ドイツ軍人になった一夏くん 作:強い一夏すこすこ侍
アリーナの空気が、異様に静まり返っていた。
観客席のざわめきはシールドに遮られ、遠い海鳴りのようにくぐもって響く。
その低い振動が、胸の奥に不安を沈殿させる。
床には黒いISが落下した衝撃で走った亀裂が広がり、焦げた金属の匂いが漂っていた。
熱気と鉄の匂いが混じり、呼吸するたびに喉がざらつく。
その中心に──黒いISが立っている。
まるで闇そのものが形を得たような存在感。周囲の光を吸い込み、空間が歪んで見える。
赤い単眼が、ゆっくりと左右へ揺れ、まるで獲物を選別する捕食者のように三人を見据えていた。
その光に射抜かれるたび、背筋に冷たいものが走る。
「……二人とも、気を抜かないでね」
楯無の声は低く、鋭い。
声の奥に、戦場を知る者だけが持つ静かな覚悟が滲んでいた。
普段の柔らかい笑みは完全に消え、戦場の兵士の顔になっていた。
その横顔は、年齢を超えた重みを帯びている。
ミステリアス・レイディの装甲表面が淡く光り、水色の粒子が霧のように舞い上がる。
粒子が空気の流れを可視化し、戦場の緊張をさらに濃くする。
右腕に形成されるのは水のナノマシンを螺旋状に纏わせたランス──蒼流旋だ。
槍の周囲で空気が震え、微細な水滴が光を反射して青白い軌跡を描く。
「……あれが、シールドを破った機体……」
セシリアはブルー・ティアーズを展開し、二基のビットを周囲に浮かべる。
その指先はわずかに震えていたが、瞳の奥には揺るぎない決意が宿っていた。
「ここで倒さないと、観客席の皆が危ないし、やるしかないでしょ……!」
鈴は青龍刀を構え、足をわずかに開いて重心を落とす。
呼吸が荒い。だが、その荒さは恐怖ではなく、戦うために身体を無理やり昂らせている証だった。
黒いISは三人の言葉など意に介さない。
その沈黙が、逆に不気味さを増幅させる。
ただ、赤い単眼をわずかに傾け──一歩、踏み込んだ。
その一歩が、まるで世界の空気を切り替えたかのように重く響く。
「来たッ!」
鈴が先に動いた。
高速で黒いISへ突っ込む。
勢いに乗った鈴の突撃を黒いISが避けた。
その回避は動いたというより位置が変わったに近い。質量を持つはずの機体が、慣性を無視したような挙動で滑り抜ける。
「なっ──!?」
鈴の青龍刀が空を切る。
黒いISはその背後へ瞬時に回り込み、鈴の背中へ拳を叩き込もうと腕を振り上げた。
拳の軌道に沿って空気が圧縮され、低い爆ぜ音が生まれる。直撃すれば、ISの背部装甲ごと脊椎を粉砕すると思わせるほどの威力。
「させませんわッ!」
セシリアのビットが一斉に射撃、青いレーザーが黒いISの腕を弾き、軌道を逸らす。
レーザーが掠めた部分の装甲が瞬時に蒸発し、黒いISの腕部に白煙が上がる。
黒いISはわずかに後退し、赤い単眼をセシリアへ向けた。
「……っ!」
セシリアの背筋に冷たいものが走る。
心拍が跳ね上がり、指先が一瞬だけ硬直する。それでも銃口は揺れない。
「セシリアちゃん、下がって!」
楯無が叫ぶと同時に、黒いISが地面を蹴った。
床が爆発したかのように割れ、破片が高速で飛散する。
爆発的な加速でセシリアへ一直線に向かう。
だが──
「──甘いわよッ!!」
楯無が割り込んだ。
その動きは、まるで水流が形を変えて滑り込むような自然さだった。
蒼流旋が閃き、黒いISの腕部を弾く。
金属音がアリーナに響き渡る。
衝突の瞬間、槍の螺旋が黒いISの装甲を削り、火花が散る。衝撃で床が沈み込み、周囲に粉塵が舞い上がる。
楯無の瞳が鋭く細まる。
その瞳には、敵の動きを読み切る冷静な光が宿っていた。
「……なるほど。力は強いけど、技術は粗いわね」
黒いISはその言葉に反応したかのように、赤い単眼を揺らした。
今度は、先ほどの様な直線的な突撃ではない。
楯無の間合いを測るように、左右へ揺れながら接近してくる。
「……っ、さっきより速い!?」
鈴が叫ぶ。
彼女の視界に、黒い残像が複数重なって見えるほどの速度だった。
セシリアのビットが食い止めるために射撃するが、黒いISはそれを予測したように避ける。
レーザーが通過した空間に残る熱の歪みだけが、黒いISの軌跡を辛うじて示していた。
楯無の眉がわずかに動く。
(……学習している? アレには操縦者が乗っていない?)
