ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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アリーナの静寂、外周の咆哮

 アリーナの空気が、異様に静まり返っていた。

 観客席のざわめきはシールドに遮られ、遠い海鳴りのようにくぐもって響く。

 その低い振動が、胸の奥に不安を沈殿させる。

 床には黒いISが落下した衝撃で走った亀裂が広がり、焦げた金属の匂いが漂っていた。

 熱気と鉄の匂いが混じり、呼吸するたびに喉がざらつく。

 その中心に──黒いISが立っている。

 まるで闇そのものが形を得たような存在感。周囲の光を吸い込み、空間が歪んで見える。

 赤い単眼が、ゆっくりと左右へ揺れ、まるで獲物を選別する捕食者のように三人を見据えていた。

 その光に射抜かれるたび、背筋に冷たいものが走る。

 

「……二人とも、気を抜かないでね」

 

 楯無の声は低く、鋭い。

 声の奥に、戦場を知る者だけが持つ静かな覚悟が滲んでいた。

 普段の柔らかい笑みは完全に消え、戦場の兵士の顔になっていた。

 その横顔は、年齢を超えた重みを帯びている。

 ミステリアス・レイディの装甲表面が淡く光り、水色の粒子が霧のように舞い上がる。

 粒子が空気の流れを可視化し、戦場の緊張をさらに濃くする。

 右腕に形成されるのは水のナノマシンを螺旋状に纏わせたランス──蒼流旋だ。

 槍の周囲で空気が震え、微細な水滴が光を反射して青白い軌跡を描く。

 

「……あれが、シールドを破った機体……」

 

 セシリアはブルー・ティアーズを展開し、二基のビットを周囲に浮かべる。

 その指先はわずかに震えていたが、瞳の奥には揺るぎない決意が宿っていた。

 

「ここで倒さないと、観客席の皆が危ないし、やるしかないでしょ……!」

 

 鈴は青龍刀を構え、足をわずかに開いて重心を落とす。

 呼吸が荒い。だが、その荒さは恐怖ではなく、戦うために身体を無理やり昂らせている証だった。

 黒いISは三人の言葉など意に介さない。

 その沈黙が、逆に不気味さを増幅させる。

 ただ、赤い単眼をわずかに傾け──一歩、踏み込んだ。 

 その一歩が、まるで世界の空気を切り替えたかのように重く響く。

 

「来たッ!」

 

 鈴が先に動いた。

 高速で黒いISへ突っ込む。

 勢いに乗った鈴の突撃を黒いISが避けた。

 その回避は動いたというより位置が変わったに近い。質量を持つはずの機体が、慣性を無視したような挙動で滑り抜ける。

 

「なっ──!?」

 

 鈴の青龍刀が空を切る。

 黒いISはその背後へ瞬時に回り込み、鈴の背中へ拳を叩き込もうと腕を振り上げた。

 拳の軌道に沿って空気が圧縮され、低い爆ぜ音が生まれる。直撃すれば、ISの背部装甲ごと脊椎を粉砕すると思わせるほどの威力。

 

「させませんわッ!」

 

 セシリアのビットが一斉に射撃、青いレーザーが黒いISの腕を弾き、軌道を逸らす。

 レーザーが掠めた部分の装甲が瞬時に蒸発し、黒いISの腕部に白煙が上がる。

 黒いISはわずかに後退し、赤い単眼をセシリアへ向けた。

 

「……っ!」

 

 セシリアの背筋に冷たいものが走る。

 心拍が跳ね上がり、指先が一瞬だけ硬直する。それでも銃口は揺れない。

 

「セシリアちゃん、下がって!」

 

 楯無が叫ぶと同時に、黒いISが地面を蹴った。

 床が爆発したかのように割れ、破片が高速で飛散する。

 爆発的な加速でセシリアへ一直線に向かう。

 だが──

 

「──甘いわよッ!!」

 

