

「分かっている!」

 所長と呼ばれた男は、止まりかけた足に鞭打って奥へと進んだ。

 銃で武装した取り巻きは五人。所長のほか、その側近も含めて十人の集団が、研究所の現有戦力となる。

「早く防壁をロックしろ!」

 核シェルターに匹敵する防御力を有する防壁が閉じ合わさり、外界と隔絶した空間を形成する。

 秘密裏に造った脱出用の抜け道が、この先にはある。この通路そのものが設計図にも載っていないまさしく秘密の部屋とも言うべきものであり、たとえこの建物を強襲した特区警備隊であっても入口を発見することすらできないはずだ。

 計五層にもなる防壁のすべてを固く閉ざした。早々抜けられる心配はない。おまけに、防壁と防壁の間には侵入者を迎撃する様々な防衛システムが稼動している。如何に強大な吸血鬼であったとしても、魔獣の群れを仕留める自動防衛システムを簡単には突破できまい。

 目的の部屋に辿り着いた所長は、すぐに脱出路に向かうための扉に向かった。トンネルを抜ければ、海に出ることができ、隠している船で脱出が可能なのだ。

「お、おい。何をしている。早く扉を開けろ!」 

 所長が怒鳴った。

 扉を開ける部下が、暗証番号の入力に手間取っているからだ。

「す、すみません。でも……」

「でも、なんだ?」

「暗証番号が、――――違うと……」

 震える声で部下が言った。

「何――――?」

 所長は、慌てて扉に駆け寄り部下を跳ね除けると、自らカードキーを取り出して認証しようとする。

 鳴り響くのは無機質な電子音。そして、表示されるのは「ERROR」の五文字。

「ど、どうなっている!?」

 気が狂ったかのように、所長はカードキーで開錠を試みるが扉は固く閉まったまま開く気配すらない。

 この扉が開かなければ、彼は脱出路に進めない。

 前に進めず、かといって戻れば迫り来る吸血鬼と相対することになる。一体誰が勝つことができるだろうか。あの第四真祖(バケモノ)に。

「なぜ、なぜだ! どうなっているのだ!」

 怒鳴ったところで扉が開くことはない。

 外敵を防ぐために造り上げた頑強な防壁は、今となっては獲物を閉じ込めるための檻と化したのだ。

 予備のカードキーに切り替え試すと、今度はエラーとは異なる電子音が響いた。

 ――――開いた。

 期待に目を輝かせ、扉の前に立つ。

 扉が開く。

 所長の後方、入口の扉が。

「な、に――――?」

 振り返ると、そこには色素の薄い髪をした一人の青年が立っていた。 

 気だるげな表情で白いパーカーに袖を通してはいるが、見間違いようもないその顔はまさしくこの国の皇帝、第四真祖暁古城だった。

「な、馬鹿な! どうやって、ここに辿り着いた? こんなに早く。いや、そもそもこの通路は職員ですら大半が知らないというのに――――!?」

 もちろん、あっさりと突破を許したことにも驚いたが、ふと古城の背後を見れば防衛システムが起動した様子がない。

 世界最強とも呼び声高い強大な眷獣で防壁を食い破り、防衛システムを叩き潰したのではない。何かしらの手段で、防壁を開き、防衛システムをダウンさせたのだ。

「ああ、電子制御された防壁ってのは、システムに手を加えられると脆いもんだ。あれだ、砂上の楼閣ってヤツ」

 核にも耐えるシェルターを破壊ではない方法で突破する。何と言う皮肉だろうか。物理的な防御手段も、電子的な手段であればいとも容易く破られる。

「最強の楯で防げるのは、同じ土俵に立ってくれる矛だけだそうだ」

 そうして、まったく別の方向から攻め込まれた防壁は暁古城という最強の外敵を素通りさせた。

「ありえん」

 と、所長は呟いた。

「我々の防衛システムは外部と物理的に遮断されている! いくら、国家機関であろうとも、これほど短時間にどうこうできるものではない!」

「知らないっての」

「何だと?」

「だから知らないっての。俺にそんなこと言われても困るんだ。アイツが何をしたのかなんて、専門的過ぎて理解できないからな」

 困ったもんだ、と古城は頭を掻いた。

 服装も態度も皇帝という立場にいるとは思えない。

 その辺を歩いている若者という程度でしかない。だが、二十年前の大戦を知る所長は目の前の青年が世界にどれほどの影響を与える怪物なのかをよく理解している。十年前の建国の折の混乱に乗じて研究所を展開したのは、それだけこの国に隙があったからではあるが、その隙も近年は主要各国並みになっていて手広く犯罪を犯せないレベルにまでなっている。暁古城が無能なら、このような急速な発展はなかっただろう。故に、相対した今、所長とその連れの未来は限りなく絶望的となった。