黒いISが一瞬だけ姿勢を低くし──跳んだ。
跳躍の瞬間、地面が爆ぜ、衝撃波が周囲の砂塵を吹き飛ばす。視界が一瞬真っ白に染まる。
「上ッ!!」
鈴の叫びと同時に、楯無は蒼流旋を黒いISの拳へ叩きつける。
拳と槍が衝突した瞬間、空気が悲鳴を上げるような高音が響き、衝撃で楯無の腕部装甲が軋む。
「くっ……!」
黒いISはそのまま楯無の懐へ潜り込み、腹部へ膝蹴りを叩き込もうとする。
「させませんわッ!!」
言葉と同時に、セシリアのビットが楯無の周囲に展開し、青い光を放つ。
ビットの射撃が空気を焼き、蒼い閃光が黒いISの膝関節を正確に撃ち抜く。
黒いISの膝がに命中し、火花が散る。
衝撃で黒いISの脚部が一瞬だけ硬直し、内部のサーボが悲鳴を上げた。
楯無はその隙に後退し、息を整える。
「助かったわ、セシリアちゃん」
「い、いえ……!」
黒いISはビットを一瞥し──赤い単眼をわずかに明滅させた。
その光は、まるで優先順位を変更したと告げているかのように。
次の瞬間、黒いISはビットの死角へ回り込み、セシリアのドローンを一基、拳で粉砕した。
拳が触れた瞬間、ドローンの装甲が紙のように潰れ、内部回路が火花と煙を撒き散らして爆ぜる。
「そんな!」
悲鳴を上げたセシリアに向かって、黒いISが機体を動かす。
その動きには、明確な殺意があった。
「セシリア!」
鈴が飛び込み、黒いISの蹴りを青龍刀で受け止める。
衝突の瞬間、刀身が悲鳴を上げ、鈴の腕に凄まじい反動が走る。床がめり込み、衝撃波が周囲に広がる。
「くっ……重っ……!」
黒いISは鈴を押し込みながら、赤い単眼を楯無へ向けた。
その視線は、戦術AIが優先目標を切り替える瞬間の冷徹さを帯びている。
鈴の抵抗は障害物として処理され、楯無だけが排除対象として認識されている感覚。
楯無は槍を構え直し、深く息を吸った。
「……いいわ。来なさい」
黒いISが、鈴を跳ね飛ばし、地面を蹴った。
赤い単眼が楯無を捉えた瞬間、
アリーナの空気が一段階、重く沈む。
楯無は蒼流旋を構え、ミステリアス・レイディの足を半歩だけ引いた。
その動きは最小限。だが、重心が沈むと同時に周囲の空気がわずかに渦を巻き、槍の螺旋がさらに鋭さを増す。
その構えには無駄がなく、隙がない。
黒いISはその構えを観察するように動きを止めた。
単眼の光がわずかに明滅し、内部で戦術データが高速処理されている気配が走る。まるで槍術という概念そのものを解析しているように。
楯無は息を整え、槍の螺旋をわずかに強めた。
螺旋の回転数が上がり、空気が削られるような鋭い音が響く。
槍の周囲に微細な水滴が浮かび、青白い光を反射する。
「セシリアちゃん、鈴ちゃん。援護お願い」
「了解ですわ!」
「任せて!」
セシリアがスターライトMkⅢを構え、鈴は衝撃砲をチャージする。
黒いISが、再び動いた。
その加速は、もはや跳ぶではなく射出に近い。
床が砕け、破片が高速で飛散し、空気が悲鳴を上げる。
「ッ──!」
楯無は槍を横へ払う。
蒼流旋の螺旋が空気を裂き、黒いISの突進を弾く。
金属音がアリーナに響き渡る。
衝突の瞬間、黒いISの腕部装甲が削れ、火花が散り、床に焦げ跡が刻まれる。
黒いISは弾かれながらも、その反動を利用して楯無の死角へ回り込む。
(速い……!)
