二十年後の半端者   作:山中 一

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アルトリアとオリオン以外未所持の確定ガチャでオリオン当たって真顔になった。

☆4以上のランサーがないから槍王まじで欲しかったんだ。ランサー高レア少なすぎませんかね。


第四部 三話

 伯父であり第四真祖たる暁古城が女性関係に奔放なため、凪には多くの従姉妹がいる。その中で特に異質なのが、白銀の姫クロエ・リハヴァインであろう。

 彼女の国籍は北欧のアルディギア王国であり、暁の王国の皇位継承権では下から数えたほうが早いものの、アルディギア王国の王位継承権は第一位となっている。

 暮らしているのもアルディギア王国であり、父と姉妹が暮らしている暁の帝国には数年に一回やって来るかどうかという頻度だ。

 古城たちがアルディギア王国を訪問することもあるので、顔を合わせる機会はクロエが暁の帝国にやって来る回数よりも多いが、やはり家族でそろうのはほとんどない。誰かしらが仕事などで欠けているのが常であった。しかし、今年は運がいいのか久しぶりの暁家勢ぞろいとなる見通しだ。

 アルディギア王国も女王たるラ・フォリアと娘のクロエがそろって日本を訪れている。到着したのは二日前で、テレビには気さくに取材に応じるクロエの姿も映っていた。

 クロエのことを、白銀の姫と暁の帝国では呼ぶこともある。北欧の血の力だろうか。齢十三にして、百六十センチに届くかという身長と服の上からでも大きいと分かる胸、そして美しいと評判の容貌が人気の要因の一つというのは、覆せない事実ではある。

 問題なのは、一国の姫が護衛も連れずに外を歩き回っているということであり、さらに彼女の発言からして無断外出をした可能性が高いのである。

 とりあえず、姿隠しは犯罪である。クロエの身の安全をどう確保するかという問題が発生するが、基本的にアジア系の人種で構成される暁の帝国の人間は欧米人をパッと見で見分けるのが苦手だ。日常的に顔を合わせていたり、それこそ写真などを普段から見ていない限り一目でアルディギア王国の王女だとは気付かれないはずだ。もちろん、クロエの歳不相応な美貌は人目を惹き付けるという点での問題は何一つ解消しない。同じ皇女であっても、暁姓の姉妹とは根本的に感覚が異なっているところがあるというのも気がかりである。例えば服装。萌葱や零菜は皇女ではあっても、両親ともに庶民の出であることもあってハレの日でもなければ着飾ったりはしない。小遣いの額も普通の中高生と大差なく、日常生活の上で皇女たちが高級な衣服を身に纏うことはまずない。しかし、クロエは生まれも育ちもアルディギア王国の王宮だ。彼女は外出用の衣服を選んできたつもりかもしれないが、一見して生地も仕立ても最高級の代物であり、それだけで彼女が特別な存在なのだと人々に強く訴えかける。まして、そこに薙刀袋を持ち歩いていれば、目立つことこの上ない。

 隣を歩く凪など、浮きすぎて同行者だと認識されないと思えるほどだ。

 とにかく話ができる環境を探し、辿り着いたのは中央運動公園だった。サッカーやラグビーの試合が行われるスタジアムの他、野球場や一面芝が敷き詰められたサッカーコート三面分の広場、公民館や美術館などが密集する公共の複合施設であり、二人は美術館のロビーにあるソファに腰を落ち着かせた。