 楯無が割り込んだ。

 その動きは、まるで水流が形を変えて滑り込むような自然さだった。

 蒼流旋が閃き、黒いISの腕部を弾く。

 金属音がアリーナに響き渡る。

 衝突の瞬間、槍の螺旋が黒いISの装甲を削り、火花が散る。衝撃で床が沈み込み、周囲に粉塵が舞い上がる。

 楯無の瞳が鋭く細まる。

 その瞳には、敵の動きを読み切る冷静な光が宿っていた。

 

「……なるほど。力は強いけど、技術は粗いわね」

 

 黒いISはその言葉に反応したかのように、赤い単眼を揺らした。

 今度は、先ほどの様な直線的な突撃ではない。

 楯無の間合いを測るように、左右へ揺れながら接近してくる。

 

「……っ、さっきより速い!?」

 

 鈴が叫ぶ。

 彼女の視界に、黒い残像が複数重なって見えるほどの速度だった。

 セシリアのビットが食い止めるために射撃するが、黒いISはそれを予測したように避ける。

 レーザーが通過した空間に残る熱の歪みだけが、黒いISの軌跡を辛うじて示していた。

 楯無の眉がわずかに動く。

 

(……学習している? アレには操縦者が乗っていない?)

 

 黒いISが一瞬だけ姿勢を低くし──跳んだ。

 跳躍の瞬間、地面が爆ぜ、衝撃波が周囲の砂塵を吹き飛ばす。視界が一瞬真っ白に染まる。

 

「上ッ!!」

 

 鈴の叫びと同時に、楯無は蒼流旋を黒いISの拳へ叩きつける。

 拳と槍が衝突した瞬間、空気が悲鳴を上げるような高音が響き、衝撃で楯無の腕部装甲が軋む。

 

「くっ……!」

 

 黒いISはそのまま楯無の懐へ潜り込み、腹部へ膝蹴りを叩き込もうとする。

 

「させませんわッ!!」

 

 言葉と同時に、セシリアのビットが楯無の周囲に展開し、青い光を放つ。

 ビットの射撃が空気を焼き、蒼い閃光が黒いISの膝関節を正確に撃ち抜く。

 黒いISの膝がに命中し、火花が散る。

 衝撃で黒いISの脚部が一瞬だけ硬直し、内部のサーボが悲鳴を上げた。 

 楯無はその隙に後退し、息を整える。

 

「助かったわ、セシリアちゃん」

「い、いえ……!」

 

 黒いISはビットを一瞥し──赤い単眼をわずかに明滅させた。

 その光は、まるで優先順位を変更したと告げているかのように。

 次の瞬間、黒いISはビットの死角へ回り込み、セシリアのドローンを一基、拳で粉砕した。

 拳が触れた瞬間、ドローンの装甲が紙のように潰れ、内部回路が火花と煙を撒き散らして爆ぜる。

 

「そんな!」

 

 悲鳴を上げたセシリアに向かって、黒いISが機体を動かす。

 その動きには、明確な殺意があった。

 

「セシリア!」

 

 鈴が飛び込み、黒いISの蹴りを青龍刀で受け止める。

 衝突の瞬間、刀身が悲鳴を上げ、鈴の腕に凄まじい反動が走る。床がめり込み、衝撃波が周囲に広がる。

 

「くっ……重っ……!」

 

 黒いISは鈴を押し込みながら、赤い単眼を楯無へ向けた。

 その視線は、戦術AIが優先目標を切り替える瞬間の冷徹さを帯びている。

 鈴の抵抗は障害物として処理され、楯無だけが排除対象として認識されている感覚。

 楯無は槍を構え直し、深く息を吸った。

 

「……いいわ。来なさい」

 

 黒いISが、鈴を跳ね飛ばし、地面を蹴った。

 赤い単眼が楯無を捉えた瞬間、

 アリーナの空気が一段階、重く沈む。

 楯無は蒼流旋を構え、ミステリアス・レイディの足を半歩だけ引いた。

 その動きは最小限。だが、重心が沈むと同時に周囲の空気がわずかに渦を巻き、槍の螺旋がさらに鋭さを増す。

 その構えには無駄がなく、隙がない。

 黒いISはその構えを観察するように動きを止めた。

 単眼の光がわずかに明滅し、内部で戦術データが高速処理されている気配が走る。まるで槍術という概念そのものを解析しているように。

 楯無は息を整え、槍の螺旋をわずかに強めた。

 螺旋の回転数が上がり、空気が削られるような鋭い音が響く。

 槍の周囲に微細な水滴が浮かび、青白い光を反射する。

 