だが、楯無はすでに動いていた。
視界の端で黒いISの軌道を捉え、身体が反射的に動く。思考より先に身体が槍を動かしていた。
槍を逆手に持ち替え、背後へ突き出す。
黒いISの拳と槍がぶつかり、火花が散る。
衝突の衝撃で周囲の空気が圧縮され、低い爆発音が響く。
槍の螺旋が拳の装甲を削り、金属片が飛び散る。
「さすがにこれじゃ仕留められないか……でも」
楯無の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
その笑みは、戦場で優位を掴んだ者だけが浮かべる自信の証だった。
黒いISは後退しながら、赤い単眼を明滅させた。
単眼の光が高速で点滅し、内部で戦術データが再構築されている気配が走る。
次の瞬間、黒いISは楯無の間合いの外へ跳躍した。
床を抉るほどの反動で跳び、空気が爆ぜる。
「……距離を取った?」
鈴が眉をひそめる。
「違いますわ……」
セシリアの声が震える。
彼女の目には、黒いISの軌道予測が複数重なり、どれも槍のリーチぎりぎりの位置に収束していた。
黒いISは、楯無の槍のリーチを正確に把握した上で、その外側から一気に踏み込むつもりなのだ。
まるで槍術の教本を読み込み、弱点を抽出したかのような動きだった。
「なら──撃ち抜くまでですわ!」
セシリアの構えたライフルから閃光が迸る。
青いレーザーが空気を焼き、直線的な光の刃となって黒いISへ降り注ぐ。
黒いISはそれを予測していたかのように回避し、射線の外へ滑り込む。
「くっ……!」
「鈴ちゃん、今!」
「任せなさいッ!」
鈴の肩部ユニットが揺らぎ、衝撃砲が黒いISの足元へ炸裂する。
爆風が地面を吹き飛ばし、黒いISの脚部を強引に浮かせた。
衝撃で周囲の空気が震え、粉塵が渦を巻く。
爆風が黒いISの体勢を崩すその瞬間を、楯無は逃さなかった。
「──そこッ!!」
蒼流旋が閃き、黒いISの肩部を斬り裂く。
螺旋の刃が装甲を削り、内部フレームを露出させる。赤い火花が噴き出し、焦げた金属の匂いが広がる。
「やった……!」
鈴が叫ぶ。
だが──楯無は表情を変えない。
敵の動きが止まっていないことを、肌で感じていた。
「まだよ!」
黒いISは肩を抑えながら後退し、赤い単眼を激しく明滅させた。
その光は怒りではなく、明確な適応。内部で戦術データが再構築され、次の攻撃パターンが生成されている。
黒いISの動きの質が変わった。先ほどまでの粗さが消え、洗練された軌道へと変貌している。
蒼流旋の軌道を完全に読み切り、槍の死角へ滑り込む。
「っ……速い!?」
楯無の反応が一瞬遅れる。
その一瞬の遅れが、戦場では致命傷になり得る。
黒いISの拳が、楯無の腹部へ迫る。
拳の先端が赤熱し、衝突の瞬間に内部フレームを破壊するための加速が仕込まれている。
「会長ッ!!」
鈴の叫びと同時に、セシリアのビットが射撃。
青い光が黒いISの軌道をかすめ、空気が焼ける匂いが広がる。
だが黒いISはそれすら予測し、射線の外へ跳躍していた。
跳躍の軌跡が残像となり、視界が一瞬だけ歪む。
──学習速度が上がっている。
楯無は歯を食いしばり、槍を構え直す。
「……いいわ。まだやれる」
黒いISが、再び地面を踏みしめる。
赤い単眼が楯無だけを捉え、殺意が楯無の胸元、その一点に収束する。
蒼流旋が唸りを上げ、アリーナの空気が震える。
赤い単眼が楯無を捉えた瞬間、アリーナの空気が一段階、重く沈む。
セシリアの狙撃も、鈴の衝撃砲も、すでに黒いISに読まれ始めていた。
黒いISは、二人の援護を完全に無視し、ただ楯無だけを狙って一直線に迫る。
その軌道は、殺意と効率だけで構築された最短距離。回避も防御も存在しない、純粋な攻撃の線。
「……来なさい」
楯無は蒼流旋を構え、先ほどと同じ様にミステリアス・レイディの足を半歩だけ引いた。
