あの日から、エリックにはたびたび相談を持ちかけるようになっていた。彼も大学の研究がひと段落着いたようで、時間があるみたいだった。だから、私のことも気にかけてくれて。ふと困ったことを相談していた。
同族の男女が二人。白昼堂々会っているのだから、はたから見ればカップルのように見えると思う。でも、そう勘違いされてもいい。きっとこれで、あの傷を忘れられる。
「おはよう。オリビア。」
今日は、舞台を一緒に見る約束をした日だ。この間、ふと話の流れで見たことないといったら、あれよあれよという間に席を予約されて、いつの間にか、今日のデートを取り付けられていた。昔は情けないお坊ちゃんのように思っていたけれど、意外と彼は手際が良かった。
「今日もかわいいよ、オリビア。」
「もう。ほめても何も出ないんだからね。」
「特にそのリボン。」
「え、ああ。これ。」
「初めて見た。よく似合ってるよ。オリビア。」
「これは…。そう。よかった。私も気に入ってるの。これ。」
彼は、細かいことに気が付く。それを惜しげもなく私に伝える。あの狼と違って。
「ごめんね、ほかの劇は予約が先まで埋まってて。簡単なミュージカル作品しかなかったけれど。」
「え、いいよ。わたしこういうの初めてだもん。いきなりだとちょっと敷居高いもの。」
その日、初めてみた舞台は、子供の頃絵本で聞かされた物語だった。悪い魔王にお姫様がさらわれて、それを救いに行く勇者の物語。どこにでもある英雄譚。だけど、舞台での演出は、とても華やかなものだった。高価な楽器の音色に合わせた、コーラスのハーモニー。動きを追うことも大変な、大胆なダンス。私がかつて憧れた夢物語も忘れて。食い入るように見つめていた。
ふと、隣を見つめる。あの灰色の毛皮を追って。あの高い背を思い出して。あの人はどんな表情をしているのか。退屈そうに見ているのか。食い入るように見ているのか。
私の眼に入ったのは、白い毛皮の優しい表情だった。
「どうした。大丈夫。」
彼が小声でそう答える。
「ううん。何でもない。」
私はそう答えた。
彼のデートは。まるで、理想のデートそのものだった。いつだったかアビーが言っていた、いつかしてもらいたいデートプラン。細かな気遣い。そして舞台やレストランの予約。全てが私優先で、だけど、私がやることはほとんどない。それはとても嬉しくて。でも、どこか寂しかった。
「ありがとう。エリック。」
「え。」
「舞台だけじゃなくて、レストランまで予約してあるとは思わなかったから。」
「いいや、いいよ。僕がやりたかっただけだから。」
「そっか。ありがとう。」
彼は私のことをとても大切に扱う。それは、私のことが好きだからだ。下心があるのは分かっているけれど、それを感じさせないくらい、彼は私に優しくしてくれる。
彼とは、きっとこれから長い付き合いになるのかもしれない。もしかしたら彼とこのまま結婚するのかもしれない。
それでいい。それがいい。あんな恋。もうしたくはないのだから。あの狼のことは忘れるべきなのだから。
「ねえ、大丈夫、気分悪くない。オリビア。」
「え、急にどうしたの。」
「いや、さっきから、ごはん食べてないから。」
「…なんでだろう。食欲わかなくって。」
「大丈夫。もしかして、体調悪いのに無理して僕に付き合ってた?」
「いいえ。そういうのじゃないの。ただ。食べたくないだけ。」
なんでだろう。ユージンといた時は、あんなにご飯が美味しかったのに。今はただ、味がしない。のどに何かをつっかえたような気分だった。