「セシリアちゃん、鈴ちゃん。援護お願い」

「了解ですわ!」

「任せて!」

 

 セシリアがスターライトMkⅢを構え、鈴は衝撃砲をチャージする。

 黒いISが、再び動いた。 

 その加速は、もはや跳ぶではなく射出に近い。

 床が砕け、破片が高速で飛散し、空気が悲鳴を上げる。

 

「ッ──!」

 

 楯無は槍を横へ払う。

 蒼流旋の螺旋が空気を裂き、黒いISの突進を弾く。

 金属音がアリーナに響き渡る。

 衝突の瞬間、黒いISの腕部装甲が削れ、火花が散り、床に焦げ跡が刻まれる。

 黒いISは弾かれながらも、その反動を利用して楯無の死角へ回り込む。

 

(速い……!)

 

 だが、楯無はすでに動いていた。

 視界の端で黒いISの軌道を捉え、身体が反射的に動く。思考より先に身体が槍を動かしていた。

 槍を逆手に持ち替え、背後へ突き出す。

 黒いISの拳と槍がぶつかり、火花が散る。

 衝突の衝撃で周囲の空気が圧縮され、低い爆発音が響く。

 槍の螺旋が拳の装甲を削り、金属片が飛び散る。

 

「さすがにこれじゃ仕留められないか……でも」

 

 楯無の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

 その笑みは、戦場で優位を掴んだ者だけが浮かべる自信の証だった。

 黒いISは後退しながら、赤い単眼を明滅させた。

 単眼の光が高速で点滅し、内部で戦術データが再構築されている気配が走る。

 次の瞬間、黒いISは楯無の間合いの外へ跳躍した。

 床を抉るほどの反動で跳び、空気が爆ぜる。

 

「……距離を取った?」

 

 鈴が眉をひそめる。

 

「違いますわ……」

 

 セシリアの声が震える。

 彼女の目には、黒いISの軌道予測が複数重なり、どれも槍のリーチぎりぎりの位置に収束していた。

 黒いISは、楯無の槍のリーチを正確に把握した上で、その外側から一気に踏み込むつもりなのだ。

 まるで槍術の教本を読み込み、弱点を抽出したかのような動きだった。

 

「なら──撃ち抜くまでですわ!」

 

 セシリアの構えたライフルから閃光が迸る。

 青いレーザーが空気を焼き、直線的な光の刃となって黒いISへ降り注ぐ。

 黒いISはそれを予測していたかのように回避し、射線の外へ滑り込む。

 

「くっ……!」

「鈴ちゃん、今!」

「任せなさいッ!」

 

 鈴の肩部ユニットが揺らぎ、衝撃砲が黒いISの足元へ炸裂する。

 爆風が地面を吹き飛ばし、黒いISの脚部を強引に浮かせた。

 衝撃で周囲の空気が震え、粉塵が渦を巻く。

 爆風が黒いISの体勢を崩すその瞬間を、楯無は逃さなかった。

 

「──そこッ!!」

 

 蒼流旋が閃き、黒いISの肩部を斬り裂く。

 螺旋の刃が装甲を削り、内部フレームを露出させる。赤い火花が噴き出し、焦げた金属の匂いが広がる。

 

「やった……!」

 

 鈴が叫ぶ。

 だが──楯無は表情を変えない。

 敵の動きが止まっていないことを、肌で感じていた。

 

「まだよ!」

 

 黒いISは肩を抑えながら後退し、赤い単眼を激しく明滅させた。

 その光は怒りではなく、明確な適応。内部で戦術データが再構築され、次の攻撃パターンが生成されている。

 黒いISの動きの質が変わった。先ほどまでの粗さが消え、洗練された軌道へと変貌している。

 蒼流旋の軌道を完全に読み切り、槍の死角へ滑り込む。

 