その構えは、まるで誘っているかのように静かで美しい。だが、その奥には確かな殺気が潜んでいた。
楯無は息を整える。
「二人とも、援護は最小限でいいわ」
「え……?」
「私が決めるから」
その言葉に、黒いISの単眼がわずかに明滅した。
挑発を理解したかのように、単眼の光が強く収束する。
次の瞬間──黒いISが地面を蹴った。
爆発的な加速。
「ッ──!」
黒いISが踏み込む。赤い単眼が楯無の胸元を捉えた瞬間──楯無の姿が消えた。
正確には、視界の処理速度が追いつかなかった。楯無の加速は、黒いISの予測アルゴリズムすら一瞬だけ上回った。
拳が振られる瞬間、真上に機体を飛ばせる。
その軌道は単純だが、速度が常識外れだった。空気が裂け、蒼い残光が尾を引く。
赤い単眼が驚愕に揺れる。
「終わりよ」
蒼流旋が、黒いISの頭部を貫いた。
螺旋の刃が装甲を削り、内部フレームを粉砕し、赤い光が一瞬だけ激しく明滅する。
黒いISが膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込む。
倒れた瞬間、内部のエネルギーコアが沈黙し、機体全体から力が抜ける音がした。
アリーナに、静寂が訪れた。
戦闘の余熱だけが残り、焦げた金属の匂いが漂う。遠くで観客のざわめきが、ようやく現実に戻ってくる。
「……はぁ……っ……」
楯無は槍を下ろし、深く息を吐いた。
セシリアが駆け寄る。
「会長……! ご無事ですの……?」
「ええ。……なんとかね」
鈴も駆け寄り、黒いISの残骸を睨みつける。
残骸からはまだ微かな熱が立ち上り、内部の焦げた匂いが鼻を刺す。
「助かりました……多分、あたしらだけでは倒せなかったし」
楯無は微笑む。
「良いのよ。生徒を守るのが生徒会長の役目だしね」
黒いISの残骸は、まるで理解できなかったと言わんばかりに沈黙していた。
単眼の光が消えた後の空虚さが、逆に不気味さを残している。
だが──楯無の表情は、わずかに曇る。
「……でも、これで終わりじゃないわ」
外周で戦う一夏の気配が、アリーナの外から微かに伝わってくる。
遠くで金属音と衝撃波が響き、空気が震える。あれは複数の戦闘音だ。
(助けに行きたいけど、もうエネルギーがないわね)
ウインドウが立ち上がり、残存エネルギーが赤く点滅し、警告音が低く鳴り続けている。
アリーナに飛び込む際、楯無は通常時は防御用に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点に集中し、放つことによってアリーナのシールドを破った。
その瞬間に消費したエネルギーは膨大で、今はもう同じ出力を出せる状態ではない。
となると、ここを出るには、今もやっているだろうが、アリーナのシールドをハッキングして解除するか、外の敵を倒すしかない。
「頼んだわよ、副会長」
空を見上げた楯無は、人知れず呟いた。
その声には、指揮官としての責任と、仲間への信頼が入り混じっていた。
◆◆◆
三体の黒い影が、一夏の突撃に呼応するように散開した。
砂塵が爆風で巻き上がり、視界が一瞬だけ白く霞む。三方向から迫る殺意が、空気そのものを震わせていた。
砂塵が三方向へ弾け飛び、視界が一瞬だけ白く霞む。
その中で、一夏はただ一つの赤い光を追う──いや、追わされていた。
単眼の光は照準レーザーのように鋭く、視界に入るだけで皮膚が焼ける錯覚を覚える。
近接特化型が正面から迫る。
その質量は明らかに重く、地面を踏み込むたびに地面が沈み、亀裂が走る。
跳躍型が上空へ跳び、影を落とし、上空からの落下軌道は、まるで大型兵器の砲撃のように一直線で、避ける隙を与えない。
高速機動型は地面スレスレを滑り、死角へ潜り込もうとする。
地面との摩擦で火花が散り、黒い残光が尾を引く。速度は人間の反応限界を完全に超えていた。
(三方向同時……! さっきの俺の動きを、完全に組み込んできやがった……!)