 大きな美術館ではあるが、決して入館者数は多くはない。クリスマスに向けた企画展のコーナーから離れてしまえば、ほとんど人の目を気にする必要はなくなる。

「……改めて聞くけど、何でクロエがここにいる? しかも、一人で」

「……いきなり、そこを聞いてくるか。いや、せっかく二人で出歩いているのだ。もっと、男性として色のある話をしてみようとは思わないのか?」

「一国の姫が一人で外を出歩いているってのが、そもそも不味いんだよ。分かるだろ。今頃、大使館は大騒ぎになってるんじゃないのか?」

「……むぅ」

 クロエはむすっとしてサイダーのペットボトルを開ける。炭酸が抜けて小さく音を立てた。一口、サイダーを口にして、

「そんなこと、知ってる」

 不満を滲ませて、クロエは答えた。

「ただ……」

「ただ?」

「一度でいいから、一人で出歩いてみたかっただけだ」

 そっぽを向くクロエ。

 姫として扱われる彼女には常に誰かしらが付いて来ている。自由度は同年代の一般人に比べればかなり低い。それを嫌う気持ちは理解できる。

「姉さんみたいに転移が使えれば、と思わない日はないぞ。まったく鬱陶しいのだ。毎日毎日後ろを姫様姫様と。わたしはな、兄さん。姫よりも、騎士になりたいのだ。宮廷騎士だ。ろいやるおーだーだ」

「何でまた。いいじゃないか、姫でも」

「だって、正直意味がないじゃないか。姫なんぞ」

「意味がないって」

「一応は跡継ぎではあるけれど、うちの母さんは歴代の王とは違って本当に不死身だからな。後を継ぐことなんて、万が一にもありはしない。もしも、王位を継ぐことになるのなら、それは国が傾いたときだろう」

 世界に四つある吸血鬼の帝国のうち、三つは実質数百年以上前から存在している。人類側に認められたのは半世紀ほど前のことではあるが、国としての形は何百年も前から続いているのだ。しかし、三つの帝国に於いて代替わりが行われたことは一度もない。真祖たちは、遥か太古からずっと国の頂点に君臨し続けている。

 もしも、代替わりが発生するとすれば、それは何かしらの理由で不死身の元首が殺されるか引退するかの二択。そして、引退というのは不死身である以上は中々できるものではないのだ。

 クロエはアルディギア王国の跡継ぎではあるが、事実上跡を継ぐことはない。これは、暁の帝国に於ける萌葱の立場に近しいものだ。

「それで、騎士がいいって?」

「うん。だって、カッコいいだろ。剣とか槍とか振り回すの」

「ああ、まあ、そうだな」

 もしかして口調が男の子っぽくなってるのも、何かしらの影響を受けているのだろうか。

 実際にクロエが騎士になれば、かなりの戦力ではあるだろう。何せ、第四真祖の第二世代であり長く続いたアルディギア王家の血を引くサラブレッドだ。

「兄さんはすでに実戦経験を積んでいると聞いているけれど、本当か?」

「まだまだだよ」

 俺は苦笑いを浮かべるしかない。

 実戦などと言えるようなものはほとんどない。巨大な化け蜘蛛や犯罪を犯した吸血鬼の相手をしたくらいか。紗葵というとびっきりのイレギュラーもあったが、あれはカウントしないでおく。

「で、どうすんの、これから。大使館に連絡しないってわけにはいかないからな」

「分かってる。兄さんに見つかった時点で全部おじゃんだ。覚悟はできている」

 お手上げとばかりにクロエは両手を挙げた。

「はいはい、じゃあ、もう連絡するからな」

 凪は携帯を取り出し、ダイヤル画面を呼び出した。

 クロエは外出の際に置手紙は残してきたと言っていた。その手紙が見つかった時点で、大使館中を巻き込む大騒動になりかねないのだ。いや、もうなっていると言っても過言ではあるまい。

「いえ、その必要はありません」

 いつの間にか、クロエの背後に白銀の人影が立っていた。

 銀の髪を一つ結びにしたアルディギア王国の王宮騎士だ。

「げえ、アレックス」

「お迎えに上がりました、姫様」

「どうして、ここに」

 のどを干上がらせたクロエがソファの上で固まっている。

 お化けでも見たかのように頬を引き攣らせているではないか。

「よくここが分かったな、アレックス」

「ただの勘です。方々に散った職員の中で偶然私が姫様の気配を察知できる場所まで近づけたというだけですよ」

 アレックスは凪よりも一つか、二つ年上の宮廷騎士。今は高校に通いながら、クロエの傍に仕えているのだ。一族がアルディギア王家に仕えていた関係で、アレックスもまたアルディギア王家に仕えることになった。