「っ……速い!?」

 

 楯無の反応が一瞬遅れる。

 その一瞬の遅れが、戦場では致命傷になり得る。

 黒いISの拳が、楯無の腹部へ迫る。

 拳の先端が赤熱し、衝突の瞬間に内部フレームを破壊するための加速が仕込まれている。

 

「会長ッ!!」

 

 鈴の叫びと同時に、セシリアのビットが射撃。

 青い光が黒いISの軌道をかすめ、空気が焼ける匂いが広がる。

 だが黒いISはそれすら予測し、射線の外へ跳躍していた。

 跳躍の軌跡が残像となり、視界が一瞬だけ歪む。

 

──学習速度が上がっている。

 

 楯無は歯を食いしばり、槍を構え直す。

 

「……いいわ。まだやれる」

 

 黒いISが、再び地面を踏みしめる。

 赤い単眼が楯無だけを捉え、殺意が楯無の胸元、その一点に収束する。

 蒼流旋が唸りを上げ、アリーナの空気が震える。

 赤い単眼が楯無を捉えた瞬間、アリーナの空気が一段階、重く沈む。

 セシリアの狙撃も、鈴の衝撃砲も、すでに黒いISに読まれ始めていた。

 黒いISは、二人の援護を完全に無視し、ただ楯無だけを狙って一直線に迫る。

 その軌道は、殺意と効率だけで構築された最短距離。回避も防御も存在しない、純粋な攻撃の線。

 

「……来なさい」

 

 楯無は蒼流旋を構え、先ほどと同じ様にミステリアス・レイディの足を半歩だけ引いた。

 その構えは、まるで誘っているかのように静かで美しい。だが、その奥には確かな殺気が潜んでいた。

 楯無は息を整える。

 

「二人とも、援護は最小限でいいわ」

「え……?」

「私が決めるから」

 

 その言葉に、黒いISの単眼がわずかに明滅した。

 挑発を理解したかのように、単眼の光が強く収束する。

 次の瞬間──黒いISが地面を蹴った。

 爆発的な加速。

 

「ッ──!」

 

 黒いISが踏み込む。赤い単眼が楯無の胸元を捉えた瞬間──楯無の姿が消えた。

 正確には、視界の処理速度が追いつかなかった。楯無の加速は、黒いISの予測アルゴリズムすら一瞬だけ上回った。

 拳が振られる瞬間、真上に機体を飛ばせる。

 その軌道は単純だが、速度が常識外れだった。空気が裂け、蒼い残光が尾を引く。

 赤い単眼が驚愕に揺れる。

 

「終わりよ」

 

 蒼流旋が、黒いISの頭部を貫いた。

 螺旋の刃が装甲を削り、内部フレームを粉砕し、赤い光が一瞬だけ激しく明滅する。

 黒いISが膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込む。

 倒れた瞬間、内部のエネルギーコアが沈黙し、機体全体から力が抜ける音がした。

 アリーナに、静寂が訪れた。

 戦闘の余熱だけが残り、焦げた金属の匂いが漂う。遠くで観客のざわめきが、ようやく現実に戻ってくる。

 

「……はぁ……っ……」

 

 楯無は槍を下ろし、深く息を吐いた。

 セシリアが駆け寄る。

 

「会長……! ご無事ですの……?」

「ええ。……なんとかね」

 

 鈴も駆け寄り、黒いISの残骸を睨みつける。

 残骸からはまだ微かな熱が立ち上り、内部の焦げた匂いが鼻を刺す。

 

「助かりました……多分、あたしらだけでは倒せなかったし」

 

 楯無は微笑む。

 

「良いのよ。生徒を守るのが生徒会長の役目だしね」

 

 黒いISの残骸は、まるで理解できなかったと言わんばかりに沈黙していた。

 単眼の光が消えた後の空虚さが、逆に不気味さを残している。

 だが──楯無の表情は、わずかに曇る。

 

