二十年後の半端者   作:山中 一

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幕間《お化け屋敷編3》

 暁の帝国有数のリゾート地として名高いブルーエリジウム。その一画にあるお化け屋敷に凪は二度目のアタックを掛けようとしていた。

 一日に二度もお化け屋敷の中に入ることは、もう二度とないだろう。特にブルーエリジウムのお化け屋敷はその主催者が半分道楽で作った割にはかなりよくできている。道楽とはいえ、本業にも関わること。適当にするのではなく、道楽だからこそ全力を注ぐという意気込みを感じるお化け屋敷だ。

 とはいえ、一度目も、そしてこれから入る二度目もお化け屋敷が誇るギミックの数々は停止した状態にする。あくまでも、このお化け屋敷のどこかに潜む悪霊を退治するのが今回の趣旨であり、遊びに来たわけではない。

 広大な敷地を持つブルーエリジウムではあるが、プレオープンということもあって、最盛期に比べて人は一割以下だ。街中の施設でありながら、人口密度は国内でも最小クラスに小さくなっている。そのおかげで、ほとんど人目を気にする必要がないというのは、今の状況では嬉しい誤算ではある。

 殺人級の夏の日差しも、お化け屋敷に入れば存在感を失う。少し効き過ぎた冷房は、寒いくらいだ。

 先ほどの調査の結果、お化け屋敷に巣くっている悪霊は、特定の条件に該当する者を呪っており、それ以外の者には姿を見せない傾向があることが分かった。

 適当に零菜の槍の黄金(ハスタ・アウルム)の魔力を館内に流しても、悪霊を消し去ることはできる。しかし、それではお化け屋敷のギミックにも悪影響を及ぼすのは明白なので、これは選べない選択肢だ。直接悪霊をあぶり出し、正面から除霊するのが一番確実ということで、凪は零菜と麻夜を連れて三人でお化け屋敷に戻ってきたのだった。

「やっぱり、ここまでしなくてもよかったんじゃない?」

 と、不満げに言うのは零菜だ。

 蛍光灯の下に立つ零菜は、肌色の面積を格段に増やしている。一回目の調査の時は私服だった零菜だが、今回は黒いビキニの上から白いTシャツを着て、裾を縛っている。くびれた腰にすらりと引き締まった足をこれでもかと出しているスタイルだ。

「まずは形から入った方が、確実じゃないか。何度も行ったり来たりしたくないでしょ?」

 と、余裕の表情を見せているのは、麻夜である。こちらもビキニの水着だ。零菜とは対照的にその色は純白で、黒い長袖のランニングウェアを羽織っている。黒が全体的を引き締めつつ、白い水着と肌を強調する。

「それに、三人で入るのが正解かっていうとそうでもないわけだしね」

「それは、確かにそうだけど」

 せっかく持ってきた水着を使う機会がなかったので、これに乗じて着ることができたのは良しとしよう。ただ、プールに入るわけでもなくお化け屋敷に入るためという本来の用途から離れた使い方をしているからか、気恥ずかしさがある。

「ほら、凪君も両手に花だぞ」

「そうだな」

「反応薄いよ」

「滅茶苦茶可愛くてびっくりしてるからな」

「そう? うん、まあ、その辺で許してあげよう」

 麻夜は麻夜で少し気分が上がっているようだ。いつもよりも、若干口調が軽い。

 話を振られた凪の返事に、とりあえず満足したようである。

 凪もまた、薄着になっている。デニムのショートパンツとTシャツ、そして長袖の白い薄手のパーカーだ。

「それじゃ、行くぞ。悪霊、一発で出てくるといいんだけどな」

 何かいるのは先だっての調査ではっきりしている。薄らとではあるが、存在を感じていた。こちらを観察するような視線だ。悪霊特有の負の魔力もあった。

 一計を案じて、「いかにも」な格好でお化け屋敷にやってきた三人をターゲットとして認識するかどうかが、勝負の分かれ目だ。

 お化け屋敷の中は照明を点けてもらっているので明るい。お化け屋敷らしい雰囲気はまったくないが、普段見ることのできないバックグラウンドを見せてもらっているも同然なので、それだけで面白い。

