ドイツ軍人になった一夏くん 作:強い一夏すこすこ侍
事情聴取を終えた一夏は、夕食の為に食堂にいた。
夕暮れの名残が窓の外に薄く滲み、食堂の蛍光灯が白く冷たい光を落としている。ざわめきはあるのに、どこか遠く感じられた。
(そういや、簪は大丈夫だったのか?)
食券を渡しながら、ぼんやりと簪の事を思い浮かべる。
無事なのは知っているが、結局一夏の命令通りに扉を破壊していたのか、その辺りが気になったのだ。
胸の奥に、微かなざらつきが残っていた。
命令を出したのは自分で、その結果がどう響いたのか、確かめずにはいられない。
「なに難しい顔してるのよ」
「鈴か。お前も事情聴取終わりか?」
まあね、と言いながら鈴も食券を渡す。
彼女も無人機と交戦しているが故に事情聴取の対象になったのだろう。
セシリアがいないのは、セシリアはアリーナ内の敵を倒しただけで戦線を離脱したのに対し、鈴は最後まで現場にいた差で事情聴取の時間が変わっているのだろうか。
鈴の声は普段通りなのに、どこか疲労の影が混じっていた。戦闘の緊張が完全には抜けていないのだろう。
「結局クラス対抗戦は中止みたいね」
「ああ。襲撃への対策が完了しない限りは、試合形式のイベントは厳しいだろうな」
専用機持ちではない、一般の生徒同士。しかも一年生の経験不足の中で今回の様な襲撃を受けた場合、楯無が到着する前に二人が負けていた可能性すらあった。
それを考えたら、大会を続けていくのは現実的ではないだろう。
食堂のざわめきの中で、戦闘の記憶だけが妙に鮮明に蘇る。
あの金属音、焦げた匂い、緊迫した通信──それらがまだ耳の奥に残っていた。
「今回は鈴とセシリアの専用機持ち同士の対戦をしている所への襲撃だったからな。だから会長の到着まで保たせられたが、一般生徒同士だとこうはいかん」
「まあね。相方がセシリアだったからマシだけど、連携すらしたことが無い生徒だと考えたらぞっとするわね」
「連携、か」
鈴の何気なく放った言葉に一夏が反応する。
出てきた食事を受け取って席に向かいながらも、一夏は頭を働かせていた。
トレイの温もりが手に伝わるのに、思考は冷静に研ぎ澄まされていく。
戦闘後の静けさが、逆に思考を深く沈めていくようだった。
「何か気になる事でも?」
「いや、来月からもイベントごとがあるだろ? そこでも同じような襲撃があった時の防衛体制を考えてくれと会長に言われていてな」
一夏が答えると、鈴がうげっと声を漏らす。
「何? 副会長ってのはそんな事も考えるの? 織斑先生とかに任しときなさいよ」
「まあ、最終判断は千冬姉辺りがするだろうがな。あくまで提案してくれってレベルの話だ」
だからと言って、適当なモノを打ち上げるつもりはないが。
鈴はふーんと興味のない様な返事を返しつつ、チャーハンを掬う。
「で、なんで連携って言葉に反応したのよ」
「自分で言っただろ? 連携したこともない生徒とは一緒に戦えないって」
普段から共に訓練をしていたり、あるいは代表候補生という力量があったからこそ、鈴とセシリアは連携が取れたのだろうが、一般の生徒に即席で連携を求めるのは酷だろう。
それが特に、非常時となれば猶更だ。
「学年別トーナメントの形式を、タッグマッチ形式に変更するのはアリかもしれんな、と」
「あー、来月の?」
「ああ」
返事を返しつつ、一夏はトンカツに手を伸ばす。
例によって定食は二品頼んでおり、もう一つは鶏の照り焼きだ。
「今回みたいな襲撃があった場合、アリーナ内に取り残されるのは四機になるだろ?」
もし仮に、試合の中で落とされても一機だけというシチュエーションは早々無い。
あるいは、教員があらかじめISを展開してアリーナ内に配置しておくという手もある。
「それにタッグマッチトーナメントにすれば、必然的に連携の訓練を積むようになるしな」
「……ああ、そういうことね」
鈴はレンゲを持ち上げる手を止め、少しだけ真面目な顔になる。
鈴の瞳に、戦闘時の鋭さが一瞬だけ戻った。
「でもさ、一夏。タッグにしたらしたで、問題も出るわよ?」
「問題?」
「相性。力量差。役割分担。あと……感情面」