「……でも、これで終わりじゃないわ」

 

 外周で戦う一夏の気配が、アリーナの外から微かに伝わってくる。

 遠くで金属音と衝撃波が響き、空気が震える。あれは複数の戦闘音だ。

 

(助けに行きたいけど、もうエネルギーがないわね)

 

 ウインドウが立ち上がり、残存エネルギーが赤く点滅し、警告音が低く鳴り続けている。

 アリーナに飛び込む際、楯無は通常時は防御用に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点に集中し、放つことによってアリーナのシールドを破った。

 その瞬間に消費したエネルギーは膨大で、今はもう同じ出力を出せる状態ではない。

 となると、ここを出るには、今もやっているだろうが、アリーナのシールドをハッキングして解除するか、外の敵を倒すしかない。

 

「頼んだわよ、副会長」

 

 空を見上げた楯無は、人知れず呟いた。

 その声には、指揮官としての責任と、仲間への信頼が入り混じっていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 三体の黒い影が、一夏の突撃に呼応するように散開した。

 砂塵が爆風で巻き上がり、視界が一瞬だけ白く霞む。三方向から迫る殺意が、空気そのものを震わせていた。

 砂塵が三方向へ弾け飛び、視界が一瞬だけ白く霞む。

 その中で、一夏はただ一つの赤い光を追う──いや、追わされていた。

 単眼の光は照準レーザーのように鋭く、視界に入るだけで皮膚が焼ける錯覚を覚える。

 近接特化型が正面から迫る。

 その質量は明らかに重く、地面を踏み込むたびに地面が沈み、亀裂が走る。

 跳躍型が上空へ跳び、影を落とし、上空からの落下軌道は、まるで大型兵器の砲撃のように一直線で、避ける隙を与えない。

 高速機動型は地面スレスレを滑り、死角へ潜り込もうとする。

 地面との摩擦で火花が散り、黒い残光が尾を引く。速度は人間の反応限界を完全に超えていた。

 

(三方向同時……! さっきの俺の動きを、完全に組み込んできやがった……!)

 

 脳が焼けるほどの速度で思考が回る。少しでも判断を誤れば、即座に機体が裂かれ、命が終わる未来が見える。

 

「なら──!」

 

 一夏はスラスターを逆噴射し、急停止。

 急制動の反動で内部フレームが悲鳴を上げ、視界が一瞬だけ暗転する。

 それでも歯を食いしばって意識を繋ぎ止める。

 その瞬間、三体の軌道が一瞬だけ交差した。

 一夏の視界に、三つの赤い光が一直線に並ぶ。

 

「──まとめて来いッ!!」

 

 一夏はブレードを振り抜いた。

 だが──黒い影たちは、まるでそれすら予測していたかのように散開した。

 三体の動きは完全に連携しており、一夏の攻撃をデータとして即座に処理し、最適解で回避している。

 

「……っ!」

 

 空振りしたブレードが空気を裂き、衝撃波が地面を抉る。

 その一瞬の隙を、黒い三体は逃さなかった。

 高速機動型が背後へ回り込み、蹴りを叩き込む。

 背後からの衝撃は、まるで大型トラックに体当たりされたような質量を伴っていた。装甲が軋み、内部の骨が折れそうな痛みが走る。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が一瞬白く弾け、耳鳴りが戦場の音をかき消す。

 HUDがノイズで埋まり、警告表示が赤く点滅する。機体の内部フレームが悲鳴を上げていた。

 だが、意識は落ちない。落とせない。

 跳躍型が上空から急降下してくる。

 落下速度は弾丸に近く、空気が圧縮されて白い衝撃波が生まれた。

 その影が、まるで死神の鎌のように迫る。

 

「させるかよッ!」

 

 一夏はスラスターを全開にし、真横へ飛ぶ。

 急加速の反動で視界が揺れ、身体からミシミシ嫌な音が鳴る。だが、避けなければ待っているのは死だ。

 直後、跳躍型が落下した地点がクレーターのように抉れた。

 地面が震え、破片が雨のように降り注ぐ。

 その破片の一つ一つが、戦場の苛烈さを物語っていた。

 だが、避けた先には──近接特化型が待っていた。

 まるで一夏の回避軌道を予測(・・)していたかのような配置。三体の連携は、もはや生物の反応速度ではない。

 

