ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

16 / 21
クラス対抗戦

 時は流れ、クラス対抗戦当日。

 何の因果か、初戦は一組代表のセシリア・オルコット対二組の凰鈴音と言う国家代表候補生同士の対決のカードが組まれることになった。

 アリーナ内は満員御礼。

 観客席のざわめきは、波のように押し寄せては引き、また押し寄せる。期待と緊張が混じり合い、空気そのものが震えているようだった。

 よくよく見れば、一組と二組の生徒だけではなく、クラスそして学年問わず様々な生徒が集まっているようだ。

 代表候補生同士、それも専用機持ち同士の対戦となる訳で、盛り上がるのは当然と言えば当然と言えた。

 そんな中、一夏も自分のクラスの代表を応援するために、一組のクラスメートと肩を並べて応援する──という事はなく、楯無と共に別室で観戦する事になっている。

 

「本当に解説付きでやる事になったんですね……」

「まあまあ、リアルタイムに流すんじゃなくて、後で編集して流すから許して頂戴な」

 

 いつだか、生徒会室で話した解説を付けるという話が実現してしまったのだ。

 掲げられたお題目──『クラス対抗戦をより良いモノに』という言葉自体に一夏としては異論はないので受ける事になった。

 とはいえ、面倒な事に変わりはないので、これならクラス代表を代わるというセシリアの提案を受けておくべきだったと、一夏は少しだけ後悔していたりする。

 壁一面に設けられた大型スクリーンには、すでにセシリアと鈴音の機体データが並び、その横には「解説:織斑一夏」と控えめに表示されている。

 それが、どうにも見慣れず、一夏の心をざわつかせた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいのに。ほら、肩に力入りすぎよ」

 

 楯無は、まるで一夏の心の動きを読み取ったかのように微笑む。

 彼女の笑みは、戦場の緊張をほぐす上官のそれではなく、どこか人としての距離を詰めてくるような柔らかさがあった。

 

「緊張、と言うより自分が何か変なこと言ったら、後で編集する人が困るだろうなってのが大きいですね」

「編集は私がやるから大丈夫よ。変なこと言っても、可愛くまとめてあげるわ」

「それはそれで不安なんですけど……」

 

 軽口を交わしながらも、一夏の視線はスクリーンに映し出されている機体のデータに釘付けだった。

 セシリアのブルー・ティアーズと、鈴の甲龍──どちらも第三世代機となる機体。

 この対戦カードが初戦(・・)に組まれた意味を考えれば、学園と生徒会がどれほどこのイベントを重視しているかが分かる。

 そして、その演出(・・)の一部として自分が使われていることも。

 

「やはり、教員の方にやってもらう方が良いのでは?」

 

 一夏のその言葉に楯無は首を振る。

 

「あなたが解説することでに意味があるのよ」

「先生方の方が詳しく説明できるでしょう。自分はまだ、色々と学んでいる最中の身です」

「だからこそ、よ」

 

 だって、と楯無は続ける。

 

「一夏くんの言葉は、織斑先生の様な、強者の視点じゃなくこれから強くなる(・・・・・・・・)者の視点よ。それは、今まさに学んでいる最中の生徒にとってはとても大事な事が伝えられるはずよ」

 

 その言葉は、不意に胸の奥へ落ちていった。

 勿論、貴方が弱いと言っている訳じゃないわ、と締めくくった楯無の声音は、いつもの軽さとは違い、どこか優し気な響きを帯びていた。

 そのとき、スクリーンのアナウンスが響く。

 

『第一試合──一組代表、セシリア・オルコット選手。二組代表、凰鈴音選手の入場です』

 

 アリーナの歓声が、別室のスピーカー越しに震えるように伝わってくる。

 その熱気は、壁を隔ててもなお圧倒的だった。

 まるで巨大な生き物がうねりを上げているかのような熱量。観客の期待が、空気を押し上げ、部屋の温度さえ変えてしまうと錯覚するほどだ。

 

