ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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黒い影が落ちてくる

 耳をつんざくような金属音。

 続いて、空気が裂けるような衝撃。

 スクリーンがノイズを走らせ、アリーナの天井付近に展開されていた防御シールドが、まるで紙のように破れた。

 アリーナ全体が一瞬、呼吸を忘れたように静まり返り、次の瞬間には恐怖のざわめきが波紋のように広がっていく。

 

「……シールドが、破られた?」

 

 一夏の声が震えた。

 楯無も目を見開く。

 

「そんな……学園のアリーナのシールドは、ISに展開されているのと同じよ? あれを破るなんて……」

 

 一夏の背筋に冷たいものが走る。

 皮膚の下を氷の針が這うような感覚。

 戦場で感じた死の気配と同じものが、今この学園の中心に満ちている。

 クラス対抗戦の戦闘の緊張とは違う、本物の危機の気配。

 空気が重く沈み、部屋の温度が一瞬で下がったように感じる。

 スクリーンの映像が復旧し、アリーナ中央に黒い影が落ちてくるのが映った。

 鈴もセシリアも、動きを止めてその影を見上げる。

 観客席がざわめき、悲鳴が混じる。

 黒い影は、まるで重力そのものを引きずり落とすようにゆっくりと降下していた。

 その存在感は、ただそこにあるだけで空気を圧迫し、アリーナ全体を支配していく。

 黒い影は、ゆっくりと着地した。

 床が低く震え、粉塵が舞い上がる。

 その姿が露わになった瞬間──一夏の心臓が、強く跳ねた。

 

「……IS、ですか?」

 

 だが、それは見たことのない機体だった。

 黒を基調とした装甲。

 人型でありながら、どこか異様なシルエット。

 肩部には鋭い突起、背部には未知のスラスター。

 そして、顔にあたる部分には、赤い単眼のような光。

 その赤い光がアリーナを横切るたび、観客席の悲鳴が一段と大きくなる。

 赤い光は、ただのセンサーではない。まるで感情のない視線が空間を舐め回しているようで、見られた者の心臓を冷たく握りつぶすような圧迫感があった。

 まるで獲物を探す捕食者の視線のように冷たく、無機質で、そして恐ろしく静か。

 

「……あれ、学園の登録データにないわね。誰の機体でもない……となると……」

 

 楯無の表情から笑みが完全に消えた。

 その瞬間、室内の空気がわずかに冷えたように感じられた。

 普段は余裕と遊び心を纏う彼女の瞳が、鋼のような緊張に染まる。

 その変化は、一夏にとって何よりも事態の深刻さを示す指標だった。

 普段は余裕を纏う彼女の瞳が、鋭い光を宿して一点を射抜く。思考が高速で回転しているのが、呼吸の浅さと肩の微かな上下から伝わってくる。

 アリーナのシールドを破ったという事実が、緊急度合いを跳ね上げた。

 最悪のケースをいくつも想定しながら、それでも表情には一切の迷いを出さない。

 指先だけが、緊張を示すようにわずかに震えていた。

 

「会長。織斑先生から通信です」

 

 いつもより、数段低い一夏の声。

 その声には、軍属として培われた戦場の空気が滲んでいた。

 鋼のような緊張が言葉の端々に宿る。

 

『更識』

 

 千冬の声。

 通信越しでも、冷気を帯びたような鋭さが伝わる。緊急事態に直面した時の彼女は、まるで刃物のように無駄がなく、容赦がない。

 

「はい。ここに」

『状況は理解しているな? 破られたアリーナのシールドが再度構築され、こちらのアクセスを受け付けない。よって、シールドを破らなければ救援に行くことも出来ん。が、お前のISなら可能だろう?』

「ええ。お任せください」

 

 楯無は短く答る。

 

『シールドを破壊しても、すぐに再構築されてしまうと考えれば、お前しか入れない。アリーナ内の動きはお前に一任する。凰、オルコットにはすでに通達済みだ』

「承知しました」

 

 それから、と千冬が言葉を続ける。

 

『織斑、お前にも出てもらう。襲撃がこの一体とも限らん』

「了解です。学園外で警戒に当たる形でしょうか」

『そうだ。お前が教員部隊を率いて警戒しろ』

 

 自分が率いるのか、と一夏が一瞬言葉に詰まる。

 胸の奥で、責任と不安がせめぎ合う。だが、その迷いを押し殺すように呼吸を整え、軍人としての顔を引き戻す。

 

