ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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14話目にして初めてのマトモなISバトルです


蒼き涙は誇りの証

「模擬戦がしたい? 俺と?」

 

 夕食を摂っていた一夏が、声を上げる。

 学食のざわめきが一瞬だけ遠のき、周囲の空気がわずかに張り詰める。

 箸を持つ指先に、微かな緊張が走った。

 目の前にいるのはセシリアだ。

 金髪が照明を受けて柔らかく輝き、凛とした立ち姿が周囲の視線を自然と集めていた。

 その気品ある佇まいに、一夏は一瞬だけ言葉を失う。

 生徒会での初仕事を終えた一夏はそのまま食堂に来ていた。

 例によって二人前の定食を食べているところに、セシリアがやってきて模擬戦を申し込まれたのだ。

 

「ええ。クラス対抗戦も近づいてますし、試合勘を取り戻す意味でも協力していただけないかと思いまして」

 

 セシリアの言い分は分かる。

 学園に入学する前は、彼女も本国イギリスで模擬戦を重ねていただろうが、IS学園に入学してからはおそらく出来ていないのだろう。

 同学年の代表候補生二人とは、クラス対抗戦でも戦う以上、手の内を明かしたくないと考えるのも理解できる。

 その点、一夏相手ならクラス対抗戦で戦う事もないから、手の内を明かしたところで問題はなく、格好の練習相手となる訳だ。

 

「俺は問題ないが、アリーナは取れているか?」

「ええ、明後日の放課後、二時間貸し切りですわ」

「良く取れたな」

 

 一夏は思わず眉を上げる。

 アリーナの予約は常に争奪戦だ。

 それを押し切って確保したという事実が、セシリアの本気度を雄弁に物語っていた。

 まだ訓練機を扱えない一年生が参加しないとはいえ、よく貸し切れたものだと一夏は思う。

 まあ、事情を説明し学園側も模擬戦のデータを採る機会だと協力したのかもしれないが。

 

(結局、俺がISを使ったデータは採れてないだろうし)

 

 楯無が行った試験では、結局ISは使わずに終わった。

 学園側としてもどこかのタイミングで、と思っていたところへのセシリアの申し出は渡りに船だったのだろう。

 

「対、鈴や簪を考えた時の仮想敵にはなれないかもしれないが、よろしく頼む」

「そこまでは求めてませんので、お気になさらず」

 

 スカートを摘まんで挨拶をしてセシリアが去っていく。

 その動きは優雅で、まるで舞踏会の一幕のようだった。

 だが、その背中には、戦士としての静かな闘志が確かに宿っている。

 一緒に夕食を、とも思ったが声をかけるのはやめておいた。

 最近は感じないが、初めて会った時に軽く嫌われているのを思い出したからだ。

 

(ティアーズ型との勝負はあの時以来、か)

 

 苦い記憶を思い出し、渋面を浮かべる。

 胸の奥に、冷たい針のような痛みが走る。

 あの時の無力感は、まだ完全には消えていない。

 自身の正体が発覚するきっかけとなったISと同型機。

 当然、操縦者も武装もスペックもすべて違うが、思うところが無い訳ではない。  

 

(どう戦うかね)

 

 生姜焼きを口に運びながら、脳内でシミュレーションをする。

 食堂の喧騒が遠のき、頭の中ではすでにアリーナの空気が広がっていた。

 あの時は反撃を禁じられていたが故に逃げ一辺倒になったが、仮に反撃を許されたとしても、苦戦したのは容易に予想がつく。

 機体の細かいスペックを見ようとスマホを開くが、期待したような情報は出てこない。

 画面に映る断片的なデータが、逆に不安を煽る。

 「知らない」という事実が、戦場では最大の脅威になる。

 ISについての情報は原則、公開が求められているが、IS学園にいる限りは必ずしもそうとは限らない。

 サイレント・ゼフィルスは六基のビットを展開していたが、セシリアのブルー・ティアーズは何基展開できるのか。ライフルとは別に射撃兵装はあるのか。近接戦は本当にしないのか。

 如何せん、不確定要素が多すぎた。

 まあでも、と一夏は独り言ちる。

 

「……ここで負けている様じゃ、会長には勝てねぇよな」

 

 その言葉は、誰に向けたものでもない。

 だが、胸の奥に燃える小さな炎が、確かに強くなった。

 セシリアも代表候補生だ。

 弱いはずがない。けれど、一夏が目指しているのはその先の国家代表の椅子に座る楯無だ。

 ここで躓いている様では、その先を目指す資格があるはずもない。

 