「さ、始まるわよ。一夏くん。あなたの仕事、しっかり務めてね」

 

 楯無が軽くマイクを差し出す。

 一夏は深呼吸し、覚悟を決めてそれを受け取った。

 肺に取り込んだ空気が、少しだけ重く感じる。だが、その重さが逆に心を落ち着かせた。

 

「……はい。やります」

 

 スクリーンに、二人の機体が光の中へ歩み出るのが映る。

 その瞬間、一夏の声が静かに収録を開始した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 スクリーンに映るアリーナは、すでに熱気で揺れていた。

 観客の歓声がスピーカー越しに震え、別室の空気まで微かに震わせる。

 その中で、一夏はマイクを握り、静かに口を開いた。

 

「まず注目すべきは……二人の間合いです」

 

 言葉を発した瞬間、胸の奥にあった緊張が少しずつ溶けていく。

 説明するという行為が、戦場でのブリーフィングと似ているからだろう。

 自分の知識を整理し、状況を読み、言葉にする──それは一夏にとって、ある意味で落ち着ける場所でもあった。

 

「セシリアの《ブルー・ティアーズ》は遠距離での戦闘を主眼に開発されており、対して鈴の《甲龍》は近接格闘特化……無論、それだけじゃないですが、普通なら、距離を取った戦いではセシリアが有利に見えます」

 

 楯無が横で頷く。

 

「普通ならと言う事は、違う考えがあるみたいね」

「はい。鈴は……あいつは、距離を詰めるためなら何でもします。無茶も、強引さも、全部勝つための手段に変えるタイプです」

 

 その言葉を口にした瞬間、胸の奥に懐かしさがよぎる。

 鈴の真っ直ぐさ、──それは、一夏にとって昔の記憶を刺激するものだったからだ。

 その言葉に、楯無は小さく笑った。

 

「なるほど、あなたは彼女の性格をよく知っているのね」

 

 一夏は答えず、スクリーンに視線を戻す。

 このあたりは、過去の彼女の性格による分析だ。今の鈴の考えは知らない。が、間違っていれば後から訂正すればいいだけの話、と一夏はある種開き直っていた。

 互いに地上に降り立ち向き合っている両者。

 セシリアは例によってライフルとビットを展開し、鈴の両手には身の丈ほどの青龍刀が握られていた。

 アリーナの床に映る二人の影が、緊張でわずかに揺れているように見える。

 その影の揺らぎが、これから始まる激突の予兆のようだった。

 そうこうしている間に、カウントダウンが進み、数字がゼロ示す。

 

 『第一試合──開始!』

 

 アリーナ中央で、二つの光がはじけた。

 光の爆ぜる音が、まるで空気そのものを切り裂くように響く。

 観客席の歓声が一気に跳ね上がり、アリーナ全体が震動した。

 青い光が四方へ散り、四基のティアーズが高速展開。

 そのまま自信を中心になるように、菱形になるように配置をした。

 一夏が即座に解説を重ねる。

 

「セシリアは初手から射線の確保を優先しましたね。ビットの配置を鈴の周りにするのではなく、自身の周りに展開する。これは、接近する相手に対して、正面から受け止める形ですね」

 

 一夏の言葉に、楯無が「ふむ」と小さく息を漏らす。

 

「つまり、鈴ちゃんの踏み込みを最初から封じにいったと」

「はい。鈴は、初動で一気に距離を詰めるタイプでしょうからね。相手の射線が整う前に、強引に間合いを壊したいと考える。だからセシリアはあの形を採ったのでしょう」

 

 スクリーンの中で、青い光が一瞬きらめく。

 ビットがわずかに角度を変え、セシリアの周囲を守るように旋回を始めた。

 その動きは、まるで盾のようにも見える。

 青い光の軌跡が、アリーナの空気を切り裂き、淡い残光を残す。その残光が、戦場の緊張をさらに際立たせていた。

 