「自分が指揮官機でよろしいので?」

『教員も緊急事態における訓練は受けているが、実戦の経験はない。その点で言えばお前の方が適任だと判断した』

「了解しました。直ぐに出ます」

 

 それだけ言って通信を切る。

 横目で楯無を見ると、すでに制服を脱ぎ捨て、ISスーツに着替えていた。

 その動きには一切の迷いがなく、まるで戦場に向かう兵士そのものだ。

 背中に宿る緊張と覚悟が、部屋の空気をさらに張り詰めさせる。

 

「一夏くん。私はこのまま出るから、簪ちゃんに連絡をお願い。生徒がパニックを起こすのが一番怖いわ。場合によっては、扉を壊しても良いから身の安全を第一に、と」

「わかりました。──会長、ご武運を」

「貴方も、ね」

 

 軽くウインクをして楯無が部屋を出る。

 それを見送った一夏は制服を脱ぎながら、簪に通信を飛ばす。

 すぐに繋がり、挨拶も抜きに一夏は問いかける。

 

『──簪。そちらの状況を教えてくれ』

『まだみんな落ち着いているけど……時間の問題』

 

 だろうな、と声に出さず一夏は思う。

 襲観客席のざわめき、押し殺した悲鳴、揺れる視線──その光景が脳裏に浮かぶ。

 恐怖は伝播する。誰か一人が叫べば、雪崩のように広がるだろう。

 

『会長がアリーナ内の鎮圧に向かい、俺が外の警戒をする。お前は観客の避難を頼む。先生方と協力してな』

『わかった……』

『それと、アリーナのシールドと同じ様に、扉もロックされている。解除に時間がかかるようなら、お前がISでアリーナの扉を破壊して避難経路を確保しろ』

 

 一夏がそう告げた瞬間、通信の向こうで簪が息を呑む気配がした。

 その小さな音に、彼女の恐怖と葛藤が凝縮されていた。

 

『……わかった。でも、壊したら……』

『責任は俺と会長が取る。だから迷うな』

 

 短く、強く言い切る。

 その言葉は、簪の背中を押すためのものだったが、同時に自分自身にも言い聞かせるような響きを持っていた。

 

『……わかった。そっちも気を付けて……』

『ああ。頼むぞ』

 

 その返答には、震えと覚悟が混じっていた。

 一夏はISスーツを身にまとい、扉を開け放つ。

 廊下にはすでに警報が鳴り響き、赤い非常灯が点滅していた。

 赤い光が壁を断続的に照らし、影が揺れ動く。まるで学園全体が巨大な心臓となり、危機を知らせる鼓動を打っているかのようだった。

 

「……最悪だな」

 

 誰に向けた言葉でもなく、ただ吐き出すように呟く。

 胸の奥に重く沈む焦燥感が、足取りをさらに速める。状況は最悪──だが、動かなければもっと悪くなる。

 アリーナのシールドが破られた。

 未知の黒いISが乱入した。

 そして、再構築されたシールドは外部からのアクセスを拒絶し、牢獄と化している。

 鈴とセシリアは未知の敵と対峙し、観客席はパニック寸前。

 そして外部には、まだ何か来るかもしれない、という次の脅威にも備えなければならない。

 一夏は走りながら、千冬へ通信を飛ばす。

 

『織斑です。教員部隊の配置は?』

『すでに武装を整えつつある。だが、クラス対抗戦の為に使える機体は限られている上に、使える機体も訓練機用のリミッターが設けられている』

『了解しました。その点も留意して指揮を執ります』

 

 千冬の声は冷静だが、その奥に焦りが滲んでいた。

 その焦りは、彼女が守りたいものを抱えている証拠だ。

 守りたいものの中に、自分も含まれているのだと、一夏は痛いほど理解していた。

 彼女の声のわずかな揺らぎが、事態の深刻さを物語っている。

 普段なら決して見せないが、今は隠しきれていなかった。

 

『織斑。敵は、恐らく単独ではない』

『やはり、そうですか』

『ああ。シールドを破ったのが一体なら、再構築されたシールドを維持しているのは別の存在だ。内部と外部、同時に攻撃を受けている可能性が高い』

 

 一夏は走りながら、奥歯を噛みしめた。

 

「……クソッ」

 

