二十年後の半端者   作:山中 一

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うおおおおおおおおお金セイバーァァァ……!

ジークフリート!

やったね、宝具レベルが5になったよ(白目)


第四部 十五話

 空菜と麻夜は同じ部隊に配属された。

 空菜の持つ眷獣は零菜の槍の黄金と同様に魔力を無効化する。どれほど高度で複雑な魔術であっても、容赦なく問答無用で消し去ってしまう魔力無効化能力は、術式を解除する手間もなく一瞬で勝負を付けることができる。

 よって、空菜と零菜のどちらか一方が迎賓館に到達する必要があり、二人は二つの部隊に分かれて別方向から攻め込むこととなったのだ。

 麻夜と空菜が同じ部隊になったのは単純に割り当ての都合だった。

 麻夜の眷獣は攻撃よりも防御が得意な鎧の眷獣である。彼女の仕事は空菜の護衛。空菜が無事に迎賓館に辿り着けるようサポートするのが麻夜の役割である。

 特区警備隊の防弾ジャケットを身につけた少女たちは屈強な隊員達と共に庭園の西門から那月の結界内部に侵入した。

 人工林が生い茂る東門方面とは異なり、このエリアは記念館や博物館、公園管理事務所などの建物が並んでおり特区警備隊やアルディギア騎士団の駐屯地でもあった。そのため、騒乱初期の段階で敵の兵器群の強襲を受けてずいぶんと荒らされてしまっていた。しかし、建物は残っている。銃火器程度で鉄筋コンクリートの壁を貫通することはまず不可能だ。

 数時間前までの見慣れた光景は失われた。周辺には無数の鉄屑がばら撒かれていて、芝生や道は穴だらけになっている。

「ここから、九百メートルですか」

 空菜は小さく嘆息した。

「真っ直ぐ走るだけなら、さほど時間もかからないんですけどね」

「真っ直ぐ走るは無理だよね。徒競走というよりも、障害物競争だから」

「障害物は、引っかかったら死んじゃう代物。笑えませんね」

 空菜の言葉には緊張が見られない。麻夜は内心ではかなり緊張しているのに、隣の零菜似の少女はまったく顔色も呼吸も変えていない。

 ホムンクルス故の感情の希薄さであり、恐怖の薄さは戦場でかなり役に立つ。だが、羨ましいとは思わないが。

「空菜はこんなところよりも凪君のほうに行きたかったんじゃないかい?」

 ふと、そんな言葉が口を突いた。

「そうですね」

 空菜は当然とばかりに答えた。

「正直、第四真祖とは何回か顔を合わせたくらいです。娘である麻夜さんには悪いとは思いますが、わたしからすれば他人です」

「凪君は違うってことか」

「あの人はわたしの主人です。わたしは最初に血を吸った人を主人と認識するように設計されています」

「え、そうなの?」

「そうです。主人を設定する方法としては、最も簡易的だったということでしょう。もともと、一定時間ごとに吸血を必要とする身体ですので、そうするのが都合がよかったのだと思います」 

 製作者の意図など、今となっては分からないとも空菜は付け加えた。

 事実としてあるのは、空菜が最初に牙を突き立てたのが凪だったということであり、そして空菜は初めから凪を狙っていたということだけだ。凪の情報を空菜は出会う前から持っていた。零菜を狙う以上、その周囲の情報を集めるのは当然である。そして、より強い力を発揮するために凪の血を狙うのも、零菜を打倒するという目的を果たすためには必要な過程であった。製作者が消え、野良ホムンクルスとして野に放たれた時点で、空菜が凪を主人とするのは自然な流れだったのだろう。

 青白い光が煌めく。飛んでくるのは霊力を装填した対魔族用の呪装弾だ。常ならば敵を打ち倒してくれる頼れる武器だが、今回は自分達に牙を剥いた。

「下がって!」

 声がするや否や、土が盛り上がって部隊の前面に半円状の壁が生まれた。攻魔師の一人が使った防御魔術である。土壁は幅十メートル、厚さ三メートルといったところか。土を操る魔術は暁の帝国ではマイナーだが、土を敷き詰めた公園ならば本領を発揮することも難しくない。自然にあるものを操作するため、魔力で一から擬似的に物質を想像するよりも燃費がよく規模も大きくできるという利点もある。結果、飛来した二十六発の呪装弾は誰も傷つけることができないままに役割を終えた。