指折り数えながら問題点を挙げていく鈴。
「最初のは分かるが、感情面ってなんだ?」
「勝ち上がる為には専用機持ちと組みたがるに決まってるじゃない」
「あー……」
確かに、と一夏は内心で頷く。
代表候補生と組めたら勝ち上がるのが優位になるだろう。
ここで好成績を残せたらこれからの進路もより良い道も開けてくる可能性もある。
「まあ、そこは会長がうまく調整するだろ」
「会長が、ねぇ……」
鈴は苦笑する。
楯無の性格を考えれば、むしろ面白がって何かをする可能性の方が高い。
「でも、一夏がそこまで考えてるとは思わなかったわ」
「考えざるを得ないだろ。ここに通ってる奴らのほとんどが一般人だ。そういった人たちを守るのが責務だ」
その言葉に、鈴の表情がわずかに揺れる。
その声音には、かつての一夏にはなかった重みがあった。戦場を知る者の言葉──鈴はそれを敏感に感じ取った。
「……アンタ、ほんと変わったわね」
「そうか?」
「そうよ。前はもっと……なんていうか、無自覚に突っ走るだけのバカだったのに」
「褒めてるのか貶してるのか分からんぞ」
「褒めてるのよ。これでも」
鈴はふっと笑い、チャーハンを口に運ぶ。
その笑顔は、ほんの少しだけ安堵を含んでいた。
その安堵は、今日の戦闘で感じた恐怖の裏返しでもあった。無事で戻れたことへの、静かな感謝。
「で、タッグマッチ案。会長に出すつもり?」
「ああ。まだ粗いけどな。防衛体制の一環としては悪くないと思う」
「……なら、あたしも意見出していい?」
「鈴が?」
「そうよ。あたしだって現場にいたんだから。実際に戦った側の意見も必要でしょ」
一夏は少し驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくりと頷いた。
「助かる。正直、俺一人じゃ見落としてる部分も多いだろうしな」
「でしょ。あんた、そういうとこ抜けてるんだから」
言いながらも、鈴の声はどこか柔らかい。
戦闘後の張り詰めた空気が、少しずつほどけていく。
仲間と話すことで、ようやく日常へ戻っていく感覚があった。
「……ここ、良い?」
と、か細い声がかけられる。
一夏が視線をやると簪がうどんを乗せたトレイを片手にこちらを見下ろしていた。
「大丈夫だよ。……もしかして、お前も事情聴取終わりか?」
「そう……」
「でもお前、避難指示をしてたくらいでそんな聞かれるような事あったか?」
「扉を壊して……みんなを避難させたから……」
簪の言葉に、鈴があちゃーと声に出す。
非常時とはいえ、学園の設備を破壊したのだ。当然、事情聴取の対象となるだろう。
簪の肩はわずかに強張っていた。
事情聴取の緊張がまだ抜けていないのか、うどんの湯気がその表情を淡く揺らす。
「そうか。悪かったな、俺が命令を出したばかりに」
「大丈夫……背中を押してくれたから……躊躇なくできたし」
あのまま、アリーナに閉じ込められたままだったら、生徒たちがパニックに陥っていた可能性もある。
そうした状況を回避する為に、仕方がないと事情聴取の中でも言われていた。
むしろ、事情聴取の担当者には褒められたほどだ。
「それならよかった。俺のせいで怒られたんなら申し訳ないしな」
言いながら、鶏の照り焼きに箸を伸ばす。
照り焼きの甘い香りが漂うのに、三人の会話はどこか戦場の延長線にあった。
食堂の明るさが、逆にその温度差を際立たせる。
同じ様に食事を再開した鈴が口を開いた。
「話を戻すけど……学年別トーナメントは来賓も来るんだっけ?」
「確か、な。詳しいメンバーは知らんが……」
言いながら一夏は簪を見やる。
彼女なら何か知っているだろう、という淡い期待。
「各国のエージェントに加えて……大手企業の参加の打診もある……」
本来の目的は、二年三年と言った上級生にとっては就活の場の形も成す。
それに今年は、一夏という存在に、例年以上の専用機が在籍しているとあって、参加者は過去最多を予定しているらしい。
「来賓の警護……もだけど、そもそも来賓自体も疑わないといけないのよねえ」
「一般の生徒に案内させるケースもあるけど……今年は控えた方が良いと思う」
