二十年後の半端者   作:山中 一

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第二部 六話

 紗葵と対峙した紗矢華は、血に餓えて従兄を襲った愛娘の姿に改めて衝撃を受ける。 

 血と泥で汚れた肌と衣服。

 欲望と憎悪に塗れた表情。

 見慣れた娘の顔なのに、まったく別人のようにすら思えるほどに、紗葵は変わっていた。

 いや、違う。

 これも紗葵なのだ。

 普段、抑圧された彼女の負の部分が表出しているだけで、まったく別人が乗り移ったというわけではない。紗葵が常日頃抱いていた様々なストレスや願望が表に出てきている状態である。他人のようだ、などと言うのは娘を否定しているに等しく、紗矢華は自分の蒙昧さに唇を噛む。

「母さん。なんで、邪魔するの」

「娘が悪いことしてたら、止めるのが母親だからよ。だから、ここにはわたししかいないの。凪君も麻夜ちゃんも、関係がないから」

「止めるって。止めるってなに?」

 紗葵は一歩、強く前に踏み出した。

 凪を追うという選択肢すら忘却して、怒りを露にする。

「あたしを止めるって……今更、何言ってんの? なんで、今になってそんなこと言うの? 遅すぎ、遅すぎるよ! 大事な時にいないくせに、全部終わってから出てきても遅いんだよ!」

 その叫びは、紗矢華の胸に深く突き刺さる。

 それは絶望の雄叫びだった。

 紗葵は我欲に支配されながらも、それが倫理的に悪であると理解している。理解していながら止められない。それが、欲望の暴走であり、テロリストが使用する眷獣の最悪の効果である。社会的な是非では決して止めることができない、自分優先の思考に変えられてしまうのである。

「紗葵……」

 紗矢華は娘に返す言葉が何もなかった。

 彼女が言っていることは、紛れもない事実だからだ。

 紗矢華は母親でありながら、仕事に忙殺され、紗葵とまともに会話することも儘ならない状況が長く続いていた。時折家に帰っても、果たして母親らしいことがどこまでできていたのか。情けないことに、娘が蜂に刺されていることにすら頭が回らなかった。娘がそんなことに巻き込まれるだなんて、まったく考えもつかず、仕事に没頭する愚かしさ。それは、いくら謝罪してもし尽くせない紗矢華の不徳ではあった。

「ごめんなさい。あなたが、苦しんでるのに気付かなくて。止めてあげられなくて」

「だから、もう遅い。あたしは、もう止まれない。今更、引き返せないから!」

 紗葵の言葉は乱暴で、聞く耳持たないとばかりに眷獣を発動する。空間転移の眷獣。これがある限り紗葵を捕らえることはまず不可能である。紗葵が移動しようとした矢先に、激しい光が満ちて紗葵はよろめいた。

「ダメよ。追わせない」

 紗矢華はきっぱりと言い切った。

「母さん……!」

 紗葵は奥歯を噛み締める。 

 今、こうしている間にも凪がどこかに行ってしまう。まだ、ほんの一滴程度しか凪の血を舐めていないが、そのときのスパークのような悦楽を舌と身体が覚えている。あの味と魔力をもう一度味わえるのなら、何をしてもいいとすら思えた。その一念のためだけに、眷獣まで使って凪を追い詰めたのである。それを、今になって止めろなどと言われて止まれるはずがない。止まれるくらいなら初めからやっていない。

 身体がおかしくなっていることに気付いてから、ずっと耐えてきたのだから。感情の制御ができなくなりつつあることを自覚しながら、誰にも相談できなかった。姉妹にも母親達にも、そして父にも従兄にもだ。つまらないプライドと他人を煩わせたくないという思いから我慢して耐えて堪えて抑えて抑制して無理を続けてまた怺えて夜も眠れず意識をなくせば自分がどうにかなってしまうのではないかと恐怖して身体を掻き毟りその確信に震えて誰彼構わず襲い犯し辱めて吸血して支配しろと囁く甘い欲望に耳を塞ぎそれでもどうしようもなくなって従兄のところ逃げ込んで彼のベッドの上でついにあらゆる理性が弾け飛んで我に返ってみればもうすべて終わっていた。