脳が焼けるほどの速度で思考が回る。少しでも判断を誤れば、即座に機体が裂かれ、命が終わる未来が見える。
「なら──!」
一夏はスラスターを逆噴射し、急停止。
急制動の反動で内部フレームが悲鳴を上げ、視界が一瞬だけ暗転する。
それでも歯を食いしばって意識を繋ぎ止める。
その瞬間、三体の軌道が一瞬だけ交差した。
一夏の視界に、三つの赤い光が一直線に並ぶ。
「──まとめて来いッ!!」
一夏はブレードを振り抜いた。
だが──黒い影たちは、まるでそれすら予測していたかのように散開した。
三体の動きは完全に連携しており、一夏の攻撃をデータとして即座に処理し、最適解で回避している。
「……っ!」
空振りしたブレードが空気を裂き、衝撃波が地面を抉る。
その一瞬の隙を、黒い三体は逃さなかった。
高速機動型が背後へ回り込み、蹴りを叩き込む。
背後からの衝撃は、まるで大型トラックに体当たりされたような質量を伴っていた。装甲が軋み、内部の骨が折れそうな痛みが走る。
「ぐっ……!」
視界が一瞬白く弾け、耳鳴りが戦場の音をかき消す。
HUDがノイズで埋まり、警告表示が赤く点滅する。機体の内部フレームが悲鳴を上げていた。
だが、意識は落ちない。落とせない。
跳躍型が上空から急降下してくる。
落下速度は弾丸に近く、空気が圧縮されて白い衝撃波が生まれた。
その影が、まるで死神の鎌のように迫る。
「させるかよッ!」
一夏はスラスターを全開にし、真横へ飛ぶ。
急加速の反動で視界が揺れ、身体からミシミシ嫌な音が鳴る。だが、避けなければ待っているのは死だ。
直後、跳躍型が落下した地点がクレーターのように抉れた。
地面が震え、破片が雨のように降り注ぐ。
その破片の一つ一つが、戦場の苛烈さを物語っていた。
だが、避けた先には──近接特化型が待っていた。
まるで一夏の回避軌道を
「読んで……!」
黒い影のブレードが振り下ろされる。
一夏は咄嗟にブレードで受け止めた。
金属音が耳を裂く。
「──るんだよッ!!」
腕に伝わる衝撃が、骨を砕くような痛みとして走る。
機体越しでも分かる。相手の出力が、さっきとは段違いだ。
黒いISの内部で何かが強化されている。動きも力も、先ほどの個体とは別物だ。
(こいつら……学習しただけじゃない……!強化もされてる……!?)
戦闘データをリアルタイムで共有し、即座に性能を上げている。そんな兵器、聞いたことがない。そもそもが、無人機など昨日今日で運用できるシロモノではない。
押し込まれる。
ブレードが軋む。
機体が悲鳴を上げる。
「まだだ……!」
一夏はスラスターを逆噴射し、強引に距離を取った。
反動で内部フレームが軋み、警告音が鳴り響く。それでも距離を取らなければと一夏の本能が叫ぶ。
だが、その瞬間──高速機動型が横合いから突っ込んできた。
「ッ──!」
回避が間に合わない。
一夏の心臓が跳ねる。
死角から迫る赤い光が、まるで終わりを告げる合図のように見えた。
だが──
「織斑くんッ!!」
残っていたリヴァイヴの一機が、身を挺して割り込んだ。
高速機動型の突撃を受け、機体が大きく弾き飛ばされる。
衝突の瞬間、リヴァイヴの装甲が粉砕され、破片が火花とともに散った。
内部の回路が焼け、黒煙が上がる。
「先生──!」
リヴァイヴは地面を転がり、装甲が剥がれ、火花を散らしながら停止した。
「……っ……まだ……動け……る……うちに……!」
教員の声が通信越しに震える。
その声は、覚悟と恐怖と責任が入り混じった、痛いほどの人間の声だ。
例え指揮官の命令だったとしても、守るべき生徒を置いて逃げるなど、教師としての矜持が許さなかった。
一夏の胸が締めつけられる。
守られた。
自分のために、誰かが傷ついた。
胸の奥で何かが爆ぜるような感覚。恐怖ではなく、戦う理由が一気に燃え上がる。
「ありがとうございます。助かりました」
一夏はブレードを構え直す。
握る手が震えているのは恐怖ではない。怒りと覚悟が混じった、戦士の震えだった。
黒い三体が、再び一夏を囲むように散開する。
三方向から迫る殺意が、空気を震わせる。まるで戦場そのものが一夏を試しているかのようだった。
風が止む。
音が消える。
世界が、三つの赤い光と自分だけになった。
視界の端が暗くなり、赤い光だけが鮮明に浮かび上がる。戦闘に集中しすぎて、周囲の情報がすべて遮断されていく。
「来いよ……全部まとめて相手してやる……!」
三体が同時に動いた。
三体の黒い影が、一夏を包囲するように円を描く。
その動きは、まるで一つの生物のように滑らかで、連携に一切の無駄がない。
風が止まり、空気が重く沈む。まるで戦場そのものが息を潜め、一夏の選択を待っているようだった。
(……逃げ場はない。なら──突破するしかねぇだろ)
心臓の鼓動が、戦場のリズムと同期する。恐怖は消え、ただ勝つための思考だけが残る。
一夏はブレードを構え直し、スラスターを微調整する。
黒い三体が、同時に前傾姿勢を取った。
「来いよ……!」
最初に動いたのは──高速機動型だった。
地面を抉るような加速で、一夏の死角へ滑り込む。視界に映った瞬間には、もう攻撃範囲内だった。
一夏は機体を半回転させ、ブレードを叩きつける。
だが──高速機動型は、まるでそれすら予測していたかのように跳ね上がった。
跳躍の瞬間、空気が爆ぜ、白い衝撃波が生まれる。
速度が常識外れで、視点調整が追いつかない。
一夏の背中に冷たい汗が流れる。
(……こいつ、俺の読みまで学習してやがるのか!)
