星の降りたこの街で   作:わし座53番星

5 / 16
私なんかより

彼と出会って、何度目かの食事。もう、私の心は開き直っていた。あの時みたいに、こころがちくっとなる感覚はなくなってきた。今ではいつもどおりの調子で、ユージンをからかうことだってできた。私と彼との関係は、長い人生の中の思い出の、たった一つ。だからあんなこと言われても、あまり心には響かなかった。

 

「なあ、オリビア。」

「ん、どうしたの。」

「私は、今日、婚約を申し込まれた。」

「え…」

 

しばらくの間、私たちの間には沈黙が流れた。でも、私は、そのことに思わず吹き出してしまった。

 

「ふふ、へぇ。あなたが婚約ねぇ。ぷっふふ」

「笑わないでくれよ、オリビア。」

 

これまでの逢瀬で、意外にも彼が抜けていることは分かってきた。この間なんか、私が入れそうにないレストランに予約を入れていて、門前払いをくらった。私はその時ちょっとだけ傷ついたけれど。それ以上に君が悲しい顔をするから、なんだかいじけるのも馬鹿らしく思えて、その日はいつの間にか彼を慰めていた。

そんな人に、婚約者ができるのだから、きっと彼女は、素晴らしい人間なのだろう。彼を支えられるくらいしっかりした獣人なのだろう。

 

「ねぇ、婚約者ってどんな人。何獣人。」

「狼だ。そうだな、礼儀正しくて賢そうなお嬢さんだったよ。」

「ふーん。お似合いじゃん。」

 

私たちの関係は、これからどんどん離れてく。もう少しで、私たちの逢瀬も浮気になるのだろう。

「そんな婚約者がいるのに。私と、こんな酒場で会ってていいわけ。」

「いや、それは…。」

彼が戸惑った顔をする。こういう顔はちょっと好きだけれど、ずっとこれだと切なくなってくる。でも、きっと私たちには必要な感情だ。一緒にいたいと思えば思うほど、辛くなっていくのだから。そんな風に、いつでも離れられるように。相手のことを傷つけないような別れ方ができるように。

でも、ちょっとだけ怖かったから。あなたに笑って話しかけた。

 

「まあ、私はごはん奢ってくれるからいいけど。」

「そうか。そうだな。素直に食べてもらえるとありがたい。」

「ん?なに?急にあらたまって。」

「あ、いや別に。」

「そっか。」

ただ、たまに仕事帰りに会って、ご飯を一緒に食べるだけの関係。それは、素晴らしい時間だったけれど、それ以上のものを生まない。

きっと、私なんかより。その婚約者と過ごしたほうが有意義な時間だろう。なんていったって彼は貴族だから。

こんな関係はすぐやめにしよう。そうおもったけれど。1日、また1日とその日を先延ばしにしてしまった。だから、あんなことがおこったのかもしれない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。