 限界まで膨らんだ風船が、弾けるように。紗葵の心は真っ白に染まった。

 何もかもが、もう終わっているのだ。

 誰が好き好んで自分の負の部分を人に見せたいと思うだろうか。

 欲望に身を委ねた醜い姿を曝したいと思うだろうか。

 心の守りをすべて脱ぎ捨てて、血を求める吸血鬼など誰が受け入れてくれるか。そんなものは匈鬼と何も変わらない。第四真祖の娘として密かな誇りをもっていた紗葵には受け入れがたい事実であり、その事実こそが彼女が絶望し今の暴走を受け入れる要因となってしまった。

 耐える意味を見失ったのである。

 我慢しても仕方がない。

 ここまでしてしまったのなら、もう欲求のままに振る舞わなければ台無しではないか。

 だから、今はもう紗矢華と話をする時間すらも惜しい。

 凪に嫌われてもいい。彼が自分をどう思おうが、その血で喉を潤すことに変わりはないのだから。そう考えなければやっていけなかった。 

望み断つ戒禁(フェアツヴァイフェルト・ゲボーテ)!」

「輝きよ」

 紗葵が眷獣を発動すると、紗矢華は鉄札を取り出して投じる。発生したのは強烈な光で、それによって紗葵の魔力が融けるように消えていく。

 転移の眷獣の弱点は光である。影から影へ移動する眷獣であるため、光によって影を消されたり形を変えられたりすると紗葵は弾かれてしまうのだ。

 雲の影程度ではまだ発動条件を満たせず、ある程度の濃さが必要だ。光が差し込むだけで、影の眷獣は退散してしまうというほど、デリケートな扱いを要する。

 明確すぎる弱点のため、こうしてカウンターを当てられると途端に攻略されてしまうのだ。

「く……」

 紗矢華は信じ難い速度で紗葵に迫った。本気の紗矢華の速度に、紗葵はまったく反応できなかった。眷獣を呼び出すことも、魔術を組み上げることもできずに懐に入られて、そして腹部に衝撃を受けた。

「くは……!」

 くの字に倒れた紗葵はそのまま紗矢華に身体を預ける。紗葵の体内に打ち込んで、微量の霊力が彼女を暴走させていた蜂の眷獣を打ち消したのである。

 ジガバチの眷獣の毒は決して強いものではない。除霊程度の力でも、取り除くことができるのであった。そして、紗矢華はその道のプロである。対魔族に特化した獅子王機関の中でも呪詛を生業とする舞威姫の肩書を持っていた紗矢華にはお手の物であった。

「はあ、霊力なんて使うもんじゃないわね」

 血の従者と化した紗矢華には本来霊力は使えない。雪菜のように特殊加工を身体に施していればまた別だが、紗矢華はそこまではしていない。霊力の代わりは魔力で十分に務まるからである。今回は眷獣を効率よく追い払うためのワクチンとして霊力を封入したカプセルを用意していたのである。それを、紗葵の体内に叩き込んだのである。

「ごめんね、紗葵」

 意識を失い脱力した娘を抱きしめて紗矢華は声ならぬ嗚咽を漏らした。

 娘をこんな風にしてしまった自分の不甲斐なさと申し訳なさに涙が溢れた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 もう何度目かになる入院を凪はすることになった。

 身体に痛みはなく、怪我も治っている。疲労だけはどうにもならないが、それも放って置けば取れるのだから心配いらない。

 すでに事件から三日が経っているのだ。そろそろ退院してもいい頃ではないか。

「心配がいるかいらないかは医者が決めることでしょ」

 祖母であり主治医でもある深森は、凪の額にデコピンをして言った。

「まったく、古城君も無茶をする子だったけど、あなたも大概ね」

「今回は巻き込まれたようなもので、完全に不可抗力だと思う」

「まあね」

 凪から首を突っ込んだのならばまだしも、敵の眷獣の影響を受けて暴走した紗葵に襲われた完全なる被害者である。戦ったのも、偏に紗葵を止めるためであった。助けを呼ぶのも、紗葵が他人を巻き込みかねないために却下したのである。