無機質にデータを収集している様に見えて、その実、人間の癖や思考パターンすら、戦闘データとして取り込んでいる。
上空から跳躍型が急降下してくる。
その影が、巨大な刃のように迫る。
「くそっ……!」
一夏はスラスターを全開にし、真横へ飛ぶ。
直後、跳躍型が落下した地点が爆ぜ、破片が雨のように降り注ぐ。
だが──避けた先には近接特化型が待っていた。
まるで誘導されているかのような配置。
「終わりだと言いてえのかよ……!」
黒い影のブレードが振り下ろされる。
一夏は咄嗟に受け止めたが──衝撃が、先ほどまでとは比べ物にならない。
「ぐっ……!」
腕が軋む。
機体が悲鳴を上げる。
視界が揺れ、赤い光が三つ、じわりと滲む。
「ナメ──るなァアアッ!!」
一夏は近接特化型を弾き飛ばし、跳躍型へ向けて急加速した。
スラスターが悲鳴を上げ、内部温度が急上昇する。それでも加速を止めない。
跳躍型が反応するより早く、一夏はその胴体を斬り裂く。
プラズマ刃が装甲を焼き切り、内部フレームを粉砕する。赤い火花が噴き出し、黒い影が落下する。
「次ッ!!」
高速機動型が背後から迫る。
だが、一夏は振り返らない。
(来い……来い……もっと速く来い……!)
背後の殺意を
「──ここ!!」
一夏は機体を反転させ、ブレードを突き出した。
高速機動型が自ら突っ込む形で貫かれる。
衝突の瞬間、内部のエネルギーコアが悲鳴を上げ、黒い影が痙攣し、赤い単眼が激しく明滅する。
「あと一体……!」
近接特化型が、怒りのような動きで突進してくる。
その軌道は、先ほどまでの一夏の動きを模倣しているかのようだった。
(悪いな。俺は、そんな単純じゃねぇんだよ)
一夏は地面スレスレに滑り込み、死角へ潜り込む。
黒い影が反応するより早く──
「──終わりだッ!!」
プラズマブレードが、黒い影の胴体を縦に裂いた。
装甲が焼け、内部フレームが爆ぜる。黒い影は火花を散らしながら崩れ落ち、赤い単眼がゆっくりと消えていく。
風が吹き抜ける。
砂塵が舞い、視界の端でゆっくりと渦を巻く。戦闘の余熱が地面に残り、空気がまだ震えている。
一夏の呼吸だけが、フルフェイス内に荒く響く。
「……はぁ……はぁ……終わった……のか……」
ヴァイスリッターの出力が落ち、スラスターの光が消える。
内部の冷却システムが限界近くまで稼働し、低い唸りを上げている。装甲の継ぎ目から熱気が漏れ、視界が揺らぐ。
震える手でブレードを下ろした。
その時──黒い影の残骸から、微かな電子音が響いた。
──ピ……ピ……ピ。
一夏の心臓が跳ねる。
だが、赤い光はもう灯らない。
ただの残響だ。
「……もう、動くなよ。頼むから……」
一夏は深く息を吐き、空を見上げた。
曇り空の向こうに、戦場の熱がゆらめいて見える。戦いの余韻が身体の奥に残り、まだ完全には抜けない。
薄曇りの空が、ようやく戦いの終わりを告げるように静かだった。