「ため息なんかついて。どうしたのよ。」
「え、あうん。別に。ごめんね。アビー。」
「はぁ。そういう顔されると。こっちだって気が滅入るんですけど。」
やっぱり。数日前のあのことは傷ついているみたいだ。狼同士、貴族同士、分かり合える部分は多いのだろう。ここは、敢えて身を引くべきかもしれない。そもそも付き合ってないんだし。でも、心のどこかで何かが引っかかっていた。
「……一つだけ。私から忠告してあげる。」
「何よ。」
「女に困り顔をさせる男なんて。大した獣人じゃないのよ。」
「別に、私、あなたほど男に困ってないんだけど。」
「そういうのじゃなくって。出来る男ってのはね、女を安心させるものなの。女の子は恋したら笑顔になるものなの。そこら辺、あの狼に甲斐があると思えないわ。」
「別に、ユージンとは恋人じゃないし。そういうの私は期待してない。」
「あっそ。まあ、そうやっていじけてるのは勝手だけれど。早く準備しないと遅刻するわよ。」
「はいはい。分かりましたよ。」
予定通りならば、今日はユージンが会いに来てくれる日だ。仕事終わりに私を迎えに来てくれる日だ。また、川沿いの見晴らしのいいレストランで、ご飯を奢ってくれる日だ。いつもだったらワクワクするのに。今日はあんまり会いたくない。
そんな気分で仕事をしていた。
だから、彼が不安そうな顔で私を迎えに来た時。少しだけ、安心したのだ。
「どうしたの、元気ないね、ユージン。」
「いや。ここ数日寝不足でね。」
「えー。無理しないでね。せっかくの色男が台無し。」
「そうか。すまないな。」
いつもの、綺麗なレストラン。でも今日は、なぜか心は落ち着かない。
何気ない会話で受け流す。私の本当の気持ち。辛さがばれないように、嘘の笑顔で取り繕う。彼のしぐさを見逃さないように。しっかりと彼の顔を見つめる。
彼と会うときは、こんな顔したくはなかったと、心のどこかで思いながら。
「ああ、そういえば、この間、舞台を見に行ってね。」
「へー舞台かー。いいなー。面白そう。」
きっとこれは、あの婚約者といったのだろう。おあつらえ向きに舞台へ行くなんて。ユージンもなかなかに罪な男だ。
「私見たことないからさ、ちょっと気になって。どんな内容だったの。」
「いいや、あまり面白いものでもなかったよ。」
少しずつ、私の知らない、彼の思い出が増えていく。彼はどんどん離れていく。当たり前だ。私はそもそも、彼の人生の中で生きていちゃいけない獣人だ。いっその事思いっきり振ってくれればいいのに。でも、運命といってくれた彼の瞳を、信じたいとも思った。
「婚約者とはうまくいっているの。」
思い切って聞いてみた。彼は彼女のことをどう思っているのか。返ってきたのは意外な言葉だった。
「上手くは行っているのだが、向こうが積極的というか。」
「ほう。」
「向こうは私のことを、運命のつがいと言ってはくれるのだが。私にはピンと来なくて。」
「ふーん。」
運命なんて、私にあんなに簡単に使ったのに。はたから見れば、あなたたち二人はあんなに完ぺきな番だったのに。なんで、迷っているのだろう。
ああ、そうか。彼は優しいのだ。誰も傷つかないように。立ち回ろうとしている。田舎にいた時は、こんな面倒な男なんて放っておいたけれど。でも、彼を好きになってしまった今は、それすらいとおしく思える。
だから、勇気を振り絞って誘ってみた。
「今度、私とデートしない。」と
豆鉄砲をくらったみたいに。ぽかんとした顔をしていた。