 その一言に、怒り、焦りが混ざっていた。

 廊下を駆け抜ける足音が、非常灯の赤い光の中で反響し、戦場へ向かう兵士の鼓動のように響く。

 内部で暴れる黒いIS。

 そして、シールドを操作している存在。

 これはIS学園に対する明確な襲撃(・・)だ。

 アリーナ外周へ向かう廊下を抜けた瞬間、一夏は足を止めた。

 

──空気が、違う。

 

 学園の外側から吹き込む風が、まるで圧力を帯びているかのように重い。

 湿った風が肌に触れるたび、背筋を冷たい指で撫でられるような感覚が走る。

 遠くで、低い振動音が響いていた。それは地鳴りのような、しかし機械的な規則性を持つ音。

 嫌な予感が、背骨を冷たく撫でる。

 

『織斑。外周の監視カメラが複数、同時にダウンした』

 

 千冬の声が、わずかに低くなる。

 

『原因は不明だが……外側にも不明機がいるとみて間違いない』

「……了解。教員部隊の合流地点は?」

『北側ゲート前。だが──』

 

 通信が一瞬だけノイズを走らせた。

 

『……気をつけろ、一夏。これは訓練(・・)ではないぞ』

 

 その言葉の重さに、一夏は短く息を吐く。

 

「わかってます。……千冬姉も気を付けて」

 

 通信が切れる。

 その瞬間、学園の外壁の向こうで、何かが跳ねた。

 金属が擦れるような、しかし生物的な気配を孕んだ音。

 一夏は反射的に身構え、視線を向ける。

 

──黒い影が、外壁を這っていた。

 

 アリーナに侵入したものと同じ黒。

 だが、こちらはより細身で、四肢の関節が異様に長い。

 人型ではあるが、動きはまるで獣のようにしなやかで、壁面を音もなく移動していく。

 壁を蹴るたびに、わずかな金属音と生物的な軋みが混ざり合い、背筋をぞくりとさせる。

 

「……やはり、外にもいたか」

 

 その影が一夏の存在に気づいたように、赤い単眼をこちらへ向けた。

 視線が合った瞬間、肺が一瞬だけ固まる。

 冷たい。

 無機質。

 だが、確かに敵意(・・)だけははっきりと伝わってくる。

 影が、壁面を蹴った。

 一夏は即座にISを展開し、衝撃に備える。

 だが、影は空中で軌道を変え、まるで一夏を試すように距離を取って着地した。

 砂埃が舞い、赤い単眼が揺れる。

 その動きは、まるで観察しているかのようだった。

 

「……なんだ、お前らは」

 

 問いかけても、当然返事はない。

 代わりに、影の背部ユニットが低く唸り、黒い装甲がわずかに展開する。

 

──戦闘態勢。

 

 一夏は奥歯を噛みしめ、構えを取った。

 その瞬間、背後から複数のIS反応が近づいてくる。

 

「織斑くん!」

 

 教員部隊だ。

 訓練機とはいえ、数がいるのは心強い。

 打鉄とラファール・リヴァイヴが二機ずつ。

 黒い影は、まるでそれを待っていたかのように、ゆっくりと顔を上げた。

 赤い単眼が、複数のIS反応を捉える。

 

「……なんだ、あれは……!」

 

 教員の一人が声を上げる。

 その瞬間、アリーナ方向から爆音が響いた。

 アリーナ内へ楯無が侵入に成功し、戦闘が始まったのだろう。

 黒い影が、音の方向へわずかに顔を向ける。

 それがまるで合図のように、外壁の影からさらに二体の黒いISが姿を現した。

 増援に、背後の教員部隊がざわめく。

 一夏は深く息を吸い、視線を前へ向けた。

 敵は三体。

 アリーナ内部にも一体。

 そして、シールドを操作している存在が別にいる。

 

──これは、完全に計画された襲撃だ。

 

「全員、構えろ!」

 

 一夏の声が、外周に響く。

 

「ここを突破されたら、生徒が巻き込まれるぞ!」

 

 三体の影が動いた瞬間、空気が爆ぜた。

 衝撃波が地面を走り、砂利が跳ね、周囲の木々がざわりと震える。

 

「来る……!」

 

 一夏は反射で前傾姿勢を取り、ヴァイスリッターの出力を一気に引き上げる。

 背部スラスターが白い光を噴き、地面に焦げ跡が走った。

 視界の端で、教員部隊が慌てて散開するのが見えた。

 

──遅い。

 

 敵の動きに対してではない。教員たちの反応が、だ。

 黒い影の一体が、地面を抉るように踏み込み、一直線に突っ込んできた。

 余計な動きが一切ない。

 ただ、最短距離で殺しに来る。

 

「っ──!」

 

 一夏は反射で横へ跳ぶ。

 直後、さっきまでいた場所を黒い影の腕が通過し、空気が悲鳴を上げた。

 風圧だけで、地面が削れる。

 頬を掠めた風が、刃物のように鋭く、一夏は一瞬、自分の首が飛んだ錯覚すら覚えた。

 

(……近接特化か?)