「読んで……!」

 

 黒い影のブレードが振り下ろされる。

 一夏は咄嗟にブレードで受け止めた。

 金属音が耳を裂く。

 

「──るんだよッ!!」

 

 腕に伝わる衝撃が、骨を砕くような痛みとして走る。

 機体越しでも分かる。相手の出力が、さっきとは段違いだ。

 黒いISの内部で何かが強化されている。動きも力も、先ほどの個体とは別物だ。

 

(こいつら……学習しただけじゃない……!強化もされてる……!?)

 

 戦闘データをリアルタイムで共有し、即座に性能を上げている。そんな兵器、聞いたことがない。そもそもが、無人機など昨日今日で運用できるシロモノではない。

 押し込まれる。

 ブレードが軋む。

 機体が悲鳴を上げる。

 

「まだだ……!」

 

 一夏はスラスターを逆噴射し、強引に距離を取った。

 反動で内部フレームが軋み、警告音が鳴り響く。それでも距離を取らなければと一夏の本能が叫ぶ。

 だが、その瞬間──高速機動型が横合いから突っ込んできた。

 

「ッ──!」

 

 回避が間に合わない。

 一夏の心臓が跳ねる。

 死角から迫る赤い光が、まるで終わりを告げる合図のように見えた。

 だが──

 

「織斑くんッ!!」

 

 残っていたリヴァイヴの一機が、身を挺して割り込んだ。

 高速機動型の突撃を受け、機体が大きく弾き飛ばされる。

 衝突の瞬間、リヴァイヴの装甲が粉砕され、破片が火花とともに散った。

 内部の回路が焼け、黒煙が上がる。

 

「先生──!」

 

 リヴァイヴは地面を転がり、装甲が剥がれ、火花を散らしながら停止した。

 

「……っ……まだ……動け……る……うちに……!」

 

 教員の声が通信越しに震える。

 その声は、覚悟と恐怖と責任が入り混じった、痛いほどの人間の声だ。

 例え指揮官の命令だったとしても、守るべき生徒を置いて逃げるなど、教師としての矜持が許さなかった。

 一夏の胸が締めつけられる。

 守られた。

 自分のために、誰かが傷ついた。

 胸の奥で何かが爆ぜるような感覚。恐怖ではなく、戦う理由が一気に燃え上がる。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

 一夏はブレードを構え直す。

 握る手が震えているのは恐怖ではない。怒りと覚悟が混じった、戦士の震えだった。

 黒い三体が、再び一夏を囲むように散開する。

 三方向から迫る殺意が、空気を震わせる。まるで戦場そのものが一夏を試しているかのようだった。

 風が止む。

 音が消える。

 世界が、三つの赤い光と自分だけになった。

 視界の端が暗くなり、赤い光だけが鮮明に浮かび上がる。戦闘に集中しすぎて、周囲の情報がすべて遮断されていく。

 

「来いよ……全部まとめて相手してやる……!」

 

 三体が同時に動いた。

 三体の黒い影が、一夏を包囲するように円を描く。

 その動きは、まるで一つの生物のように滑らかで、連携に一切の無駄がない。

 風が止まり、空気が重く沈む。まるで戦場そのものが息を潜め、一夏の選択を待っているようだった。

 

(……逃げ場はない。なら──突破するしかねぇだろ)

 

 心臓の鼓動が、戦場のリズムと同期する。恐怖は消え、ただ勝つための思考だけが残る。

 一夏はブレードを構え直し、スラスターを微調整する。

 黒い三体が、同時に前傾姿勢を取った。

 

「来いよ……!」

 

 最初に動いたのは──高速機動型だった。

 地面を抉るような加速で、一夏の死角へ滑り込む。視界に映った瞬間には、もう攻撃範囲内だった。

 一夏は機体を半回転させ、ブレードを叩きつける。

 だが──高速機動型は、まるでそれすら予測していたかのように跳ね上がった。 

 跳躍の瞬間、空気が爆ぜ、白い衝撃波が生まれる。

 速度が常識外れで、視点調整が追いつかない。

 一夏の背中に冷たい汗が流れる。

 

(……こいつ、俺の読みまで学習してやがるのか!)