(悪いが、超えさせてもらうぞ)

 

 先ほどまで、セシリアがいた場所を見据えて心中で宣言する。

 その視線は、戦士のものだった。

 食堂の喧騒の中で、一夏だけが別の世界を見ているような。

 無意識の内に、頬が吊り上がっているのを一夏は気付かなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 二日後放課後、アリーナには、一夏とセシリアが戦うとの話を聞きつけた一組の生徒が詰めかけていた。

 観客席にはすでに熱気が満ち、ざわめきが波のように広がっている。

 当然、他のクラスの生徒も見に来たがった様だが、模擬戦の理由が理由なだけに追い返されていたりする。

 

「さて、準備はよろしいでしょうか」

「ああ、いつでも良い」

 

 アリーナに浮かぶ二つの機体。

 セシリアの纏うブルー・ティアーズと、一夏の纏うヴァイスリッター。

 青と白の機体が、まるで空に溶け込むように静かに浮遊している。 スラスターの微かな唸りが、戦いの前触れとして空気を震わせた。

 すでに両者とも自身の得物を具現化(コール)している。

 ただの模擬戦なら合図もないが、今回はクラス対抗戦仕様だ。

 開始の合図を示すカウントダウンが設けられ、数字が減っていく。

 ホログラムの数字がゆっくりと点滅し、その光が二人の機体を淡く照らす。

 その光の揺らぎが、まるで心拍のように緊張を煽った。

 アリーナ中央に浮かぶ二機は、互いに距離を取りつつも、視線だけは外さない。

 一夏の視界には、青い機体が静かに揺らめいて見える。

 セシリアの視線は鋭く、しかしどこか柔らかい光を宿していた。

 観客席のざわめきは、透明なエネルギーシールド越しに遠く霞んで聞こえる。

 その静けさが、逆に緊張を際立たせていた。

 

「……随分と、見物人が多いな」

 

 一夏がフルフェイス越しに呟く。

 視界の端には、押し寄せた生徒たちの姿が映し出されている。

 彼らの期待と好奇心が、まるで熱気のようにアリーナを満たしていた。

 その熱気が、スーツ越しに肌へ伝わるような錯覚を覚える。

 

「当然と言えば当然ですわね。世界初の男性操縦者と、英国代表候補生たるわたくしの対決──興味を持たれない方が不自然ですわ」

 

 セシリアの声は一見すると落ち着いている様に聞こえる。

 だが、その裏に微かな昂揚が混じっているのを、一夏は聞き逃さなかった。

 声の端に震えるような熱があり、それが戦士としての本能を刺激する。

 

(戦いを前にして昂るのはIS操縦者の宿命かね)

 

 思いつつ、セシリアの機体を改めて見定める。

 

(……やっぱり、実際に向かい合うと違うな)

 

 ヴァイスリッターのHUD越しに見るブルー・ティアーズは、情報不足という言葉では片付かないほど、読めない。

 ビットの数も、射撃兵装の種類も、近接戦能力も──どれも推測の域を出ないまま今日を迎えた。

 青い装甲の光沢が、まるで深海のように底知れない。

 

(ま、でも初対戦ってのは、こういうもんか)

 

 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 それは恐怖ではなく、戦士としての昂揚。

 未知の相手に挑む時だけに生まれる、純粋な熱だ。

 だが同時に、相手がティアーズ型と言う事もあって、別の感情もあった。

 自分の正体が露見するきっかけとなった、忌まわしい記憶。

 逃げるしかなかった、あの無力感。

 胸の奥に沈んでいた黒い影が、ゆっくりと浮かび上がる。

 だが、それを押し返すようにスラスターが低く唸った。

 

(……表情が読めないというのは厄介ですわね)

 

 フルフェイスの下で、一夏はどんな表情をしているのだろうか。

 自分と同じ様に、戦いを前にした高揚を覚えているのか。

 あるいは、軍人らしく冷静なままだろうか。

 どちらでもいい、とセシリアはかぶりを振って考えを打ち消す。

 四基のビットが静かに軌道を描き、青い衛星のようにセシリアの周囲を巡る。

 その動きは優雅でありながら、いつでも牙を剥ける鋭さを秘めていた。

 

「織斑さん」

 

 セシリアの声が通信に乗る。

 その声音は落ち着いているが、どこか硬い。

 緊張を押し隠すように、言葉の端がわずかに震えていた。

 

「改めてですが今日は、お誘いに乗っていただきありがとうございます」

「ああ。気にすんな」

 

