二十年後の半端者   作:山中 一

27 / 92
オジマンに聖杯つぎ込んで皇帝特権スキルマにしたらもう素材とQPが……



第四部 四話

 それは、ちょうど第二子となる紅葉が生を受け、雪菜と優麻のどちらの出産が早いかという頃だっただろう。古城自身、二十歳を越え、皇帝としての仕事もある程度こなせるようになってきたという時期で、全体的に明るい話題が多かった。そんな時に予期せぬ凶報が飛び込んできたのだ。

「凪沙が、倒れた!?」

 国内の大学に通う実の妹が、キャンパス内で倒れて救急搬送されたというのだ。もともと身体は強くなく、中学生の頃には度々熱を出して寝込むこともあったが、その原因であるアヴローラの魂を体外に出してからは、入院することもなく、体調を著しく崩すこともなかった。

 それが、今になって倒れるとは。

 搬送された病院に駆けつけた古城が見たのは、熱に魘されて意識が朦朧とした最愛の妹の姿だった。医師でもある母は、凪沙をあらゆる角度から検査した後、絶望的な表情で古城に向き合った。古城自身、楽観的で楽天的な母が、ここまで消沈したところを見たことがなく、喉が干上がりそうな感覚を覚えた。

「……凪沙ちゃん、もう長くない」

 小さく呻くように母が言った。

 長くない。

 その言葉の意味を古城は理解できなかった。したいとも思えない。そんな馬鹿なことがあるはずがないと叫びたかった。

「長くないって、何で……何が……病気、か。この国の技術なら、治せるだろ、そんな……」

 思考が真っ白になるという感覚は、生まれて初めてかもしれない。

 凪沙の命が目の前から零れ落ちてく現実に狂ってしまいそうだった。

 だが、絃神島の技術を受け継ぎ、発展させてきた暁の帝国の医療技術は世界最高峰である。その分野も、この国の経済に大きな貢献をしているところであり、よほどの難病でもなければ十分に治療できる可能性はあるはずだ。だというのに、深森は俯くばかり。答えを促されて、やっと口を開いた。

「凪沙ちゃんのは病気じゃない。これは、呪い……に近い」

「呪い、だと……いったい、どこのどいつがッ」

 カッと頭に血を昇らせた古城を深森が制止する。

「落ち着きなさい、もう、呪った相手はいないの。言い方がまずかったわね。これは、そう、後遺症と言っていいと思う。第四真祖の魂を身体の中に受け入れたことの」

「アヴローラの魂をか」

 古城は力なく椅子に座り込んだ。

 この事実を知ったら、アヴローラはどんな表情をするだろうか。第二真祖の下に逗留している彼女は、凪沙の無二の親友といっても過言ではない。かつてはその魂を凪沙の中で保護されて、後に別の肉体を得てこの世に生まれ変わった第四真祖の前任者。

「それだけじゃないでしょ、あの娘の身体に入ったのは」

「――――原初(ルート)。だけど、アイツは」

「ええ、滅んだ。あなたとあの娘がどうにかした。それは間違いないわ。でも、さっきも言ったでしょう。これは後遺症。邪悪な第四真祖の魂に乗っ取られた凪沙ちゃんの魂そのものに悪影響が出てたのよ。原初(ルート)の残滓が、纏わりついている状況だわ」

 伝説に謳われる凶悪無比な第四真祖の本体は、その正体を知る者からは原初(ルート)のアヴローラと呼ばれていた。

 休眠と復活を繰り返し、数多の文明を破壊してきた怪物の伝説を終わらせたのは他ならぬ古城である。凪沙を乗っ取り復活した原初(ルート)を古城と十二番目のアヴローラが協力して滅ぼしたのである。原初(ルート)をアヴローラがオーバーライトし、体内に取り込んだ直後、アヴローラごと聖槍で撃ち抜くという決死の策で伝説の吸血鬼は完全に消滅した。

「今のままだと、凪沙ちゃんと血の従者にして延命ってわけにもいかないでしょうね」

「じゃあ、どうするんだよ! このまま何もしないで、凪沙が弱っていくのを見てろって言うのかッ!? 何か手は、何か助ける方法はないのかよッ。凪沙は何も悪いことしてないじゃねえか! 結婚するって言ったばかりだぞ……」

