ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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迷いと誇りのあいだで

「お疲れ様」

 

 制服に着替え、アリーナを出た一夏にそんな言葉と共に、スポーツドリンクが投げ渡される。

 自分がいつ出てくるかわからない筈だろうに、そのスポーツドリンクは今の今用意したかのように良く冷えていた。

 アリーナの外は、夕方前の柔らかな光が差し込み、熱気の残る空気をゆっくりと冷まし始めていた。汗の乾ききらない肌に、ボトルの冷たさが心地よく染みる。

 

「見てたんですか? アリーナは一組以外、出禁だったはずですが」

「あら、学年が違うから見ても良いじゃない」

 

 確かにその通りだ、と一夏は肩をすくめて返す。 

 アリーナ内に居なくても、映像を見ていたのかもしれないし、楯無の言葉通り、学年が違うのなら見られたとしても何の問題もない。

 

「良い勝負だったわね。今年の一年生は豊作だわ」

「……自分の場合は、BT兵器と事前に戦えていましたしね。相手のメイン兵装の情報がある分、有利でした」

「随分、謙虚だこと」

 

 それでも、ミサイルビットだったり一夏が予想をしていない手を打たれた上で、勝ち切れたのだ。

 そこは誇っても良い部分だろうに、一夏からはそんな雰囲気は感じない。

 楯無の声は軽やかだが、瞳の奥には戦いを見極めた者特有の鋭い光が宿っていた。

 一夏はその視線に、まるで自分の内側まで覗かれているような妙な落ち着かなさを覚える。

 口を閉ざしたままスポーツドリンクのキャップをひねると、口に当てて飲んでいく。

 その横顔を、楯無はまるで答え合わせでもするようにじっと観察していた。

 飲み終えた一夏が小さく息をつく。

 その仕草に、彼女はふっと微笑を深める。

 

「……でも、あなたは勝てた理由をちゃんと理解してる」

「理由、ですか」

「ええ。運じゃない、偶然でもない。準備と判断と、最後の一押し。それがちゃんとわかってる」

 

 言われて、一夏は少しだけ視線をそらした。

 褒められて照れている、というより――見透かされていることへの居心地の悪さが勝っていた。

 胸の奥に、微かなざわつきが生まれる。

 楯無はそんな一夏の反応すら楽しむように、軽く肩をすくめる。

 

「でもね、一夏くん。あなた、ちょっとだけ自分を安く見積もりすぎよ」

「……そうでしょうか」

「そうよ。情報があった? 事前に戦った事がある機体ど同型機? それは確かにアドバンテージ。でも、それを活かせるかは結局自分次第」

 

 その声音は、まるで教師が優秀な生徒を諭すような、しかしどこか挑発めいた甘さを含んでいた。

 言葉は柔らかいのに、核心だけは鋭い。

 その声音に、一夏は返す言葉を探しながらも、結局何も言えなかった。

 楯無は一歩だけ近づき、覗き込むようにして言う。

 

「それに――あなた、途中で負ける予感が消えてたわよね?」

 

 一夏の指が、わずかに止まる。

 図星だった。

 脳裏に、あの瞬間の感覚が蘇る。

 視界が澄み、音が遠のき、ただ勝利への道筋だけが鮮明に浮かび上がったあの感覚。

 あれは、確かに勝つと信じていた。

 ミサイルビットを捌き切った瞬間。

 相手の動きの癖を掴んだ瞬間。

 そして、最後の一撃を通すと決めた瞬間。

 あの時、自分は確かに勝つと信じていた。いや、勝つと思った。

 

「……まあ、そういう時もあります」

「そういう時だけ(・・)勝てるのよ。だから誇りなさいって言ってるの」

 

 楯無はくすりと笑い、手をひらひらと振る。

 

「それにしても――」

 

 そこで言葉を切り、意味深に一夏を見つめる。

 

「強いのに謙虚で、謙虚なのに芯がある。そして、まだまだ伸びる余地がある。私が見込んだだけの事はあるわね」

「……買いかぶりすぎです」

「そうかしら? 私はむしろ、まだ評価が足りないと思ってるくらいよ」

 

 軽口のようでいて、冗談には聞こえない。

 言葉は冗談めいているのに、瞳だけは真剣そのもの。

 そのギャップに、一夏は思わず息を呑む。

 楯無は満足げに頷くと、くるりと背を向ける。

 

「さて――そろそろ行かないと。生徒会の仕事、山ほどあるのよ。一夏くんも来なさいよ」

 

