私は、故郷が嫌いだ。
私の生まれ育った村は、それはそれはのどかな村だった。
自然が多くゆったりしていて、人々のつながりは深く暖かい。
そんなのは表向きの話だ。
本当は、畑仕事で四六時中働いていた。休みはないし、重労働だ。貧しくて、いつも食べるものに困っていた。どこへ行くにも不便だし、贅沢なものは何も買えない。
何より嫌いだったのは、人々のつながりだ。
その村は、ウサギ獣人が集まってできた村だった。ウサギ獣人は性欲旺盛だ。いつも異性のことばかりだ。村では浮気や不倫ばっかりで、惚れた腫れたの大騒ぎ。
だから、私はこの村が嫌いだった。いつか抜け出そうと考えてた。幸い私は美人だ。歌だって踊りだって得意だ。どこへ行っても生きていける。
転機が訪れたのは、14歳の頃だった。当時付き合っていた彼に、体の関係を迫られた時だった。このままでは、ここの村人と変わらない。そう思った私は、彼を蹴り飛ばし、着の身着のまま旅に出たのだ。うわさに聞く都会をめざして。
私は、都会が嫌いだ。
うわさに聞く都会は、それはそれは華やかな場所だった。
道や家が舗装され、物はあふれかえっている。夜には明かりがともされて、満点の星空のように町を照らす。
そんな幻想、1週間で終わった。
私には、仕事がなかった。当り前だ。私には学がない。文字だってあまり読めないし、教養だって知らない。顔と踊りでどこか働けると思ったけれど、私の才能は、本物には叶わなかった。だから私は、場末の酒場で、踊り子として日銭を稼ぐしかなかったのだ。
「あら、準備ができたの?ウサギちゃん?そのかわいらしい体で、男たちを弄ぶの頑張ってね?」
ああ、またアビゲイルの嫉妬か。どこへ行ってもおんなじね。
「ったく。人の彼を横取りしておいて。よく働けるわよね?」
は!?そんなの聞いてない。というか、それ、あの迷惑な客のこと?
「あら、あなただって、踊りがあるじゃない?そのかわいらしい踊りが。彼に見せてあげたら?きっと喜ぶわよ。」
「っ…!」
私は、愛が嫌いだ。
田舎にいても、都会に来ても、私の期待される役割は同じだ。かわいらしい、愛らしい。小さな小さなウサギちゃん。性欲旺盛で、簡単に体を許してくれるウサギちゃん。都会の男たちは、そう目で語っていた。私はあの目が嫌いだ。愛なんて綺麗なもので包み込まれた、むき出しの欲望が嫌いだ。
だから。君と出会ったことは。私にとってはありえないことだったのだ。
その日、酒場の舞台で踊るとき。いつもと違う雰囲気を感じた。私を食べたいという、欲望にまみれたいつもの視線と、それとは似ているようで違う、暖かな視線。でも、その瞬間の私は、それを表現する言葉が見つからなかった。
私の踊りが終わると、テーブルのほうが騒がしかった。私は、小さな体で人ごみを通り抜け、それを確認する。
「どうかしたんですか?」
「ん?ああ、オリビアちゃん。いや、喧嘩してるみたいでさ。」
声のほうをよく見ると、常連客が、ご新規さんを取り押さえているようだった。
「離せ、私が彼女の運命の番だ!」
「さっきからわけの分からないことを言うな!またオリビアのストーカーか!?」
彼と目線があったとき、彼の言葉を聞いたとき、舞台で感じた物の答えが分かった。
運命の番。風のうわさで聞いた、おとぎ話の話だ。狼獣人の王子様が、お姫様を食べてしまう話。そんなばかげたお話。いつもの私だったら聞き捨てていたところだろう。だけど、君の眼を見ると、どうしても放っておけなかった。
「すみません!」
「ん?おおオリビアちゃん!?」
「その人、私の知り合いです。」
「お、おう、そうか?」
「離してあげてください。」
本当に危険なことをしてるってわかってる。でも、私は、彼の手をひき、店の裏へ来ていた。
「あの....。」
「....。」
「さっきはありがとう。」
「名前、教えて。」
「へ?」
「自己紹介!こういうのは男の子が先でしょ?」
「あ、ああ。」
そういうと、しばらく考え込んでから、彼は口を開けた。
「私はユージン。ユージン・クライスラー。クライスラー子爵の長男だ。」
彼はそう堅苦しく自己紹介をした。
「へー、王子様みたいな自己紹介ね。」
「いいや、王子ってほどではないが…。」
あやしい。ていうか子爵って何?どう考えてもこんなみすぼらしい服の人が貴族なわけないのに。頭の調子でもよくないのかしら。でも。
「私はオリビア。そこの酒場で踊り子やってる。」
「ああ。オリビアっていうのか。」
「ねぇ」
「ん?」
「食事でもしよ?いいとこ知ってるんだ、私。」
いつもだったらしないのに。なぜか私は彼を食事に誘っていた。
「注文は?何にする?」
「ええと、何をすればいいのだ?私は。」
「は?」
「あ、いや、こういう場所に来るのは初めてで。」
「酒場に来るの初めてって、あんたまさか未成年?」
「いいや21だが。」
「まさか、ほんとうに、王子様、だったり…。」
そういうと、彼は何かを飲み込んだようにうなづいた。
「え、ええ!?」
それが、私と彼との出会いだった。