「……なるほどね。あなた、やっぱりよく見ているわ」

 

 楯無の声音は軽いが、どこか感心の色が混じっている。

 一夏はその視線から逃げるように、スクリーンへ集中した。

 アリーナでは、鈴が甲龍の脚部スラスターを一気に吹かし、地面を蹴り飛ばすように前へ出る。

 甲龍の脚部が床を削り、火花が散る。

 その火花は、まるで獣が爪で地面を抉ったかのような荒々しさを帯びていた。

 その瞬間、ビットが一斉に光を放つ。

 四方からの斉射。

 だが、鈴は止まらない。

 

「鈴は……突っ切るつもりですね」

「ええ、見ていて気持ちいいくらい真っ直ぐね」

 

 楯無が笑う。

 一夏は続けた。

 

「鈴は、射撃を避けるんじゃなくて受けながら進むつもりです。甲龍の装甲なら、数発のレーザー程度なら耐えられる、と。そしてセシリアもそれを分かっているから、相手を仕留めるというよりも、鈴の軌道を乱すための射撃に切り替えていますね」

 

 鈴の甲龍がレーザーを弾きながら突進する。

 その姿は、まるで弾丸のようだった。

 レーザーが甲龍の装甲に当たるたび、青白い火花が散り、空気が焦げる匂いがスピーカー越しに伝わってくるような錯覚さえ覚える。

 観客席の歓声が、別室のスピーカー越しに震える。

 

「……さて、ここからが本番ですね」

 

 一夏は気持ちを切り替えるように、マイクを握り直した。

 

「鈴が距離を詰める前に、セシリアがどう迎撃するか。ここが勝負の分岐点になります」

 

 セシリアのブルー・ティアーズがわずかに姿勢を変えた。

 その動きは、まるで誘っているような動き。

 

「……あれは、罠ですね」

 

 一夏の声が、自然と低くなる。

 

「セシリアは鈴の突進を読んでいます。あの角度……鈴が踏み込んだ瞬間、ビットが死角から撃ち抜く位置取りです」

 

 楯無が目を細める。

 

「つまり、鈴ちゃんがこのまま突っ込めば……?」

「はい。セシリアの狙い通りになります」

 

 一夏が答えた瞬間、スクリーンの中で、鈴の甲龍が突然、進行方向を変えた。

 床を蹴り、火花を散らしながら横へ跳ぶ。

 その動きは、まるで獣が罠を察知して跳ね退ける瞬間のように鋭く、しなやかだった。

 

「読んでた……いや、反応したのか?」

 

 一夏の声がわずかに低くなった。

 楯無が横目で一夏を見やる。

 

「今の、どういうことか説明できる?」

「はい。鈴は……セシリアの誘導に気付いたんでしょうね。あの角度は、真正面から突っ込んだ瞬間に死角から撃ち抜かれる形です。だから、あえて踏み込みの直前で横へ跳んだ」

 

 スクリーンでは、鈴の甲龍が横跳びの勢いを利用し、さらにスラスターを吹かして斜め下へ潜り込むように加速していた。

 

「……あれは、セシリアの射線をずらす動きですね。ビットの照準が追いつく前に、死角へ潜り込むつもりです」

 

 ビットの照準がわずかに遅れたその瞬間、アリーナの空気が一段と張り詰めた。

 観客席のざわめきが一瞬だけ止まり、まるで数千人が同時に息を呑んだかのような静寂が訪れる。

 楯無が小さく感嘆の息を漏らす。

 

「ふふ、やるじゃない。あの子、ただ猪突猛進なだけじゃないのね」

「昔から、鈴は勢いだけに見えて……実は、相手の癖を読むのが上手いんです。特に、セシリアみたいに形を作るタイプには強いんじゃないですかね」

 

 スクリーンの中で、セシリアのビットが一斉に旋回し、鈴を追うように角度を変える。

 しかし、その一瞬の遅れが致命的だった。

 甲龍が地面すれすれを滑るように突進し──

 