 クロエの傍に幼い頃からいる幼馴染という間柄であり、凪の決して多いとはいえない友人の一人でもあった。

「アレックスにはしばらく寝ててもらったはず……薬の有効時間は半日はあったはずなのに」

「確かに、あれは強力な睡眠薬でしたが、忍の技を継ぐ私は薬物への耐性も人並み以上です」

「うぬ……ぬかった」

「とにかく、陛下もお困りになっております。三時間以内に見つからない場合は、我々の責任問題にもなりかねないとの仰せです」

「他人を人質に取るなんて、さすが母上汚い」

「いいえ、それそのものは至極正しい。そして、姫様はご自身の行動が如何に人を振り回すのかということをきちんと理解していただきませんと」

「……ごめん」

 叱られて、クロエはしょんぼりとする。

「凪様。姫様がご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんてかけられてないから、ところでいい加減その様付けやめてもらえないかな……何年も前から言ってるんだけど」

「なりません。皇族から外れようとも、凪様は姫様の従兄です。ならば、然るべき態度で接すべきでしょう」

 毅然とした態度で言い切られてしまう。

 昔はこんな堅物ではなかったはずだが、と過去のことを思い返す。

 大して変わらなかったかなと思いなおした。

「さて、姫様。大使館に戻る前にどこかよってみたいところはありますか?」

「え? いいのか?」

「陛下からのご下命は三時間以内に見つけること。三時間以内に連れ戻せではありません。もちろん、日が暮れる前には戻っていただかなければなりませんが」

 クロエの目が光り輝いた。

「兄さんは?」

 クロエは凪のほうを見て尋ねる。

「凪様にもご同行いただければと思いますが、それは凪様の都合もあるでしょう」

「俺は特に予定も入っていないからいいけど、むしろ邪魔じゃないか?」

「凪様は見習いとはいえ攻魔師の資格を持っていますから、一緒にいていただければそれだけ安心できます」

「あ、そういう。……見習いは見習い以上の働きはできないんだぞ」

「私も大して変わりませんよ」

 アレックスは小さく笑みを浮かべる。

「うん、そうだな。女二人では外歩きは不安だし、兄さんに街を案内してもらおうじゃないか。大使館に帰る道すがらな!」

 元気を取り戻したクロエは、勢いよくソファから立ち上がって言った。

 アルディギア王国の大使館は閑静な住宅街の中にあり、ここから車を使えば二十分ばかりで到着してしまう。帰る道すがらでは、あっという間に旅行を終えることになるのだが、まあいいかと凪は思考を停止する。

 

 

 

 想定外だったのは、クロエが行きたがったのは観光地でもなんでもない普通の店だったことだろうか。

 大型デパートを一階から最上階まで梯子したクロエは、特に何かを購入するということはなかったが、どのような商品に興味を示して店員にアタックを仕掛けていた。

 クロエは日本語堪能だ。外見から僅かに警戒心を見せた店員も、日本語で応対できると分かってからは、若干緊張しながらもクロエに丁寧な説明をしていた。それも、クロエを喜ばせることになったのだ。

 クロエがあっちへふらふら、こっちへふらふらしている間、凪とアレックスはその背中を追いかける。

「クロエにとってはデパートすら珍しいのか?」

「そのようなことはないでしょう。特別、大きな違いはこちらも我が国も変わりません。姫様とて、行動に大幅な制限がかかっているというわけでもありませんからね」

「アイツ、たまには一人で出かけたいとか言ってたぞ」

「それはもちろん、お一人で行動などされては困ります。必ず、誰かお傍でお守りするようにしていますから、姫様が息苦しく思われることもあるでしょう」

「へえ、そうか。ま、そうだろうな」

 それが、一国の姫として当たり前の生活なのだ。

 かく言う暁の帝国ですら、皇女姉妹にはそれぞれ専門の護衛官が就いている。凪の家に遊びに来るときですら、隣の部屋を待機室にして、皇女たちが帰るまで控えているのだ。彼女たちを振り切って遊びに来るのは、紗葵くらいのものだろう。

「姫様、何かお求めのものがあればお申し付けください」

「いや、いい。買ってしまったら、自重できなくなりそうだ」

 一般庶民の感覚では高級品であっても、クロエからすれば小遣いで買える程度のものも少なくない。同じ皇女でありながら、アルディギア王室の一員であるクロエは立ち位置からして零菜たちとは異なっている。

