彼と出会って、何度目かの食事。もう、私の心は開き直っていた。あの時みたいに、こころがちくっとなる感覚はなくなってきた。今ではいつもどおりの調子で、ユージンをからかうことだってできた。私と彼との関係は、長い人生の中の思い出の、たった一つ。だからあんなこと言われても、あまり心には響かなかった。
「なあ、オリビア。」
「ん、どうしたの。」
「私は、今日、婚約を申し込まれた。」
「え…」
しばらくの間、私たちの間には沈黙が流れた。でも、私は、そのことに思わず吹き出してしまった。
「ふふ、へぇ。あなたが婚約ねぇ。ぷっふふ」
「笑わないでくれよ、オリビア。」
これまでの逢瀬で、意外にも彼が抜けていることは分かってきた。この間なんか、私が入れそうにないレストランに予約を入れていて、門前払いをくらった。私はその時ちょっとだけ傷ついたけれど。それ以上に君が悲しい顔をするから、なんだかいじけるのも馬鹿らしく思えて、その日はいつの間にか彼を慰めていた。
そんな人に、婚約者ができるのだから、きっと彼女は、素晴らしい人間なのだろう。彼を支えられるくらいしっかりした獣人なのだろう。
「ねぇ、婚約者ってどんな人。何獣人。」
「狼だ。そうだな、礼儀正しくて賢そうなお嬢さんだったよ。」
「ふーん。お似合いじゃん。」
私たちの関係は、これからどんどん離れてく。もう少しで、私たちの逢瀬も浮気になるのだろう。
「そんな婚約者がいるのに。私と、こんな酒場で会ってていいわけ。」
「いや、それは…。」
彼が戸惑った顔をする。こういう顔はちょっと好きだけれど、ずっとこれだと切なくなってくる。でも、きっと私たちには必要な感情だ。一緒にいたいと思えば思うほど、辛くなっていくのだから。そんな風に、いつでも離れられるように。相手のことを傷つけないような別れ方ができるように。
でも、ちょっとだけ怖かったから。あなたに笑って話しかけた。
「まあ、私はごはん奢ってくれるからいいけど。」
「そうか。そうだな。素直に食べてもらえるとありがたい。」
「ん?なに?急にあらたまって。」
「あ、いや別に。」
「そっか。」
ただ、たまに仕事帰りに会って、ご飯を一緒に食べるだけの関係。それは、素晴らしい時間だったけれど、それ以上のものを生まない。
きっと、私なんかより。その婚約者と過ごしたほうが有意義な時間だろう。なんていったって彼は貴族だから。
こんな関係はすぐやめにしよう。そうおもったけれど。1日、また1日とその日を先延ばしにしてしまった。だから、あんなことがおこったのかもしれない。