「で、あんたらどうする。俺としては、大人しく投降してくれると助かるんだがな」

 それは、一戦交えると言うのなら容赦はしないという宣告だった。

 退路がない状況下で、世界最強の吸血鬼に睨まれる。まさに蛇と蛙だ。どうにもならない。

「何故だ」

「さっきからそればかりだな」

「何故、皇帝ともあろう者が、このような場所にいる!?」

「そりゃ、仕事に決まってんだろ。俺もあんたもいい歳だ。働かないわけにはいかないだろ」

「ふざけるな!」

 所長は怒鳴った。

 不敬だとかは最早考えることすらない。すでに自分は犯罪者だ。ならば、皇帝だろうがなんだろうが感情を露にして何が悪い。

「皇帝の公務は断じてこのような場所にのこのこと顔を出すことではないだろう! 貴様が出向くべきは会議室であって現場ではない! だというのに何故、貴様のような怪物が前線に出てくるのだ!」

 もしも、第四真祖が直々に出陣しなければ、脱出路を使うような逃げ方をしなくても乗り切れたかもしれない。そもそもこの敗北は暁古城が現れたことが原因なのだと所長は思った。相手は最強の怪物だから、自分は負けても仕方がないとして精神の均衡を保ちつつ、皇帝の職務を離れた行為を非難した。

「誰が皇帝の仕事で来たって言ったよ」

 古城はため息をついて言った。

 それから、一歩前に踏み出した。所長らに降服の兆しがないことから、古城自身が手を下すことにしたのだろう。

 その動きに所長の部下たちの緊張が一気に限界に達した。

 一人が震える指で引き金を引き、その音で感情が決壊した部下たちは短機関銃で対魔族用の銃弾をばら撒いた。マズルフラッシュが室内にオレンジ色の光が点滅させ、硝煙の香りが充満する。

 二秒ほどで、重火器の饗宴は終わった。

 弾を撃ち尽くしたわけではない。

 銃を撃っていた全員が、血を流して倒れたのが原因だ。

 部屋中に潰れた弾丸が転がった。

「な、あ……!?」

 あまりのことに所長は喉を干上がらせた。

 暁古城は無傷で立っている。

 対魔族用の銃弾は古城に届くことはなく、その寸前ですべて弾き返されて部屋中を跳弾し、そして銃を持っていた部下たちを撃ちぬいていったのだ。奇跡的に死んではいない。そして、所長も弾が肩を浅く掠めただけの軽症だったが、古城に対抗する手段がないことを如実に示す一幕に完全に所長の心は折れた。

 キラキラと輝く金色の粉が古城の回りを舞っている。

 砂粒ほどの大きさの金剛石の楯が全方位に展開されていたのだ。

 眷獣クラスの攻撃でなければ、この防御方法で大半は凌げる。狙撃すら、古城には通じなくなった。

 古城はまだ立っている所長の目の前まで歩み寄った。

 そして、叫んだ。

「娘を危ない目に合わせたドアホウをぶっ飛ばすのは、皇帝じゃなくて親父の仕事だろうがッ」

 古城は思い切り、所長の顔面を殴り飛ばした。

 所長は声を上げることもできず、身体を半回転させて倒れ込み、そして気絶して動かなくなった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

『親バカ皇帝陛下、娘を危険に晒した犯罪組織に自ら乗り込み制圧!』

『かっとしてやった。今は反省しているなどと仰っている模様』

 “暁の帝国(ライヒ・デア・モルゲンロート)”の首都を襲った大蜘蛛の怪物の正体は、特区警備隊と暁古城によって叩き潰された違法研究所が秘密裏に開発した生体兵器ということで発表された。

 新種の魔獣となれば別個体の存在が不安視されるし、眷獣となれば宿主がどうなっているのかという話になる。宿主の少女には罪はなく、その少女を監禁し殺害した上でこの眷獣を兵器に利用しようとした研究所にこそ罪がある。亡くなった少女の人権やその両親に配慮して、事件の真実は秘匿される運びとなったのだろう。

 そして、何よりも大蜘蛛による犠牲者は皆無であり、そして公務をそっちのけで敵地に乗り込んだ皇帝の行動が面白おかしく報道されることになったために、事件そのものを掘り下げようとする動きは大分抑制された。