 短い沈黙。

 互いに、相手の未知を測り合う沈黙。

 その沈黙は、刃物のように鋭く、しかしどこか心地よい緊張を孕んでいた。

 セシリアは小さく息を吐く。

 その仕草は、一夏がフルフェイス越しでも分かるほど柔らかかった。

 だが次の瞬間、声色が変わる。

 

「──ですが、模擬戦と言えど遠慮はいたしませんわ。全力で参ります」

「望むところだ。俺も……ここで負ける気はない」

 

 互いの覚悟が、言葉の裏に滲む。

 アリーナの空気が一段階重くなる。

 観客席のざわめきすら、遠くに押しやられた。

 アリーナ中央のホログラムが点滅し、

 カウントダウンが始まる。

 

 3──

 

 数字が浮かび上がるたび、心臓が一拍強く脈打つ。

 観客席のざわめきが一瞬で静まり返る。

 

 2──

 

 ヴァイスリッターのスラスターが微かに光を増し、空気が震える。

 ブルー・ティアーズのビットが一斉に射線を形成した。

 

 1──

 

 二人の瞳が鋭く細められ、戦士の光を宿す。

 

 0──

 

 開始の電子音が鳴り響いた瞬間、空気が弾けた。

 先に動いたのは──セシリアだ。

 

「──行きなさい!」

 

 青い光が弾け、四基のビットが一斉に散開する。

 まるで、彼女の周囲に青い星座が形成されたかのようだった。

 ビットが空気を切り裂くたびに細い光の尾が残り、アリーナの空間に幾何学的な軌跡を描く。

 その軌跡は美しく、しかし同時に殺意を帯びた鋭さを孕んでいた。

 

(速い……!)

 

 一夏は即座にスラスターを吹かし、上昇しながら横へ跳ぶ。

 視界が一瞬で流れ、重力が身体を引き裂くように襲う。

 だが、その負荷すら戦場の感覚として心地よく感じる自分がいる。

 次の瞬間、ビットから放たれた青い光が、さっきまで一夏がいた空間を正確に貫く。

 光弾が通過した空間がわずかに歪み、空気が焦げるような匂いがフルフェイスの装甲越しに伝わる気がした。

 初手から勝負をかけている──そう錯覚するほどの精度。

 だが、セシリアの狙いは別にあった。

 ビットの射撃は、致命傷を狙うものではない。

 一夏の回避方向を限定し、動きを読める範囲に押し込むための射撃。

 初対戦だからこそ、相手の癖を早期に掴む必要がある。

 そのための布石。

 

(……なるほど、こう来るか)

 

 ヴァイスリッターの加速性能を活かし、一夏は射線の外側へ滑り込むように回避する。

 HUDに表示される軌道予測が高速で変化し、脳が追いつく前に身体が動く。

 だが──

 

「甘いですわ!」

 

 セシリアの声と同時に、ビットが軌道を変える。

 まるで生き物のように一夏を追尾する。

 その軌道の滑らかさに、一瞬だけ背筋が冷える。

 初対戦ゆえに、セシリアのビット制御の()が読めない。

 射線が予測できない。

 それが、一夏の反応を一瞬遅らせ、ビットの光弾が迫る。

 

「……っ!」

 

 一夏はヴァイスリッターの左腕を前に出し、受け止めた。

 装甲に青い火花が散り、衝撃波が腕の骨を震わせる。

 だが、その痛みが逆に意識を研ぎ澄ませた。

 ダメージは思ったよりは低い。

 

(威力は弱い……いや、抑えているだけか?)

 

 初対戦ゆえの不確定要素が、判断を鈍らせる。

 セシリアの本気がどこにあるのか、まだ掴めない。

 

(……全身装甲とは厄介ですわね)

 

 ビットの誘導射撃は、初見で避けるのは難しい。

 とはいえ、だからと言って受け止めるなど普通はしない。

 セシリアの視界に映るヴァイスリッターが、その無骨な白い装甲が、彼女の射撃を嘲笑うかのように光を弾く。

 通常のISであれば、装甲で覆われている箇所と、そうではない箇所に分かれる。

 装甲で覆われている箇所であれば、ある程度ダメージを抑えられるが、そうではない箇所であれば、場合によってはシールドエネルギーを突破して絶対防御を発動させる事も出来る。

 けれど、一夏の機体は全身を装甲で覆われているが故に、決定打を与えられたかが視ただけではわからない。

 とはいえ──

 

(反応速度も、判断も……想定以上ですわね)

 