『──ッ!』

 

 青い光が弾け、セシリアのティアーズの一基が鈍い火花を散らして弾き飛ばされた。

 

「ビットを……叩き落とした?」

 

 楯無が驚きの声を漏らす。

 一夏は小さく頷いた。

 

「鈴は……最初から狙ってましたね。あの横跳びは、ただの回避じゃなくてビットの配置を崩すための動きだったんですね」

 

 弾き飛ばされたビットが回転しながら落下していく。光が尾を引き、まるで流星のようにアリーナの空気を切り裂いた。

 それを横目に、鈴がさらに踏み込み、二撃目を叩き込もうとしている。

 セシリアはすぐさま後退し、残った三基のティアーズを盾のように前へ展開する。

 

「でもセシリアも冷静ですね。ビットを失った瞬間に、残りを守りの為に切り替えている。あれは……攻撃よりもまず距離を取る判断です」

「つまり、ここからは……?」

「はい。ここからはセシリアがどれだけ時間を稼げるかが勝負になります」

 

 セシリアのブルー・ティアーズが後退するたび、青い光がアリーナに線を描く。

 その光は、まるで彼女の冷静さそのものを象徴するように、乱れず、揺らがず、一定の軌跡を保っていた。

 鈴が甲龍の青龍刀を振り上げる。

 その軌道は、まるで獣が飛びかかるような勢い。

 だが──ブルー・ティアーズが一瞬、光を散らしながら上昇した。

 その動きは、鈴の攻撃を避けるだけではない。

 

「高度を取って……射線を作り直すつもりですね。ビットを失っても、上からなら鈴の踏み込みを制限できます」

 

 楯無が感心したように笑う。

 

「最初は嫌がってたくせに、ノリノリで解説してるじゃない」

「……まあ、仕事なんで」

 

 一夏は小さく息を整え、スクリーンへ視線を戻す。

 セシリアの上昇に合わせて、アリーナの照明が反射し、青い光が天井付近で揺らめく。

 その光景は、まるで空中に浮かぶ青い花弁が舞っているかのようで、戦闘の激しさとは裏腹にどこか幻想的だった。

 鈴が上昇するセシリアを追うように跳び上がり──セシリアはその瞬間、残った三基のティアーズを一斉に散開させた。

 

「……来ますね。セシリアの本命が」

 

 楯無が眉を上げる。

 

「本命?」

「はい。セシリアの狙いは上から撃つことではなく、あれは──」

 

 スクリーンの中で、三基のビットが鈴を囲むように高速旋回し始めた。

 

「──ビットで包囲射撃するためですね。鈴の動きを封じるための」

 

 ビットが円を描き、青い檻のように鈴を囲む。

 その光の輪は、まるで逃げ道を一つずつ削り取るように収束し、空気が震えるほどの圧迫感を生み出していた。

 三基のティアーズが高速旋回し、鈴を中心に円を描くように包囲する。

 光の軌跡が幾重にも重なり、逃げ場を削り取るように射線が収束していく。

 

「……これは、まずいですね」

 

 一夏の声がわずかに緊張を帯びる。

 楯無が横で息を呑む。

 

「鈴ちゃん、完全に囲まれてるわね」

「はい。セシリアの包囲射撃は……動いた瞬間に撃ち抜く形です。普通なら、ここで詰みます」

 

 アリーナの空気が重く沈む。

 観客席のざわめきが遠のき、全員が次の瞬間、訪れる光景に恐れているかのようだった。

 だが──スクリーンの中の鈴は、まったく動じていなかった。

 むしろ、わずかに腰を落とし、甲龍の両肩を前に突き出す様に構える。

 その姿勢に、一夏は目を細めた。

 

「……あれは」

 

 モニターに目をやると、肩部に揺らぎが数値になって表れている。

 内部でエネルギーが圧縮され、振動し、空気が震えた。

 