「さっきは、あまり意識してなかったけど、これ、こうなってるんだ」

「零菜、触って壊さないでよ」

「壊さないよ。わたしは子どもか」

 ギミックの人形を覗き込んでいた零菜を麻夜が窘めると零菜はむっとして反論した。

「それにしても、何も出てこないね。凪君、何か感じる?」

「今のところは別に。いる気配だけはあるんだけどね。それがいつのものかはまだ何とも言えない」

 麻夜に聞かれた凪は、正直に答えた。

 お化け屋敷に悪霊が現れたのは昨日今日の話ではない。この空間全体に、悪霊の気配が薄らと漂っている。霊的に密閉された空間だ。一度居着いた悪霊はちょっとやそっとでは出て行くことはない。

「そこまで強い感じもしないよね」

 零菜は周りを伺いながら所感を呟く。

 感じ取れる魔力は微々たるものだ。悪霊といっても強いものから弱いものまで様々だ。強い者は怨霊などとも呼ばれ、時に歴史に名を刻むほどの怪物になることもあるが、多くの悪霊は個人レベルの呪詛に終始するし、自然と消滅していく程度の自我しかもたない。

「まあ、悪霊なんて基本的に人間よりも弱いのが普通だからな。この辺に自然発生する程度なら、限界もあるだろ。ま、この前の猫鬼みたいな厄介なヤツもいるし、頭が回るヤツもいるから油断は禁物だけどな」

「そもそも、死んでからのほうが強くなるとか、よほど生前にいろいろ仕込んでないと無理だしね。それか、かなり才能があったか」

「悪霊の才能とかあってもな」

 暁の帝国における攻魔師の仕事の中では悪霊への対応というのは珍しくない。もともと人工島なので、天然の魔獣は存在せず、強力な竜脈の中にあるため、その流れの影響を受けて時折淀んだ魔力溜まりができることがある。こうした環境で悪霊は発生しやすくなるのだ。

「というか、悪霊ってさ、個人の所謂幽霊ってヤツじゃないよね?」

 麻夜の指摘に凪は頷く。

「普通の悪霊というか幽霊なんていうのは、大抵は残留思念が魔力の影響で具現化したものだからな。死んだ人間がそのまま霊体として残ってるのは、本当に滅多にないパターンだよ」

「生き死にも関係ないんだっけ」

「残留思念だからな。大本の人が生きてるかどうかは、あまり関係ないらしい。結局、強い感情と魔力が結びついて指向性を持ったものって扱いだからな。自然災害みたいなもんだ」

 条件が揃えば発生するという点で、メディアなどでは自然現象の一つとして扱うこともある幽霊だが、攻魔師などが能動的に直接対処できることを考えると、危険性は自然現象よりも低いと見られる場合がある。

 今回の悪霊も、その被害者は体調不良程度にしかなっていないし、被害範囲もお化け屋敷の利用者のうち、男女一組で入場したものの一部に限られている。決して、強い悪霊ではないと考えられた。

 お化け屋敷を進んでいって、狭い廊下に出る。大昔の学校を模したエリアは、映画やドラマでしか見たことのない木造校舎を忠実に再現した趣ある造形である。今後は、映画のセットに使うこともできるのではないかと思えるくらいに出来がいい。