 一夏が機体性能に頼っている訳ではないのはセシリアも分かっている。

 それに、開幕のビットによる全方位(オールレンジ)攻撃も難なく避けられた。

 むしろ、彼の動きは機体を使いこなすというより、機体が彼に追いついているように見えた。

 そんなセシリアの思考を切り裂くように、愛機からアラートが鳴り響く。

 その声に従ってセシリアが機体を上昇させると、一夏が放ったオクスタンランチャーの黄色い波が宙を奔っていく。

 黄色い光弾が空気を裂き、衝撃波がアリーナの壁に反射して低い唸りを響かせる。

 一夏が二射目を放つ前に、セシリアが自身の愛銃──スターライトMkⅢ──の引き金を引き絞る。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちと共に一夏が身を翻す。

 訓練でも感じたが、やはり射撃の腕はセシリアの方が上だと改めて身に染みる。

 狙って撃つ(・・・・・)というより当たる場所に撃っている(・・・・・・・・・・・)ような精密さがあった。

 二人はお互いに弧を描く様に、アリーナの外周を飛びながら、互いに射撃を行う。

 それを加速、あるいは減速しながら回避する。

 空中での攻防は、まるで二つの光が絡み合う舞踏のようだった。

 だが、その美しさの裏には、致命の一撃が常に潜んでいる。

 と、一夏がヴァイスリッターの背部からコンテナを射出。

 射出されたコンテナが開き、小型ミサイルが発射された。

 

「この程度!」

 

 たかが数発のミサイルなど、セシリアの脅威足りえない。

 ライフルの数射でミサイルを迎撃すると、命中したミサイルが周りを巻き込みながら爆発していく。

 衝撃波が空気を押し広げ、観客席のシールドが低く唸った。

 

「──まあ、お前なら迎撃出来るよな」

 

 爆煙を切り裂くように、白い機体が飛び出す。

 その右手には、オクスタンランチャーではなくプラズマブレードが装備されている。

 

(ここで近接戦闘への切り替えですか!)

 

 自身の機体にも、インターセプタと言うショートブレードは格納されている。

 けれど、セシリアは使わない。否、使えない。

 

「簡単に近づけられるとは思わない事ですわ!」

 

 四基のビットが一斉にセシリアの前へ回り込み、盾のように射線を形成する。

 

(……っ、点ではなく、面での射撃か!?)

 

 ビットが一斉に光弾を放つ。

 青い光弾が雨のように降り注ぎ、空間に無数の光の筋を刻む。

 その一つ一つが、致命傷になり得る鋭さを持っていた。

 一夏は咄嗟に機体をひねり、弾幕の外側へ逃れる。

 だが、その瞬間──

 

「捕まえましたわ!」

 

 セシリアのスターライトMkⅢが、一夏の回避方向へ正確に照準を合わせていた。

 

(狙いを付けるのが速い……いや、これは読まれたのか!?)

 

 青い光が放たれる。

 一夏は咄嗟にプラズマブレードで切り払う。

 ブレードに触れた閃光が弾け、火花が散る。

 その火花が視界を染め、戦場の緊張をさらに高めた。

 

(……やはり、ビットよりは威力が出るか)

 

 セシリアは息を整えながら、静かに呟く。

 

「……織斑さん。あなたは本当に……強いですわね」

 

 その声音は、畏怖でも、驚愕でもない。

 純粋な戦士としての敬意が滲んでいた。

 その言葉の奥に、わずかな震えが混じる。

 恐怖ではない──認めざるを得ない強さに触れた時の震えだ。

 自分とは違い、一夏は近接戦闘も出来るのだ。そして、だからと言って射撃の腕は自身に劣ると言えど、高いレベルでこなす事が出来る。

 一夏は短く息を吐く。

 

「そっちこそ……優秀な射手だよ。お前は」

 

 互いに距離を取り直す。

 空気が再び張り詰める。

 観客席は息を呑んでいた。

 誰もが、次の一手を見逃すまいと目を凝らしている。

 アリーナ全体が、二人の呼吸に合わせて脈打っているかのようだった。

 

(……さて。ここからが本番だ)

 

 一夏はプラズマブレードを構え直し、セシリアはビットを再配置する。

 互いに、ここまで戦いの中で相手の力量はある程度理解した。

 二人の間に流れる空気が変わる。

 探り合い(・・・・)から決めに行く戦い(・・・・・・・)へと、確かに移行した。

 射撃戦に限れば、セシリアの方が優位。

 けれど、そこに近接戦闘を交えたのであれば、一夏が優位に立つ。

 故に、互いの思考はシンプルなモノへとなる。

 

(──距離を詰める!)