「あれが衝撃砲、ですかね。中国の第三世代兵装……。PICを応用した兵装らしいですが……」

 

 鈴の周囲の空気が、まるで熱を帯びたかのように揺らめく。

 甲龍の肩部から発せられる振動が、スクリーン越しでも伝わってくるほどの圧力を持っていた。

 スクリーンの中で、ビットが一斉に光を放つ。

 包囲射撃が収束し、鈴を撃ち抜くための最終角度へと整う。

 観客席の歓声が、スピーカー越しに震える。

 そして──

 

『──ふっとべッ!!』

 

 鈴が叫ぶと、甲龍の両肩を前へ突き出した。

 次の瞬間、アリーナ中央で爆ぜるような衝撃波が広がった。

 空気が押し潰されるような重低音が響き、アリーナ全体が震える。

 衝撃波が青い檻を押し返し、光が歪み、空間そのものが揺らいで見えた。

 空気が歪み、床が震え、青い光の檻が一瞬、押し返される。

 鈴の身に届くと思われたレーザーが、見えない壁によって打ち消された。

 一夏は、驚きと同時に納得するように頷いた。

 

「おそらく衝撃砲は、PICを応用し空間に圧力をかけて砲身を生成して、不可視の弾丸を打ち出し相手を吹き飛ばすための武器です。けど……鈴は、衝撃波の()を利用して、即席の盾を作ったのでしょう」

 

 その発想の大胆さに、一夏の胸がわずかに震える。

 勝つためなら何でもする──その言葉が、鈴の行動によって証明された瞬間だった。

 スクリーンでは、ビットが旋回している。おそらく、再度包囲網を敷くための軌道。

 その一瞬、射撃が止んだ隙を、鈴は逃さなかった。

 甲龍が地面を蹴り──衝撃砲の余韻を追い風に変えて、セシリアへ一直線に突進する。

 

「これが鈴の強さでしょうね。無茶でも、強引でも……それを勝つための理屈(・・・・・・・)に変える」

 

 アリーナでは、鈴が青龍刀を振り上げ、セシリアへ迫る。

 セシリアはビットを前に出し、必死に距離を取ろうとする。

 だが──

 

「──間に合わない」

 

 一夏の声が低く落ちる。

 セシリアのティアーズが防御陣形を組むよりも早く、鈴の影が迫る。

 青龍刀の軌道は鋭く、重く、まるで空気そのものを裂くような速度だった。

 鈴の甲龍が、衝撃砲の反動を利用した加速で一気に距離を詰め──青龍刀が、ビットの防御網を叩き割るように振り下ろされた。

 青い光が弾け、ビットの二基目が吹き飛ぶ。

 吹き飛んだビットが回転しながら火花を散らし、アリーナの床に激突する。

 その衝撃で床が震え、粉塵が舞い上がり、視界が一瞬だけ白く霞む。

 鈴の突進は止まらず、まるで獲物を逃がすまいとする獣のようにセシリアへ迫る。

 観客席は爆発したような歓声に包まれ、別室のスピーカーが震える。

 

「ビットが二基落とされましたがセシリアは落ち着いてますね」

 

 一夏が低く呟いた。

 スクリーンの中のセシリアは、追い詰められているにもかかわらず、瞳に焦りの色を見せない。

 むしろ、状況を冷静に受け止め、次の一手を計算しているような静かな光が宿っていた。

 セシリアはわずかに息を整えるように姿勢を正し、残った二基のビットを背後へ回す。

 

「後ろに……?」

 

 楯無が眉を上げる。

 一夏は即座に答えた。

 

「はい。セシリアは……鈴の加速を利用するつもりですね」

 