 それでも、好き勝手な買い物をしないように自重している辺り、教育が行き届いているというべきか。

 こうしてみれば、歳相応に見えなくもない。肉体的には少々成長しすぎているが、精神的には同年代とさほど変わりはないのだろう。

 その後、クロエは迎えに来た車に押し込まれて連れ帰られることになった。日が落ちる前には大使館に戻っていなければならないということになったらしい。

 半日程度とはいえ、無断で外出したのだ。それ相応のお叱りは覚悟しておくべきだろう。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 アルディギア王家の自家用機である装甲飛行船ワーグナーは、無補給でアルディギア王国と暁の帝国を二度往復できるほどの燃費と弾道ミサイルの直撃にも耐える魔術装甲を装備した戦艦だ。アルディギア王国数百年の歴史の中で積み上げられた魔術の知識の結晶とも言えるだろう。魔獣はおろか高位の吸血鬼とも戦えるだけの戦闘能力を有しているが、日頃これほどの装備を積み込む飛行船で外遊などしない。今回はラ・フォリア女王とクロエ姫の二人を護送する必要があるということと、暁の帝国が実質的にアルディギア王国と血縁で結ばれているという点から実現したものである。

 ワーグナーの武器庫を見て回っているのは、スーツ姿の男だ。四十を越えたくらいの歳だろうか。背の高い屈強な肉体は、スーツの上からでもはっきりと見て取れる。

 長い一直線の廊下の左右には、人型のゴーレムが凄然と並んでいる。アルディギア製の機動兵器であり、魔術と科学の融合が生み出したものだ。

 その他、銃や刀剣類まで揃っている。

「アーロン隊長、ご報告が……」

 そこに、一人の青年がやって来る。アーロンの部下の一人である。

「どうした……クロエ姫が見つかったか?」

「え、あ、はい。そのようです」

「そのようですとはどういうことだ。お前が持ってきたのは不確定情報だったのか?」

「い、いえ。申し訳ありません。先ほど、大使館より連絡があり、午後四時二十分ごろにクロエ姫がお帰りになられたとのことです」

「そうか」

 アーロンはため息をつく。

 クロエがいなくなったことは、すぐにアルディギア王国の関係者に伝わっていた。置手紙があり誘拐ではないことははっきりとしていたし、暁の帝国は治安の面では悪くない。そのため、すぐにどうこうなるような心配はしていなかったが、それでも余計な仕事は増えた。

「姫様も困ったものだ」

「お年頃ではありますし、街に興味を持たれることもあるでしょう」

「女王陛下の若い頃も似たようなものだったと聞く。が、王族には王族の振る舞いがあるものだ。そして、此度は大使館側の警備の問題もある。以後、姫様の回りに騎士を増やさなければなるまい」

「増やす、と言われましても」

 人員には限りがある。

 本国ならばいざ知らず、ここはアルディギア王国から遠く離れた暁の帝国だ。他部署から人を回すということは不可能である。もちろん、滞在中の騎士や関係職員を回すことは可能だが、いずれにしても護衛を増やせば、どこかの人員が減ることになる。

「構わん。ある程度の余裕は常にあるものだ。我々騎士の仕事はアルディギア王国を守ることである。そのために多少の無茶は通さねばならぬ」

 表情を変えず、アーロンは言った。

「報告ご苦労。持ち場に戻れ」

「ハッ」

 敬礼をして部下は武器庫を後にする。

 アーロンは胸ポケットから懐中時計を取り出した。古めかしい懐中時計は、文字盤に大きな穴が開いている。当然、針も失われており、すでに時計として機能してはいない。

 それでも、彼はこの時計を後生大事に持ち歩いている。いつ如何なる時も手放さない。

「アルディギアを守らねばならぬ」

 小さく、それでいて力強くアーロンは呟いた。

 握り締める懐中時計を胸ポケットにしまって、再び意識を仕事に埋没させる。

 やるべき仕事は無数にある。

 各方面との調整もあるし、護衛のこともある。戦艦の運行計画会議にも出席しなければならない。だが、それももうじき落ち着くだろう。一番の大仕事であるクリスマスパーティーを終えれば、目の回るような仕事も一段落つくというものだ。

 


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