(──距離を詰めさせない!)

 

 互いに距離を取り直した──その刹那。

 一夏の全身が、まるで何かに弾かれるように前へ出た。

 ヴァイスリッターのスラスターが白光を噴き、空気が爆ぜる。

 視界が一瞬で圧縮され、世界が細い線のように伸びる。

 その加速は、観客席の生徒たちが思わず息を呑むほど暴力的だった。

 

「っ……!? 速──!」

 

 セシリアの驚愕が通信越しに漏れる。

 だが彼女も即座に反応する。

 ビットが一斉に前へ回り込み、迎撃の射線を形成した。

 

「来させませんわ!」

 

 青い光弾が雨のように降り注ぐ。

 だが──

 

「悪いな、これじゃ止まんねぇよ!」

 

 一夏は避けない。

 受ける。

 装甲で、腕で、機体全体で。

 光弾が装甲を叩くたび、火花が散り、衝撃が骨を揺らす。

 だが、その痛みすら一夏は前進の為の燃料に変えていく。

 

(……っ、この距離の詰め方……! 無理やりにでもわたくしの距離を潰そうと──!)

 

 セシリアは息を呑む。

 射撃戦を維持するための間合いが、みるみるうちに潰されていく。

 ビットが再び軌道を変え、横から射線を作る。

 だが──

 

「読めてんだよ!」

 

 一夏は機体をひねり、ビットの射線をすり抜ける。

 その動きは、まるで射線の位置を事前に知っていたかのような正確さ。

 そして、避けるだけに留まらず、左腕の三連ビームキャノンでビットが一基撃ち落された。

 

(……誘導の癖を、もう読まれましたの!?)

 

 セシリアの背筋に冷たいものが走る。

 

「この距離なら──」

 

 ヴァイスリッターがセシリアの目前へ飛び込む。

 スターライトMkⅢでは対応しきれない距離。

 セシリアの瞳が見開かれる。

 一夏は左腕を引き絞り、拳を叩き込もうとする。

 

「……ッ!」

 

 彼女はスターライトMkⅢを()のように構え、一夏の拳を受け止めた。

 衝撃が青い火花となって散る。

 スターライトMkⅢの銃身が悲鳴を上げるように軋む。

 

「くっ……!」

 

 スターライトMkⅢが軋み、セシリアの機体が後方へ弾き飛ばされる。

 空中で体勢を立て直しながら、セシリアは息を荒げる。

 一夏は追撃のために再加速する。

 その表情は見えない。

 だが、セシリアには分かる。

 この一撃で倒しに来ている、と。

 観客席がざわめく。

 そして、次の瞬間一夏がセシリアの懐へ飛び込み、ヴァイスリッターの膝蹴りが青い装甲へ迫る。

 青い装甲に直撃する寸前──セシリアの声が、震えるほど鋭く響いた。

 

「──お生憎様! ブルー・ティアーズは六基ありましてよ!」

 

 その瞬間、ブルー・ティアーズの腰部のアーマーが開いた。

 

(……っ、まだビットがあったのか!)

 

 一夏の反応が一瞬遅れる。

 ミサイルビットは、通常の射撃ビットとは異なる。

 BT兵器では打開力に欠けるのはどうしたって否めない。

 膠着した戦場を文字通り打開するための兵装。

 二基のミサイルビットが一夏の至近距離で爆ぜた。

 爆発の瞬間、白と青の光が混ざり合い、アリーナ全体が震える。

 衝撃波がヴァイスリッターの装甲を叩きつけ、装甲が悲鳴を上げる。

 一夏の視界が白く塗りつぶされ、身体が後方へ引きちぎられるように吹き飛ぶ。

 爆風が白と青の機体を飲み込み、アリーナ全体が揺れる。それは、観客席から悲鳴が上がるほどの衝撃。

 

「っ……!」

 

 一夏の視界が白く染まり、ヴァイスリッターが後方へ吹き飛ばされる。

 装甲が軋み、警告音が耳を刺す。

 HUDに赤い警告が次々と点滅し、機体の損傷状況が容赦なく表示され、肩部装甲の亀裂が広がり、内部のフレームが露出しかけていた。

 それでも、スラスターはまだ生きている──それが一夏の唯一の救いだった。

 

(……前に戦った二号機とは違う兵装かよ! ティアーズ型にこんなもんが……!)