「凪君のおかげで、紗葵ちゃんの件は身内の中で処理できる程度で済んだから、その点は感謝してるけど」

「紗葵は?」

「今は、護衛についてた二人のところに謝りに行っているよ。そのうち、凪君のところにも来るんじゃないかな」

 深森は凪の腕と繋がった計器の数値をタブレット端末に入力しながら言った。

 この機械が何を測定しているのか、凪はいまいち分からない。

「なあ、ばあちゃん。俺は個室でいいのかな?」

「何、相部屋がいいの?」

「いや、個室のほうが気楽だけど、実際大した怪我してるわけじゃないんだぞ」

「まあ、いいじゃないの。病院が使わせてくれるって言ってんだから」

 やんわりと、深森は言った。その口調は、柔らかくも有無を言わせぬものだったので凪はそれ以上何も言わなかった。

 個室のほうが自由でいいというのは本音である。ただ、怪我一つない身体で病院の一室を占有していることに良心が痛んだのである。

「紗葵はもう退院か」

「身体のほうは眷獣が抜けたから大丈夫よ。あの娘は吸血鬼だもの。あなたとは違うわ」

「まあ、そうだろうけど」

 凪は何ともいえない表情で視線を彷徨わせる。

 紗葵は吸血鬼で不死の呪いを持っている。あと数年か十数年で成長を止め、本格的に不老不死の仲間入りを果たすだろう。一方の凪は、残念ながらベースは人間のままだ。吸血鬼の力を僅かに宿しているものの、怪我の治りを多少早め、身体能力を向上させたこと以外に恩恵はあまりない。寿命についても謎が多いので評価保留中である。

 仮に同じ怪我をした場合、凪はしばらくその怪我と付き合うことになるが、紗葵は数分もしないうちに怪我を治してしまえる。

「ただ、あの娘もいろいろと不安定だったからね。今は落ち着いてきたけど……」

「不安定?」

「そりゃ、暴れてたときのことを覚えているからね。泣いたり、叫んだりとね。紗矢華ちゃんが付きっ切りで面倒見てやっと落ち着いてきた頃なのよ」

「紗葵が……」

 あの小悪魔のような達観したところのある娘が、そこまで取り乱すとは。想像できなかったが、テロリストの手に墜ちていたとはいえ、あれだけ派手に暴れ、心中を吐露していたのだ。羞恥やら後悔やらで、平常心ではいられなかったのであろう。その場を見ていないので、想像することしかできないが、しかし十分にあり得る可能性ではある。となれば、紗葵はこの後ずっと心に傷を抱えたまま生きていくことになるのだろうか。

「わたしが言えることじゃないけど紗葵ちゃんのこと、責めないであげてね」

「悪いことしてないのに、責めるも何もないって。ブラッドだっけ。アイツがどうなったか聞いた?」

「報道以上のことは知らないわ。わたしはあくまでも医者であり研究者。捕まえるのはこっちの管轄外だもの」

「そりゃ、そうか」

 親族とはいえ、軽々に情報漏洩するはずもない。

 捜査の最前線に立っていた紗矢華が紗葵に拘束されているというのは痛手なのかもしれない。

 ジェリー・ブラッドが、なぜ紗葵に眷獣を向けたのか。何が目的なのかいまいちはっきりとしていない。無差別テロに、紗葵が偶然巻き込まれたと解釈するほうがすんなり来るのだが、皇女という立場が安易な解答を許さない。場合によっては、反政府どころではなく反第四真祖の意思表示かもしれないのだから。

「犯人はすぐに捕まるわよ。大丈夫大丈夫」

 気楽に祖母は言う。

 それがいいと、凪は思う。

 紗葵の一件は、捜査に進展をもたらしたのだろうか。

 この第四真祖が支配する帝国も、二十年前に比べれば大分巨大になった。隠れようと思えば、隠れられる場所も増えている。ジェリー・ブラッドがどこにいるのか、果たして特区警備隊はどのように探るのだろうか。非常に気になるところではあった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 月明かりが窓から差し込み、そのあまりの見事さに眠気を忘れて眺めてしまう。