 

 だが、考える暇はない。

 一体目の背後から、二体目が跳躍してくる。

 影が太陽を遮り、赤い単眼が真上から迫る。

 その落下は、質量の暴力そのものだ。空気が押し潰され、耳がキンと鳴る。

 一夏は背部スラスターを最大出力で噴かし、後方へ滑るように退避した。

 直後、二体目が地面に叩きつけた拳が、コンクリートを粉砕する。

 破片が弾丸のように飛び散り、一夏の頬をかすめた。

 

「……っぶな……!」

 

 一夏の心臓が、胸の内側から暴れ出すように脈打った。

 息を整える暇もなく、三体目が距離を詰めてくる。

 その動きは他の二体と違い、滑るように低い姿勢で接近していた。

 まるで獣のような動き。

 地面すれすれを走るその影は、まるで黒い刃だった。

 砂埃が巻き上がり、視界が揺れる。

 

(三体で役割が違う……!)

 

 近接特化、跳躍・強襲型、そして低姿勢の高速機動型。

 全てが連携(・・)を前提に設計されている。

 ヴァイスリッターのセンサーが警告音を鳴らす。

──三方向から同時接近。

 

「……クソッ!」

 

 一夏はプラズマブレードを展開し、最も近い一体へ斬りかかった。

 金属音が弾け、火花が散る。

 

「硬っ……!」

 

 刃が弾かれた瞬間、腕に痺れが走る。

 黒い装甲は、ブレードを受けても微動だにしない。

 逆に、黒い影は一夏の攻撃を観察するように受け止め、赤い単眼をわずかに傾けた。

 その仕草が、ぞっとするほど人間的ではない。どこまでも無機質な瞳。

 嫌な汗が背中を伝う。

 背後から跳躍音。

 二体目が空中から急降下してくる。

 

「っ──!」

 

 一夏はヴァイスリッターの左腕を上げ、ガードを取る。

 衝撃。

 骨が軋むほどの重さが腕を通じて伝わり、フレームが悲鳴を上げる。

 地面に叩きつけられ、視界が揺れた。

 

「ぐっ……!」

 

 視界の端が白く染まり、耳鳴りが世界を支配する。

 それでも意識を手放さないのは、ここで倒れれば自分が死ぬと知っているからだ。

 その隙を逃さず、三体目が低姿勢のまま滑り込み、一夏の足元へ回り込む。

 赤い単眼が、至近距離で光った。

 

──殺しに来ている。

 

 一夏は歯を食いしばり、スラスターを噴射。

 身体を強引に跳ね上げ、三体目の蹴りを回避した。

 蹴りが地面を抉り、破片が雨のように降り注ぐ。

 

「……はぁ、はぁ……!」

 

 息が荒くなる。

 ヴァイスリッターの出力が落ちているわけではない。

 ただ、敵の動きが速すぎるのだ。

 肺が焼けるように熱い。

 視界の端が揺れ、アドレナリンが暴れ回る。

 死ぬかもしれないという実感が、喉の奥に鉄の味を残した。

 

「打鉄とリヴァイヴでツーマンセルを組め! 相手に連携をさせるな!」

 

 一夏の怒号が外周に響く。

 その声には、迷いも甘さも一切ない。

 

「はいっ!」

 

 教員たちが慌てて陣形を組み直す。

 だが、黒い三体はそれすら待っていたかのように動き出した。

 

「散開しろッ!!」

 

 一夏が叫ぶと同時に、黒い影が地面を蹴った。

 爆発的な加速。

 地面が抉れ、破片が飛び散る。

 圧力が一気に跳ね上がり、耳の奥がキンと痛む。

 黒い影の動きは、もはや視覚で追うものではなく、殺意の軌跡として肌で感じるしかなかった。

 近接特化の一体が、打鉄の一機へ一直線に突っ込んだ。

 

「くっ──!」

 

 打鉄の教員が盾を構えるが、衝突の瞬間、盾ごと吹き飛ばされた。

 金属が悲鳴を上げ、打鉄が地面を転がる。

 

「まだ動けるか!」

「だ、大丈夫……!」

 

 だが、黒い影は追撃に移ろうとしていた。

 

(まずい……!)