 セシリアのブルー・ティアーズがわずかに姿勢を傾け、鈴の突進軌道を読み切ったように滑らかに動く。

 その動きは、まるで舞踏の一部のように優雅で、しかし鋭い。

 鈴が青龍刀を振り上げた。

 甲龍の脚部スラスターが火花を散らし、獣のような踏み込みで距離を詰める。

 その瞬間──セシリアは、わずかに横へ滑るように移動した。

 

「なるほど……誘ってるのね」

「はい。鈴の突進を外側へ流す動きです」

 

 鈴の突進は直線的で強烈だが、その分、軌道修正が難しい。

 セシリアはその勢いの弱点を正確に突き、最小限の動きで最大の効果を引き出していた。

 鈴の攻撃は重い。

 だからこそ、真正面で受ければ押し負ける。

 だが、横へ流せば──甲龍の踏み込みがわずかに空を切り、鈴の体勢が崩れる。

 

『っ……!』

 

 鈴の驚きの声がスピーカー越しに響く。

 その一瞬の隙を、セシリアは逃さなかった。

 背後に回していた二基のビットが、同時に光を放つ。

 青い光線が鈴の背面装甲をかすめ、火花が散る。

 衝撃で甲龍がわずかに揺れ、鈴の呼吸が乱れるのが伝わってくるようだった。

 鈴はすぐに体勢を立て直すが、完全に勢いを削がれている。

 楯無が感心したように息を漏らす。

 

「ふふ……セシリアちゃん、ただの遠距離型じゃないわね」

「はい。彼女は距離を取るための技術が本当に上手いんです。攻撃よりも、まず位置取り。鈴の勢いを殺すために、最小限の動きで最大の効果を出している」

 

 セシリアの動きは、まるで()

 強烈な突風を正面から受け止めるのではなく、流し、受け流し、そして反撃の隙を作る。

 その戦い方は、彼女の性格──冷静で、計算高く、優雅──をそのまま体現しているようだった。

 スクリーンの中で、セシリアは距離を取りながら、残った二基のビットを再び前方へ展開する。

 その動きは、まるで最初から二基で戦うつもりだったかのように滑らかだった。

 

「……立て直した」

 

 一夏の声には、感嘆が混じっていた。

 セシリアの呼吸は乱れていない。

 彼女の視線は鈴を捉えたまま、次の一手を冷静に計算している。

 その姿は、追い詰められているはずなのに、どこか余裕すら感じさせた。

 第三世代機の性能だけではなく、セシリア自身の判断力と経験が光る瞬間だった。

 鈴が悔しげに歯を食いしばりながら再び構え直す。

 

「ここからが……第二ラウンドですね」

 

 一夏が静かに言う。

 

「鈴の勢い。近距離戦だけでなく、衝撃砲という中距離兵装の組み合わせに対して、セシリアの射撃技能とそれに見合った戦闘距離のコントロール。どちらが次の主導権を握るかで、試合の流れが大きく変わります」

 

 アリーナの空気が再び張り詰める。

 観客席のざわめきが低くうねり、まるで巨大な獣が息を潜めているかのような緊張感が漂った。

 間合いは中距離。どちらも、次の一手を打てる間合い。

 セシリアは二基のティアーズを前方に展開し、射線を整えつつある。

 

「鈴が、行く気ですね」

 

 一夏の声がわずかに低くなる。

 スクリーンの中で、鈴の甲龍がわずかに腰を沈め、脚部スラスターが光を帯び始めていた。

 

「鈴は決めてますね。セシリア相手には距離を取られたら、すぐに詰め直すと。彼女相手に間合いを渡したら負けると分かっている」

 

 鈴の呼吸が荒くなる。

 だが、その荒さは焦りではなく、獲物を狙う獣のような昂ぶりだった。

 甲龍の脚部スラスターが低く唸り、床に青い光が滲む。

 鈴が一気に踏み込んだ。

 甲龍の脚部が床を削り、火花が散る。

 その加速は、先ほどの突進よりもさらに鋭い。

 

「……速い」

 

 一夏の声に、わずかに驚きが混じる。

 