 青白い月は、さながら空に開いた穴のようで真っ暗なはずの夜は白く照らされている。夜も更けて、街の明かりも街灯と一部のオフィスビルだけになった今、月光はますます強く輝いているように感じられる。残暑の厳しい日々ではあるが、こうして月を見ていると思わず身震いするような冷たさがある。月光は冷たい。例えそれが夢幻の類であっても、人がイメージする温感が身体に確かに届いている。

 病室の出入り口付近、月光の届かない影が僅かな魔力と共に盛り上がり、一人の少女を形成する。

「ノックくらいしてくれないか。さすがに、ホラーかと思うぞ」

「……」

 髪を下ろした紗葵を見るのは久しぶりだ。いつも、髪は後ろで纏めているので、自然な髪型をしているのは非常に新鮮である。

「ごめん。こんな、時間に……」

 小さく紗葵は言った。

「人がいるときに、来たくなくて」

「別にいいよ。どうせ、寝付けないんだ。紗葵は……」

「あたしも、寝付けない。凪が起きてる気配があったから、今のうちにと思って」

 紗葵はゆっくりと凪に近付き、来客用の椅子に座った。

 白く照らされる紗葵の表情は思いつめたように険しく、苦しそうであった。

「怪我は、もういいの?」

「怪我してないんだよ。だから、そもそも入院なんてしなくてもいいのにな。ばあちゃんは心配性なんだよ」

「そんなこと、ないよ。膝、すごかったもん」

 ぶるり、と紗葵は身体を震わせた。

 凪の両膝は、半分がつぶれ、抉れて骨も砕かれていた。文字通りのミンチ状になってしまい、常人であればそこで歩行は諦めることになっただろう。人間の凪が事なきを得たのは、もともとの再生能力に加えて、麻夜が擬似吸血鬼に近づけるような魔力供給をしたからである。

「あんな怪我、あたし、見たことない。あ、あたしがした、ことだけど……ひざ、膝が、あんなになって。麻夜姉さんが凪に魔力供給しなかったら、一生歩けなかったかもしれないのに……」

 ぽろぽろと紗葵は涙を流し始める。言葉は途切れ途切れで、か細く聴き取りにくい。

「ごめんなさい……あたし……どう、謝ったらいいか、分かんなくて……ごめん、なさい……」

 声を押し殺して泣く紗葵に、凪はかける言葉を捜した。

 かつての零菜を思い出して、場違いな懐かしさを覚える。

 もうかなり経つというのに、つい最近のような気がする。零菜に噛まれた直後に病院に運ばれたとき、零菜も今の紗葵のように涙ながらに謝罪したのだ。腹違いとはいえ姉妹なのだろう。あのときの零菜と雰囲気がよく似ている。

「もう、いいって。泣くなよ。そんな風に泣かれると、俺も困る」

 目の前で涙を流す従妹に、凪は言う。

「うぅ……う」

 紗葵は唇を噛み、膝の上で握り拳を作った。

「悪いのは、ジェリー・ブラッドとかいうテロリストだろ。紗葵は被害者なんだ。自分を責めちゃいけない」

「うく……うっ……でも、あたし……」

「もうこの話は止めにしよう。俺は紗葵を責めるつもりないし、紗葵が悪いとも思わない。まあ、確かに痛かったけど、結果オーライだしな」

 過ぎたことを責めても何も解決しない。

 今回の件で紗葵に非があるとすれば、眷獣に取り付かれた際にすぐに異変を知らせなかったことであろう。それについては、周囲とのコミュニケーションの不足が否めず、単純に紗葵を叱ればいいという問題でもない。家庭環境から見つめなおすべき問題である。強いて、凪が紗葵に言うようなことはない。