「だな。とはいえ、教員の数には限りがあるし、外部から警備員を入れるのはもっと不味いしなあ……」
どうするかなあ、とぼやく一夏を見ながら鈴はやはり変わったな、と思う。
鈴の視線は、かつての無鉄砲な少年ではなく、責任を背負う青年を見ていた。戦場で磨かれた眼差し──それが今の一夏にはある。
昔から責任感は強かったが、方向性がまるで違う、と。
当時は、ある種個人に向けた感情が強かったように思うが、今は全体を見渡す眼を持っている。
(軍で育ったから、かなあ)
軍属であるが故に、視野を広くする必要があったのだろう。
鈴も、一年とはいえ代表候補生として軍にも出向いて指導を受けたことがあった。
あの訓練場の冷たい空気、教官の鋭い声、汗の匂い──それらが一瞬、鈴の脳裏に蘇る。戦うとは、守るとは、どういうことか。今日の襲撃で、その意味が再び胸に刻まれた。
「とりあえず、今週中には上に持っていきたいから、何か意見があれば言ってくれ──言っておくが、大会の形式が変わるかもしれない、とか周りには言うなよ」
「わかってるわよ」
簪は、湯気の立つうどんを見つめながら、ほんのわずかに眉を寄せた。
「……でも、タッグマッチにするなら……もう一つ、考えないといけないこと……あると思う」
ぽつりと落とされた声に、一夏と鈴が同時に視線を向ける。
「何だ?」
「……誰と組むかを……生徒が自分で決められるのかどうか……」
その言葉は、鈴の指摘した感情面の問題を、さらに具体的に突きつけるものだった。
「自由にしたら……専用機持ちに希望が集中する……でも、完全に学校側が決めたら……不満も出る……」
簪は箸を握りしめたまま、少しだけ視線を落とす。
「……それに……」
「それに?」
「……組みたい相手がいるのに、言えない子も……いると思うから……」
その一言に、鈴が一瞬だけ目を細める。
一夏は気づかないふりをしながら、黙って耳を傾けた。
簪は続ける。
「タッグって……信頼が必要……でも、信頼って……急に作れるものじゃない……。だから……希望を出せる仕組みと……学校側の調整……両方が必要だと思う……」
その言葉は、普段の簪からは想像できないほど、的確で、現場を理解した意見だった。
「……簪、お前……」
「今日、現場にいて……。あの時……誰と一緒に動けるかで……生死が変わるって……分かったから……」
うどんの湯気が、簪の表情を淡く揺らす。
その横顔には、恐怖の残滓と、それを押し殺して前に進もうとする意志が同居していた。
「……助かる。二人の意見、全部まとめて会長に出すよ」
その言葉に、鈴は満足げに笑い、簪は小さく頷いた。
食堂のざわめきの中、三人のテーブルだけが、どこか戦場の余韻を引きずったまま、しかし確かに前へ進もうとしていた。
周囲の笑い声や食器の音が、まるで別世界の出来事のように遠く聞こえる。
三人の間に流れる空気は、静かで、重く、そして温かかった。
「……で、タッグマッチにするなら、もう少し細かいところを詰めないといけないな」
一夏が言うと、鈴が一夏のトンカツをつつきながら頷いた。
「何もない状況でのタッグマッチトーナメントなら、好きな相手と組むってので良いけど、緊急事態を想定するならそうも言ってられないわね」
「簪の言った様に、希望制だけだと偏るし、完全ランダムだと不満が出る」
簪は湯気の向こうで、静かに言葉を継ぐ。
「……なら……希望提出と学校側の調整……の二段階方式がいいと思う……」
「二段階?」
「うん……。まず、生徒に組みたい相手を出してもらう……。その上で、学校側が力量差や相性、それに安全性を見て最終調整……」
鈴が腕を組む。
「なるほどね。希望を出せるなら不満も減るし、学校側が調整すれば偏りも防げる」
「ただ……」
一夏が箸を置き、少しだけ声を低くする。
「専用機持ちの扱いは慎重にしないといけないな」
その言葉に、鈴と簪の表情がわずかに引き締まる。
「専用機持ちと組めば勝ちやすい。だから希望が集中するだろうが、全員を専用機持ちと組ませるわけにはいかない」