「本当に、あの子は勢いを扱う天才ね」

「ええ。勢いに乗るだけじゃなく……勢いを生み出せるタイプですね。勢いに乗るだけならある程度の操縦者なら出来ますが、その勢いを自分で生み出せるのは稀ですね」

 

 鈴の突進は、まるで空気を押し潰すような圧力を伴っていた。

 甲龍の装甲が風を裂き、青龍刀が光を反射して閃光を描く。

 セシリアがすぐさま射撃姿勢に入る。

 二基のビットが鈴を狙い、光を収束させる。

 だが──甲龍が地面すれすれまで姿勢を落とし、滑るように突進した。

 レーザーが頭上をかすめ、床に焦げ跡を刻む。

 

「セシリアちゃんの射線を……潜った?」

「はい。鈴は、セシリアが距離を取った瞬間に上から撃つと読んだのでしょう。だから、あえて低姿勢で突っ込んだんです」

 

 鈴の動きは、まるで地を這う影のように低く、速く、そして鋭い。

 床との距離が近いほど、わずかな段差や破片が命取りになるが──鈴はそれを恐れず、むしろ利用して加速していた。

 甲龍の脚部スラスターが火花を散らし、青龍刀が光を反射する。

 セシリアはすぐに後退しようとするが──鈴の突進は、すでに射撃の間合いを抜けていた。

 セシリアのビットが角度を変えるが、追いつかない。

 

『はああああッ!!』

 

 鈴が叫び、青龍刀を振り上げる。

 その軌道は、まるで獣が獲物に飛びかかるような勢い。

 セシリアは咄嗟にブルー・ティアーズの本体をひねり、ギリギリで直撃を避ける。

 だが、青龍刀の風圧が装甲をかすめ、青い火花が散った。

 

「……かすっただけでも、あの威力」

 

 一夏が息を呑む。

 セシリアの視界が一瞬だけ揺れる。

 だが、彼女はすぐに姿勢を立て直し、冷静に距離を測り直す。

 

「これはもう完全に鈴の間合いに入っています。ここからは……セシリアがどうやって距離を取り戻すかが勝負です」

 

 アリーナでは、鈴がさらに踏み込み、二撃目を狙う。

 セシリアは必死に横へ回避しながら、距離を取るべく機体を動かす。

 だが、鈴の追撃は止まらない。

 観客席の空気が震える。

 誰もが息を呑み、次の一撃によってどちらに転ぶのかを見守っていた。

 鈴の青龍刀が風を裂き、セシリアへ迫る。

 その軌道は重く、速く、そして鋭い。

 近接の間合いに完全に踏み込まれた今、ブルー・ティアーズにとっては最も危険な距離だった。

 

「こうなるとセシリアちゃんは苦しいわね」

 

 楯無が息を呑む。

 一夏はスクリーンを凝視しながら、静かに言葉を紡いだ。

 

「はい。でも……ここからがセシリアの本領です」

「あら、同じクラスの贔屓してないかしら」

「公正公平な視点からですよ」

 

 スクリーンの中で、鈴が二撃目を振り下ろす。

 セシリアは横へ滑るように回避するが、青龍刀の風圧が装甲をかすめ、青い火花が散る。

 距離はほとんどない。

 ティアーズは二基しか残っていない。

 普通なら、ここで押し切られる。

 だが──

 

「──セシリアちゃん、下がらないわね」

 

 そう、セシリアは後退しなかった。

 むしろ、鈴の懐へわずかに踏み込むように動いた。

 その動きは、ブルー・ティアーズの機体の特性からすれば自殺行為に近い。

 だが、セシリアの瞳には迷いがなかった。

 彼女は鈴の攻撃の癖を読み切り、その内側に潜り込むタイミングを正確に見極めていた。

 

