ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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戦場の匂いを知る者たち

 千冬に現場の指揮を引き継ぎ、一夏はヴァイスリッターを解除し歩みを進めていた。

 外周から少し離れた通路は、戦場の喧騒が嘘のように静かだ。

 楯無も一夏の歩調に合わせて歩く。

 彼の足取りは重くはないが、どこかぎこちなかった。

 戦闘の緊張がまだ身体の奥に残っているのだろう。

 通路の壁には、先ほどまでの衝撃で微かに振動していた名残があり、照明はまだ完全には安定していない。

 白い光が時折わずかに揺れ、一夏の影を細く伸ばしたり縮めたりしていた。

 

「……ねえ、一夏くん」

 

 楯無が口を開いたのは、二人きりになった瞬間だった。

 一夏は歩みを止め、少しだけ視線を落とした。

 

「やっぱり、貴方は戦場に慣れているのね。落ち着いてて、冷静で……でも、ちゃんと怖がってた。あれはね、場数を踏んだ人間の声よ」

 

 一夏はわずかに眉を寄せた。

 

「……慣れたくは、ないんですけどね」

「慣れたくないのに、慣れていくのが戦場よ」

 

 楯無の声は、どこか遠い記憶をなぞるようだった。

 彼女自身の過去の戦闘の影が、ふとその横顔に差したように見えた。

 

「なんにせよ、貴方の指揮のお陰で人的被害は無し。生徒も学園も守れたわ」

 

 一夏は小さく息を吐いた。

 

「守れたのは、皆が動いてくれたからです。自分一人じゃどうにもならなかった」

「それを言えるのが良い指揮官なのよ」

 

 楯無は軽く笑った。

 

「自分の手柄にしない。仲間の力をちゃんと見てる。だから皆、あなたの指示に従ったのよ」

 

 一夏は少しだけ目を見開いた。

 

「そんなふうに見えてました?」

「ええ。先生方の動き、見てたでしょ? 迷いがなかった」

 

 楯無は歩みを止め、静かに一夏の前に立つ。

 

「あなたの声が、皆を落ち着かせてたのよ」

 

 一夏はその言葉に、胸の奥がわずかに熱くなるのを感じた。

 戦場では押し殺していた感情が、静寂の中でじわりと浮かび上がってくる。

 一夏は返す言葉を失ったように黙り込む。

 その沈黙は否定ではなく、受け止めきれない戸惑いだった。

 楯無はそんな彼を見て、ふっと表情を緩める。

 

「……ねえ、一夏くん」

「はい」

「怖かったでしょ?」

 

 一夏の肩がわずかに揺れた。

 戦闘中には決して見せなかった、ほんの小さな反応。

 

「……はい。正直に言えば」

「それでいいのよ」

 

 楯無は一歩近づき、声を落とした。

 

「怖いと思える人の方が、ずっと強い。無茶をしないし、仲間を見捨てないしね」

 

 その言葉は、戦場の冷たさとは対照的に、じんわりと温かかった。

 一夏は胸の奥に張り付いていた緊張が、少しずつ溶けていくのを感じる。

 ゆっくりと息を吸い、そして吐いた。

 

「今回の襲撃は四機。こちらの三機は無人機でしたが、会長の方も同じでしたか?」

「ええ。こちらも同じね」

 

 そうですか、と一夏が顎に手をやった。

 それを横目に見ながら楯無も思考を働かせる。

 

(無人機なんてどこの国も成功していない技術のはずなのに……)

 

 通路の空気が、ふたりの思考の重さを反映するように、ひどく冷たく感じられた。

 今回の襲撃がどこの国、あるいは組織が実行したか。

 ISのコアを調べれば、どこの国に配備されている物かわかるが──

 

「──最後の最後まで、撤退する素振りもなかったんですよね」

 

 楯無の思考を引き継ぐように、一夏が言葉を紡ぐ。

 そう、普通なら襲撃が失敗に終わりそうになれば撤退も考えるだろうに、その様子はなかった。

 アリーナ内の楯無の方はまだ理解が出来る。

 外周の敵によって、シールドを維持されていたが故に、撤退したくても出来なかった可能性があるからだ。

 だが、一夏の相手をしていた敵は違う。

 逃げようと思えば逃げられたにも関わらず、文字通り力尽きるまで戦い続けて、結果敗れた。

 

「そうね。本来なら、情報が相手に残るのを嫌がって撤退したり、自身で内部を破壊するとかすると思うんだけど……」

「自爆をするようなそんな挙動はありませんでしたね」

 