 強いて難点を挙げるのなら、冷房が効きすぎていて少し寒いということがあるか。

「ねえ、ちょっと冷えすぎじゃない?」

 零菜が二の腕を擦りながら言う。

 肌を露出させているから、余計にそう思うのだ。屋外は三十八度近くになっている。温度差が激しい。汗が引いて、寒気を覚える。

「零菜、半袖だからな。俺の貸すぞ」

 凪は自分が着ているパーカーを脱いで、零菜の肩にかける。夏用でも長袖なので、これでずいぶんと変わるはずだ。

「あ、ありがと」

 パーカーに袖を通した零菜は、気恥ずかしげに俯く。

 パーカーを脱いでひんやりとした空気に肌を曝すと、確かに肌寒い。スーパーの鮮魚売り場あたりの肌寒さを感じる。

「凪君、手」

 横から麻夜が手を伸ばしてきて、凪の手を取った。

「麻夜ちゃん、急に何してんの?」

「埒が開かないから、もっとそれっぽくしたほうがいいかなって」

 一度、凪の手を掴んだ麻夜だが、その後、何度か握り方を変える。

「何してんだ」

「どういう風にしたら一番しっくりくるのかなと」

「普通に繋げばいいんじゃないか?」

「それもそうなんだけど、それだと面白みもないしなぁ」

「じゃあ、こうでいいよ」

 今度は凪から麻夜の手を取った。奇を衒わない普通の指を絡める恋人繋ぎだ。

「らしい繋ぎ方ってこういうの以外にあるのか?」

「……どうかな。まあ、凪君がこれでいいなら、このままでいいよ」

 握り心地を確かめるように麻夜は何度か手に力を入れて指の位置を調整するが、それからはほとんど力を抜いた状態にした。凪が麻夜を先導する形に落ち着いた。

 すると、今後は零菜が反対側から凪の腕を引く。

「らしいって言うなら、こういうのもアリでしょ」

 麻夜に対抗する気を隠さず、零菜は凪の腕に自分の腕を絡めた。凪の二の腕付近を両手で掴むようにして、密着感を出す。

 図らずも凪は両手を封じられることとなった。

 従妹とはいえ、世界的にも通じるレベルの見目の二人に挟まれて、凪は努めて冷静であろうとする努力を必要とした。

 幸いなことにという語弊があるが今は仕事中である。悪霊が現れれば分かるとはいえ、不意打ちの可能性もある。言わば敵地にいる状況なので、意識をそちらに割くことで冷静さを堅持している。

 困るのは、その冷静さを身内が崩そうとしてくることだ。

 両手に花と言えば聞こえはいいが、気分は連行される囚人のようだ。

 妙なところで気を張ることになった凪だったが、そのおかげか三人の中では最初に空気の変化に気づくことができた。

「二人とも、ストップ」

「ん?」

「何?」

 零菜と麻夜は気づいていない。

 悪意の矢印が凪に向いているからだろう。霊感の隅がチリチリとする。

「もしかして、出た?」

「まだ出てないけど、見られてる」

 零菜は視線を周囲に巡らせる。微弱な魔力の流れがあるのは零菜も感じている。しかし、凪ほど明瞭には感じ取れない。

「麻夜ちゃん、どう?」

「ちょっと、嫌な感じはするけど……はっきりしないな」

 当初の見立ては間違いではないらしい。悪霊が反応するのは、特定の条件に該当する男女のペアだ。凪が感じるのは妬みや恨み、そして戸惑いだ。複数の負の感情が入り乱れていて、その視線が凪を見ている。

 今までの被害者は全員が二人組だった。三人組というのは悪霊の対象としては弱いのかとも考えたが、この負の念を感じる限りはそのようなことはないだろう。

 なら、もう一押しすれば出てきそうだ。

「悪い、ちょっといいか」

 零菜と麻夜に拘束されていた手を解く。そして、二人の肩に手を回して抱き寄せる。

「あの、凪君?」

「あ……ん」

 零菜も麻夜も抵抗も抗議もなかった。三人揃って気恥ずかしさに言葉をなくして佇む。これで、悪霊が出てこなかったら、どうしたものかと不安にもなったが、その心配は無用だったらしい。

 ぞわり、と背筋が凍る。

 霊視せずとも分かる黒い靄が凪の前方五メートルに湧き出てくる。これだけの魔力が集まれば、常人でも目視できるだろう。

「うわ、出た」

「これはまた、すごいのが」

 漆黒の靄は、徐々に体積を増していく。お化け屋敷に根ざした負の魔力は、次第に人と蜘蛛を掛け合わせたような異形となる。

「こういうとき、なんで蜘蛛が多いんだろ」

 零菜は昨年、蜘蛛の眷獣に追い回されて危ない目に遭ったので、それ以来蜘蛛をますます嫌うようになっていた。

『おお、おお、おおおおおおお……!』

 黒い靄の輪郭ははっきりとしない。どこから声を出しているのか分からないが、空気だけが揺れている。

「ここまでくるとわたしでも分かるな。これは、強いて言うと怒りかな」

 麻夜は即座に護身の呪術を使って悪霊からの干渉に備える。凪と零菜も同時に同じ術を使っている。

 悪霊となるほどの強い感情。その核になるのは、怒りや恨みといった「他者への害意」だ。

『許さない。許さない。絶対に許さない』

 悪意が呻く。唸る。黒い靄はその表面にさざ波を立てて、少しずつ形を変えながら、凪たちを睨み付けている。

『お前だ。お前だ。お前だ』

 悪霊の存在しない「目」が凪を見る。強烈な恨みの念が凪を射貫く。

「凪君、なんか恨まれることした?」

「こんな真っ黒な知り合いいないわ」

「だよね」

 もともと、悪霊というのは残留思念の結晶ではあるが、こうなってしまった時点で個人的な因縁などはあまり意味をなさなくなる。見たところ、この悪霊も個人の感情を最初の核にしたものではあるが、複数の悪霊未満のエネルギー塊を取り込んでやっとこの状態に成長したもののようで、すでに自我らしいものは存在しない。