「はい。後ろに下がると、鈴の踏み込みに押し負けます。だから……あえて前へ出た」

「前へ……?」

「鈴の攻撃は大振りです。勢いが強い分、懐に入られると軌道を変えられない。セシリアはそれを利用して……攻撃の内側に潜り込んだんです」

 

 鈴の青龍刀が大きく振り抜かれる。

 だが、その軌道の内側──ほんの一瞬だけ生まれる死角へ、セシリアは迷いなく踏み込んだ。

 その動きは、まるで舞踏のステップのように滑らかで、迷いがない。

 鈴が青龍刀を大きく振り抜こうとするも、セシリアはその軌道の内側に入り込んだため、刃は振り切れない。

 

『っ……!』

 

 鈴の驚きの声が響く。

 一瞬、鈴の動きが止まったことをセシリアは見逃さない。

 鈴の青龍刀が空を裂き、追撃の軌道を描くが──すでにセシリアは射撃可能な距離まで離れていた。

 

「……距離、取り返しましたね」

 

 一夏の声には、わずかに安堵が混じっていた。

 スクリーンの中で、セシリアはすぐさま姿勢を整え、ティアーズを前方へ展開する。

 射線が再び整い、青い光が鈴を狙う。

 鈴は悔しげに歯を食いしばりながら、再び回避に専念せざるを得なくなる。

 観客席は、二人の攻防に息を呑み、次の瞬間を待っていた。

 

「ここからは、完全に削り合いですね」

 

 一夏が静かに言う。

 

「鈴は意地でも距離を詰めたい。セシリアは意地でも距離を詰めさせない」

 

 アリーナの空気が、まるで張り詰めた糸のように細く震える。

 観客たちは声を上げることすら忘れ、ただ二人の動きに釘付けになっていた。

 その静寂は、逆に戦場の緊張を際立たせる。

 楯無が言葉を紡ぐよりも早く、一夏が言葉を重ねた。

 

「おそらく、この学年でセシリアと撃ち合って勝てる人はいません。こちらに射撃武器があろうがなかろうが、この前提がある以上は、セシリアを相手する時は、どうやって距離を詰めるかに尽きます」

 

 セシリアの扱うビットが滑らかに旋回し、青い光の軌跡を描いた。

 その軌跡は逃げ場を削り取る線のように、鈴の動きをじわじわと制限していく。

 射撃の精度、間合いの管理、そして判断の速さ──どれもが一級品だった。

 それは、衝撃砲という不可視の弾丸を持つ鈴も同じ事を考えに至ったのだろう。

 現に、鈴は衝撃砲を攻勢に使わず、守りの為に使っている。

 シールドエネルギーはセシリアの方が減らされている。だが、と一夏は顎に手をやり思考する。

 

「二度距離を詰めても、反撃され距離をまた取られました。鈴の中では距離を詰めさえすれば勝てると思っていたのでしょうが……」

 

 一夏がセシリアと戦った時も同じだ。

 距離を詰め切ったのに、ミサイルビットによって距離を取り返された。

 セシリアは中遠距離しか戦えないと思われがちだが、裏を返せば中遠距離戦だけで勝てるのだ。

 セシリアの戦い方は単純に距離を取って撃つのではない。

 いわば、距離を支配する(・・・・・・・)戦い方だ。

 その支配力は、相手がどれほど強引に踏み込もうとも、必ずどこかで反撃の余地を作り出す。

 スクリーンに意識を戻すと鈴が再び踏み込み、セシリアが射線を整えるのが見えた。

 次の瞬間に勝敗の流れが決まる、そんな緊張が張り詰めている。

 観客席が息を呑む。

 別室の空気も、まるで凍りついたように静まり返る。

 鈴の脚部スラスターが悲鳴を上げるように光を噴き、床を削る。

 セシリアのティアーズがわずかに角度を変え、射線が一点に収束する。

 二人の動きが、まるで止まって見えるほど研ぎ澄まされていた。

 そして──

 

『──ッ!?』

 

 アリーナ全体が、突然悲鳴を上げた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。