 歩き出す直前、彼女は振り返り、片目を閉じてウインクをする。

 その仕草は軽いはずなのに、妙に一夏の胸に残った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「で、何の用だセシリア」

 

 楯無の背中を見送った一夏は、顔の向きを変えずに声をかける。

 すると、セシリアが柱の陰から顔を出す。

 

「気付いてましたの」

「まあな」

 

 言って一夏は肩をすくめる。

 楯無に背後を取られた一件以来、背後を気にする癖がより強くなっている気がした。

 セシリアは、少し頬を膨らませたような表情で出てくる。

 隠れていたつもりだったのにと言いたげな、微妙な悔しさが滲んでいた。

 と、名前呼びをしてしまっているが大丈夫だろうか、と束の間考える。

 

「で、俺に何の要件で? 聞いての通り、この後も仕事があるらしいから手短に頼む」

「ええ。副会長となれば多忙でしょうね。手短に済ませましょうか」

 

 歩きながらで良いか、と一夏が促すとセシリアも頷く。

 二人を肩を並べると、歩みを進める。

 

「改めて、本日は模擬戦を受けていただきありがとうございました」

「いや、俺の方こそ実戦の機会は貴重だった。本国に送るデータも採れたしな」

 

 一夏の言葉に嘘はない。

 ドイツに居た時ほど試験や、実戦を重ねられない以上、セシリアとの模擬戦はありがたいモノだった。

 それが、イギリスの第三世代機となれば猶更だ。

 

「それで、そのお礼の為だけに来てくれたのか?」

「いえ、それとは別にもう一つ」

 

 そこで言葉を切ると、セシリアが足を止めて一夏をじっと見定める。

 その瞳には、決意と、わずかな迷いと、そして別の何かが混ざり合っていた。

 

「クラス代表を、一夏さんにお譲りしようかと思いまして」

「本気か?」

「ええ、このわたくしに勝利したのですから、貴方が代表を務めるのは当然ではありませんこと?」

 

 セシリアの声は凛としていたが、その指先はわずかに震えていた。

 それが悔しさなのか、緊張なのか、一夏には判断がつかない。

 セシリアが一夏に模擬戦を挑んだ意図は、試合勘を鍛える為だけではなかった。

 当然、それも目的ではあったが、一番はどちらがクラス代表に相応しいか見定める事もあった。

 一夏が、ただの転校生ならセシリアもそれは考えない。

 けれど、実際にISを動かす時の技量の高さ、持っている知識の量。それを踏まえて、考えた結論。

 セシリアの内心は一夏は知らない。けれど、セシリアの言葉だけを聞くと納得のいく理屈ではある様に聞こえる。

 けれど──

 

「俺は反対だな」

 

 一夏としては、クラス代表の交代は安易には受けられなかった。

 それは、生徒会室で話した「二足の草鞋を履けない」と言う事情からではない。

 一夏は指を一つ立てる。

 

「第一に、俺はクラス全員の推薦を受けた訳じゃない。箒に聞いたぞ、満場一致でセシリアに決まったと」

 

 セシリアがクラス代表になったのは、セシリアの自薦とクラス全員の推薦を受けたからだ。

 たかが一試合勝ったからと言って、それを覆すつもりはない。

 

「しかしそれは、一夏さんが編入する前の話ですわ」

 

 それがセシリアの言い分。

 入学当初から一夏がいて、この実力を示していれば代表の椅子にどちらが座っていたかわからない。

 おそらく、その場合は今日行った様にISを使った試合で決めただろう。

 

「それが、第二の理由だな」

 

 一夏が指を二本立てる。

 

「六月にはウチの隊長が編入してくるし、非公式だがフランスの代表候補生も編入の打診があるらしい。全員が全員一組に集まるとは思えないが、仮に一組に編入された場合、その度に模擬戦をしてクラス代表を代えていくのかって話になる」

 

 IS学園の成り立ちを考えれば、一般の生徒の編入はおいそれと出来ず、必然、これからの時期に編入される生徒は国家代表候補生クラスの生徒になることは予想が出来る。

 セシリアの理屈では、編入生が来る度に模擬戦をしてクラス代表を決めなおさなくてはならなくなる。

 それに、と一夏はセシリアの返事を待つよりも早く指を三つ立てる。

 

「一度の対戦結果が、互いの実力の証明にはならない。今日は俺が勝ったが、次はどうなるかわからない。それが三つ目の理由」

 

 もし仮に、次に二人が対戦して、今度はセシリアが勝利したらどうするのか。

 また、クラス代表をセシリアに戻すのか。

 それは現実的ではないだろう。

 