 この悪霊が恨んでいるのは、凪のような「誰か」だ。

『お前だ。お前が悪いのだ』

 声ならぬ声が響く。

 地の底から溢れ出てくる負の念で空気全体が重くなる。慣れている凪にとってはそよ風程度だが、耐性のない人間ならば、この時点で体調不良になっていてもおかしくはない。

「俺みたいなヤツっていうのは、女子と一緒にこのお化け屋敷に入ってきたヤツのことだよな?」

『おお、おお、そうだ、そうだ、どれも楽しそうにしていたな。楽しそうにしていて、恨めしいな』

「この施設を管理してる人がな、あんたみたいのがいるせいで困ってるんだと。なんで、このお化け屋敷を選んだんだ?」

『恨めしいからだ。どいつもこいつも楽しそうだからだ。ここは男に媚びを売るばかりの女どもと女にだらしない男どもの巣窟だ。諸悪の根源だ。一部の男が富を独占するために、我らはいつも割を食う』

 血を吐きそうな勢いで口汚く罵る悪霊に、むしろ零菜たちは冷めた視線を向ける。

「んー、本当にこんな理由で悪霊になるんだ」

「いい迷惑だよね」

 声を潜めて、零菜と麻夜が語り合う。言葉の端々に明確な侮蔑の感情がこもっていた。それもそのはずだ。この悪霊が積み重ねた悪行の結果とその動機がまったく釣り合っていないのだから。

「そんな理由でたくさんの人に迷惑かけたの?」

『これ以上の理由があるか!』

 零菜の質問に、悪霊は唾を飛ばさんばかりの勢いで反論する。

『みんないいよなぁ、夏の思い出をここで作ってるんだ。我らはそんな機会もなかった。どうしてだ。なぜお前みたいなヤツがいるんだ。こんな可愛い女子を二人も連れて……!』

 もしも悪霊に目があったら、血涙を流していただろう。それほどまでに強烈な怒りと悲しみを感じる。理由はどうあれ、核になった感情の持ち主はよほど悔しい思いをしたのだろう。そして、類似する悲しみを背負った魔力の塊が結合して、この悪霊を生み出した。

 この悪霊は成立過程で多くの感情を取り込んでいる。それが、怒りのあまり分化したらしい。靄の中からいくつもの顔らしきものが浮かんでは消える。見ているだけで気味が悪い。

『ああ、可愛いなあ』『今で見た中で一番だ』『おっぱい』『腰つき堪らん』『右がいい』『左だ』『右の太ももいいなあ』『左の腰もいいぞ』『よく見ろ、左のおっぱいに目が行きがちだが右もかなりだぞ』『柔らかそうだ』『いい匂いしそう』『両方可愛い』

 いったいどれくらいの想念を抱えていたのか。それらが表に出てきては零菜と麻夜を批評している。まるで、好きなアイドルを討論する男子高校生のようだ。零菜も麻夜も、普通ではお目にかかれない美少女だ。だからこそ、そんな少女が同時に目の前に現れて、悪霊は混乱しているのだった。

 そして、情欲混じりの視線を向けられた挙げ句に自分の容貌を好き勝手に議論されている零菜と麻夜の好感度は地下深くまで下がりきった。

 滅多なことでは他者に悪意を抱かない二人が、揃って軽蔑しきった侮蔑の視線で悪霊を見据えている。

「そういうこと言うから彼女できないんだと思うよ」

 と、零菜が低い声で注意する。もちろん、そういった想念の塊である悪霊がこれで行状を弁える可能性は極めて低いどころか、悪霊を構成する想念の中には零菜の侮蔑と注意を受けて喜ぶものがいる始末だ。零菜が思わず口に出した「気持ち悪い」ですら、何の効果もない。

「とりあえず、本当に自分たちの行いを反省したほうがいいよ。本当、うん、ただ気持ち悪いだけだから。少なくとも、この人はそういうこと言わないよ」

 麻夜が凪を示して悪霊に指摘する。いつもよりもキツい物言いは零菜同様の理由からだ。これが悪霊だからいい物の、人間相手だったらどう反応したらいいものかと真剣に悩んでしまう。