 

 一夏はヴァイスリッターのスラスターを全開にし、黒い影の死角へ滑り込む。

 

「こっちだッ!」

 

 プラズマブレードを横薙ぎに振る。

 火花が散り、黒い装甲がわずかに削れた。

 一夏の目が鋭く細まる。

 

(通る……! 完全無欠じゃない!)

 

 だが、黒い影は怯まない。

 むしろ、削れた箇所を観察するように赤い単眼を傾けた。

 その仕草が、一夏の背筋を冷たく撫でる。

 まるで次はどう防ぐべきかを学習しているような、そんな知性の光。

 

(……学習してる、のか?)

 

 一つの予感が脳裏をよぎる。

 その瞬間、二体目が跳躍し、空中からリヴァイヴへ急降下した。

 

「避けろッ!!」

 

 だが、教員の反応が一瞬遅れる。

 黒い影の拳がリヴァイヴの肩部を叩き潰し、装甲片が飛び散る。

 

「うわああっ!」

 

 リヴァイヴが横転し、地面を滑る。

 

「くそっ……!」

 

 一夏は歯を食いしばり、三体目の高速機動型へ向けて突っ込んだ。

 低姿勢で滑るように接近してくる黒い影。

 その軌道は、まるで蛇のように予測不能。

 

「させるかよッ!」

 

 一夏は地面スレスレにブレードを叩きつけ、火花を散らしながら軌道を強引に変える。

 高速機動型の足元へ斬撃が走り──黒い影が初めて、わずかにバランスを崩した。

 その一瞬の乱れ(・・)に、一夏の心臓が跳ねる。

 勝機、ではない。

 戦況を引き戻すための最低限の希望だ。

 

「火力を集中しろ!」

 

 打鉄とリヴァイヴがアサルトライフルを具現化(コール)し、一斉に射撃を開始する。

 これで仕留められるとは思わないが、数を揃えれば牽制にはなる。

 黒い影は射線を嫌ったのか、後方へ跳躍して距離を取った。

 一夏は息を荒げながら、教員部隊へ叫ぶ。

 

「いいか、あいつらは三体で一つの戦術だ! 三体を揃えさせるな!」

「了解!」

 

 一夏は瞬時に状況を整理する。

 

──敵は三体。

──それぞれ役割が違う。

──連携されると手がつけられない。

 

(なら、連携を切る(・・)!)

 

 一夏は短く息を吸い、叫んだ。

 

「俺と打鉄が前衛を務める! リヴァイヴは後衛で牽制に徹しろ!」

 

 了解、と声が重なる。

 本音を言えば、ヴァイスリッターは後ろでこそ真価を発揮するISだ。

 だが、この状況では下がるという選択肢を取れない。

 一夏はヴァイスリッターを前に出し、三体を睨みつけた。

 黒い影たちは、まるでこちらがどう動くのかを確認するかのように、赤い単眼を揺らしている。

 その視線が、ぞっとするほど冷たい。

  

(……来いよ。今度はこっちが潰す番だ)

 

 風が止まる。

 空気が張り詰める。

 三体の黒い影が、再び同時に動いた。

 だが──一夏の目は、もうその速度を捉えていた。

 

「前に出るぞ!」

 

 ヴァイスリッターが地面を蹴る。

 その加速は、第三世代機と比較しても引けを取らない。

 黒い影の懐へ飛び込む。

 

──狙うのは、近接特化の一体。

 

 連携の()だ。

 

(まずはお前からだ……!)

 

 プラズマブレードが唸りを上げ、黒い影の腕部へ叩きつけられる。

 火花。

 衝撃。

 黒い装甲がわずかに軋むが、黒い影は怯まない。

 むしろ、受け止めた瞬間に反撃へ移ろうとする。

 

(知ってる……その動きはもう見た!)