 一夏の声には、戦場で感じた違和感がまだ残っていた。

 あの無人機の動きは、ただの兵器というより、何かを確かめるために動いていたように思えてならなかった。

 本来なら情報など残していきたくない。

 だが、今回の敵はそうした素振りすら見せなかった事を考えると、一つの仮説が生まれる。

 

「現状、各国に配備されているISのコアが限られている中で、四機も使い捨ての様に手札を切ってきた」

「つまり、今回の襲撃を企んだ国、あるいは組織がコアの開発に成功している、と?」

「もしくは、篠ノ之博士に提供してもらっている、とかね」

 

 楯無が軽く肩をすくめて言ったその瞬間、一夏の表情がわずかに強張った。

 その反応は、単なる驚きではない。

 既にその可能性を考えていた顔だ。

 

「……束さんが、ですか」

「ええ。あの人なら、やろうと思えばできるでしょうし」

 

 楯無は冗談めかした口調を保っていたが、その瞳は笑っていなかった。

 むしろ、鋭く状況を見据える指揮官の目だ。

 一夏は束の顔を思い浮かべた。あの、底の見えない笑み。

 彼女が何を考えているのか、誰にも読めない。

 一夏はしばらく黙り、通路の先を見つめた。

 戦闘の余韻がまだ身体に残っているはずなのに、その瞳は妙に冷えていた。

 

「……束さんが関わっている可能性は、否定できません」

「やっぱり、そう思う?」

「はい。今回の敵の動き……無人機を使った事が特に」

 

 楯無が首を傾げる。

 

「どういうこと?」

 

 一夏は少しだけ息を吸い、言葉を選ぶように続けた。

 

「普通の軍事行動なら、損耗が大きくなれば撤退を選びます。貴重なコアであれば失いたくないでしょうしね。でも今回の敵はそうではない。なら、各国が首謀したという線は薄くなります」

「そうね。──もっとも、使い潰しても問題ないほどのコアを用意している、と考える事も出来るけど」

 

 言いながらも、その可能性は低いだろうと楯無は思っていた。

 だとしても、相手に情報を与えたくないと考えるのが普通の考え方だ。

 まあ、あえて情報を渡す事で混乱させる狙いもあるかもしれないが。

 

「束さんが首謀者なら、コアを使い潰す事は何とも思わないでしょうね」

 

 文字通り、ISの生みの親なのだからコアも作り放題だ。

 故に、今回の襲撃は束か。束からコアの提供を受けた国の主導が考えられる。

 

「束さんは重度の人嫌いで、他の人と話す事すら滅多にしないんですよね。だから、無人機を用意した、というのも納得がいきます」

 

 それに、と一夏が続ける。

 

「そんな彼女が、各国にコンタクトを取ってコアを提供したとは考えにくいですしね」

 

 なるほど、と楯無が頷く。

 実際に幼少期を彼女の近くで過ごした上で、束の人となりを知っている一夏の推察だ。

 的外れ、という事もないだろう。

 

「そうなると、篠ノ之博士は何らかの目的があってここを襲撃した事になるけれど……」

「こればかりは本人に聞いてみない事にはわからないでしょうね」

 

 誰がやったのか、どうやってやったのか、という点は束が首謀者と当てはめれば納得がいく。

 だが、なぜ(・・)という部分を推理するのは難しい。特に、それが篠ノ之束という常識の枠でとは納められない人物となれば猶更だ。

 

「まあ、実際にコアを調べたらどこかの持ち物、という事もあるかもしれないしね」

 

 言いつつ、それは無いだろうとは楯無自身も思っているが。

 

(サイレント・ゼフィルス……イギリスが強奪されたように、他国も盗まれた可能性もある、か)

 

 あれも、謎の組織がイギリスからISを強奪し実行した事件だ。

 今回の四機も、どこからか強奪したISコアを用いて、無人機を組み上げた可能性も捨てきれない。

 もっとも、そうなるとせっかく強奪したコアを使い捨てにした、という当初の話に戻ってくるのだが。

 通路の奥で、非常灯が完全に消え、通常灯の白光が安定した。

 だが、その明るさとは裏腹に、ふたりの胸中はますます暗く沈んでいく。

 

「いずれにせよ、今回の件はかん口令が敷かれるでしょうし、当事者になった私達にも事情聴取はあるから、覚悟しておきなさい」

「まあ、その辺は慣れてますし問題ないかと」

「その歳で慣れてるってのもねえ……」

 