『魅力的に見えるのは君たちが騙されているからだ』『どうせ誰にでもいい顔してるだけだ』『一番性質の悪いヤツに違いない』

「酷い言われようだ……」

 悪霊が相手なので話半分にしか対応していないが、とにかく凪への悪意が凄まじい。

「……それは、分からなくもない」

「……そういうとこがあるのは、まあ……」

 一方の零菜と麻夜は食ってかかる悪霊の言にうっかり一部同意してしまう。感情任せの適当な決めつけだが、二人から見て、凪にそういう一面があるようには感じられる。

『ほら見たことか』『他にも女がいるぞ』『許せねえなあ』『悪いことは言わないから別れるんだ』

「別に付き合ってるわけじゃないから」

「他の女って言っても、みんな家族だし」

『家族だと』『君たち姉妹なのか』『まだいるのか』

 悪霊が興味深そうに尋ねてきた。答えたのは零菜だ。

「……同い年の腹違いだけどね。順番でわたしが先。あと、わたしたち以外にも姉と妹がいる」

『まさか、その娘たちも』

「まあ、みんながみんなじゃないけど」

 それはつまり、今お化け屋敷にやってきた零菜と麻夜以外の姉妹にも凪が手を出している上に公認状態であるということだ。少なくとも悪霊はそう受け取った。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおお』

 慟哭の雄叫びを上げる悪霊。

「零菜、そこまで挑発しなくてもよかったんじゃないか?」

「……いいんじゃない、少しくらい」

「……文句を言いたくなる人がいるのは、仕方ないかもね」

 零菜と麻夜がなぜか悪霊の肩を持つようなこと言い始める。

「まあ、でも、関係ない人にとやかく言われたくないな」

「確かに余計なお世話だし」

 そして零菜と麻夜は「気持ち悪いし」と口を揃えて言う。

 悪霊のほうは怒髪天を衝く勢いで凪に悪意を向ける。

『姉に妹! 三密だけじゃ足りねえってか!』『どうせこれから濃厚接触するつもりだろう』『やはり、お前はギルティだ』

 明瞭な怒気を孕む魔力の塊が空気圧となって凪に襲いかかる。呪詛を帯びた呪いの風だ。これを凪はあらかじめ用意していた呪符で受け止めた。

「好き勝手言いやがって」

 お化け屋敷中に散らばっていた悪意の気配が、目の前に集まっている。あり方は以前戦ったエレディアに近い悪霊の集合体だ。ただし、その結合は緩くお化け屋敷全体に広く分散していた。

『攻魔師だ』『謀ったな』『散れ』『根を伸ばせ』

 凪を攻魔師と見るや、すぐに逃げ出そうとする当り、少しは頭が回るらしい。会話ができるだけの知性を持ち、獲物を見定める理性があった。悪霊として、それなりの成長をしていたのは間違いない。放置していれば、もしかしたら一個の魔獣として独立したかもしれない。

「逃がさないよ」

 麻夜が空中に爪を立てるようにして腕を振る。すると、魔力の糸が床、壁、天井に網の目のように張り巡らされ、結界を形成した。

 会話の中で少しずつ構築していた術だ。悪霊を逃がさないよう封じ込めるためのものだが、内から外には出られず、外から中には容易に入り込める一方通行の罠である。魔女の娘である麻夜はこうした魔術を幼少期から学んでいた。

 凪が呪符を投じる。投げた呪符は十枚で、それが一列に繋がって鎖となる。

『お、おおおおおおおおおおおおおおおお!』

 呪符の鎖は悪霊の周囲で円を描き、その動きを封じ込める。

「零菜」

「了解」

 零菜の手に一本の槍が現れる。雷光の槍槍の黄金(ハスタ・アウルム)だ。

「槍の黄金――――極小展開」

 身の丈ほどの槍が小さくなって、短剣程度の長さになる。屋内での取り回しが容易な小型版だ。攻撃能力は大幅に下がってしまうが、その最大の特徴である魔力無効化能力は健在だ。凪の眷獣が古城の眷獣のスケールダウン版だということを聞いて考案した形態である。

 零菜は小型化した槍の黄金は、悪霊に向かって投じた。 

 例え、真祖クラスの眷獣であろうと魔力無効化能力を前にすれば形無しだ。まして、ただの悪霊など、一溜まりもない。

 断末魔の悲鳴挙げることも許されず、悪霊はその核となる情念ごと魔力を消去されて、この世から消え去った。


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