本番3時間前。いつもだったら寝てる時間。私は起きて準備を始めた。普段は塗らない毛皮にオイルを塗りこむ。目元が目立つ化粧をして、体中を櫛で梳かして、余裕のあるけづやを印象付ける。丸い尻尾はチャームポイント。何度も姿見で確認する。この服で合っているのか。もっと別の組み合わせがあるのではないか。彼に合わせて完成させていく。
彼の姿に気後れしないように。彼のキラキラした毛並みに合わせられるように。さりげなく。少しずつ。全身の私が出来上がっていく。
そんなことを考えているうちに、あっという間に待ち合わせ時間になってしまった。
駅前の広場で待ち合わせ。朝の陽ざしは、何時もと違ってキラキラ輝いていた。
遠くからでもわかるこの感覚。彼は何処でも目立っていた。
「おはよう。」
「おはよう。オリビア。」
照れた声が返ってくる。コーディネートはうまくいったようだ。
素直にかわいいと言ってくれないのはさみしいけれど。まんざらでもない彼を見ると、なんだかうれしかった。
「デートプランは私に決めさせて。」
そういったのは、彼と一緒にいる時間を、いつも以上に最高で、よりよいものにするためだった。
だって、これはきっと。彼との最後の思い出だから。この出来事が、永遠に私の中で生きるために。
商店街の雑貨店。豪華なものは、それほど売っていないけれど。田舎にいた時よりはずっといいものが売っている。
「このリボン。どっちがいいかな。」
「どっちもかわいいよ。」
たわいのない会話に、少しずつ意味を見出す。彼の一言が、きっとこれからの思い出になるから。
「選ばなくても両方買うのに。」
「ううん。こっちがいいの。」
彼が選んでくれた。私のために選んでくれた。私を見つめてくれた。その事実が大切だった。それは、きっと明日を生きる勇気になるから。
住宅街から少し離れた、高級志向のカフェ。ユージンが連れていってくれる場所と比べたら全然かもしれないけれど。私にとっては少し高い。けれど、落ち着いた場所で彼のことをもっと知りたかった。
「へー。そんな場所なんだ。ユージンの故郷。」
彼の故郷は、とても栄えていたらしい。私の故郷と距離が変わらない位、ここから遠い郊外で。でも、彼と彼のお父さんで工場を経営して、それがとても成功しているらしい。元々の農場と合わせて、多くのお金が集まってきて。きっとあの時わたしが買えなかった物もいっぱいあったのだろう。
「オリビアはどうなんだ。」
「え。」
「故郷。ここじゃないんだろ。」
一番聞かれたくない所。あんなに最悪な村。私の記憶から消したいくらい。だけど。
「いいわ。教えてあげる。って言っても何もないところだけれど。」
あの場所は、いつだって同じことの繰り返し。私から見たら決して幸せそうに見えなかった。
「そんなお祭りがあったなんて、随分と楽しそうじゃないか。」
「いいえ、いつも同じ出店だし。すぐに飽きちゃうわよ。ユージンの所は、お祭りなかったの?」
「あったにはあったが、親が許してくれなくてな。勉強しろと言われて行かせて貰えなかった。」
「ふーん。貴族も大変なのね。」
そんなこんなでお互いのことを話していると、いつの間にか日暮れの時間になっていた。
「あれ。もうこんな時間。」
「ああ。帰りは送っていくよ。」
「あ、ちょっと待って。」
私は。最後に彼を試すことにした。
「最後に行きたい場所があるの。」
街から一時間ほど歩いた先に、その丘はあった。ほとんど道が補整されていなくて。慣れなければ登るのも大変な丘だった。
街に来てしばらくたって。故郷が少しだけ恋しくなって。故郷と似た場所を探してここに着いた。でも、驚いたのは、ここからでも街の夜景は綺麗に見えるということだった。それはまるで、田舎ではあんなに遠かった夜空の星々が、目の前の地上に振ってきたようだった。
それを見たから。それを美しいと感じたから。私は、この街で生きていきたいと感じたのだ。
星の降りたこの街で、私は咲いていたいと。
「……私ね。君と出会うまで、私の人生が嫌だった。」
「え?」
「どこに行っても、私はずっとウサギの娘のママ。可愛くって。あばずれで、簡単に体を開くような。」
私は、彼のその、番に向けるような優しい目に惚れていた。ほかの男とは違う。私を大切にするような、私に執着するような瞳は。私のあたまにこびりついて離れなかった。だから、最後は…。
「私、初めてだったの。ウサギに生まれて、女の子に生まれてよかったって思ったこと。……ねえ、ユージン。私はあなたのことが好き。だから、ここで、キスして。」
全ての時間が止まったような感覚だった。彼だってきっと分かってるはずだ。私たちは結ばれてはならない関係なのだと。彼にとっての本当のつがいは、あの綺麗な婚約者なのだと。
でも、もしかしたらと。心のどこかで期待していた。
もう。何秒たったかもわからない。もしかしたら何分もたっているのかも知れないし、1秒もたっていないのかもしれない。でも。彼の唇が、私に触れることはないということだけが分かった。
「そう、だよね。やっぱり来てくれないよね。……別れよう。私たち。そもそも付き合ってもないんだし。」
「あ…いや待って。」
「来ないで。……きっと私たち、本当は、出会うはずなかったの。」
最後に、精一杯の笑顔でこういった。
「…婚約者さんに優しくしてあげてね。」と。
私は、決して振り返らずに走った。彼が追ってきてくれることに、少しだけ期待して。