 熱い涙がこみ上げてくる。

 暁の帝国の皇帝にして世界最強の第四真祖などという肩書きを持っていながら、妹の命一つ救ってやることのできない無力さに打ちひしがれる。

「このこと、アイツは知ってるのか?」

「ええ。昏月君にもさっき伝えた」

「それで」

「凪沙を救う方法はある、彼はそう言ったわ」

「な……マジか。本当なのか?」

 昏月は、凪沙が付き合っている男であり近々入籍する予定だった。学生婚だが、兄である古城が女性関係にルーズなところがある一方義弟となる予定の男は偏屈者だが一途な男だった。そして、生命工学の分野で天性の才能を示しており、将来を嘱望されている大学院生である。

「彼の意見、わたしも聞いたわ。賭けてみる可能性はある。でもね」

「何だよ。凪沙が助かるんならそれでいいだろ。何があるんだ」

 凪沙が助かるのならば、何を戸惑う必要があるのだろうか。

 今も苦しんでいる妹を思えば、すぐにでも治療なり解呪なりを進めるべきだ。刻一刻と命を削られている凪沙の苦しみは想像を絶する。兄として見過ごすことはできないし、可能性が見えただけでも古城の気持ちを明るくするには十分だった。

 対照的な母の表情――――重く、長い沈黙を守る彼女の反応を疑問に思いながら古城は次の言葉を待つのだった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 暁の帝国主催のクリスマスパーティーは毎年クリスマス直近の日曜日に行われるのが常であり、今年もその例に漏れず日曜日の夜に立食形式で行われることになっている。

 日曜日が潰れるからと娘達は大いに不満げではある。外交的な側面が強く、同世代の王族や貴族の子などもいるにはいるし、クリスマスパーティーで知り合った友人と日常的に連絡を取り合うこともある。だが、それはそれ、せっかくの冬休みなのだから遊びに費やしたいと思うのが子ども心だろう。

 特に遊び盛りの中学生となれば尚のこと。皇族だからと割り切ってはいても不満はある。

「はあ、毎年のことだけど本当に疲れるんだよね、これ」

 迎賓館の控え室で零菜はため息混じりに呟いた。

 暁の帝国は海の上に建造された人工島からなる島国である。ほかの国と異なるのは、増改築が比較的容易にできるということであり、埋め立てというよりも増築により領土を拡大することが可能なのはほかに類を見ない。

 築二年と新しい迎賓館は、風光明媚な観光地を目指して設計された第三南地区の南端にある広大な国営公園内に存在する。

 暁の帝国のクリスマスパーティーは昨年から会場がここになった。元より、このために作られた箱物である。普段は国営公園の管理のために用いられる施設でもあり、決して無駄ではないのだが、正しい用途で使わなければ税金の無駄遣いを指摘されることとなろう。

 姿見に映るのは、華やかに着飾った零菜の姿。

 白と空色のパーティドレスは零菜のために作られたオーダーメイド。奢侈に走らず、それでいて華を失わない明るさがある。あくまでも主役は零菜であると、着る者の魅力を引き出すようにデザインされたドレスだった。

「零菜、ちょっと大胆過ぎないそれ」

 化粧台の前に座り、紅茶のティーカップを口に運んだ萌葱が、零菜の背中を指差して言う。

「う、やっぱりそうだよね。やだな、恥ずかしい」

 零菜の背中には大胆なカットが入っている。透明感のある若々しい肌がこれでもかと露出している。人前で肌を曝すなど、零菜にとっては不慣れに過ぎる。

 選んだのは祖母。

 彼女の趣味が多分に反映されたドレスであった。

「萌葱ちゃんのは肩がガッツリ出てるけどね」

「ハハハ、まあね。こんなもんでしょ、パーティドレスって」

 萌葱は長女として社交界に幾度か出席したことがあり、経験を積んでいる。ドレスも何着か持っているし、その時の気分に合わせたコーディネートが容易だった。

 今日、萌葱が選んだのは黄色を主体にしたワンピースのドレスだった。ショルダーオフが特徴で、肩より上の露出は零菜よりも上だろう。

「今日のパーティって顔だけ出して途中退席ってアリなのかな?」

 そこに声をかけたのは、髪飾りの調整をしていた麻夜だった。

 スミレをイメージしたという紺色のドレスは、姉二人と異なり上半身の露出は少なめにデザインされている。その一方でスカートは短めにしており、すらりとした足を強調している。