「クラス代表は何もISの操作の腕前だけで決まるモンでもないだろう。どっちかと言うとクラスをまとめる方が大事じゃないのか?」

 

 編入直後、セシリアは授業の合間にクラスメートから質問攻めにあっているを見た。

 それに対して、嫌な顔もせずに受け答えている姿。それこそがクラス代表に求められる姿だろう。

 

「それともアレか。お前は俺に二度と勝てないと思ったから、そうやって提案しているのか?」

 

 なら、代表の交代は受けるが、と一夏は不敵な笑みを浮かべる。

 セシリアは一瞬だけ、何を言っているのかと呆けた後、すぐさまふっと笑みを浮かべた。

 

「いいえ。次はわたくしが勝ちますわ」

 

 その笑みは、誇り高い英国貴族のそれであり、同時に一人の少女の強い意志でもあった。

 一夏は満足そうにセシリアを見て、笑みを浮かべる。──先ほどとは違い、それは柔らかな光を纏う。

 

「なら、お前がやればいいさ。もちろん、同じクラスメートとして、俺も協力は惜しまない」

 

 今日みたいな模擬戦は大歓迎だ、と一夏は言外に伝える。

 セシリアは胸の奥に、温かいものが広がるのを感じた。

 拒絶ではなく、否定でもなく――信頼に近い何か。

 

「……そう、ですか」

 

 セシリアは一夏の言葉を聞き、ほんの一瞬だけまぶたを伏せた。

 その仕草は、安堵とも、悔しさとも、別の何かとも取れる曖昧な色を帯びていた。

 

「なら、わたくしは――代表として胸を張っていられるよう、もっと強くなりますわ」

 

 言葉は凛としているのに、声音はどこか柔らかい。

 

「……ああ。期待してる」

 

 短く返すと、セシリアはふっと微笑む。

 それは先ほどまでの強がりを含んだものではなく、どこか柔らかく、安堵に満ちていた。

 笑みを浮かべたセシリアは、けれどそのまま歩き出すことなく、一夏の横顔をじっと見つめていた。

 その視線に気付いた一夏が、わずかに眉をひそめる。

 

「……まだ何かあるのか?」

「ええ。もう一つだけ、どうしても聞いておきたいことがありまして」

 

 セシリアは一歩だけ近づく。

 距離が縮まったことで、彼女の呼吸のリズムがわずかに乱れているのが伝わる。

 緊張か、それとも別の感情か――一夏には判断がつかない。

 

「今日の試合……途中から、わたくしの攻撃を読んでいましたわよね?」

 

 一夏の足が止まる。

 

「読んでた、というより……癖を見抜いただけだ」

「その癖を、どうしてあんな短時間で掴めましたの? 普通の兵装ならともかく、BT兵器と対戦するのは経験のない事でしょう?」

 

 問いは鋭い。

 けれど、責めるような色はない。

 ただ純粋に、一夏という存在を理解しようとする眼差し。

 その視線に、一夏は一瞬だけ言葉を失った。

――BT兵器との対戦。それこそが一夏がここに居る理由なのだから。

 だが、それをそのまま言うわけにはいかない。

 

「……経験だよ。いろいろ、な」

 

 曖昧に答えると、セシリアはほんのわずかに目を細めた。

 その反応は、納得でも不満でもない。

 ただ、一夏の言葉の裏にある何かを感じ取ったような、そんな静かな揺れ。

 

「そう……やはり、貴方は普通の操縦者ではありませんわね」

「普通じゃないのは、お前もだろ。オルコット家当主サマ」

 

 軽く返すと、セシリアはふっと笑った。

 けれどその笑みは、どこか寂しさを含んでいるようにも見えた。

 その寂しさの理由を、一夏はまだ知らない。

 けれど、胸の奥がわずかにざわついた。

 二人の間に沈黙が広がる

 その沈黙を破ったのは、セシリアの柔らかな笑みだった。

 

「……さて、そろそろ行きませんと。副会長様をお待たせするわけにはいきませんもの」

「お前、ちょっと根に持ってるだろ、それ」

 

 二人は並んで歩き出す。

 けれどその距離は、先ほどよりもわずかに近かった。

 廊下を吹き抜ける風が、二人の間をそっと撫でていく。

 その風の温度よりも、二人の距離の方が、わずかに温かかった。

 セシリアの横顔は、どこか晴れやかで――一夏の横顔は、どこか戸惑いを含んでいた。

 そのわずかな温度差が、これからの二人の関係の始まりを静かに告げていた。

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