「かなりの威力ですね。弾丸そのものは決して大口径というわけではありませんでしたが」

 地面に落ちた呪装弾を拾い上げた青年が呟く。

「これ特区警備隊(うち)の弾ですよ。当たれば神経系が痺れて魔力が一時的に使えなくなります」

「ああ、マジだ。K-10じゃねえか」

 口々に隊員達が呟いた。

 K-10は暁の帝国に本社を置くテクノピストル警備保障が開発した暴徒鎮圧用の銃弾だ。殺傷力は低く、弾丸に治療魔術が付与されているため、直撃しても後遺症も残しにくい。最大の特徴は魔力を乱す術式が込められていることで、魔力を扱う魔族や魔術師などを制圧するのに有効だった。

 K-1に始まり、一年ごとに対魔術式を更新して今年で十年目。K-10は、まさしく最新の対魔弾であった。

「アルディギアの強化服がお出ましか」

 K-10をばら撒いてきたのは、アルディギア解放戦線とアルディギア軍に属する騎士だった。前方でマシンガンを構える五名全員が最新式の対魔族用強化外骨格(パワードスーツ)を着込んでいる。

「生命反応は?」

「ありません。体温、呼吸ともに変化なし。亡くなっています」

 部隊長の問いに、目を細めて騎士を見た攻魔師が答えた。

「そうか。できれば、ご遺体は綺麗なままご遺族に返還したい。が、拘っている場合ではない。総員、鎧を狙え。身体に当てても意味はないぞ」

 対魔族用強化外骨格そのものが、騎士の遺体を操っている状態である。よって、あの騎士を止めるのならば、部隊長が言うように鎧そのものを破壊するほかない。

 無骨な鉄色の鎧は、中世に活躍した騎士のプレートアーマーを基にデザインされたという。全身を覆うものではなく、胸部と四肢にプレートを貼り付けているだけのようにも見えるが、それで十分すぎるほどの防御性能と運動性能を保証しているのだ。

「撃て」

 号令の下に五人の騎士に一斉射撃が加えられる。旧式の銃だが、人間に使う分には過大な威力と言えるだろう。

 射撃はほんの三秒程度。放たれた弾丸は百を優に超え、五つの人型を蜂の巣にする――――ことはなかった。

 弾丸の雨の軌道が空中で逸れる。それはまるで磁石の同じ極同士が反発し合っているかのような光景であった。

 理屈は単純。防御術式を起動し、不可視のシールドを張ったのだ。対物ライフルでも貫けないほどに強力な防御魔術である。

 アルディギア騎士が銃口を特区警備隊に向ける。K-10がたっぷりと装填されているであろう特区警備隊の小銃である。科学技術の脅威が自分自身に跳ね返ってくるという百年以上前から語られてきた皮肉が今まさに特区警備隊を襲っている。

刃の白銀(シーカ・アルゲントゥム)

 白銀の刃がアルディギア騎士の頭上から降る。獣化して身体能力を高めた空菜がアルディギア騎士の頭上まで跳躍、真上から魔力を無効化する眷獣の巨腕を叩き落したのだ。

 刃の白銀と黄金の腕を持つ者(クリソスロノス)の融合体は、一列に並ぶ五人の騎士のうち、中央の三人を押し潰す。防御術式など紙屑にもならない。あっけなく貫かれ、鎧は魔術防御を失いただの鉄屑と化して引き千切られた。

 さらに現れた巨人は身体を捻り、豪腕を振るって残る二人を跳ね飛ばそうとする。アルディギア騎士は、黄金の腕を持つ者の攻撃が自分の身体に触れる前に、大きく背中を逸らして横薙ぎの豪腕を躱した。それは、人間の骨格ではおよそ不可能な姿勢であった。事実、骨という骨が砕けた音がした。

「ホラー映画みたいだ」

 昔見た映画を思い出して麻夜は顔を歪めた。頭が背中側に反って地面に触れるほど腰を曲げてしまうなど、誰が想像できるだろうか。

 肉体がどうなろうと意味がない。鎧と肉体の主従関係は逆転している。鎧が無事ならば、肉体が砕けようと構わないとでもいうかのような動きである。

「ル・ジョーヌ!」

 麻夜の叫びに呼応して、雷撃の騎士がアルディギア騎士の一人に踊りかかる。アルディギア騎士は腰から剣を抜いてル・ジョーヌの片手斧を受け止める。魔族に対抗するために用いられる霊剣である。眷獣の一撃にも、しっかりと耐えている。ただし、霊剣が受け止めたのは一振りだけだ。雷光の騎士は二振りの斧を持つ眷獣。アルディギア騎士が一振りの斧を受け止めた瞬間に、下方からもう一振りが襲い掛かっていた。