 

 セシリアは息を荒げながら、スターライトMkⅢを構え直す。

 

(本当は……使いたくありませんでしたけど)

 

 ミサイルビットの発射、特に至近距離での爆発は、相手だけでなく自分にもリスクがある。

 けれどリスクを承知でその手を取った理由は一つ──

 

(あなたと近接戦をやり合う愚は犯しませんわ)

 

 セシリアの胸が大きく上下し、呼吸が乱れる。

 恐怖と昂揚が入り混じり、心臓が痛いほど脈打っていた。

 彼の突進は、ただ速いだけではない。

 倒しに来る覚悟が、動きの一つ一つに宿っている。

 セシリアの胸が、恐怖と昂揚で震えていた。

 彼女は射撃特化だ。

 近接戦は、最も苦手な領域。

 だからこそ、切り札を切った。

 爆煙の中から、一夏の声が聞こえる。

 

「……やるじゃねぇか……!」

 

 煙を割って、ヴァイスリッターが姿を現す。

 装甲は焦げ、肩部にひびが入っている。

 だが──

 まだ動く。

 まだ、戦える。

 白い装甲の焦げ跡が痛々しく、スラスターの噴射も不安定に揺れている。

 それでも、ヴァイスリッターは前へ進む姿勢を崩さない。

 

(……っ、あれを受けてなお……!)

 

 セシリアの背筋に戦慄が走る。

 一夏はゆっくりと姿勢を立て直し、

 オクスタンランチャーを肩に担ぐように構えた。

 

「悪いな、オルコット。お前の切り札……ちゃんと効いたよ」

 

 だが──

 

「それでも、止まれねぇんだよ。悪いけど、ここで躓くつもりはねえ」

 

 その声音は低く、静かで、しかし揺るぎない。

 痛みも損傷も、彼の歩みを止める材料にはならなかった。

 ヴァイスリッターのスラスターが再び光を帯びる。

 セシリアは息を呑む。

 ミサイルビットは再装填に時間がかかる。

 今は使えない。

 残るは三基のビットと、スターライトMkⅢのみ。

 セシリアは覚悟を決める。

 

「わたくしも同じですわ! こんなところで負けるつもりはなくってよ!」

 

 青いビットが一斉に軌道を描き、スターライトMkⅢが最大出力で光を帯びる。 

 それはまるで彼女自身が光を纏っているかのようだった。

 恐怖を押し殺し、誇りを武器に立ち向かう戦士の姿。

 一夏は加速し、セシリアが近づけまいと射撃を行う。

 ビットの青い閃光が空に線を描き、ヴァイスリッターのスラスターが空気を裂く。

 だが──その激しい攻防の裏で、二人の心はまったく別の方向へ走っていた。

 

(……やっぱり、強ぇな)

 

 セシリアの射撃は、ただ精密なだけではない。

 相手の癖、動き、反応を瞬時に解析し、次の一手を組み立てた上での射撃。

 

(BT適正が高いからってだけじゃねぇ……オルコット自身の戦い方が、完成してる)

 

 一夏の胸に、熱いものが込み上げる。

 強い相手と戦える喜び──戦士としての本能が、彼をさらに加速させる。

 ミサイルビットの直撃を受けた影響か、身体がまだ軋む。

 だが、それでも前に出る。

 

(負けられねぇんだよ……ここで!)

 

 理由は単純だ。

 楯無に勝ちたい。

 国家代表の座を掴みたい。

 ただ、それだけ。

 そのためには、どんな痛みも、どんな恐怖も、踏み越えるしかない。

 一夏の視界には、もはやセシリアしか映っていなかった。

 スラスターが唸り、一夏は再び加速する。

 一夏の突進は、恐怖すら覚えるほど真っ直ぐだ。

 ミサイルビットを受けても止まらない。

 射撃を浴びても怯まない。

 

(怖くないんですの……? わたくしの攻撃が……?)

 

 セシリアは射撃特化だ。

 近接戦は苦手。

 だからこそ、距離を詰められるのは本能的な恐怖を伴う。 

 胸の奥が冷たくなる。

 だが、その冷たさを押し返すように、誇りが熱を帯びる。

 胸の奥が熱くなる。

 それは悔しさか、焦りか、あるいは──

 

(それでも、誇り高いわたくしであるために!)

 

 ビットが軌道を描き、スターライトMkⅢが光を帯びる。

 一夏は前へ。セシリアは後ろへ。

 だが──心は、どこかで触れ合っていた。

 

(負けられねぇ……!)

(負けたくありませんわ……!)

(前に前に進むために!)

(誇り高くあるために!)