 動きやすいという一点のみで、麻夜はこのドレスを着用したのだという。

「いいんじゃない? わたしたちが主賓じゃないし」

 零菜が答えると萌葱は頬杖を突いて言った。

「一応、顔つなぎはしておく必要はあるけどね。うちら、これでも皇族だからさ」

「萌葱ちゃん、よろしく」

「いやよ、わたし一人に大役押し付けないで。めんどくさいったらないわ。零菜にはテュランの大使さんの接待任すから」

「え゛、やだよあのおじさん視線がエロイもん」

「本国だと結構なロリコンで名が通ってるんでしょ? 僕も関わりたくないなぁ。帰っていい?」

 テュランの大使はその筋では有名な男だ。二十人の妻を持ち、一番下の妻は三十歳も年下だという。彼自身は今年四十五歳なので、文化の違いはあるとはいえ暁の帝国では十分に罪に問える。自分たちと同じ年の少女を手篭めにしているという時点で、暁家の姫たちの間では頗る評判が悪いのだった。

 なお、本人は根っからの善人である。太めの外見と文化的な差異から誤解されやすいだけであり、同じく妻の多い古城とは何かと気が合っているらしい。

 妻に知られず女性に粉をかける方法を古城に伝授したとして、古城の妻たちからも警戒されている人物ではあったが、本人は周囲の悪評などまったく気にかけずむしろ他者の嫉妬が心地よいとでも言うかのように気に入った女性には声をかけているのが現状であった。

「毎度毎度疲れるだけよね、このイベント」

 萌葱はこれまでのクリスマスパーティを思い返して愚痴を言う。

 様々な国で重責を担う者たちが招待されるのだ。パーティと言っても政治色は消せないし、子ども心に気を遣う場面が多かった。

 無邪気にはしゃいでいた時期が懐かしい。

 何度ため息をついてもつきたりない。おそらくは一年で最も気が重い一日の一つではあるだろう。

「なんか新しいことの一つや二つないと、マンネリで益々つまらなくなるじゃない。何かないの、ときめく何かがさぁ」

「萌葱姉さん、気持ちは分かるけど、そんな大きな声で愚痴らなくても」

「まあ、冬休みだし終わったらダラ寝すればいいんじゃないの」

 一国の姫が口にすることとは思えない発言も、今夜のイベントに対する不満と不安から来るものだ。口々に出てくる愚痴も慣れない環境に対する自己防衛でもあるのだろう。

 この部屋にはいない紗葵や紅葉、結雫も似たようなことを思っているに違いない。

 ドアがノックされたのはそんなときだった。

「萌葱姉さん、いる?」

「凪君? いいよー」

 萌葱が返事をした。

 声をかけてきたのは凪だった。今まで、クリスマスパーティにはろくに参加することのなかった彼だが、今年は参加することになったのだった。

「どうしたの、凪、君」

 ドアを開けて入ったきた凪は、見慣れないスリーピースのタキシード姿だった。中学三年生ながら、大人っぽさを醸し出し始めた凪のタキシードは、なるほど新鮮さに満ちていた。一瞬、言葉を失うくらいには。

「どうした、姉さん」

「あ、いやなんでもない。そっちこそ、突然どうしたの?」

「浅葱さんが呼んでる。ホールにいるから、すぐに来いって」

「母さんが? 分かった、すぐ行く」

「じゃあ、伝えたから」

 そう言って、凪は部屋を出て行った。

 あっさりしたものだが、彼らしいといえば彼らしい。

「クリスマスパーティ……これはイイイベントだわ……」

 残された萌葱は素直な感想を呟いた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 どことも知れない暗がりに二人の女が立っている。