 テレビのニュース番組でそんな報道がされている。

 苦言を呈する識者もいるが、概ね古城の好感度は高いようだ。

「また、古城君のニュースだ」

 零菜がニュース番組を眺めて呟いた。

「ん、凪君……」

 ここは、凪の家だ。

 事件が解決したので、凪が暁家に保護される理由もなくなった。無事に自宅に戻った凪の家を、今度は零菜が訪れているのだ。

 零菜はソファに座る凪に密着し、首筋に牙を突き立てる。

 軽く噛むだけで牙は思ったとおりの場所に突き立ち、血管を食い破る。

 滲み出る鉄錆にも似た味が口内に広がり、腹の底からじわじわと全身に向けて多幸感が広がっていく。

 事件解決から五日が経った。

 零菜はトラウマの克服(リハビリ)と称して、時折凪の血を啜っていた。

 これで血液の提供は三度目になる。

 ここ数年、零菜が凪を避けていた心理的な要因は、今回の大蜘蛛事件をきっかけにして取り除かれたらしい。変わりように凪も驚いたものの、血を与えるくらいどうということもないので気にしないことにした。

 凪は首に走る刺すような痛みに耐え、柔らかな零菜の身体に反応しそうになる自分を叱咤する。

 零菜はそんな凪の葛藤を知ってか知らずか吸血行為に耽った。

「なんか、悪いことしてる感じがする」

 零菜は艶やかな髪を玩びながら言った。

「まあ、よくはないかもしれないな」

 凪は零菜を直視できず、テレビに視線を向けたまま答えた。

「雪菜さんに禁止されてなかったか」

「されてるね。だから、秘密。でも、大丈夫だよ。あの人だって、中学生のときに古城君に献血してるし」

 親に秘密というのが、またなんとも言えず甘美な表現に思える。ばれると本当に不味いことになるのだが、そのスリルすらも今は楽しめる。それだけの余裕が、零菜には生まれていた。状況に酔っていると言い換えてもいいかもしれない。

 吸血の話ばかりしていると、また血の味が恋しくなる。

 ただの血ではだめだ。

 零菜を充足させてくれるだけの、魔力と霊力を備えた高位の血液でなければ受け付けない。

 この歳でずいぶんとグルメになってしまったが、こればかりは最高級を提供してくる凪が悪い。

 血液に依存性はないはずだが、血を吸いたいという欲求は本能の中に刻み込まれている。吸血鬼として生まれたからには避けられない感情であり、であれば相応のものを味わいたい。零菜はもうそれを知ってしまっている。

 とはいえ、恋しくなったから「もっと欲しい」などとはさすがに言えないので今日は我慢しなければならないと自制心を働かせる。

 と、そんなときにリビングの扉が唐突に開いた。

「凪君ー、零菜ー。いるー? いるよねー、気配あるし」

 入ってきたのは、萌葱だった。その後ろからぞろぞろと麻夜と紗葵が続いてくる。

 突然の来訪に、零菜が目を見開いて固まった。

「あら?」

「お?」

「あ……」

 入ってきた三人は、三者同様のぽかんとした表情で零菜と凪を見比べる。

 それから、にやりと笑った。

 面白い物を見つけたとばかりに。

「あらー、お邪魔だったかしらねー」

 萌葱があからさまに挑発するように言った。

「ちょ、ちょっと、どうしていきなりみんなが入ってくるの!?」

「ん、そりゃ夏休みになって暇だし、中央は騒がしいしでね」

 萌葱はくるくると鍵を指で回している。この家の鍵だ。萌葱が凪の家の合鍵を持っているのは、周知の事実だった。

「凪君、最中買ってきたよ。後で食べよう」

 麻夜は特に何も言わず、ビニール袋を持ってキッチンに向かった。我が物顔で冷蔵庫の扉を開き、中に最中が入っていると思しき袋を仕舞う。

「零菜姉さん、ここ、血が付いてる」

「!?」

 紗葵に指摘されて、ごしごしと零菜は唇を拭う。

「でぇ、零菜さん。お休みの日にこそこそ吸血ですかー? エッチな娘だねぇ」

 萌葱は零菜側の肘掛に腰を下ろし、零菜の肩に腕を回した。

「いや、これは。そういうんじゃなくて……」

「じゃあ、どういうんじゃ? ん、お姉さんに教えてくれろ? ほれ?」

「いぅ、あ、凪君……」

「どうにもならん」

「うわああああ!」

 羞恥で零菜は顔を紅くし、凪はそっぽを向いた。

 そして萌葱は楽しげに笑い、麻夜は呆れたような苦笑を浮かべる。

「うん、まあこれで積年の問題は解決したのかな」

 紗葵が麻夜に話しかけた。

「そうなんじゃない? 零菜も凪君も昔みたいに話ができるようになったし」

「血まで吸う関係じゃなかったように思うけど」

「なんにしても、暁の一族が外に流出しないようにするにはこれが一番収まりがいいだろうね」

「ドライだねぇ、麻夜姉さん」

 暁古城の血縁者は、国外に凪沙とその夫、そして両親がいるものの皆人間だ。唯一凪だけが特殊能力を持っている。凪の特徴的な力はある意味では帝国の資産でもある。暁の血を引く者でもあるので、政治的な価値もある。その力を古城の血統に取り込むのであれば、姉妹の誰かと凪がくっ付くのが好都合なのだ。