 

 互いの戦う理由が、光と衝撃の中でぶつかり合う。

 一夏が再び距離を詰めるために機体を進め、セシリアはビットを再配置し、射線を組み直す。

 次の一撃は、ただの攻撃ではない。

 ──互いの想いが乗った一撃だ。

 空気が悲鳴を上げるように震え、アリーナ全体が二人の動きに合わせて脈動する。

 観客席の生徒たちは、誰一人として息をすることすら忘れていた。

 ミサイルビットの直撃を受け、装甲が焦げ、警告音が鳴り続けている──それでも、一夏は止まらなかった。

 

(……身体が重い。視界も揺れる。でも──ここからだ)

 

 ヴァイスリッターのスラスターが、悲鳴のような音を上げて光を噴く。

 スーツ越しに伝わる振動が骨を震わせ、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 だが、その痛みが逆に意識を研ぎ澄ませる。

 ここで決める──その思いだけが、一夏を前へ押し出していた。

 

「来る……っ!」

 

 セシリアの声が震える。

 恐怖ではない。理解してしまった。

 一夏が、ここから本気で距離を詰めに来ることを。

 白い光が空を裂く。

 ヴァイスリッターが、まるで瞬間移動したかのように距離を詰める。

 

(……っ、速い……! さっきまでの比じゃありませんわ!)

 

 セシリアは即座にビットを再配置し、迎撃の射線を作る。

 三基のビットが一斉に光を放つ。

 青い光弾が雨のように降り注ぐ。

 だが──

 

「甘ぇ!」

 

 一夏はそれを避けない(・・・・)

 受ける。

 腕で、肩で、ありとあらゆる装甲で。

 光弾が装甲を叩くたび、火花が散り、衝撃が骨を揺らす。

 だが、一夏の速度は落ちない。

 むしろ、衝撃を利用してさらに加速しているようにすら見えた。

 

(……っ、そんな……! 避ける気が……ない!?)

 

 セシリアの背筋が凍る。

 一夏はただ突っ込んでいるわけではない。

 ビットの射線を受けてもいい角度(・・・・・・・・)で突っ込んでいる。

 

(誘導の癖はもう読んだ)

 

 セシリアのビットは精密だが、精密だからこそ軌道に一定の癖がある。

 それは、相手の死角からの一撃を狙い続けるというモノ。

 それを、一夏はすでに掴んでいた。

 

(この角度なら、肩で受けられる。この軌道なら、腕で弾ける)

 

 だから避けない。否、避ける必要がない。

 

(……わたくしの射撃が……通らない……?)

 

 セシリアはスターライトMkⅢを構え、連射モードへ切り替える。

 青い光が連続して放たれる。

 だが、一夏はそれを踏み越えて来る。

 

「悪いな──止まれねぇ!」

 

 白い影が目前に迫る。

 

「っ!」

 

 セシリアの心臓が跳ねる。

 一夏がプラズマブレードを上段から振り下ろす。

 それをセシリアはスターライトMkⅢで受け止める。

 衝撃が青い火花となって散る。

 

「くっ……!」

 

 腕が痺れる。

 機体が後方へ押し込まれる。

 スターライトMkⅢの銃身が悲鳴を上げ、内部フレームが軋む。

 セシリアの腕にも衝撃が伝わり、指先が震える。それでも、彼女は銃を離さない。

 だが、一夏も止まらない。

 それはブレードだけではない。

 拳。

 肘。

 膝。

 脚。

 文字通り全身の全てを使った暴風のような連撃が、セシリアを襲う。

 一夏がその拳、あるいは何かを振るうたびに青い装甲に衝撃が刻まれる。

 ビットで迎撃をしたいが──セシリアは自身が動いている時にビットは動かせない。

 セシリアの視界が揺れ、警告を示す赤いウインドウがひっきりなしに立ち上がる。

 スターライトMkⅢの銃身がひび割れ、機能停止の警告が表示される。

 セシリアの呼吸が荒くなる。

 

(……このままじゃ……押し切られる……!)

 

 一夏の拳が、セシリアの胸部装甲へ迫る。

 ビットは追いつかない。

 スターライトMkⅢは使えない。

 セシリアの瞳が見開かれる。

 

(……っ!)