 闇色のゴスロリ衣装に身を包むのは、クシカとユリカ。十数年前から欧州各地で名前を轟かせる魔導犯罪者であり、高位の魔女だった。外見は十代中頃のアジア人。名前の響きから日系人と思われるが詳しい経歴は明らかになっていない。能力もはっきりとはしておらず、強力な吸血鬼の眷獣に似た悪魔を使役していることが分かっているだけだった。

「魔女姉妹が先に来ていたか」

 野太い声。

 無論、クシカのものでもユリカのものでもない第三者。遅れてやって来たスーツの男の声だった。

「あら、遅れてやって来たのに一言の謝罪もないのかしら」

「殿方としてそれは如何なものでしょう。仮にも騎士を名乗るのならば、それくらいの礼儀はあってよろしいのではなくて?」

「魔女に尽くす礼はない。我がスタンスに意を唱えるのならば、この話はなかったことにしても構わぬ」

 恥じることもなく、欠片も申し訳ないと思っていない。自らに非はないと確信した声音である。もちろん、約束の時間に遅刻したならばともかくとして、予定時間の十分前の到着である。避難される謂れはないという意見も間違いではない。上から目線の言葉に眉根を寄せる姉妹の反応を別にすればだ。

「まったく、これだから破魔の騎士様は好きになれませんわ」

「見た目もゴツゴツですしおすし」

「ああ、商談相手が細身の可愛い少年だったらと思わずにはいられません」

「そのままお持ち帰りして、くふふ。朝までと言わず色々と楽しんだものを」

 クシカとユリカは同じ顔、同じ声、同じ仕草で話を進める。相対する者はそれだけで気分を害するだろう。この魔女は、会話だけで相手を苛立たせることに長けている。

 しかし、男のほうは動じない。どっかとソファの腰を下ろして油断なく姉妹の様子を観察している。

 ここにきたのは彼女が言うように商談のため。実質的には話は纏っていて、最終確認の段階に入っていた。

「おや、ところで獅子王機関の方がおりませんね」

 クシカが言った。

 獅子王機関。

 かつて日本に存在した対魔族組織。千年の歴史があると伝わる超法規的機関として長年日本の魔術世界を裏側から支えていたのだが、今はすでに存在しない。権力争いの果てに自衛隊や警察に吸収されて存在そのものを忘却されたという。

「彼女ならばすでに現地入りしている。作戦に変わりがなければ改めて確認するまでもないとな」

「あらまあ、そうですの」

「剣巫でしたっけ。協調性がないにも程がありますわ」

「貴様等が言えたことではないだろう」

 クシカとユリカは魔女の仲間を幾人も殺してきたことから同族からも恐れられている性格破綻者だ。犯罪を犯す魔女には珍しくない性質ではあるが、彼女たちはその狂気を直近まで仲間だった者にも向けることで今ではペアを組む者がいなくなったほどである。

「まあ、いいでしょう。わたしたちはわたしたちで目的を果たせればよし。あなたはあなたで剣巫は剣巫で。各々裏切り者の始末ができればそれでよし。利害の一致は、当初と変わらず。作戦内容も変更なし。時間も予定通りでよろしくて?」

「それで構わぬ。第四真祖を出し抜き、この国を終わらせる。それを以て我が祖国の栄光を取り戻すには、最早これ以外にはありえない」

 最優先目標は第四真祖とその妃たち。

 姫たちは多少取り逃しても構うまい。所詮は十数年しか生きていない小娘でしかない。吸血鬼としての才能はあっても、経験も重ねた時間も少なすぎる。警戒はしても脅威にはなり得ない。

「いや、クロエ姫には即刻退場いただかなくては。あれは、アルディギアの汚点であるからして、その血で以て罪を償わねばならぬ」

 男は覚悟を込めて呟いた。

 アルディギア解放戦線。

 第四真祖に支配された祖国を取り戻すべく戦う義憤の輩。愛国の徒であるがゆえに、魔女や他国の元攻魔師、果てはマッドサイエンティストなどとも手を結び、屈辱に耐えて計画を練ってきた。

 すべてはこの日のために。 

 一点の穢れもなき心で、巨悪を討ち果たすのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。