 

 無機質にデータを収集している様に見えて、その実、人間の癖や思考パターンすら、戦闘データとして取り込んでいる。

 上空から跳躍型が急降下してくる。

 その影が、巨大な刃のように迫る。

 

「くそっ……!」

 

 一夏はスラスターを全開にし、真横へ飛ぶ。

 直後、跳躍型が落下した地点が爆ぜ、破片が雨のように降り注ぐ。

 だが──避けた先には近接特化型が待っていた。

 まるで誘導されているかのような配置。

 

「終わりだと言いてえのかよ……!」

 

 黒い影のブレードが振り下ろされる。

 一夏は咄嗟に受け止めたが──衝撃が、先ほどまでとは比べ物にならない。

 

「ぐっ……!」

 

 腕が軋む。

 機体が悲鳴を上げる。

 視界が揺れ、赤い光が三つ、じわりと滲む。

 

「ナメ──るなァアアッ!!」

 

 一夏は近接特化型を弾き飛ばし、跳躍型へ向けて急加速した。

 スラスターが悲鳴を上げ、内部温度が急上昇する。それでも加速を止めない。

 跳躍型が反応するより早く、一夏はその胴体を斬り裂く。

 プラズマ刃が装甲を焼き切り、内部フレームを粉砕する。赤い火花が噴き出し、黒い影が落下する。

 

「次ッ!!」

 

 高速機動型が背後から迫る。

 だが、一夏は振り返らない。

 

(来い……来い……もっと速く来い……!)

 

 背後の殺意を感じる(・・・)。視界に映らなくても、動きが読めるほど集中していた。

 

「──ここ!!」

 

 一夏は機体を反転させ、ブレードを突き出した。

 高速機動型が自ら突っ込む形で貫かれる。

 衝突の瞬間、内部のエネルギーコアが悲鳴を上げ、黒い影が痙攣し、赤い単眼が激しく明滅する。

 

「あと一体……!」

 

 近接特化型が、怒りのような動きで突進してくる。

 その軌道は、先ほどまでの一夏の動きを模倣しているかのようだった。

 

(悪いな。俺は、そんな単純じゃねぇんだよ)

 

 一夏は地面スレスレに滑り込み、死角へ潜り込む。

 黒い影が反応するより早く──

 

「──終わりだッ!!」

 

 プラズマブレードが、黒い影の胴体を縦に裂いた。

 装甲が焼け、内部フレームが爆ぜる。黒い影は火花を散らしながら崩れ落ち、赤い単眼がゆっくりと消えていく。

 風が吹き抜ける。

 砂塵が舞い、視界の端でゆっくりと渦を巻く。戦闘の余熱が地面に残り、空気がまだ震えている。

 一夏の呼吸だけが、フルフェイス内に荒く響く。

 

「……はぁ……はぁ……終わった……のか……」

 

 ヴァイスリッターの出力が落ち、スラスターの光が消える。

 内部の冷却システムが限界近くまで稼働し、低い唸りを上げている。装甲の継ぎ目から熱気が漏れ、視界が揺らぐ。

 震える手でブレードを下ろした。

 その時──黒い影の残骸から、微かな電子音が響いた。

 

──ピ……ピ……ピ。

 

 一夏の心臓が跳ねる。

 だが、赤い光はもう灯らない。

 ただの残響だ。

 

「……もう、動くなよ。頼むから……」

 

 一夏は深く息を吐き、空を見上げた。

 曇り空の向こうに、戦場の熱がゆらめいて見える。戦いの余韻が身体の奥に残り、まだ完全には抜けない。

 薄曇りの空が、ようやく戦いの終わりを告げるように静かだった。

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