目的もなく。町の中をさまよい歩く。霧の奥に見えるのは、様々な人影。あっちはリス獣人で、あっちは狐。体の大きな熊獣人に、外国生まれのライオン獣人にトラ獣人。でも、改めてみると、みんな隣にいるのは同属の獣人ばかりだ。
都会に来て、最初は驚いたものだ。いろんな種族の動物がいて、みんながみんな自由に生きている。そんな風に感じてた。でも実際は自由ではなかった。実力のある人はそれなりにいろんな仕事ができるけれど、大体の仕事は種族の特徴にあったものを選んでいる。そして、自然と自分たちと同じ種族で固まっていく。それは田舎暮らしともほとんど変わらなかった。だから、ウサギと狼が一緒にいるのは、最初からおかしなことだったのだ。
前から人が歩いてくる。あの長い耳はきっとウサギ獣人だ。きっと私は本当は、あの人みたいなウサギ獣人と付き合うべきなのだろう。結婚して子供を産んで。それは、大っ嫌いな田舎の人たちと何も変わらない。きっと私はこの街でも、何者にも慣れない。
そんな風に人ごみの中を歩いて行った。
「……オリビア。」
「え」
そのウサギに声をかけられた。なぜか彼は私の名前を知っていた。
「ああ、やっぱりオリビアだ。」
「えっと、どなたですか。」
「あ…、ごめん。少し浮かれすぎてしまった。」
何処で会ったんだろう。人の好さそうな顔立ちに、真面目そうなたたずまい。きっちりとスーツを着こなして、お金持ちそうな姿をしていた。
「忘れちゃったかな。ほら、同郷の。」
記憶の端を思い出す。地元で知り合いだった男の子は結構いたけれど、確か、こんな丁寧な人は。
「もしかして、エリック。」
「そう。そうだよ。エリックだ。うれしいな。覚えてててくれたんだ。」
「ふふふ。」
「っといけない。立ち話もなんだし、どこかカフェにでも寄ろうか。」
「何それ。ナンパでもしてるの。」
「あ、いやっ、そういうわけじゃなくて。」
「どういうわけ。」
「みんな心配してたんだ。3年前、急に君がいなくなって。だから、話を聞きたくて。」
「そう。私。高いわよ。」
「望むところ。」
カランと、ガラス細工の音が聞こえる。落ち着いた雰囲気のある店で、客層はまちまち、年上の労働者もいれば、きっちりとスーツを着込んだ若者もいる。新聞を読んだり、同僚と話したり。そんな人たちが一緒に紅茶を飲んでいる。
「3年間、村の人たちは、みんな君の身を案じていたよ。」
「よくまあ律儀に。もうとっくに忘れられていると思った。」
「突然いなくなっちゃうんだから。森の中で死んでしまったのではと、うわさする人もいた。だけど。僕は信じてたよ。君がどこかで頑張って生きてるんじゃないかってね。」
「そう。」
「ねえ。どうして急にいなくなったりしたんだい。」
「べつに。大した理由はないわ。あの場所が嫌だっただけ。」
「そっか。」
エリックは、いわゆるお坊ちゃんだった。私たちの村の土地を管理している貴族の家系で、彼は長男として生まれた。貴族といっても、彼らは質素な暮らしをしていた。いつも村の畑仕事を手伝っていたし、冠婚葬祭は積極的に参加して。家だって大きくはあったけれど、質素な外観をしていた。地域に根差した貴族。そういえば聞こえはよいだろう。だから、村人たちからは慕われていて。彼もまた、村の年頃の女の子が狙っているような人気者だった。
「エリック。あなたはなんでこんなところにいるの。」
「ああ。今は大学に通っていてね。こっちでいろいろと勉強しているんだ。」
「へぇ。やっぱり真面目なのね。エリックは。」
「おかげさまで。ねえ。オリビア。」
「なに。」
「今度、また地元に帰るんだ。そのとき、一緒に帰らないか。」
「え。どうして急に。」
「オリビアは地元の人気者だから。帰ってきたらみんな喜ぶと思う。それから…」
「…私今、順調なの。」
「えっ。」
「仕事だって忙しいし、付き合っている人だっている。だからまだ、帰りたくないかな。」
「そう、そっか。そうだね。」
「またどこかで会ったらお話ししましょう。」
嘘をついた。私は都会で、うまくいくほどの人間じゃない。でも、あの田舎にいるよりはましだった。あんな場所で枯れるくらいなら、まだこの街で咲いていたい。ユージンのことを思い出すと、少しだけ心は揺れ動いていたけれど。