「もう遅いし、自分の病室に戻ったほうがいいだろ」

「見回り、来ないよ。結界張ったから」

「おいおい、病院で何してんだよ」

 病院で人払いを使うとは何事か。自分の個室だから問題ないのだろうが、例えばこれが多床室であれば、緊急時に医者が駆けつけられず大問題となる。

「膝、動く? 本当に、大丈夫?」

「動くって。病院の散策もしたくらいには問題ないんだ」

「そう……」

 紗葵は肩の力を抜くように吐息を漏らし、

「よかった」

 そう、呟く。

「凪」

「ん?」

「ありがと」

 言葉を残して、紗葵は消えた。

 恥ずかしげにはにかむ顔が、目に焼き付いた。あんな表情もするんだなと、凪は少し不意を突かれたように固まった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 明るく染め上げた長い髪をサイドで束ねた少女は、薄暗い部屋の中でタブレット端末を眺めている。

 彼女の顔を照らすのは画面内で踊る色とりどりの獣達。吸血鬼が使役する眷獣の映像記録である。

 金剛石の楯を取り出した従弟の姿を、自然公園に設置された観測機器からダウンロードしたのである。もちろん、公開されている動画ではない。戦いの詳細も、すべてが機密扱いになっていて外に出ることは永遠にないだろう。

 だが、彼女――――暁萌葱にとってそんな事情は一切関わりのない話である。公開されていようが、非公開であろうが関係なく、必要と思えば情報を取り寄せることができる。それが、萌葱の唯一のとりえなのだから。

「何、この眷獣……?」

 妹と従弟の喧嘩。振るわれる力は一歩間違えば殺し合いと取られてもおかしくはないほどで、きっと自分があの場にいても何もできないだろうという無力感を抱きつつ、萌葱は動画を無感動な目で眺め続ける。

 別の端末には病院のデータベースとリアルタイムで繋がり、バイタルの計測結果を盗み見ている。入院してからずっと、大きな変化は見られない。

 凪が使った見たことのない眷獣は、非常に強力だった。紗葵の眷獣を正面から倒せるほどに。それだけの力を使いながら、凪の身体には大きな悪影響は残さなかった。

 麻夜が彼を一時的に血の従者に近い状態に置いたからだという。吸血鬼が他者に魔力を提供することは、決して稀有な例ではない。麻夜がしたのは、その延長ではあって理屈としては凪が負担する分を麻夜が負担していたということなのだが、それはつまりこれまで凪が使っていた眷獣は本来の姿ではなかったということである。麻夜が力を注いで初めてあの姿になった。魔力不足を補ったからだ。では、本来の姿とは何か。あのどことなく見覚えのある眷獣は何なのか。

「凪君……」

 データをフォルダに保存する。

 脳裏に僅かに湧き上がる気に食わないという苛立ち。強い眷獣を振るう妹と凪に対して、そんなことを思ってしまう自分に嫌悪感を抱く。

 凪の身体の問題は、家族の中で予てからの懸念事項ではある。

 だが、眷獣の件も含めて萌葱達の知らない何かが凪にはある。

 そして、恐らくは父と母は萌葱達が踏み込めないところまで、凪の身体について知っているに違いない。

 萌葱は内心で舌打ちをする。

 凪の眷獣のデータを管理する研究所のフォルダにアクセスできなかったからである。

「母さんか」

 萌葱の侵入を防ぐことができるのは、世界でも一人しかいない。

 本気になれば、破れないことはないだろう。しかし、それではいらぬ騒ぎを引き起こす。ここは手を引くしかない。

 だが、これで確信した。

 凪には何かがある。ただの人間が吸血鬼の因子を取り込んだくらいで、あれだけ強大な眷獣が生まれるはずがない。

 そして、その情報にここまで万全のセキュリティを施すはずがないのだ。

 他の誰も、その事実には気付いていない。姉妹の中で萌葱だけが辿り着いた秘密である。密かな優越感に浸りつつ、萌葱はタブレットの電源を落とした。




萌葱が凪に親切なのは面倒見のよさもあるけれども、もろもろのコンプレックスを解消するためでもあったりと反動形成的側面があったりするのだ。

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