 

 一夏はブレードを押し込むふりをして、逆に後方へ跳んだ。

 直後、黒い影のカウンターが空を切る。

 その空振りの瞬間、黒い影の赤い単眼がわずかに揺れた。

 想定外──そう言っているように。

 その一瞬の空振り。

 それこそが、一夏の狙いだった。

 

「──撃てッ!!」

 

 二機のリヴァイヴが一斉に射撃を開始する。

 乾いた銃声が外周区画の空気を裂き、硝煙の匂いが風に乗って広がった。

 火力が足りなくても、連携の軸が一瞬止まった今なら、牽制として十分。

 銃弾が黒い影の側面を掠め、動きを鈍らせる。

 黒い装甲に火花が散り、金属片が弧を描いて落ちていく。その一瞬の光が、薄曇りの空に短い閃光を刻んだ。

 その瞬間──二体目と三体目の動きが、わずかに乱れた。

 まるで()の動きを参照していたかのように。

 

(やはり……!)

 

 一夏の背筋に冷たい電流が走る。戦場の空気が、彼の思考と同じ速度で研ぎ澄まされていく。

 脳裏に、戦術図が組み上がる。

 三体は独立して動いているように見えて、その実、近接特化の一体を中心に動いている。

 つまり、軸を崩せば、三体の連携は瓦解する。

 

「行くぞ……!」

 

 喉の奥で震える息を押し殺し、一夏は自分の鼓動が機体の振動と同期していくのを感じた。

 一夏はヴァイスリッターを前に出し、近接特化の黒い影へ一直線に突っ込んだ。

 黒い影が赤い単眼を光らせ、迎撃姿勢を取る。

 だが──

 

「正面から行くと思ったか?」

 

 地面を擦るスラスターの噴射が砂塵を巻き上げ、視界が一瞬白く霞む。

 一夏は地面スレスレに滑り込み、黒い影の死角へ潜り込む。

 その動きは、簡単にこなせるものではない。ヴァイスリッターの高出力スラスターと、一夏の経験があってこそなせる技。

 黒い影が反応するより早く──

 

「──もらったッ!!」

 

 プラズマブレードが、黒い影の膝関節を斬り裂いた。

 焼けた金属の匂いが一気に広がり、青白いプラズマの残光が視界を染める。

 火花が爆ぜ、黒い影が片膝をつく。

 その瞬間、空気が震えた。

 三体のうち一体が崩れた(・・・)という事実が、戦場の流れを変える。

 一夏の胸に、わずかながら勝機の光が灯った。

 二機の機体の赤い単眼が揺れ、動きが乱れる。

 

(やはり……!こいつら、()が乗ってない、無人機か!)

 

 理解が恐怖と同時に喉を締めつける。人間ではない──だからこそ、容赦も限界もない。

 だが、それはこちらも同じこと。

 

「前衛、押し込めッ!!」

 

 一夏の声に、打鉄が突撃する。

 重い足音が地面を震わせ、砂利が跳ねる。訓練機とはいえ、二機の質量が同時に迫る圧は凄まじい。

 第二世代機で、訓練機用のリミッターが設けられていても、二機が同時にかかるとなると脅威にならない訳がない。

 近接特化型は防御に回らざるを得ない。

──連携が完全に断たれた。

 

「次は……お前だ!」

 

 一夏は跳躍し、空中から二体目へ斬りかかる。

 跳躍の瞬間、重力が一瞬だけ消えたように感じる。視界が開け、戦場全体が俯瞰できる。

 二体目は跳躍・強襲型。

 本来なら空中戦で優位に立つはずだ。

 だが、軸を失った今は──動きが遅い。

 いや、遅く見えるほどに、一夏の集中が極限まで研ぎ澄まされていた。

 時間が伸びる。敵の軌道が線となり、弱点が点として浮かび上がる。

 プラズマブレードが二体目の肩部を斬り裂き、黒い装甲片が空中に散った。

 

「これで……二体目!」

 

 黒い影がバランスを崩し、地面へ叩きつけられた。

 衝撃で地面が震え、砂煙が柱のように立ち上がる。

 残るは一体──高速機動型。

 だが、そいつも明らかに動きが鈍っていた。

 連携が崩れたことで、高速機動がただの直線的な突撃に成り下がっている。

 

「終わりだッ!!」

 

 一夏は高速機動型の進路へ飛び込み、ブレードを横一文字に振り抜いた。

 黒い影の脚部が弾け飛び、そのまま地面を滑って停止する。

 切断面から火花が散り、焦げた匂いが風に流れる。

 ちらりと視線をやると、一体目も打鉄を纏った教員が止めを刺すのが見えた。

 一夏は荒い息を吐きながら、ヴァイスリッターのブレードを構え直した。

 