 麻夜の眷獣の中で最速を誇るル・ジョーヌの斬撃は、過たず死体を操る鎧のど真ん中、胸部装甲に刃をめり込ませた。

 こうなってしまえばこちらのものだ。麻夜の魔力は雷撃へと変換されて刃を介して敵の内部に送り込まれる。

 萌葱の眷獣が電子回路を介して鎧を操っているのなら、麻夜の電撃はその電気回路そのものや破壊してしまう。回路が使えなくなれば、もう萌葱の眷獣の支配は届かない。一瞬の紫電の炸裂と共に、アルディギア騎士は静かに永久の眠りに就いた。

 そして最後の一人も空菜の眷獣に打倒され、二十メートルばかり弾丸のように跳ね飛ばされた上でケヤキの木に衝突して動かなくなった。

 

 

 麻夜と空菜が交戦を開始したとき、別ルートを進んでいた零菜も敵の妨害を受けていた。

 敵をすり抜け、打倒しながら零菜は遊歩道を走っている。特区警備隊員に守られながら、迎賓館を目指している。こんな時でなければ、走って十分とかからない距離だ。だというのに、零菜の行く手を阻むかのようにオレンジ色の光の雨が降り注ぎ、その度に進行を妨げられる。一発でも当たれば肉も骨も持っていかれるだろう。現に、弾丸が直撃した木々や地面には大穴が開いている。もちろん、零菜が何の対策もしていないわけではない。影の漆黒(リヒト・ニゲラ)を纏った零菜の身体能力と防御力ならば、速射砲にだって耐えられるし撃たれてから避けることも難しくない。とはいえ、それが銃撃が何千と繰り返されれば話は別だ。見つからないように茂みに身を隠す必要もあれば、眷獣や盾の影に隠れる必要もあった。

 迎賓館まで二百メートル地点に来るまでに、零菜を護衛していた特区警備隊員の三割が脱落している。幸いなことに死亡したわけではないが、怪我で戦列についてくる事ができなかった者と怪我人を介抱するために戦列を離れなければならなかった者がそれだけいたという事だ。

 目標の迎賓館まで、やっと三十メートル地点まで到達した。遊歩道からはずれた木々の中で、二十三人にまで減った特区軽微隊員と共に迎賓館の様子を窺う。

 入口の前には三両の四足戦車。さらに対魔族用強化外骨格(パワードスーツ)を装備したアルディギア騎士十人。屋上には対空機関砲やミサイルの発射装置などなど、戦争を前提とした兵器が満載だ。

 人工林はここまで。

 残る三十メートルに遮蔽物はないが、すでに敵に捕捉されているので飛んでくる銃弾の数に違いはさほどないだろう。こうしている間にも、結界や眷獣達を敵の銃弾が削っているのだ。厄介とすれば、やはりアルディギア騎士達だろう。対魔族用強化外骨格を身につけた彼等の白兵戦の能力は、こちらを遥かに上回っている。

「零菜さん! ダーナの部隊がじきに到着しますが、どうですか!?」

 爆発、銃声、咆哮、様々な轟音が入り乱れる戦場だ。近くで怒鳴り声を発したであろう隊長の言葉も零菜の耳に辛うじて届いた程度になっている。

「いけます。中さえ見えれば、一気に!」

「了解です! ……竹中、映せ!」

 竹中と呼ばれた女性攻魔師は、頬の煤を手の甲で拭うと両手の人差し指と親指の先をくっつけて輪を作った。

「投影します」

 竹中の目が見開かれる。

 指の輪が光り、連動して空中に映像が映し出された。それは、大気をスクリーンとする映写機のようなものだ。

 透視の過適応者である竹中は自分の視た映像を映写の魔術と組み合わせて、迎賓館の内部の様子を映し出したのである。

「零菜さん、そう長くは持ちませんので急いでください!」

 竹中は苦痛と吐き気に顔を歪めている。過適応者は魔力も呪文もなく特定の能力を発揮する言わば超能力者だが、その力は身体への負担が大きいものも少なくない。竹中のそれも透視能力と聞こえはいいが、発動中は一歩も動けないし、凄まじい頭痛に悩まされるもので好んで使いたい能力ではないのだ。それを魔術と併用するのだから、透視の発動は一分が限度であった。

「分かってます! 来い、槍の黄金(ハスタ・アウルム)!」

 零菜の手に現れた雷光の槍が、夜闇を明るく照らし出す。降り注ぐ銃火の嵐を雷と化した槍が一瞬にして打ち落とす。銃弾程度の速度で雷を出し抜くことなどできるはずがない。まして、槍の黄金は意思を持つ雷の槍だ。使いこなせば絶対的な防御と絶対的な攻撃を併せ持つ必殺の武具となる。

