納得がいかない。あれから数日。気が付くといつも彼のことを思い出してしまう。昨日だってダンスの振付を間違えた。お皿を割ってしまった。こんな調子なのに、体調はすこぶるいいんだからもうどうしようもない。それと比べて、この狼は、とても満足そうに私を見つめていた。
「どうしたオリビア。そんな顔して。」
「…いいえ。何でもない。」
川辺の見晴らしのいいレストラン。向こう岸には工場が見えて、夜勤労働者たちが光り輝いている。霧とともに夜に浮かび上がる光は幻想的で、どこか森の中の屋敷を思い浮かべるようだった。
ユージンと出会ってからもうそろそろ2か月になる。あれから、彼は、たびたび私の前に現れては、ご飯を奢ってくれるようになった。私だって仕事をしている。誰かに奢られるなんて、そんなにうれしいことではないはずだった。
むかし、誰かさんに無理やり奢られて、それを引き合いに付き合おうと言われた時があった。でも私はその気はなかった。そのことを伝えると、彼は私を着け狙うようになったのだ。その時は、おかみさんがどうにかしてくれたけれど。いまでも何か根に持たれているような気がする。そうして私は、都会では、下手に男をかどわかしてはいけないと学んだのだ。
なのに、ユージンからはそういう事を求められなかった。いつも私を割れ物みたいに優しくエスコートしてくれて。いつも私が食べられないような物を食べさせてくれる。何が楽しいのだかわからないけれど、私の話を親身になって聞いてくれて。私が食事を口にするとき、大層嬉しそうに私を見つめている。
でも、それだけだ。それ以上のことは求められなかった。それは恋人同士の関係というよりも、どこか親子のような関係に近くて。彼からは子供を育てるような、何かを待ちわびて、大切に育てるような目線を感じて。とても心地がよくて。でも、ちょっとだけ寂しかった。
彼は今、とても美味しそうに、運ばれてきた食事をたしなんでいる。
「…人の気も知らないで。」
「ん、何か嫌な事でもあったか。」
「いいえ。何でもない。相変わらずすごいなって思って。」
「どうした。急に。」
「……この間聞いたの。そこの大きい工場。あなたが持ってるんだって。」
「ああ。まあ、正確には父のものだが。」
「でも、すごいじゃん。私とは比べ物になんない。なんで私を誘ってくれたの。」
「それは。」
「なんてね。ありがとう。いつも奢ってくれて。私うれしい。」
あれから、彼と顔を合わせるうちに、彼が私とすむ世界が違うことが分かってきた。田舎娘の平凡なウサギ獣人と、貴族生まれの由緒ある狼獣人。二人の間には、天と地ほどの壁があるということを、少しずつ、心が覚えていった。きっと彼が私と付き合うのは、酔狂みたいもので、恋人同士になんて絶対なれないのだとわかってしまう。
だから、離れようと何度も思った。でも、彼の瞳を思い出すと、どうしても離れることは出来なかった。だって、彼と会うと、どこかフワフワして。例え、いつか私自身が傷つく事になったとしても。今だけは、この幸せを味わいたかった。
「ねえユージン。私幸せ。」
「そうか。私もだ。」
私たちの関係は。きっと恋というよりも。遊びに近いのだろう。本当に愛し合えない。愛し合ってはいけない。それだけ格差は大きいものだって。気づいていた。
だから。彼とは遊びの関係で、本気には絶対にしないのだと、心に誓った。