「……まだ終わってねぇのかよ」

 

 黒い影たちは完全に沈黙していない。赤い単眼が、まだ微かに光っている。

 次のフェーズへ移行すると言わんばかりに。

 一夏の背筋に、再び冷たいものが走った。

 風が止まったように感じる。戦場の空気が、何かを待つように張り詰めていた。

 沈黙したはずの黒い三体が、同時に赤い単眼を点滅させた。

 

──ピ、ピ、ピ。

 

 規則的な点滅。

 まるで内部で何かが書き換わっているような、電子的な脈動。

 

「まあ、そうなるよな」

 

 一夏の喉がひりつく。

 倒したはずの三体が、ゆっくりと立ち上がった。

 動きはぎこちない。

 だが、そのぎこちなさが逆に不気味だった。

 まるで──新しい身体の使い方を覚えているかのように。

 

「織斑くん……あれ、何を……」

 

 打鉄を纏った教員が震える声で呟く。

 一夏は答えられなかった。

 答えがわかってしまったからだ。

 

(……学習してる、のか。俺たちの攻撃パターンを……)

 

 赤い単眼が三つ、同時に一夏へ向けられる。

 その光は、さっきまでの無機質な赤ではない。

 理解した、そんな色をしていた。

 

「全機後退──!」

 

 一夏が叫ぶより早く、黒い三体が動いた。

 地面が裂けるような加速。空気が悲鳴を上げる。

 先ほどまでのの比ではない。

 まるで制限が外れたかのような加速。

 

「くっ……!」

 

 一夏が反応するより早く、近接特化の一体が打鉄の一機へ突っ込んだ。

 

「うわっ──!」

 

 打鉄の教員が盾を構えるが──黒い影は、さっき一夏が見せた低姿勢の滑り込みを完璧に模倣していた。

 

「なっ……!」

 

 死角からの斬撃。

 打鉄の脚部が一瞬で切断され、機体が崩れ落ちる。

 

「織斑くん! 逃げ──」

 

 言葉が終わる前に、

 跳躍型の二体目が空中から叩きつける。

 打鉄が地面に沈み、動かなくなる。

 

「……っ!」

 

 一夏の奥歯が軋む。

 

(俺の……俺の動きをコピーしたのか……!?)

 

 自分の技術が、敵の刃となって仲間を切り裂く。その現実が胸を抉る。

 黒い三体は、まるで答え合わせをするように視線を交わし──次の標的へ向けて動いた。

 高速機動型が、リヴァイヴの一機へ一直線に突っ込む。

 

「避けろッ!!」

 

 一夏が叫ぶが、遅い。

 黒い影は、さっき一夏が見せた地面スレスレの滑走を再び再現し、リヴァイヴの死角へ潜り込む。

 脚部が切断され、リヴァイヴが倒れる。

 そこへ二体目が先ほどと同じ様に跳躍し叩き潰した。

 

「やめろッ!!」

 

 一夏が叫ぶが、間に合わない。

 教員部隊は、わずか十数秒で半壊した。

 戦場に残るのは、焦げた金属の匂いと、倒れた機体の残骸だけ。風が吹き抜け、静寂が逆に耳を刺す。

 残るは──一夏と、打鉄とリヴァイヴの三機だけ。

 黒い三体はゆっくりと一夏へ向き直り赤い単眼が三つ、同時に光る。

 その光は、もはや敵意ではない。

 興味だ。

──もっと見せろ。

──もっと学ばせろ。

 そう言っているかのように。

 

「……先生方は、二人を連れて離脱しろ。安全圏に二人を退避させたら増援を呼べ」

「で、でも!」

「織斑くんをここに置いては──」

「──ここの指揮官は俺だ。異論は認めん」

 

 それだけ言って、一夏は震える息を吐き、構えを取る。

 ヴァイスリッターの出力が上がり、スラスターが唸る。

 背中に感じる熱量が、孤独の重さを際立たせる。

 黒い三体が、同時に前傾姿勢を取る。

 地面が沈む。

 空気が震える。

 

 「来いよ……!」

 

 一夏はブレードを構え、

 孤立無援のまま、三体へ突っ込んだ。

 その瞬間、世界が細く狭くなる。視界の中心にあるのは、ただ三つの赤い光だけ。

 外周戦は、ここからが本当の地獄だった。

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