「まだそこまでじゃないみたいだけど」

 紗葵の見立てでは、本当に血を吸っていただけで恋仲にまで発展しているわけではない。見ていれば時間の問題だろうとは思うが、この先何があるか分からないのが人生だ。

「まあ、零菜と凪君の関係も大切だけど、僕らと凪君の関係も同じく大切だ。紗葵がどうするかは知らないけど、囲い込むには人数がいたほうがいい」

「おう、そう来る。うん、面白そうだとは思うけど」

 ちらりと見ると、零菜と萌葱は格闘戦に入っていた。

 引き離そうとする零菜とじゃれ付く萌葱という構図。萌葱のそれは猫可愛がりという言葉がよく似合う。

 麻夜は凪の傍まで歩み寄った。

「悪いね、騒がしくて」

「いつものことだろ」

「そうだね」

 麻夜はどこから取り出したのかトマトジュースのペットボトルを凪の頭の上に乗せた。

「それ上げるよ。どうせ普段は不健康な食生活なんだろう」

「助かる」

「萌葱姉さん、そうやってイベント待ってても来ないから」

「婚期を逃したみたいに言わないでくれる?」

 零菜を解放した萌葱が不承不承といった様子で凪の隣に座った。さっきまで零菜が座っていた場所だ。

「自然な感じに人の場所取った!?」

「お姉ちゃんの場所です」

「横暴!」

 零菜が身体を起こして萌葱に不満をぶつけた。

「まあまあ、零菜。今回、零菜はずいぶんと役得したんだからさ」

「役得? 蜘蛛に追い回されただけだけど?」

 きょとんとする零菜に麻夜が笑って言う。

「蜘蛛に追い回されてからの指ペロはなかなかないと思うけどね」

「ちょお!?」

 驚いたのは凪も同じ。

 何故、麻夜があのときのことを知っているのか。

 問い質そうとすると頭の上のペットボトルが上手い具合に凪の頭を固定していて振り返れなかった。

「監視カメラのある場所で行為に及ぶのはよくないよ。まあ、元のデータは萌葱姉さんが消したけど」

「そうよ、消してあげたのよ。このわたしが」

「ぐ……」 

 ここぞとばかりに自分の仕事をアピールする萌葱に零菜は悔しそうな顔をする。

「なんであんなところに監視カメラが」

「工事現場は泥棒も不良も入りやすいからね。そんな理由なんじゃない」

 ひらひらと萌葱は手を振った。

「まあ、なんにしても姉を差し置いていちゃいちゃするなんてそんなのだめ。ずるい」

「いちゃいちゃとかしてないし、緊急事態だったし、歳も関係ないじゃん」

「とにかくダメなのー! 吸血なんて、わたしもまだなんだから!」

「萌葱ちゃん、子どもみたいだよ」

 呆れたとばかりに床に座り込んだ零菜が呟く。

「萌葱姉さんは友だちが高校デビューで彼氏作ったから焦ってるんだよ」

「ああ」

 零菜が頷く。

「ああじゃない。それに、焦ってない。ただ、イベントがないだけ。そう、きっかけがないの。そういう青春きゃっきゃっうふふイベがないの! 高校生なのに! ねえ、麻夜?」

「僕は中学生だし同意を求められても……うん、事実といえば事実だけど、強いて言えば僕はほら、凪君と訓練したり黒猫堂のパフェ食べたり『らしい』ことはしてるよ」

「黒猫堂? それは、まさかあのカップル限定パフェとかいう外道商品を置いているあそこ?」

 萌葱が戦慄したとばかりに表情を強張らせて呟く。

「そうだね。あれ、食べてみたかったんだ」

「どういうことよ、それ。なんでわたしも誘ってくれなかったの!?」

「誘ったらカップル限定が成立しないじゃないか」

「それ、わたしも知らなかったんだけど、……凪君。いつの話? ねえ、いつの話?」

 騒がしい。

 凪は顔を歪めつつ、文句の一言も言えないでいる。女性多数の家庭で育った男性の悲しい点は、基本的に頭が上がらなくなってしまうことだろう。意見するのも難しい。まして、血液を提供している場面を見られたとなっては、余計な一言が騒ぎに油を注ぐことになりかねないのだ。

 だから、凪は急場を凌ぐべく無我の境地でテレビに視線を向け続ける。

「……これ、綺麗に収まってるかな?」

 若干心配そうな表情で姉と従兄を眺める年少者は、どうしたものかと考えてからため息をつく。そして、面白いからまあいいかと開き直って、自分もまた騒ぎの中に入っていくのだった。

 




中編という感じで構想したものなので、ここで区切りです。
途中停滞しましたが、書きたい部分は書いたなという感じで最後まで持っていけましたかね。

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