「……それに……専用機持ちが全員を引っ張る形になると……依存が生まれる……。一般生徒が自分で考えて動く力が育たない……」
「そうだな。今回のタッグマッチの目的はいざという時の連携だ。専用機持ちに頼り切りになるってのは本末転倒だな」
「専用機持ちも、そっちに気を取られて力を出せないってなると意味がないしね」
「あと、タッグマッチなら役割分担を明確にした方がいい」
一夏が言うと、鈴が頷く。
「タンク役、アタッカー役、支援役……って感じ?」
「そうだ。だが、一年生はまだ自分の特性すら把握しきれていない。だから事前に簡易診断をして、適性を出して組ませるのが良いかもしれない」
「簡易診断……?」
「模擬戦データ、反応速度、操作傾向……そういうのをAIにかければ向いてる役割が出る」
一夏の声は落ち着いているが、その裏には二度と今日のような混乱を起こしたくない、という強い意志があった。
鈴が感心したように口笛を鳴らす。
「へぇ……軍ってそういうの普通にやるの?」
「やる。適性を知らずに戦場に出すのは無茶だろ、そりゃ」
「ちなみにアンタの特性は?」
「技能としては前でも、後ろでもなんでもござれ。ただ、性格的には前、って言われたな」
「でしょうね。後ろにいるアンタは想像できないわ」
それは一夏自身でも思っている所である。
今日の襲撃も、結局オクスタンランチャーを使わずにブレードだけで対処してしまった。
もっとも、シールドに守られているアリーナ内と違って流れ弾に気を付けなければならない結果でもあるが。
通常のアサルトライフルならまだしも、オクスタンランチャーの威力はシャレにならない。
「あともう一つ。今回の襲撃を踏まえるなら……」
一夏は声を落とす。
「タッグマッチ中に襲撃が起きた場合の対応を決めておく必要がある」
鈴が真剣な顔になる。
「……確かに。試合中に襲われたら、混乱するわね」
「だから緊急時のマニュアルを作る」
「……マニュアル、ね」
鈴が腕を組み、真剣な表情で一夏を見る。
「具体的には、どんなのを考えてるのよ?」
「まずはアリーナ内外の状況把握だな」
一夏はトレイの端に置いた箸を指で軽く叩きながら続ける。
「今回みたいに、敵がどこから侵入するか分からない状況だと──アリーナ外の監視が最優先になる」
「監視って……カメラだけじゃ足りないってこと?」
「足りない。カメラは死角があるし、電磁妨害を受けたら終わりだ。実際、今回も監視カメラがダウンしたしな」
一夏はだから、と続ける。
「IS用のハイパーセンサーで常時監視するべきだと思う」
「……それ、軍の基地で使ってるやつじゃない?」
「まあな、でも敵の侵入を即座に検知できるってだけで、対応速度が段違いになる」
一夏の声には、戦場で培った確信があった。危険を知る者の言葉は、重く、揺るがない。
簪が静かに頷く。
「……確かに……今回も……侵入に気付くのが遅れた……」
「遅れたってより、侵入されてからようやく気付いたってレベルだったからな。初動で遅れたのは痛い」
アリーナ内の敵も、シールドを破ってから発見されたし、外周の三機も同じだ。
事前に接近に気付いていれば、他の対応のやりようもあった。
「次に、警戒レベルの切り替えもだな」
一夏は続ける。
「今の学園は通常と非常時の二段階しかない。でも本来は、最低でも三段階は必要だ」
「三段階?」
「そうだ。第一に異常の可能性。第二に敵性反応の確定、第三に戦闘行動の発生。この三つ」
鈴が眉を上げる。
「……軍の考え方と同じじゃない、それ」
「軍の方式が一番合理的だからな。最初の時点で試合の一時停止をかけられるようにしておく。第二段階で生徒の退避誘導。第三段階で教員の戦闘行動開始って順番にな」
簪が小さく息を呑む。
「……今は……全部が一気に起きる……」
「そう、だから混乱する。段階を分ければ、生徒も教員も次に何をすべきかが明確になる」
三人のテーブルは、もはや食堂の一角ではなく、小規模な作戦司令室のような緊張感を帯びていた。
食堂の明るい照明の下で、三人の影だけが妙に濃く落ちていた。戦場の続きを、ここで描いているような錯覚すらあった。