 楯無のもっともな指摘に一夏は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「それはそれとして、襲撃が今回だけとは限りません」

「そうね。なんでもない日にしてくる可能性もあるし、今回みたいにイベントを狙うケースも十分にあるわね」

「直近だと、学年別トーナメントや校外実習ですか」

 

 学年別トーナメントは六月、校外実習は七月に予定されている。

 当然、何でもない日に狙われる事もあるから油断は出来ないが、やはり警戒するなら学年別トーナメントだろうか。

 

「当然、織斑先生や上層部も対策は考えるでしょうけど、生徒会としても考える必要はありそうね。場合によっては提案という形で打ち上げる必要があるわ」

「わかりました。防衛体制と共に、トーナメントの形式についても今週中にたたき台を作ります」

「そうね、その間の実務は虚ちゃんと簪ちゃんで回す事にするわ」

 

 虚も出来ない事は無いが、それこそ本職の一夏には劣るだろう。

 楯無は一夏の横顔を見ながら、心の中で小さく息をついた。

 頼りになるのはありがたいが、彼は若すぎる。だが、その若さに似合わないほど戦場の匂いが染みついてしまっている。

 と、そこまで考えた楯無が何かを思い出したかのように口を開く。

 

「そういえば、六月にドイツの代表候補生が編入するって聞いたけど」

「ええ。ウチの隊長ですね。専用機がトライアル段階だったのもあって、この時期にずれ込んでますが」

 

 それが何か、と言わんばかりに一夏の表情に、楯無がウインクで返す。

 

「平時ならともかく、こういう事が起きて次は無い保証がない以上、戦場を知る子が増えるのはありがたいと思ってね」

 

 代表候補生で、そして非常時にこれだけ動ける一夏を部下として従えている程だ。指揮官としても期待が出来るだろう。

 一夏は楯無の言葉に小さく頷き、歩みを再開した。

 

「……ドイツの代表候補生、ね」

 

 楯無がぽつりと呟く。

 その声音には、単なる興味以上の計算が滲んでいた。

 

「隊長さんってことは、あなたの直属の上官になるのかしら?」

「ええ。年齢は同い年ですが、軍歴は自分より長いですし、頼りになる人ですよ」

 

 一夏の声は淡々としていたが、そこには信頼が同居していた。

 楯無はその微妙な温度差を聞き逃さない。

 

「……ふうん。あなたがそう言うなら、相当ね」

 

 軽く笑いながらも、楯無の瞳は鋭い。

 彼女は一夏の軍人としての顔を、今日の戦闘で見せつけられたばかりだ。

 だからこそ──その一夏が頼りになると言う人物が、どれほどの存在なのかを測りかねていた。

 それでに、一夏の年齢で軍属というのが異常だというのに、編入してくる少女も一夏と同い年で、しかも一夏よりも軍歴が長いという。

 

「専用機のトライアルが終わったってことは、実戦投入も近いわけよね」

「はい。恐らく、学園別トーナメントには間に合うはずです」

「そう」

 

 楯無は髪を弄びながら、一夏の横顔を盗み見る。

 彼の表情は淡々としているが、その奥には覚悟の色があった。

 

「……学園が、また戦場になる可能性があるとお考えですか」

「ええ。今日みたいにね」

 

 楯無は軽く肩をすくめた。

 

「だからこそ、生徒会としても戦える体制を整えておく必要があるのよ。あなたが副会長で良かったわ」

 

 一夏は苦笑した。

 

「……買いかぶりですよ」

「買いかぶりじゃないわ。今日のあなたを見て、確信したもの」

 

 楯無は一夏の胸元に指先を軽く当てた。

 その指先の温度が、戦場の冷たさをほんの少しだけ溶かした。

 一夏は彼女に返す言葉を失い、ただ静かに目を伏せる。

 と、通路の奥から、複数の足音が近づいてきた。

 緊張ではなく、事務的な足取り。恐らく、教員か警備担当だ。

 

「……事情聴取、先に済ませちゃいましょう」

 

 楯無が歩き出す。

 一夏もその後に続いた。

 

(──今回の襲撃で学園を落とすほどの戦力は投入されなかった)

 

 誰かが何かを試しているのか。

 答えはまだ出ない。

 だが、確実に言えることが一つだけあった。

 

(次は、さらに大規模になる可能性もある、か)

 

 その予感は、戦場を知る者だけが持つ直感だった。

 そして、その直感は決して外れてほしいと願いながらも、どこかで来ると確信している自分がいた。

 

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