 

 観客席が息を呑む。

 次の瞬間──白い拳が、青い装甲に届いた。

 

「──っ……!」

 

 衝撃が空気を震わせ、火花が散る。

 ブルー・ティアーズの機体が大きくのけぞり、そのまま後方へ吹き飛ばされた。

 観客席から悲鳴にも似たざわめきが上がる。

 セシリアは空中で必死に姿勢制御を行い、スラスターを噴かして体勢を立て直す。

 視界が揺れ、ウインドウには警告がいくつも立ち上がる。

 息が荒い。

 腕が震える。

 スターライトMkⅢを構えようとするが──無意味な事はセシリアは既に理解していた。

 銃身がひび割れ、内部のエネルギーラインが露出して火花を散らす。

 もはや武器(・・)としての機能はほとんど残っていなかった。

 そして──視線の先に、白い影が立っていた。

 オクスタンランチャーを構え、銃口をこちらへ向けている一夏の姿。

 だが──その銃口から漏れる光は、いつもの黄色ではなかった。

 

(……実弾モード……!?)

 

 セシリアの瞳が大きく見開かれる。

 一夏の声が、静かに響く。

 

「これで、終わりだ」

 

 その声音は冷たくも優しくもない。

 ただ戦士としての覚悟だけが宿っていた。

 セシリアを侮ることも、軽んじることもない。

 勝つために撃つ──それだけ。

 セシリアは無意識の内にスターライトMkⅢを構えた。

 だが、間に合わない。間に合ったとて、防御に使った愛銃は最早、銃としての機能は果たせない。

 それでも構えたのは彼女の意地だ。

 

(……ああ……これが……)

 

 青い瞳が、一瞬だけ柔らかく揺れた。

 

「──来なさい、一夏さん……!」

 

 その声は震えていたが、誇りを失ってはいなかった。

 敗北を悟りながらも、最後まで戦士であろうとする気高さがあった。

 一夏が引き金を引き、砲弾が放たれる。

 放たれた一撃が、ブルー・ティアーズの胸部へ直撃した。

 衝撃がアリーナ全体を揺らし、セシリアの機体が大きく弾き飛ばされる。

 シールドエネルギーが一気にゼロへ落ち込み、電子音が響いた。

 

──勝者、織斑一夏。

 

 アリーナに、静寂が落ちた。

 爆発の余韻がまだ空気に残り、焦げた匂いが薄く漂う。

 観客席の生徒たちは、歓声を上げるべきか、息を呑むべきか迷ったように固まっていた。

 ゆっくりと、けれど力強く一夏がオクスタンランチャーを高く掲げる。

 勝者が誰であるかを示す様に。

 次の瞬間、観客席が爆発したように歓声を上げる。

 その歓声は、勝者への称賛だけでなく、二人の戦いそのものへの驚嘆でもあった。

 アリーナの空気が一気に解放され、張り詰めていた緊張がほどけていく。

 一夏はゆっくりとオクスタンランチャーを下ろし、吹き飛ばされたセシリアの方へ視線を向けた。

 スラスターの熱がまだ背中に残り、呼吸は荒い。

 身体のあちこちが痛むが、それでも視線は自然とセシリアへ向かう。

 セシリアは敗北を告げるアナウンスを聞きながら、静かに目を閉じていた。

 その表情は──悔しさと、安堵と、どこか誇らしさが混じったような、不思議な微笑だった。

 青い装甲のひび割れから火花が散り、スラスターは完全に沈黙している。

 それでも、彼女の顔には敗者の陰りはなかった。

 むしろ、全力を尽くした者だけが浮かべられる、静かな誇りがあった。

 

 (……負けましたわね……でも……)

 

 胸の奥に残るのは、ただの悔しさではない。

 この戦いを誇れるという確かな実感だった。

 一夏の方もまた、彼女の表情を見て胸が熱くなる。

 戦士としての敬意が、自然と湧き上がってくる。

 

(強かった……本当に)

 

 少しずつ歓声が収まり、緊張が薄れていく。

 だが、二人の間に流れる静かな空気だけは、まだ戦いの余韻を残していた。

 一夏はスラスターを弱く吹かし、ゆっくりとセシリアの元へ降り立つ。

 その動きには勝者の傲慢さはなく、ただ同じ戦場を駆け抜けた者としての歩みがあった。

 セシリアはゆっくりと目を開け、一夏を見上げる。

 その瞳には敗北の涙ではなく、戦いを終えた者だけが持つ澄んだ光が宿っていた。

 

「……お見事、ですわ。──一夏さん」

 

 声はかすれていたが、誇りと敬意がはっきりと滲んでいた。

 一夏は短く息を吐き、フルフェイスで覆われている装甲を解除する。

 

「……お前も、強かったよ。──セシリア」

 

 その一言に、セシリアの胸がわずかに震える。

 敗北の痛みよりも、その言葉が何よりも嬉しかった。

 アリーナの歓声が再び高まり、二人を包み込む。

 だが、二人の間に流れる静かな余韻は、誰にも邪魔できないものだった。

 

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