 零菜は影の漆黒に魔力を込める。闇色の衣がさらに暗さを増して、槍の黄金の光ですら照らせない闇となる。筋力と敏捷性は瞬間的に高位の獣人を上回るほどのものとなる。こうまでして初めて槍の黄金は真価を発揮できるのだ。

 意思持つ武器(インテリジェンス・ウェポン)は、主の意思に従わずともある程度の効力を発揮する武器型の眷獣だ。だが、それでも主の意思は眷獣の意思に優先するものだ。となると、武器のほうが優秀だった場合、指揮系統が混乱する。最適な動きをするはずの武器の性能を主が貶めてしまうのだ。

 零菜もまた、槍の黄金の力を引き出しきれていない。この半年の間に、それを何度も実感する場面に出くわしていた。影の漆黒が、零菜の基礎能力を底上げする。雷の槍の動きにもある程度ついていける。目で追える。反応できる。それくらいの能力まで零菜は自分自身を強化したのだ。一瞬、槍の黄金と零菜の意思が合一した時、防御不可能な超精密狙撃が可能となる。

 零菜は逆手に槍の黄金を持ち、ただ一点を見つめて投撃する。

「ッ!!」

 声を発する事はない。ありったけの力を穂先の一点に集中した槍の黄金は減速することなく迎賓館に吸い込まれる。

 迎賓館は十三の結界が施されており、十三の結界が互いに影響しあって防御力を跳ね上る積層魔術防御陣に守られている。旧き世代の眷獣の攻撃にも耐えるとされる国の施設の外壁に零菜の眷獣はいとも容易く穴を開けた。積層魔術防御陣は、槍の黄金に触れた瞬間に砕け散った。魔力を無効化する槍を前にしては、魔術防御などあってないようなものである。そして、魔術防御のない鉄筋コンクリートなど、槍の黄金にとっては紙にも等しい。問題は射線上に人がいないかどうかと槍の黄金が抉った壁や柱、その他資材などが建物の崩落を誘発したりはしないかということくらいだった。透視能力でわざわざ射線を確かめたのも、安全に人質を救出するためだ。

 手応えはあった。

 槍の黄金は、ただの一撃でアルディギア解放戦線が苦心して発動した凍結結界を切り裂き、無力化したのである。

 直後、ダーナの眷獣が正面玄関に向かって突撃してくる。

 彼女の担当していた地域の敵勢力を駆逐してきたのだ。途方もない破壊力の眷獣が、一瞬にして勝敗を別った。

 敵の兵器群が次々と燃え落ちていく。

「迎賓館内部の凍結魔術の反応が消えました。作戦成功、ホールは開放されました!」

「よし、我々は予定通り撤退する。気をつけろ、まだどこから敵が出てくるか分からんぞ!」

 零菜の部隊はあくまでも槍の黄金による凍結魔術の破壊が目的だ。その目的を果たした以上はこの場に踏みとどまる意味はない。ダーナが引き連れる囮部隊はそのまま迎賓館への突入部隊へと様変わりする。

 荒々しく迎賓館の壁面を登るサーベルタイガーが、屋上の新たな戦場と見定めた。とにかく、無人兵器は問答無用で破壊する。そのように命じられた眷獣は、圧倒的な力でアルディギア王国の最新兵器を融解させ、鉄屑に変えてしまう。

 同じ吸血鬼として、零菜は羨望を覚えずに入られなかった。三十メートルを隔てて感じられる自分をずっと上回る魔力の波動。

「零菜さん、引きますよ!」

「……はい」

 迎賓館の中にはまだ古城達がいる。今頃は那月が転移しているはずだから、万に一つもないだろうが、真っ先に駆けつけたいところだった。

 だが、ここでわがままを言って仲間を危険に曝すわけにはいかない。

 零菜の仕事は終わったのだ。反対側で戦っている空菜や麻夜の部隊にも撤退命令が出るだろう。

 速やかに退いて、成り行きを見守るしかないのか。

「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ」

 凄まじい咆哮が身体を叩く。

 巨大悪魔ベルゼビュートの雄叫びだ。

「凪君……?」

 悪魔に挑むのは凪と東雲の二人。東雲の眷獣が悪魔を圧倒しているのは見て取れるが、凪の背中から伸びる羽はいったい何だ。

 見たことのない能力。だが、それは古城が本気を出したときの姿によく似ている。

「あれが、原初(ルート)の力」

 零菜は生唾を飲んだ。凪が背負う漆黒の翼は、まさしく古城が切り捨てた第四真祖本来の能力の一端に他ならなかった。

 

 

 


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